BLACK LAGOON Maid's Salvation 作:AI太郎
第39話「神様の留守番」
ロアナプラの昼下がり。
リップオフ教会の礼拝堂には、今日も神聖さとはほど遠い空気が漂っていた。
祭壇の脇には木箱が積まれ、その一つには軍用銃器の製造元を示す刻印がある。窓から差し込む陽光が、床に落ちた薬莢を鈍く光らせていた。
「相変わらず、ありがてえ教会だぜ」
レヴィが煙草をくわえたまま、皮肉っぽく笑った。
「神様に祈るより、弾薬の在庫を確認する方が御利益ありそうだな」
「レヴィ、今日は買い物に来たんじゃないんだから」
ロックが小声でたしなめる。
その後ろには、二人のメイドが立っていた。
一人は眼鏡をかけた長身の女性。黒髪をきっちりとまとめ、隙のない姿勢で礼拝堂を見渡している。
もう一人は小柄な少女。こちらもメイド服を身につけ、落ち着かない様子で周囲を見回していた。
ロベルタとファビオラ。
二人が探しているのは、ラブレス家の若き当主、ガルシア・フェルナンド・ラブレスだった。
「……ここに、ガルシア様がいらっしゃったのですね」
ロベルタが静かに呟く。
「ええ、婦長様。間違いないはずです」
ファビオラの声には、隠しきれない焦りがあった。
そのとき、礼拝堂の奥から陽気な声が飛んできた。
「おやおや、珍しい顔ぶれじゃねえか」
現れたのは、金髪の修道女だった。
エダはレヴィとロックを見つけると、にやりと笑った。
「何だよ、二挺拳銃。今日は神様に懺悔でもしに来たのか?」
「てめえに懺悔するくらいなら、悪魔に祈った方がマシだぜ」
「そりゃ残念。地獄の予約席なら空けといてやったのによ」
「悪いな。隣にてめえが座るんなら、天国の方を当たるぜ」
いつもの軽口だった。
だが、ロベルタには付き合うつもりがなかった。
「失礼いたします」
一歩前へ出る。
「こちらに、ガルシア・フェルナンド・ラブレス様という少年がいらっしゃったと伺いました」
エダの表情が変わった。
「……ああ、あの坊やか」
「ご存じなのですね」
「知ってるも何も、何日かここに居座ってたぜ。掃除を手伝ったり、買い物に出たり。妙に礼儀正しいガキだったな」
ファビオラが身を乗り出した。
「それで、今はどちらに?」
「もう出てったよ」
「……そうですか」
ロベルタの表情は変わらなかった。
「行き先をご存じでしょうか」
「いや、知らねえな」
「連絡先は?」
「それも知らねえ」
ファビオラの顔が曇る。
ロックが二人を気遣うように口を開いた。
「でも、ここにいたことは確認できたんだ。何か手掛かりが――」
「ま、面白え坊やだったけどな」
エダが言葉を遮った。
「お上品な顔して、なかなか生意気なところがあってよ」
レヴィが片眉を上げた。
「へえ?」
「ちょいと教育してやったんだ」
その一言で、礼拝堂の空気がわずかに変わった。
ロベルタがエダに顔を向ける。
「……教育、とおっしゃいましたか?」
「ああ」
エダは気づいていなかった。
目の前の二人が、ガルシアにとってどんな存在なのか。
「ちょっと調子に乗ってたからな。腹に一発くれて、床に転がしてやった」
「…………」
「そんで額に銃を突きつけて、お説教ってわけさ。さすがにあのときはビビッてたぜ。腹も相当痛かったみてえだしな」
ロックの顔から血の気が引いた。
「……エダ?」
レヴィも煙草をくわえたまま、動きを止めた。
「……おい、待て」
「何だよ?」
レヴィとロックが顔を見合わせる。
二人とも、同じことを考えていた。
――まずい。
とてつもなく、まずい。
「その話、もうやめとけ」
レヴィが低い声で言った。
「はあ? 何でだよ」
「いいから黙れ、クソ尼」
「何だよ、てめえ。急に――」
「……なるほど」
ロベルタが口を開いた。
その声は、奇妙なほど穏やかだった。
「腹部を蹴り、床に倒し、額に銃を突きつけた……ということですね」
「……ああ、そうだけど?」
「ガルシア様は、痛がっておられたのですね」
「そりゃまあ、結構いいのが入ったから――」
エダの言葉は、最後まで続かなかった。
次の瞬間。
ドンッ!
「――がっ\!?」
腹部に衝撃が走った。
息が詰まり、視界が跳ね上がる。
何が起きたのか理解する間もなく、エダの身体は後方へ吹き飛び、床に叩きつけられた。
「ぐっ……げほっ……!」
肺から空気が絞り出される。
反射的に身体を起こそうとした、そのとき。
カチリ。
冷たい銃口が、額に押し当てられた。
「……このような感じでしょうか?」
ロベルタが見下ろしていた。
口元には、薄い微笑み。
だが、その瞳には一片の温かさもない。
「……て、てめえ……!」
「ガルシア様も、さぞお苦しかったことでしょう」
「おい、ちょっと待――」
「動くな」
別の声が割り込んだ。
エダの首筋に、鋭い刃が触れる。
ファビオラだった。
小柄な少女の顔は怒りで強張り、ナイフを握る手には迷いがなかった。
「口を閉じてください。次にくだらないことを喋ったら、その喉を切り裂きます」
「……っ!」
エダは目だけを動かした。
額には拳銃。
首にはナイフ。
腹は蹴られたばかりで、まともに呼吸もできない。
「……おい、ロック」
レヴィが呟いた。
「何だい」
「ありゃ、死ぬぞ」
「分かってるよ!」
ロックが慌てて前に出る。
「ロベルタさん! 待ってください! エダにも何か事情が――」
「ロック様」
ロベルタは視線すら向けなかった。
「申し訳ございませんが、今はお静かに願えますか」
「……はい」
ロックは足を止めた。
レヴィが呆れたように首を振る。
「おいおい。交渉人が一発で降伏しちまったぜ」
「だったら君が何とかしてくれよ!」
「冗談じゃねえ。あの銃口の前に割り込むくらいなら、地雷原でタップダンスした方がまだマシだ」
その間にも、ロベルタの尋問は続いていた。
「お尋ねいたします」
「……何だよ」
「なぜ、ガルシア様にそのような仕打ちを?」
エダは歯を食いしばった。
理由ならある。
あの坊やは、エダの正体を知っていた。
誰にも知られてはならない、もう一つの顔を。
そればかりか、米軍の特殊部隊に関する情報まで持ち出し、取引を仕掛けてきた。
だが、それを話すわけにはいかない。
「……ちょっとした揉め事だよ」
「揉め事?」
「あの坊やが、こっちの事情に首を突っ込んできやがったんだ」
「それで?」
「……それで、ちょいと頭を冷やしてやった」
ロベルタの微笑みが消えた。
「十五歳の少年に、銃を突きつけて?」
「……だから、事情があったんだって!」
「その事情をお聞かせください」
「言えねえ」
「なぜです?」
「商売上の秘密だよ!」
沈黙。
ロベルタは、ゆっくりと首を傾げた。
「……なるほど」
エダの額に押し当てられた銃口が、わずかに強くなる。
「では、その秘密とやらは、ガルシア様のお身体より大切なものだったのですね」
「そういう話じゃねえだろ!」
「では、どういうお話なのでしょうか?」
エダは答えられなかった。
ファビオラが冷たく言い放つ。
「婦長様。殺してもよろしいでしょうか?」
「まだです」
「……承知いたしました」
その「まだ」が、エダには何より恐ろしかった。
「おい! 待て、てめえら!」
エダが声を張り上げる。
「ここは教会だぞ! 神様の家で何やってんだ!」
ロベルタは銃口を向けたまま、静かに首を傾げた。
「……神様、ですか」
「そうだよ! 少しは神罰ってもんを恐れやがれ!」
「それは困りましたね」
ロベルタは穏やかに微笑んだ。
「どうやら神様は、長い休暇にお出かけのようです」
「…………は?」
「この街の惨状をご覧になっても、随分と長いことお戻りにならないようですから」
エダは一瞬、言葉を失った。
自分が普段から口にしている冗談を、よりによってこの女から聞かされるとは。
「……てめえ、神罰が怖くねえのか!」
「私は神に仕える身ではございません」
ロベルタは、静かに続けた。
「私がお仕えしているのは、ガルシア様ただお一人です」
レヴィが乾いた笑いを漏らした。
「……ハッ。神様も、とんだ留守番を置いていきやがったな」
「笑い事じゃないよ、レヴィ!」
「笑わなきゃやってられねえだろ、こんなもん」
そのときだった。
「……そこまでにしておくれ」
礼拝堂の奥から、しわがれた声が響いた。
全員が振り返る。
そこには、一人の老修道女が立っていた。
シスター・ヨランダ。
片手に葉巻を持ち、もう片方の手には杖。
その表情は、いつになく険しかった。
「……婆さん!」
エダが叫ぶ。
「ちょうどいい! こいつらを何とかしてくれ!」
ヨランダは答えなかった。
ただ、床に転がるエダを見下ろした。
「……エダ」
「何だよ!」
「今の話は本当かい?」
「……あ?」
「あの坊やの腹を蹴って、銃を突きつけたって話さ」
エダの顔が引きつった。
「……いや、それは、その……」
「私はそんな話、聞いてないよ」
「…………」
ヨランダは深々とため息をついた。
「……まったく。あんたって子は」
「婆さん、事情があったんだよ!」
「事情があったことくらい、私にも分かるさ」
エダがわずかに安堵する。
「だったら――」
「それで、どうして銃まで突きつける必要があったんだい?」
「…………」
「しかも、あの礼儀正しい坊やにねえ」
ヨランダは呆れたように首を振った。
「私が茶を振る舞っている間に、ずいぶんと物騒な接客をしてくれたもんだ」
「……婆さん、あたしの味方じゃねえのかよ」
「味方だから、呆れてるんじゃないか」
エダは天井を仰いだ。
「……クソッ」
ロベルタの拳銃。
ファビオラのナイフ。
そしてヨランダの冷たい視線。
味方が増えるどころか、説教する相手が一人増えてしまった。
ヨランダはロベルタに向き直った。
「……お嬢さん方」
「はい」
「この馬鹿があの坊やにしたことについては、私も腹を立てているよ。まったく、呆れたもんさ」
ロベルタは黙って聞いていた。
「だがね、ここでこいつを殺されちゃ、私も困るんだよ」
「…………」
「だから、どうだい」
ヨランダは、ゆっくりと言葉を続けた。
「今はこの老いぼれに免じて、矛を収めちゃくれないかね」
礼拝堂に沈黙が落ちた。
ロベルタはヨランダを見つめた。
老修道女の態度に、脅しも虚勢もない。
ただ、自分の顔を立ててほしいと頼んでいる。
やがてロベルタが口を開いた。
「……一つ、条件がございます」
「ほう。聞こうじゃないか」
「ガルシア様について、あなた方が知っていることをすべてお話しいただきたいのです」
エダが顔を上げた。
「おい、待てよ。それは――」
「口を閉じてください」
ファビオラの刃が、首筋にわずかに食い込む。
「……チッ」
ヨランダは目を細めた。
「……すべて、かい?」
「ええ。こちらに滞在された理由、何をなさっていたのか、そして、この方がガルシア様に暴力を振るった理由も含めてです」
ヨランダは少し考えた。
「私が知っていることなら話そう。ただし、坊や自身が伏せていることまで、勝手に明かすわけにはいかないよ」
「それは、ガルシア様ご自身の秘密ということでしょうか?」
「ああ。あの坊やにも、他人に話したくないことの一つや二つはあるだろうさ」
ロベルタは、しばらく黙っていた。
「……承知いたしました」
そして、エダを見下ろす。
「では、まずあなたからお聞きしましょう」
「……あたしかよ」
「当然でしょう」
エダは苦々しく舌打ちした。
「……坊やは、何日かここにいた。婆さんの茶を飲んだり、掃除を手伝ったり、使い走りをしたりな」
「それから?」
「……あたしとも、ちょっとした話をした」
「どのような?」
「商売の話だよ」
「ガルシア様が、あなたと商売を?」
「ああ。見かけによらず、いろいろ考えてる坊やだったぜ」
「その内容は?」
「言えねえ」
ロベルタの目が細くなる。
「……また秘密ですか」
「そうだよ。けどな、最後はちゃんと話がついた。坊やも納得して、ここを出てったんだ」
「ガルシア様が、納得して……」
「ああ」
「では、今はどちらに?」
「知らねえ」
「連絡先は?」
「それも知らねえ」
ファビオラが声を荒らげた。
「先ほどから、そればかりではありませんか!」
「知らねえもんは知らねえんだよ!」
「では、何一つ手掛かりがないと?」
ロベルタの問いに、エダは少しだけ口をつぐんだ。
「……いや」
「何か?」
「一つだけある」
ロベルタの視線が鋭くなった。
「お聞かせください」
「坊やとは、また連絡を取る約束になってる」
「……連絡?」
「ああ。次の寝床が決まったら、あっちから連絡を寄越すってな」
ファビオラが息を呑んだ。
「それは、本当ですか?」
「本当だよ。あたしだって、こんな状況で嘘ついてどうすんだ」
「いつ頃でしょうか」
「そこまでは聞いてねえ。まだ連絡も来てねえよ」
ロベルタは少し考えた。
そして、静かに告げた。
「では、ガルシア様から連絡がありましたら、直ちに私どもへお知らせください」
「……おいおい」
エダが顔をしかめる。
「勝手に決めんなよ」
ロベルタは答えなかった。
ただ、銃口を向けたまま、エダを見つめている。
ファビオラのナイフも動かない。
数秒の沈黙。
「……分かったよ!」
エダがとうとう声を上げた。
「連絡が来たら、すぐに知らせてやる! それでいいだろ!」
「必ず、ですね?」
「ああ、約束する!」
ロベルタはエダの顔をじっと見つめた。
やがて、ヨランダへ視線を移す。
「……承知いたしました」
ヨランダが小さく頷いた。
「ありがたいねえ」
「今回は、あなたのお顔を立てましょう」
ロベルタはゆっくりと拳銃を下ろした。
「ファビオラ」
「……婦長様」
「刃を収めなさい」
「ですが――」
「ファビオラ」
静かな一言だった。
少女は唇を噛み、ようやくナイフを引いた。
「……承知いたしました」
エダは大きく息を吐いた。
「……ったく。とんでもねえ連中だぜ」
ロベルタはその言葉を聞き流した。
そして、立ち去る前に一度だけ振り返った。
「一つ、お忘れなきよう」
「……何だよ」
「次にガルシア様へ危害を加えた際には――」
ロベルタの口元に、かすかな微笑みが浮かんだ。
「どなたのお言葉であろうと、私を止めることはできません」
エダは黙り込んだ。
「それでは、失礼いたします」
ロベルタは老修道女に丁寧に一礼した。
ファビオラも、渋々ながら頭を下げる。
レヴィとロックがその後に続いた。
扉が閉まる直前。
「……おい、ロック」
レヴィの声が聞こえた。
「何だい」
「今度あのクソ尼が『教育』とか言い出したら、先に棺桶注文しとけ」
「……もう勘弁してくれよ」
重い扉が閉まった。
礼拝堂に、静寂が戻る。
エダは床に座り込んだまま、しばらく天井を見つめていた。
「……クソッタレ」
「エダ」
ヨランダの声が落ちてきた。
「……何だよ、婆さん」
「立てるかい?」
「……何とか」
エダは腹を押さえながら、よろよろと立ち上がった。
ヨランダは葉巻をくゆらせた。
「……それで、エダ」
「何だよ、婆さん」
「あの坊やに銃まで突きつけた理由、聞かせてもらおうか」
「……分かってんだろ。あのガキ、あたしの正体を知ってやがったんだよ」
「それは聞いてるさ」
ヨランダは葉巻の灰を落とした。
「だがね、腹を蹴って銃まで突きつけたなんて話は、初耳だよ」
「……あのときは、ちょっと頭に血が上ったんだ」
「ちょっと、ねえ」
ヨランダは呆れたように首を振った。
「十五の坊や相手に、ずいぶん大人気ないことをしたもんだ」
「……返す言葉もねえよ」
「しかも、その坊やを探している連中の前で、自分から得意げに喋るとはねえ」
「…………」
「まったく。あんたは敵に撃たれる前に、その減らず口で墓穴を掘りそうだよ」
エダは苦笑した。
「……今日、危うく埋められるところだったぜ」
「それと、あの坊やから連絡が来たら、ちゃんと知らせるんだよ」
「……分かってるって」
「約束は守るもんだ」
「へいへい」
エダは腹をさすりながら、礼拝堂の出口を見た。
あの眼鏡のメイド。
あの小柄なメイド。
そして、あの二人が命を懸けて守ろうとしている少年。
「……ったく」
エダは小さく呟いた。
「とんでもねえ坊やに関わっちまったぜ」
ヨランダは何も答えず、ただ葉巻をくゆらせていた。
祭壇の上では、十字架にかけられた救世主が、いつもと変わらぬ表情で二人を見下ろしている。
神様が本当に休暇中なのかどうかは、誰にも分からない。
ただ一つ確かなのは。
今日のリップオフ教会には、神の救いを必要としていた修道女が一人いたということだった。
# おまけ回『ロアナプラドラフト会議』
ロアナプラ。
東南アジアの片隅に存在する、犯罪と欲望の吹き溜まり。
法よりも銃がものを言い、金よりも命が安いこの街で、今、一人の少年を巡る前代未聞の争奪戦が始まろうとしていた。
その少年の名は、ガルシア・フェルナンド・ラブレス。
十五歳。
ベネズエラ出身。
由緒あるラブレス家の若き当主にして、年齢に似合わぬ知性と胆力、卓越した交渉能力を備えた少年である。
件の騒動によって、彼は当面の間、故郷ベネズエラへ帰ることができなくなっていた。
その事実がロアナプラの裏社会に伝わるや否や、各組織は一斉に動き出した。
ホテル・モスクワ。
香港三合会。
コロンビア・カルテル。
コーサ・ノストラ。
ラグーン商会。
そして、リップオフ教会。
いずれも、ガルシアの才能と影響力を高く評価していた。
さらに、彼を獲得すれば、もれなく二人のメイドがついてくる。
フローレンシアの猟犬、ロベルタ。
そして、その後継者とも呼ぶべきファビオラ。
この二人がガルシアと行動を共にするという事実は、裏社会の人間にとって、もはや一個中隊を手に入れるのと大差なかった。
当然、各組織が黙っているはずもない。
しかし、ここで一つの問題が発生した。
全員がガルシアを欲しがっているのである。
そして、この街で利害が衝突した場合、通常なら銃撃戦になる。
だが、今回ばかりは事情が違った。
ガルシアを巡って全面抗争など起こせば、当の本人に嫌われかねない。
そこで、各組織の代表者たちは協議を重ねた。
流血を避け、全員が納得できる公平な方法で、ガルシアの所属先を決定する。
その結果、採用されたのが――
**プロ野球ドラフト会議方式であった。**
誰が提案したのかは、定かではない。
少なくとも、ガルシア本人ではなかった。
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## 第一巡選択希望選手
香港三合会が所有する高級ホテル。
その大宴会場には、長机が整然と並べられていた。
各組織の代表者たちが席につき、正面には巨大なスクリーンが設置されている。
テーブルには組織名を記したプレート。
各席には水と資料、そして厳重に封をされた指名用紙。
会場の中央に立つのは、一人の日本人青年だった。
ロックである。
「……えー、それでは、ただいまより、第一回 ロアナプラ ドラフト会議を開催いたします」
拍手が起こった。
もっとも、その拍手を送っているのは、普段なら互いの頭に銃口を突きつけ合っている連中である。
ロックは額の汗を拭った。
(……どうして僕が司会なんだ?)
理由は単純だった。
日本のプロ野球ドラフト会議を知っている人間が、ほかにほとんどいなかったからである。
「なお、本日の指名対象者は一名となっております」
ロックは原稿を読み上げる。
「ガルシア・フェルナンド・ラブレス君。十五歳。ベネズエラ出身」
会場の視線がスクリーンへ集中した。
そこには、金髪の少年の写真が映し出されている。
整った顔立ち。
品のある微笑。
とてもこの街の裏社会が血眼になって奪い合う人物には見えない。
「それでは、各組織の第一巡選択希望選手を発表いたします」
ロックは一通目の封筒を開いた。
「ホテル・モスクワ。第一巡選択希望選手――」
一拍。
「ガルシア・フェルナンド・ラブレス。十五歳。ベネズエラ」
会場が静まり返った。
「続きまして、香港三合会。第一巡選択希望選手――」
一拍。
「ガルシア・フェルナンド・ラブレス。十五歳。ベネズエラ」
張が余裕たっぷりに煙草をくゆらせる。
「コロンビア・カルテル。第一巡選択希望選手――」
「ガルシア・フェルナンド・ラブレス。十五歳。ベネズエラ」
「コーサ・ノストラ。第一巡選択希望選手――」
「ガルシア・フェルナンド・ラブレス。十五歳。ベネズエラ」
「ラグーン商会。第一巡選択希望選手――」
「ガルシア・フェルナンド・ラブレス。十五歳。ベネズエラ」
そして最後の封筒。
「リップオフ教会。第一巡選択希望選手――」
ロックは、もはや結果を予想していた。
「ガルシア・フェルナンド・ラブレス。十五歳。ベネズエラ」
六通の指名用紙。
六つの組織。
名前はすべて同じ。
「以上、六組織すべてがガルシア・フェルナンド・ラブレス選手を第一巡で指名いたしました!」
スクリーンに大きな文字が映し出された。
**六球団競合。**
「すげえな、おい!」
ラグーン商会の席でレヴィが腹を抱えた。
「坊ちゃん、大人気じゃねえか! こりゃ契約金が楽しみだぜ!」
「レヴィ、静かにしろ」
ダッチがたしなめる。
「何だよ。めでてえ席だろ?」
「まだ抽選も終わってねえ」
「へいへい。まったく、どいつもこいつも本気だねえ」
レヴィは周囲を見渡した。
「たかが十五のガキ一人に、街の大物が揃ってよ。これで外れた連中が銃を抜かなきゃ、歴史に残る平和な一日だぜ」
「その発言自体が縁起でもないんだよ」
ロックが小声で返した。
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同じホテルの別室。
長机の中央に、一人の少年が座っていた。
ガルシア・フェルナンド・ラブレス。
右隣にはロベルタ。
左隣にはファビオラ。
三人の正面には大型テレビが設置され、ドラフト会議の模様が生中継されていた。
その光景は、日本の高校球児が学校の会議室で指名を待つ姿に酷似している。
ただし、違いがある。
指名しているのはプロ野球球団ではなく犯罪組織。
そして、少年の両脇に座っているのは、機関銃やナイフで武装したメイドたちだった。
「…………」
ガルシアはテレビを見つめていた。
「……あのさ」
「はい、若様」
ロベルタが即座に応じる。
「まず、僕はどこかの組織に入りたいなんて、一度も言ってないよね?」
「はい。存じております」
「じゃあ、どうして僕の所属先を、あの人たちが勝手に決めようとしてるの?」
「ですが、流石の若様でございます」
「……え?」
ロベルタは誇らしげに微笑んだ。
「六球団競合ですよ? 近年まれに見る高評価でございます」
「…………」
ガルシアはゆっくりとロベルタを見た。
「……球団って何?」
「六球団すべてから第一位指名を受けるなど、実に素晴らしいことでございます」
「いや、だから球団って何?」
ファビオラも満面の笑みで頷いた。
「おめでとうございます、ガルシア様!」
「ファビオラまで\!?」
ガルシアは額を押さえた。
「……もういいや」
どうやら、この部屋に味方はいないらしい。
---
## ホテル・モスクワ
「それでは、各組織の代表者に、今回の指名理由と獲得後の待遇についてお伺いしてまいります」
ロックがマイクを手にした。
「まずはホテル・モスクワ代表、バラライカさん。今回の指名理由をお聞かせください」
バラライカは背筋を伸ばしたまま答えた。
「戦略眼だ」
「戦略眼、ですか」
「ああ。あの少年には、状況を俯瞰し、相手の思惑を読み、限られた手札で最善の結果を引き出す能力がある。十五歳にしては異常なほどにな」
「非常に高い評価ですね」
「当然だ。あれほどの才能を、ただ遊ばせておくのは惜しい」
バラライカは指を組んだ。
「我々は軍人だ。才能ある若者を鍛え上げることには自信がある」
「では、具体的な待遇をお願いします」
「私の直属とし、将来の参謀候補として育成する。戦術、情報分析、組織運営、指揮統率。必要なものはすべて教えよう」
「なるほど。幹部候補生としての採用ですね」
「無論、住居も生活費もこちらで用意する。二人のメイドについても、従来どおり彼に仕えてもらって構わん」
バラライカはカメラへ向き直った。
「ガルシア君。君には才能がある。それを本物の力に変える環境を、我々は提供できる」
「ありがとうございました」
ロックが一礼した。
別室。
「……参謀候補かあ」
ガルシアは難しい顔をした。
「大尉は若様のご才覚を高く評価しておられるのでしょう」
「それはありがたいんだけどね」
ガルシアはテレビを見つめる。
「……僕、軍人になるって言ったことあったっけ?」
「ございません」
「だよね」
「ですが、若様なら立派な将校になられるかと」
「ロベルタ。そういう問題じゃないんだ」
---
## 香港三合会
「続きまして、香港三合会代表、張維新さん。指名理由をお聞かせください」
張はサングラスの奥で笑った。
「簡単な話だ。あの坊やは商売ができる」
「商才を評価されたと」
「ああ。金の動かし方も、人の動かし方もよく分かっている。しかも、相手が誰だろうと臆さず交渉できる。大したもんだよ」
張は煙草を灰皿に押しつけた。
「何よりいいのは、あの坊やが自分の頭で考えることだ。命令を待つだけの人間なら、うちにはいくらでもいる」
「では、待遇については?」
「香港から東南アジア、欧米まで、うちには商売の伝手がある。資金も人材も揃ってる。坊やが何か事業を始めたいなら、好きなだけ腕を振るわせてやろう」
「かなり自由度が高いですね」
「もちろん。利益が出れば相応の取り分も保証する」
張はカメラに向かって微笑んだ。
「ガルシア君。君には小さな仕事を任せるつもりはない。やりたいことがあるなら、遠慮なく言ってくれ」
一拍置いて、付け加える。
「ただし、そちらのお嬢さん方には、うちの連中をあまり怖がらせないよう頼んでおいてくれ」
会場に笑いが漏れた。
別室。
「……張さんもずいぶん条件がいいね」
「若様の能力に見合った評価でございます」
ロベルタは満足そうだった。
「でも、僕、別に今すぐ事業を始めたいわけじゃないんだけど……」
「将来性を重視した指名ですね!」
ファビオラが真剣に頷いた。
ガルシアは横目で彼女を見る。
「……ファビオラ」
「はい!」
「いつからスカウト評論家になったの?」
「えっ?」
---
## コロンビア・カルテル
「続きまして、コロンビア・カルテル代表、アブレーゴさん。指名理由をお願いします」
アブレーゴは椅子に深く腰掛け、葉巻をくゆらせた。
「まず、あの坊主は南米の人間だ」
「地域性を重視されたと?」
「それだけじゃねえ。あの歳で金も人も動かせる。おまけに、俺たち相手に一歩も引かなかった。気に食わねえところもあるが、そこは認めてやる」
「では、獲得できた場合の待遇は?」
アブレーゴは葉巻を置いた。
「まず、これまでのことは全部水に流す」
ロックが顔を上げる。
「……全部、ですか?」
「ああ。ラブレス家と俺たちの間にあった揉め事も、確執も、貸し借りもだ。今後一切、蒸し返さねえ。俺の名前で保証する」
会場がざわついた。
「それは、かなり踏み込んだ条件ですね」
「身内に迎えようって人間と、いつまでも喧嘩してるわけにはいかねえからな」
アブレーゴは続けた。
「将来は幹部の席を用意する。下っ端から始めろなんてケチなことは言わねえ」
「幹部候補としての採用ですね」
「そうだ。それに、うちには他にはない強みがある」
「何でしょう?」
「地元が近え」
「……地元、ですか?」
「コロンビアとベネズエラは隣同士だろうが。わざわざ地球の裏側まで出ていく必要がどこにある?」
アブレーゴは得意げに笑った。
「なんなら、ベネズエラの実家から仕事をしてもらっても構わねえ。連絡と指示さえきっちり寄越してくれりゃ、毎日顔を出す必要もねえ」
ロックが瞬きをした。
「……つまり、リモートワークも可能と」
「そういうことだ。家族との時間を大切にできる。俺たちは地元の人間を大事にするんでな」
「非常に柔軟な勤務体系ですね」
「福利厚生には自信があるぜ」
アブレーゴはカメラを指差した。
「ガルシア。同じ南米の人間同士だ。よその連中より話が早えと思うぜ」
別室。
「…………」
ガルシアは難しい顔をしていた。
「ロベルタ」
「はい、若様」
「僕の実家が、あの人たちと揉めてたことは覚えてるよね?」
「もちろんでございます」
「その相手が『全部水に流す』って言ってるんだよ?」
「寛大なお申し出でございますね」
「……寛大?」
ガルシアはしばらくロベルタを見つめた。
「それに、実家から仕事ができるって言われても……」
「若様にとっては魅力的な条件かと存じます」
「いや、そもそもカルテルに就職しなくても実家には帰れるよね?」
「はい」
「じゃあ、リモートワークを売りにされても困るんだけど……」
ファビオラが胸を張った。
「ですが、ガルシア様! 近年は働き方の多様化が進んでおります!」
「カルテルにも働き方改革があるの\!?」
ロベルタが穏やかに微笑んだ。
「時代の流れでございますね、若様」
「……時代って、すごいね」
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## コーサ・ノストラ
「続きまして、コーサ・ノストラ代表、ロニー・ザ・ジョーズさん。指名理由をお聞かせください」
ロニーは上等なスーツの襟を整えた。
「理由? そんなもの、見れば分かるだろう」
「……と、おっしゃいますと?」
「品格だよ、品格」
ロニーは両手を広げた。
「このロアナプラを見渡してみろ。酒臭いチンピラ、銃を振り回す野蛮人、まともなレストランじゃ門前払いされそうな連中ばかりだ」
ホテル・モスクワの席から、冷たい視線が飛んだ。
ロニーは気づかないふりをした。
「ところが、あの坊やはどうだ? 言葉遣い、身のこなし、服の着こなし。どれを取っても一流だ。おまけに、あの顔だぞ?」
「容姿も評価されたと?」
「当たり前だ。あれだけの美男子だぞ? 十五歳にして、すでに紳士の風格がある」
ロニーは満足げに頷いた。
「我々イタリア人は、美というものを理解している。金も力も大切だが、それだけじゃ一流にはなれん。エレガンスが必要なんだよ」
「なるほど」
「そして、もう一つ」
「何でしょう?」
ロニーは声を落とした。
「美女が二人もついてくる」
ロックのペンが止まった。
「……はい?」
「見ただろう、あの二人を。黒髪の美人と、小柄で愛らしいお嬢さん。どちらも実に華がある」
「ロベルタさんとファビオラさんのことでしょうか」
「そうだ。あの坊やが歩けば、両脇に美女が二人。まるで映画のワンシーンじゃないか」
ロニーは陶酔したように天井を仰いだ。
「仕立てのいいスーツを着た美少年が、美しい女性を二人従えて、イタリア製の高級車から降りてくる。完璧だ。我々の組織の顔にふさわしい!」
会場の片隅でレヴィが吹き出した。
「おいおい、あのイタ公、棺桶に片足突っ込んでるぜ」
ロニーは聞こえないふりを続けた。
「では、待遇についてお聞かせください」
「衣食住は最高級のものを保証する。イタリア製のスーツ、靴、時計。車も好きなものを選ばせてやろう」
「豪華ですね」
「当然だ。あの坊やには一流のものが似合う」
ロニーはカメラに向き直った。
「ガルシア君。君にはうちの組織の顔になってもらいたい。面倒な仕事は部下に任せればいい。君は社交界で人脈を築き、我々の品格を示してくれればそれでいい」
そして、にやりと笑った。
「もちろん、二人のお嬢さんにも最高級のドレスを用意しよう。ローマ、フィレンツェ、ヴェネツィア。三人でイタリアを旅するのも悪くない」
別室。
「……ねえ、ロベルタ」
「はい、若様」
「僕、今までの人たちとは、ちょっと違う理由で指名されてない?」
「そうでございましょうか」
「だって、ほとんど見た目の話だったよ?」
「若様の容姿と品格が高く評価されたのでございます。誇らしい限りです」
ファビオラも嬉しそうに頷いた。
「ガルシア様が素敵なのは、誰が見ても明らかですから!」
「……ありがとう。でも、そういうことじゃなくて」
ガルシアはテレビに目を戻した。
「それに、二人のことまで勝手に話してたよね」
「お気遣いには及びません。私どもは、若様がお選びになった道に従うまででございます」
ロベルタは穏やかに微笑んだ。
「ただし、私どもを飾り物とお考えなら、少々認識を改めていただく必要がございますね」
「……ロベルタ」
「はい」
「お願いだから、今は何もしないでね」
「もちろんでございます、若様」
ファビオラが小さく首を傾げた。
「でも婦長様、あの方、私たちのことを美女とおっしゃっていましたよ?」
「ええ。お目が高い方ではありますね」
「……そこは嬉しいんだ」
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## ラグーン商会
「続きまして、ラグーン商会代表、ダッチさん。指名理由をお願いします」
ダッチは腕を組んだまま、ゆっくりと口を開いた。
「まず、俺たちには他の連中にないアドバンテージがある」
「と、おっしゃいますと?」
「付き合いの長さだ。あの坊主とは、そこにいる連中の大半より長い付き合いになる」
ダッチは会場を見渡した。
「同じ屋根の下で暮らしたこともある。飯も食ったし、仕事もした。あいつがどういう人間か、履歴書なんぞ見なくても分かる」
「なるほど。実績だけでなく、人柄もよくご存じということですね」
「そういうことだ。あいつは頭が切れるし、肝も据わってる。だが、それ以上に信用できる。俺たちの仕事じゃ、そいつが一番重要だ」
ダッチは少し笑った。
「それに、あいつはもう俺たちの扱い方を知ってる。新人研修の手間が省けるってわけだ」
「では、待遇についてお聞かせください」
「うちは小さな会社だが、揃ってる人材は一級品だ。それぞれ違う分野の専門家だからな」
ダッチは指を一本立てた。
「まず、ベニー。電子機器、通信、情報収集、コンピューターが絡む仕事なら、あいつに教わればいい」
「情報技術ですね」
「次にレヴィ。銃の扱いと実戦での立ち回りだ」
会場の一角でレヴィが得意げに笑った。
「へっ。坊ちゃんには特別に授業料をまけてやるぜ」
「お前の授業料は弾代だけだろうが」
ダッチの返しに、会場から笑いが漏れた。
「そしてロック」
「……はい?」
突然名前を呼ばれ、司会者本人が顔を上げた。
「交渉術、商談、相手の腹の探り方。こいつは銃こそ撃てないが、言葉で修羅場を切り抜けることにかけちゃ、なかなかのもんだ」
「い、いえ。僕なんて、まだまだですから」
「謙遜するな。お前の仕事ぶりは俺が保証する」
ダッチは最後に自分の胸を指した。
「で、俺だ。船の操縦、車の運転、輸送計画、現場の指揮。そういう実務は俺が仕込んでやる」
「つまり、各分野の専門家から直接指導を受けられると」
「そういうことだ」
ダッチはカメラへ向き直った。
「ガルシア。お前は確かに賢い。だが、まだ十五歳だ。知らないことも、できないことも山ほどあるだろう。うちに来れば、そいつを一つずつ覚えられる」
ロックが頷いた。
「人材育成を重視した待遇ですね」
「ああ。それに、もう一つ。うちには他の連中にない強みがある」
ダッチは各組織の代表を見渡した。
「俺たちは大所帯じゃない。小さな運び屋だ。だからこそ、組織のしがらみも少ない」
「具体的には?」
「出勤時間をいちいち管理する気もなけりゃ、忠誠を誓わせる気もない。仕事さえきっちりやってくれりゃ、あとは本人の自由だ」
「かなり裁量の大きい職場ですね」
「それに、あの坊主には自分の人生がある。いつまでも俺たちの下で働く必要はねえ」
ダッチは葉巻をくわえ直した。
「技術を覚えて、経験を積んで、いずれ自分の商売を始めたくなったら、それでも構わん。独立したって、俺たちの付き合いが終わるわけじゃねえからな」
「つまり、将来的な独立も認めると?」
「もちろんだ」
ダッチはカメラに目を向けた。
「ガルシア。うちに来たからって、ラグーン商会の看板を一生背負う必要はない。俺たちから盗める技術は全部盗んでいけ。その後は、お前の好きにすりゃいい」
そして、口元をわずかに緩めた。
「もっとも、あの坊主が独立したら、こっちが仕事を回してもらう立場になるかもしれんがな」
別室。
「……ダッチさんらしいな」
ガルシアは少しだけ表情を和らげた。
「僕が何をしたいか、ちゃんと考えてくれてる」
「はい。大変ありがたいお申し出でございます」
ロベルタも頷く。
「ベニーさんの技術には、以前から興味があったんだ。ロックさんからも、もっといろいろ教わりたいし」
「それはよろしゅうございますね、若様」
「ただ……」
ガルシアは首を傾げた。
「レヴィの授業って、ちゃんと無事に卒業できるのかな」
ファビオラが胸を張った。
「ご安心ください、ガルシア様! 私もご一緒いたします!」
「……ファビオラが一緒だと、むしろ銃撃戦になりそうなんだけど」
「なっ! どういう意味ですか\!?」
「そのままの意味だよ」
ロベルタが静かに微笑んだ。
「ですが、若様。様々な分野の技術を身につけることは、将来必ずお役に立ちます」
「うん。それは僕もそう思う」
「それに、ラグーン商会の皆様は、若様のことをよく理解してくださっています」
「そうだね」
ガルシアは頷いた。
「……でもさ」
「はい?」
「最初から独立してもいいなら、そもそもドラフトで獲得する意味ってあるのかな?」
ロベルタは少し考えた。
「……育成目的の指名、ということでございましょうか」
「育成枠なの、僕?」
「いえ、若様は堂々の第一巡指名でございます」
「そこは譲らないんだね……」
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## リップオフ教会
「それでは最後に、リップオフ教会代表、ヨランダさん。今回の指名理由をお聞かせください」
ヨランダは穏やかに微笑んだ。
「簡単なことさ。あの子は礼儀正しくて、頭もいい。それに、こんな街にいながら、人への思いやりを忘れちゃいない」
「人柄を評価されたと?」
「ああ。あたしゃ、そういう子が好きなんだよ」
「では、獲得できた場合の待遇は?」
「教会の人脈も情報も、必要なら使わせてやる。仕事を無理強いするつもりもない。好きなことをして、好きなように暮らせばいいさ」
ロックは首を傾げた。
「……それでは、組織としての利益がないのでは?」
「何を言ってるんだい。あんな可愛い子が毎日顔を見せてくれるんだ。それで十分じゃないか」
隣に座るエダが口を挟んだ。
「おいおい婆さん。そりゃドラフトじゃなくて孫の引き取りだろ」
「黙っておいで、エダ」
「しかもオマケであの殺人メイド二人がついてくるんだぜ? 教会が毎日戦場になるぞ」
ヨランダは平然と答えた。
「なら、あんたが余計なことをしなきゃいいだけさ」
「なんであたしが悪いことになってんだよ\!?」
ロックは咳払いした。
「……ほかに、何か特別な待遇はございますか?」
「そうだねえ。将来のことまで考えるなら、一ついい話があるよ」
ヨランダが穏やかに微笑んだ。
「うちのエダにはね、アメリカにちょっとした親戚筋があってね」
「……は?」
エダの眉がぴくりと動いた。
「その親戚が、向こうでずいぶん大きな会社をやってるのさ。あの子が望むなら、将来的にはそこを紹介してやることもできる」
「それはすごいですね。ちなみに、どのような会社なのでしょうか?」
「さあねえ。あたしも詳しいことは知らないけど、世界中に拠点があって、情報関係の仕事に強いそうだよ」
「ちょ、ちょっと待て、婆さん!」
エダが身を乗り出した。
「なんだい?」
「何を勝手に人の親戚筋の就職先まで決めてんだよ!」
「おや。あんたの親戚は優秀な若者を嫌うのかい?」
「そういう問題じゃねえだろ!」
ヨランダは涼しい顔で続けた。
「それに、あの子は語学も堪能だし、頭も切れる。きっと向こうでも重宝されるだろうさ」
ロックが感心したように頷いた。
「つまり、海外の大企業へのキャリアパスまで用意されていると」
「そういうことだね」
「……非常に魅力的な条件ですね」
「おいロック! 勝手にまとめんな!」
エダの抗議を無視して、ヨランダはカメラに向き直った。
「ガルシア坊や。今すぐとは言わないよ。もう少し大きくなって、世界を見てみたくなったら、あたしに相談しな。いいところを紹介してあげるからね」
エダは額を押さえた。
「……頼むから、それ以上しゃべらないでくれ」
「何をそんなに慌ててるんだい。親戚の話をしてるだけじゃないか」
「その親戚が問題なんだよ……!」
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別室。
「…………」
ガルシアの表情が固まった。
「……エダさんの親戚筋の、アメリカの大会社って……」
「どうかなさいましたか、若様?」
「いや、それって、あれでしょ……」
「……あれ、とは?」
ガルシアは口を開きかけた。
そして、閉じた。
右を見る。
ロベルタが不思議そうにこちらを見ている。
左を見る。
ファビオラも同じ顔をしていた。
「……いや。何でもない」
「?」
「ただ、あそこに就職したら、たぶん一生履歴書に書けないと思う」
「秘密保持の厳しい企業なのでしょうか?」
「……うん。ものすごくね」
ファビオラが感心したように頷いた。
「さすがアメリカの大企業ですね!」
「……そういう問題じゃないんだけどなあ」
ガルシアはテレビに目を戻した。
画面の中では、エダが必死の形相でヨランダに耳打ちしている。
「……エダさん、頑張って」
誰にも聞こえないほど小さな声で、ガルシアは呟いた。
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「以上をもちまして、各組織の指名理由ならびに獲得アピールを終了いたします」
ロックが原稿を置いた。
「それでは、六組織による第一巡指名の抽選に移らせていただきます」
会場の空気が変わった。
先ほどまで冗談を飛ばしていた者たちも、口を閉ざす。
壇上に、一つの抽選箱が運び込まれた。
中には六通の封筒。
そのうち一通だけに、交渉権獲得を示す当たりが入っている。
「抽選は、各組織の代表者ご本人に行っていただきます」
ロックが説明した。
「なお、当たりくじを引いた組織には、ガルシア・フェルナンド・ラブレス君との優先交渉権が与えられます」
「優先交渉権、ねえ」
張が笑った。
「本人が断ったらどうなるんだい?」
ロックは一瞬、言葉に詰まった。
「……その場合は、交渉不成立となります」
「じゃあ、最初から本人に聞けばいいんじゃないのか?」
ダッチがもっともなことを言った。
沈黙。
六人の代表者が顔を見合わせる。
やがて、バラライカが口を開いた。
「ここまで来て、今さら中止というわけにもいくまい」
「そうだねえ」
ヨランダも頷いた。
「せっかくみんな集まったんだ。最後までやろうじゃないか」
「俺も異論はねえ」
アブレーゴが葉巻をくわえた。
「勝負は最後までやらなきゃ意味がねえからな」
「美しい決着を期待したいものだ」
ロニーがスーツの袖を整える。
張は肩をすくめた。
「やれやれ。どいつもこいつも負けず嫌いだねえ」
ダッチが苦笑した。
「そいつはお互い様だろ」
ロックは、静かに目を閉じた。
(……誰か一人くらい、本人の意思を尊重しようとは思わないのか?)
もっとも、それを口にしたところで、この場が収まるとも思えなかった。
「……それでは、抽選を開始いたします」
最初に立ち上がったのは、バラライカだった。
軍靴の音を響かせながら壇上へ進み、抽選箱に手を入れる。
一通の封筒を取り出した。
続いて張。
アブレーゴ。
ロニー。
ダッチ。
そして最後に、ヨランダ。
六人の手に、それぞれ一通の封筒が握られた。
会場が静まり返る。
ロックは深く息を吸った。
「それでは、皆様。封筒をお開きください」
---
同時刻。
別室。
ガルシアはテレビを見つめていた。
「……結局、僕の意見は最後まで聞いてもらえなかったね」
「若様、いよいよ運命の瞬間でございます」
ロベルタの声は、どこか弾んでいた。
「ガルシア様! 私まで緊張してきました!」
「……どうして二人がそんなに楽しそうなの?」
「当然でございます」
ロベルタは誇らしげに微笑んだ。
「若様の将来が決まる、大切な瞬間なのですから」
「僕の将来を、くじ引きで決めないでほしいんだけど……」
ファビオラが拳を握りしめた。
「大丈夫です、ガルシア様! どちらの球団に決まっても、私たちはお供いたします!」
「……だから球団って何?」
テレビの中で、ロックが声を張り上げた。
『それでは――!』
六人の代表者が、封筒に指をかける。
バラライカ。
張。
アブレーゴ。
ロニー。
ダッチ。
ヨランダ。
六つの封筒が、一斉に開かれた。
**――おまけ回『ロアナプラドラフト会議』・完。**