あの出会いの後、彼女は身寄りの無い私に気遣ってか森で共に野宿をしてくれた。もっとも、私は眠くなかったので周りを散歩していたのだが。
彼女は寝ている間も警戒を解かず、私が変な動きをしようものならすぐに飛びかかって来そうだった。
彼女が目を覚ますと森を出ながら現状確認をし、色々と話した。その間に警戒が薄れたのか、あの場所にいたわけも話してくれた。
そこで、彼女に『魔法』という存在があることを教えた。魔法は体内の魔力を用いるのではなく、世界に満ちている魔力を用いるため魔力が無くとも使えるだろう、と。
そして先ほど「初歩的な魔法を教えてください」と言われたため自分の知識を総動員した結果、待ったをかけられてしまった。難しい言葉を言い換えればよかったのだろうか。
こちらが不思議がっている気配が伝わったのか、向き合っている彼女―ヴィーナが聞いてきた。
「あの、確かに私が魔法とやらについて知りたいし教えてほしいと頼んだのですが、その、実際に使ってみてくれませんか?私はまだ魔法の存在に半信半疑なので...」
「む。そう言われてもな、私も魔法を使ったことはなく知識でしか知りえないのだ」
すると、ヴィーナは驚きとともにどこか納得したように言った。
「そう言えば、カーシャさんは記憶喪失のような状態になっていましたね」
そう。私ことカーシャは一種の記憶喪失のような状態になっており、知識は残っているが経験と呼べるものはさっぱり抜け落ちてしまっている。
それ以前の自分が何者であり何処に居たのかは分かる。真っ白で変化の無い空間の中、あの錆びた大剣の刃先にうっすらと意識を向けながら誰かを待っていたことも。
その頃の自我はまだ希薄だった。はっきりと己の存在を自覚し始めたのがその場所からヴィーナに手繰り寄せられた後からだ。
ちなみに、この名前はヴィーナに付けてもらったものだ。本人曰く「なんとなく」だそうだが、良い勘を持っていると思う。
「しかしお前は、どんな魔法を、何処まで使えるようになりたいんだ?」
『魔法』と一口に言っても、それぞれ用途と目標が異なる。だから、確認する必要がある。何処まで手を伸ばすのか。
ヴィーナは答えた。
「それはもちろん、『全て』です」
言いきった。
本気だった。
ヴィーナはその果てのない目標を、本気で成し遂げようとしていた。
「全て?」
「はい。私はいまだに納得できていません。何故、私だけが魔術を使えないのか。既に他界した両親も魔術を使えないといったことはありませんでした。無駄だと理解していてもなお、魔術の勉強を止めない私を憐れんだのか嘲ったのか、『諦めろ』と何度も言われました。でも、私は魔術を使えるようになりたいんです。いえ、正確には自分の手で彼らと同じように現象を意のままに操ってみたいんです。まぁ、言ってしまえば仲間外れが嫌だという話なんですけどね」
「だから、貴方に出会えたこと、貴方が魔法について教えてくれたことを私は『運命』だと思いました。口にすると陳腐に感じてしまうかもしれませんが、貴方に出会えたことはそれだけ衝撃的だったのです」
そこまで聞いて、少し注意を促した。
「しかし、魔法と魔術とで引き起こす結果は同じだろうと、その根本が異なっている。例え魔法について明かさなかったとしても、魔力の流れを読めるものが見ればすぐに魔術とは違うものだと分かってしまう。だから、他の人間に溶け込むというのは無理な話だ」
「はい。その事は承知してます。ですが私は『魔法』に惹かれたのです。誰も知らず、それでいて魔術とは似て非なる『魔法』。それを使う場面を想像しただけで、まるで私だけ特別な存在になったように思えます」
「先ほど言ったことと矛盾していると思いましたか?私も自分で言ってて可笑しくなりますが、私の中ではちゃんと筋が通ってるんです」
そして、改めて覚悟を決めたようにヴィーナは言った。
「どうか、私に魔法を教えてください」
「知識さえ与えてくだされば、実践は私の方でなんとかしますから」
私は思った。魔法について教えるのは構わない。とくにやりたいことも無かったからな。
だが、教える側の私がそんな心持ちでは、本気で取り組もうとするヴィーナに対して失礼にあたるのではないかと、私の知識の中の『人間』像が言う。
ならば、どうすべきか。
自分の意思で何かを決めるのは初めてだ。
この事が後にも引いてくると考えると、少し恐怖を感じる。
恐怖を感じたのも初めてだ。
少し考えて、決めた。
「いいだろう」
ヴィーナの表情が華が咲いたような様子になった。
「ただ、私も魔法を使えるようになるりたい」
この言葉で、彼女の表情がキョトンとしたものに変わった。
「少し前に言っただろう。私もまた魔法を使ったことがない、と。私は、お前が本気で、それこそ人生を棒に振る覚悟をもって為すことを、傍で見て、聞いて、感じたい」
「おそらく、私は人間に憧れている。きっかけは、言ってしまえばある珍妙な男に出会った。それだけだ」
「だが、その男によって以前の私の在り方は揺さぶられ、お前によって完全に打ち砕かれた。今の私は以前とは似ても似つかないだろう」
「だからお前と共に居たい。共に魔法を使えるようになりたい。そして、感動を共にしたい。あの男と同じく強烈な『熱』を持つお前からなら、知識の中ではない、本物の『人間』の在り方を学べるかもしれない」
そして一拍の後、私自身の決意の現れともいえる言葉を放つ。
「私からも頼む。共に、魔法の使い方を学んでくれ」
ヴィーナの表情が意外な物を見たようなものから、徐々に喜色へ、そして笑いへと変わった。
「アッハ。ハッハハハハハハハハハ!」
堰を切ったように笑いだした彼女は言った。
「こちらこそ。予想外の返事が返ってきたけれど、これからよろしくお願いします。」
そして、何か思い付いたように付け加えた。
「ですが、カーシャさんも魔法を使えるようになると、魔法は私だけの特別ではなくなってしまいますね」
何処か意地悪げにそう言った。互いが互いの内をさらけ出したからか、少しフランクになっている。予想外の返答の意趣返しのようなものだろうか。しかし、この事については既に答えを持っている。
「一人でいるよりも二人でいる方が楽しいし面白いと思えるのではないか?まぁ、受け売りかつお前に当てはまるとは限らないのだが」
すると、ヴィーナはいよいよその笑みを深くし、先ほどよりも元気に笑った。
「それもそうですね。私が魔術を追い求めていたわけも、そこに多少なりともあったのでしょう」
「私は彼らの輪に入りたかった。共に魔術を学び、それに悪戦苦闘し、使えるようになった喜びを分かち合いたかった。それは、魔法を学び、使えるようになったとて感じることはできなかったでしょう」
「けれど、貴方が共にいると言ってくれた」
「おかげさまで、これまでよりももっと楽しい人生を送ることができそうです。」
眩いほどの笑顔を湛えた彼女はそう言った。
そして、私はすぐに実感することとなった。
――あぁ、私の決意は間違っていなかった、と。