BLACK LAGOON Maid's Salvation 作:AI太郎
第九話
ピザと拳銃
ラグーン号の船室は、あまりにも狭かった。
ガルシアは寝台に腰を下ろしたまま、薄い鉄板一枚隔てた向こう側から伝わってくるエンジンの振動を感じていた。
規則的なようでいて規則的ではない。
船体を叩く波の音と混ざり合い、絶えず足元を揺らしている。
豪華客船とは程遠い。
快適さなど最初から考慮されていない空間だった。
だが不思議と嫌いではなかった。
むしろ。
(本当にラグーン号なんだな)
そんな感想の方が強い。
二週間前なら想像もしなかった。
誘拐される未来は知っていた。
だから警戒もした。
出来る限りの手も打った。
それでも結果は変わらなかった。
まるで運命が帳尻を合わせるように。
気付けば自分はラグーン商会の船に乗っている。
ここまで来ると笑うしかなかった。
その時。
船室の扉が勢いよく開いた。
乾いた音が響く。
ノックは無い。
実にらしいと思った。
入ってきたのは女だった。
長い黒髪。
タンクトップ。
ショートパンツ。
腰のホルスター。
煙草。
そして人を威嚇するために生まれてきたような目付き。
(レヴィ)
内心でそう呟く。
もちろん顔には出さない。
出せば説明が付かない。
だが間違いなかった。
漫画の中で何度も見た顔。
動画の中で何度も聞いた声。
そして今。
それが目の前にいる。
レヴィは何も言わず、持っていたピザの箱をガルシアの隣へ放った。
「食え」
ぶっきらぼうだった。
愛想という概念が最初から欠落しているような言い方だった。
ガルシアは箱を見る。
思わず口元が緩みそうになる。
(本当にピザだ)
知っている。
この場面を。
原作ではここから関係がこじれる。
ガルシアは反発し。
レヴィは苛立つ。
そういう出会いだった。
だが目の前のピザは別に悪くない。
少なくともガルシアにはそう思えた。
「何だその顔」
レヴィが煙草を咥えたまま言う。
「別に」
「別にって顔じゃねぇだろ」
ガルシアは少し考えた。
正直に言うべきか迷う。
結局、少しだけ本当のことを言った。
「ピザ好きなんだ」
数秒。
沈黙。
それからレヴィは鼻で笑った。
「ガキかよ」
「ガキだよ」
即答だった。
レヴィの口元が僅かに歪む。
笑ったのかもしれない。
「違いねぇ」
ガルシアは箱を開けた。
湯気が立つ。
チーズの匂いが広がる。
一枚取り出す。
そして何となく。
本当に何となく。
壁にもたれて煙草を吸う女へ視線を向けた。
「一緒に食べる?」
レヴィが止まった。
煙草を持つ手も。
吐き出しかけた煙も。
数秒の沈黙。
やがて。
「あ?」
低い声だった。
脅しではない。
だが普通の人間なら反射的に身構えるくらいには迫力があった。
ガルシアは首を傾げる。
「いっぱいあるし」
レヴィはしばらく無言だった。
それから煙を吐く。
「へえ」
乾いた笑い。
「誘拐された坊ちゃんってのは海賊船でもティーパーティーを始めるもんなんだな」
ガルシアは少し考えた。
「ティーパーティーじゃないよ」
「違うのか?」
「ピザを一緒に食べるだけ」
レヴィは天井を見上げた。
本気で理解不能なものを見る顔だった。
「違いが分からねぇな」
そう言いながら箱へ手を伸ばす。
一枚取る。
一口齧る。
「まあいい」
肩を竦める。
「せっかくのお坊ちゃんのお誘いだ」
「無下にしたら俺が悪者みてぇじゃねぇか」
ガルシアは思わず笑った。
「ありがとう」
レヴィは即座に顔をしかめた。
「礼なんざ言うな」
「何で?」
「気色悪ぃ」
真顔だった。
ガルシアは吹き出しそうになる。
レヴィはそれを見て舌打ちした。
「笑ってんじゃねぇ」
「ごめん」
「謝るな」
「どっちなんだよ」
今度は本当に吹き出してしまった。
レヴィは呆れた顔をする。
だが怒ってはいなかった。
少なくとも拳銃を抜くほどではない。
しばらく二人は黙ってピザを食べた。
船が揺れる。
エンジンが唸る。
波が船腹を叩く。
その音だけが狭い船室を満たしていた。
やがて。
「で?」
レヴィが言った。
「何が?」
「怖くねぇのか」
ガルシアは少し考える。
怖くない。
そう答えるのは簡単だった。
だが、それは嘘になる。
誘拐された瞬間は確かに怖かった。
父やロベルタの顔も浮かんだ。
今でも心配しているだろう。
だから。
「誘拐された時は怖かったよ」
レヴィは黙って聞いている。
「でも今さら騒いでも仕方ないし」
レヴィは鼻で笑った。
「達観したジジイみてぇなこと言いやがる」
「よく言われる」
「だろうな」
レヴィはピザを齧る。
そして改めてガルシアを見た。
変なガキだった。
泣きもしない。
強がりもしない。
怯えもしない。
だからといって虚勢を張っているわけでもない。
妙に自然だった。
まるで。
この状況を最初から受け入れているみたいに。
その落ち着きだけが妙に引っ掛かる。
「お前」
「何?」
「本当に変なガキだな」
ガルシアは少し考えた。
その言葉は、もう何度も聞いていた。
カルテルの男達にも言われた。
そして今、目の前の女にも言われている。
「また言われた」
レヴィは鼻で笑った。
「そりゃ言われるだろ」
ガルシアも笑う。
その様子を見ながら、レヴィは箱の中のピザへもう一度手を伸ばした。
ロアナプラまでは、まだ少し時間があった。