BLACK LAGOON Maid's Salvation 作:AI太郎
第40話 黄金夜会
ロアナプラの夜は、いつだって騒がしい。
酔漢の怒声、娼婦の笑い声、路地裏で鳴る銃声。
どれもがこの街の日常を構成する、ありふれた雑音だった。
だが今夜、香港三合会が所有するナイトクラブ『ゴールデン・スインギン・ナイト』は、いつになく静まり返っていた。
普段なら踊り子が身体をくねらせるステージも、今夜は照明を落としている。店の入口には三合会の男たちが立ち、裏口にも武装した見張りが配置されていた。
今夜、この店で催されるのは宴会ではない。
黄金夜会。
ロアナプラを支配する四大勢力の首領たちが顔を揃える、定例の会合である。
円卓には既に三人の男が着席していた。
香港三合会の張維新。
コロンビア・カルテルのアブレーゴ。
そしてコーザ・ノストラのロニー・ザ・ジョーズ。
ロニーの背後には腹心のトマーゾが控えている。
「相変わらず、辛気臭い集まりだぜ」
ロニーがグラスを揺らした。
「せっかくこんな店に来てるってのに、酒と男の顔しかねえ。張、次からはもう少し趣向を凝らしたらどうだ?」
「そいつは残念だったな」
張は煙草をくわえたまま笑った。
「今夜は踊り子を呼んでいないんだ」
「そいつは聞き捨てならねえな。会議に出る楽しみが半分消えちまった」
「残りの半分は?」
「他人の不幸話さ」
「なら、今夜は退屈せずに済むかもしれん」
そのとき、入口の扉が開いた。
硬い靴音が、静かな店内に響く。
現れたのは、金髪を後ろにまとめた長身の女。
ホテル・モスクワのバラライカだった。
彼女は円卓の面々を一瞥すると、空いている椅子へ歩み寄った。
「よう、バラライカ」
ロニーが口元を歪める。
「今日あんたの誕生会か? ずいぶんと盛大だな」
「イタ公の漫談を聞かされるのが今日の趣旨?」
バラライカは椅子を引いた。
「ふん。帰ってもいいかしら」
「何?」
トマーゾが眉を吊り上げる。
「やめとけ、トマーゾ」
ロニーが片手を上げた。
「この姉さんは田舎もんだ。社交ってもんを理解してない」
「そうね。少なくとも、他人の誕生会に呼ばれてもいないのに押しかけるような社交は知らないわ」
「ハッ。口の減らねえ女だ」
「戯れ合ってるところ悪いが」
アブレーゴが不機嫌そうに割って入った。
「さっさと話を進めたい」
「その通り」
張が灰皿に煙草の灰を落とした。
「全員揃ったことだ。始めようか」
張は一同を見回した。
「さて。一週間ほど前から、ずいぶんと街を騒がせてる女中がいるそうじゃねえか」
アブレーゴの表情が変わった。
「……その話か」
「おや。心当たりが?」
「白々しいぞ、張」
アブレーゴは吐き捨てた。
「ロベルタだ。ラブレス家の狂犬が、この街にいる」
「ほう」
張は短く相槌を打った。
「そいつは穏やかじゃないな」
「知らなかったとは言わせんぞ」
「俺が知っていることと、あんたが知っていることが同じとは限らんだろう?」
張は薄く笑った。
実際、張はロベルタが現在ロアナプラにいることを把握している。
ファビオラという、もう一人のメイドが同行していることも。
だが、一週間前から街を騒がせているメイドはロベルタではない。
張はその違いを知っていた。
そして、アブレーゴが二人を同一人物だと思い込んでいることも、今の反応で確信した。
無論、訂正してやるつもりはない。
ロアナプラの四大勢力は、互いの利益が一致する範囲で協調しているに過ぎない。
コロンビア・カルテルが今回の騒動で損害を被れば、その分だけ他の勢力が相対的に力を増す。
張にとって、アブレーゴの勘違いはわざわざ正してやるほどの問題ではなかった。
「で、その女中がどうしたって?」
ロニーがグラスを傾ける。
「家政婦が一人暴れたくらいで、俺たちが集まって相談する必要もねえだろう」
「普通の家政婦ならな」
アブレーゴが答えた。
「あの女は違う」
「ほう。そんなに腕が立つのか?」
「腕が立つなどという話じゃない。あれは殺人機械だ」
「そいつはまた、随分と物騒な掃除屋だな」
ロニーが笑う。
「うちの屋敷にも一人欲しいくらいだぜ」
「雇うなら、まず棺桶を注文しておくことね」
バラライカが言った。
「冗談の通じねえ姉さんだ」
「冗談で済む相手なら、誰も苦労しないわ」
アブレーゴは苛立たしげにグラスを置いた。
「女中の件は我々の問題だ。余計な口出しは無用に願いたい」
「そいつは結構」
張が答えた。
「だが、あんたらが大勢の兵隊を動かすとなれば話は別だ」
アブレーゴの目が細くなった。
「……どこまで知っている?」
「噂話さ。この街じゃ、壁にだって耳がある」
張は煙草を指で挟んだ。
「本国から援軍が来るそうじゃないか」
しばらくの沈黙。
やがてアブレーゴが口を開いた。
「FARCだ」
ロニーの笑みがわずかに消えた。
「おいおい。今度は革命家まで呼ぶのか?」
「革命家だろうが何だろうが、使える兵隊なら構わん」
「ここはコロンビアじゃねえぞ」
「承知している」
アブレーゴは円卓の面々を見回した。
「本部の命令だ。ロベルタの首を取る。それが我々の仕事だ」
「ずいぶんと執念深い話だな」
張が言った。
「執念ではない。必要な処置だ」
「それで、FARCの連中まで駆り出すわけか」
「我々とFARCの関係を円滑にするには、女中の塩漬けの首が必要だ」
アブレーゴは言い切った。
「俺たちは女中を狩らせてもらう」
「意外に骨はあるようだ」
それまで黙って聞いていたバラライカが、薄く笑った。
「塩漬けの首とは、なかなか趣味のいい贈り物ね。受け取る側もさぞ喜ぶでしょう」
「何が言いたい?」
アブレーゴが睨みつける。
「別に。ただ、女中の首を取ることに随分とご執心のようだから」
「貴様には関係のない話だ」
「ええ。女中の首など、私には何の興味もないわ」
バラライカは煙草を灰皿に押しつけた。
「だが、我々の敵は女中ではなく、その相手の方だ」
「……その相手?」
張が聞き返した。
バラライカは円卓を見回した。
「例の女中がこの街に現れた目的は、復讐よ」
「復讐だと?」
ロニーが眉を上げる。
「主人を殺した連中を追っているの」
「相手は誰だ?」
張が尋ねた。
「アメリカの特殊部隊」
その言葉に、張の目がわずかに細くなった。
「……米軍か」
「女中の主人を殺した爆破テロ。その実行犯は現役の軍人よ」
バラライカは淡々と続けた。
「女中は、その連中を追ってこの街に来た」
張は煙草を口元に運んだ。
その脳裏に、以前ロベルタから聞かされた話が蘇っていた。
ガルシア・フェルナンド・ラブレス。
父親を爆破テロで失い、その後、消息を絶った少年。
ロベルタは、ガルシアが自分を守るために姿を消したのではないかと語っていた。
そして、彼女たちはその少年を捜すためにロアナプラへ来た。
爆破テロ。
主人を殺されたメイド。
アメリカの特殊部隊。
(……なるほど。そういうことか)
張は煙を吐いた。
二つの話が、頭の中で一本につながった。
同じ事件だ。
そこに疑いを挟む余地はない。
だが、奇妙なことが一つある。
一週間前から噂になっているメイドは、ロベルタではない。
ならば、誰だ?
(まさか……)
張は煙草を指で挟んだ。
(坊や自身が、女中に化けて一芝居打ってるんじゃねえだろうな)
馬鹿げた想像にも思える。
だが、すぐに否定することはできなかった。
父親の仇を追う理由なら、ガルシア自身にもある。
何より、ロベルタを守るために姿を消したという話が本当なら、彼女を巻き込まずに行動する動機もある。
(だとしたら、随分と危なっかしい真似をしてくれる)
張はバラライカを一瞥した。
彼女は何食わぬ顔で話を続けている。
米軍がこの街にいることは、張も把握していた。
しかし、噂のメイドがその特殊部隊を追っているという情報は、これまで掴んでいなかった。
しかも、バラライカは推測ではなく、確信を持って話している。
(……あんたは、どこまで知ってる?)
聞きたいことはいくつもあった。
だが、張は何も尋ねなかった。
今ここで、自分の手札を晒す必要はない。
「アメリカの特殊部隊ねえ」
ロニーがグラスを置いた。
「家政婦の敵討ちにしちゃ、相手が豪華すぎやしねえか?」
「相手が誰であろうと、復讐する側には関係ないのでしょうね」
バラライカが答えた。
「そいつは結構な話だ」
ロニーは大袈裟に両手を広げた。
「実に簡単な話だ、ミスター。連中に仲直りパーティーを開いてやるのさ。シャンパン抜いて、どでかいケーキにデカパイを仕込んどこう」
「シチリアの田舎じゃ、コメディーの興行もするようになったのかしら」
バラライカが冷ややかに返す。
「ふざけやがって、イワンのズベ公が」
トマーゾが低く唸った。
「おい、やめとけ」
ロニーが部下を制した。
「姉さんは冗談が嫌いなんだ。せっかくのケーキを台無しにされちゃかなわねえ」
「話を続けよう」
張が静かに口を挟んだ。
「女中の復讐劇は結構だが、問題はその相手だ。現役のアメリカ軍人が、この街に入り込んでいる」
「その通りよ」
バラライカが頷いた。
「ヤンキーどもの目的はたかが知れている。麻薬撲滅作戦でしょうね」
「で、どうするつもりだ?」
ロニーが尋ねる。
「この街への計り事がなされる前に、即時殲滅を図る」
「おいおい、米軍を相手に戦争でも始める気か?」
「必要ならばね」
バラライカは円卓の面々を見渡した。
「それがヤンキーであれ、女中であれ――あるいは、この席にいる誰かであれ」
彼女の視線が、一瞬アブレーゴに向いた。
「我々の縄張りを踏み荒らす者は、例外なく殲滅する。それがホテル・モスクワの方針よ」
円卓に沈黙が落ちた。
「……随分と威勢のいい話だな」
アブレーゴが低く言った。
「そちらの仕事に干渉するつもりはないわ」
バラライカは答えた。
「ただし、こちらの縄張りに火の粉が飛んでくるなら、話は別よ」
「我々の標的はロベルタだけだ」
「なら、問題はないでしょう」
二人の視線が交錯した。
張はその様子を黙って眺めていた。
アブレーゴはロベルタを追っている。
バラライカは、別の女中がアメリカ軍を追っていると語る。
そして、その二つの話の背後には、ガルシアという少年の影がちらついている。
だが、張は何も言わなかった。
今はまだ、その必要がない。
張は煙草を灰皿に押しつけた。
「この朽ちた港町が、悪徳の都に変わって三十五年」
唐突に始まった言葉に、全員が視線を向けた。
「このロアナプラがニューヨークのイブニングニュースに登場し、ご婦人方の話題にならずにこれたのは、ここに集う者、この街の支配者たちの思惑が一致していたからだ」
張は円卓を見渡した。
「俺たちは互いに殺し合うこともあれば、商売を邪魔し合うこともある。だが、少なくとも一つだけ、利害が一致していた」
煙草の煙が、薄暗い照明の中を漂う。
「この街を、日向の連中に触らせないことだ」
ロニーはグラスを置いた。
アブレーゴも口を閉ざした。
「だがこの街は脆くか弱い。ひとたび日向の者の介入を許してしまえば、最後にリングに立つのは誰だと思う」
張は一人ずつ、その顔を見た。
「そこには誰もいねえのさ。俺もお前らも、そしてリングさえもだ」
しばし、誰も口を開かなかった。
張は椅子の背にもたれた。
「女中と米軍がどんな因縁を抱えていようと、俺たちの知ったことじゃない。だが、その争いで街そのものが吹き飛ぶのは御免だ」
「同感ね」
バラライカが答えた。
「もっとも、火の粉を払う程度で済めばいいけれど」
「火事になったらどうする?」
ロニーが尋ねた。
張は笑った。
「そいつは火元次第だな」
「放火犯ごと焼いちまうってか?」
「場合によっちゃ、それが一番安上がりだ」
ロニーは声を上げて笑った。
「ハッ! ようやく面白い冗談が出たじゃねえか」
「冗談に聞こえたなら、幸せな男だ」
張が返す。
その横で、アブレーゴが立ち上がった。
「話は終わりか?」
「こちらからはな」
張が答えた。
「なら、失礼する」
アブレーゴは椅子を押し戻した。
「我々は予定どおり動く。女中の首は必ず取る」
「健闘を祈るよ」
張は軽く片手を上げた。
その言葉が本心でないことは、誰の目にも明らかだった。
アブレーゴが店を出ると、ロニーもグラスを空にして立ち上がった。
「やれやれ。今夜は女も踊らねえし、酒もまずくなっちまった」
「次は踊り子を用意しておこう」
張が答える。
「頼むぜ。でなきゃ会議の出席料を請求するからな」
「請求書はトマーゾに持たせてくれ。丁重に扱ってやる」
「そいつは遠慮しとく」
ロニーは笑いながら、トマーゾを連れて店を後にした。
残ったのは張とバラライカだった。
「……何か?」
バラライカが尋ねた。
張は新しい煙草を取り出した。
「いや。今夜はなかなか興味深い話が聞けたと思ってね」
「それは何より」
「情報通だな、あんたは」
「商売柄よ」
バラライカは椅子を引いた。
「あなたも人のことは言えないでしょう?」
「違いない」
張は笑った。
それ以上、互いに何も尋ねなかった。
聞かない方がいいこともある。
そして、聞かれない方が都合のいいこともある。
バラライカが店を出た後、張は一人、円卓に残っていた。
煙草の先が赤く灯る。
アブレーゴはロベルタを追っている。
FARCもやって来る。
そして、一週間前の女中はアメリカ軍を追っている。
その女中とロベルタは別人だ。
張はその事実を知っている。
だが、今夜の話で、一つの可能性が浮かび上がった。
ガルシア。
父親を爆破テロで失い、ロベルタを守るために姿を消した少年。
もし、あのメイドがガルシア本人だったとしたら。
(……坊や、何を企んでやがる?)
張は煙を吐いた。
答えは出なかった。
もっとも、今すぐ答えを出す必要もなかった。
この街では、慌てて手を出した者から指を失う。
張は灰皿に煙草を押しつけ、ゆっくりと立ち上がった。
その夜、黄金夜会は何事もなく閉幕した。
だが、会議に出席した者たちが持ち帰った情報は、それぞれ異なっていた。
アブレーゴは、ロベルタの首を取るという命令を遂行するため、FARCの到着を待つ。
バラライカは、ガルシアから託された情報を確かに広めた。
張は、アブレーゴの誤認を訂正することなく、ガルシアと噂のメイドの関係を疑い始めた。
そしてロニーは、誰が誰を殺そうとしているのかを、酒の肴にでもするつもりだった。
誰も知らない。
この会議の場に一度も姿を見せなかった少年が、既に盤上へ石を投じていたことを。
ロアナプラの夜は、いつもと変わらず騒がしかった。
だが、その喧騒の下で、何かが静かに動き始めていた。
おまけ回「猟犬の倒し方」
「……まあ、あくまで俺の推測なんだがな」
張は煙草をくわえ直した。
「一週間ほど前から街を騒がせている女中。ひょっとすると、ガルシア坊やが変装してるのかもしれん」
「んまあっ!?」
ロベルタが椅子から腰を浮かせた。
「わ、若様が……女中に……?」
「ああ。まだ確証はねえがな」
「い、いけません! そのようなこと!」
ロベルタは勢いよく立ち上がった。
「ラブレス家の当主ともあろうお方が、女中の格好をなさるなど! 断じてあってはならないことでございます!」
「……まあ、そうだろうな」
「若様には若様としての威厳がございます! 黒いワンピースに白いエプロンなど、ましてやフリルのついたヘッドドレスなど……!」
「おい。俺はそこまで言ってねえぞ」
「…………」
ロベルタの頬が赤く染まった。
「……失礼いたしました」
張はその顔を見て、思わず目を細めた。
(……おいおい。猟犬のくせに、マタタビを目の前にした猫みてえな顔してやがる)
口では必死に否定している。
だが、目は潤み、唇の端は緩みっぱなしだ。
張はふと、悪戯心を起こした。
「なあ、ロベルタ。ちょっと想像してみな」
「な、何をでございますか?」
張は彼女の傍らに歩み寄り、声を潜めた。
「普段は女中として仕えてるあんたが、今度は主人になるんだ」
「……私が?」
「ああ。ビシッとしたスーツを着て、立派な屋敷のソファに腰掛けてる」
「そ、そのような不敬な……!」
「で、そこに女中姿の坊やが、紅茶を運んでくる」
「…………っ!」
「真っ白なエプロンをつけて、小さな手で銀の盆を持ってな」
「い、いけません……若様に給仕など……!」
「坊やはちょいと緊張してる。何せ、慣れない仕事だからな」
張はわざと声色を変えた。
「『ロベルタ様、お紅茶をお持ちしました』」
「……あぁ……!」
ロベルタの膝がわずかに折れた。
「ところが、カップを置こうとして、うっかり紅茶をこぼしちまう」
「そ、それは大変でございます……!」
「坊やは慌てて、真っ赤な顔で謝るんだ」
張は一拍置いた。
「『ご、ごめんなさい、ロベルタ様……僕、失敗しちゃった……』」
「…………!」
ロベルタは胸元を押さえた。
「いけません……そのような……若様が私に頭を下げるなど……」
しかし、その表情はますます蕩けていた。
「で、あんたは主人として坊やを叱るわけだ」
「し、叱るなど! 滅相もございません!」
「『困った子だね、ガルシア。こっちへおいで』ってな」
「……ああ……」
「坊やはしょんぼりしながら、あんたの前にやって来る」
「……若様……」
「そして、涙目であんたを見上げるんだ」
張はロベルタの耳元で囁いた。
「『ロベルタ様……僕、ちゃんとした女中になれるでしょうか……?』」
「ひぅっ……!」
ロベルタが奇妙な声を漏らした。
「い、いけません……! ラブレス家の当主が、そのようなことをおっしゃるなど……!」
「そうかい? だが坊やは一生懸命だぜ」
「……っ!」
「今度こそ上手に紅茶を淹れようと、何度も練習するんだ」
「……なんと健気な……」
「そして、ようやく上手にできたとき、坊やは嬉しそうに笑う」
張は最後の一押しとばかりに、声を潜めた。
「『ロベルタ様……今度は上手にできました。褒めてくださいますか?』」
「――――っ!!」
ロベルタは両手で顔を覆った。
「お、おやめくださいませ……! 若様にそのようなことをさせるなど……あっては……あってはならない……!」
だが、その指の隙間から覗く顔は、至福の笑みに満ちていた。
「……ああ……若様……」
そして、ふらりと椅子へ倒れ込んだ。
「……おい、ロベルタ?」
返事はない。
ロベルタは目を閉じ、頬を紅潮させたまま、幸せそうに微笑んでいる。
「……若様……お上手でございます……」
張は煙草をくわえ直した。
(……倒しちまった)
かつてロアナプラを震撼させた、ラブレス家の猟犬。
それが今、たった数分の想像話で完全に沈黙している。
張は呆れたように首を振った。
「……あんた、口ではあれだけ否定してたくせにな」
すると、ロベルタがうわ言のように呟いた。
「……いけません……若様……そのような……」
その口元は、相変わらず緩みっぱなしだった。
張は堪えきれずに吹き出した。
「ハッハッハ! 駄目だ、こりゃ!」
そして、心の中で少年に語りかけた。
(……坊や。あんたの猟犬を止めるには、銃も爆弾も必要なかったらしいぜ)