ネトフリで脳を焼かれ書籍に脳を焼かれ映画館の大音響で脳を灰にされCV前田さんみたいな男子が居るかぐや姫が浮かんでしまったなどと供述しており

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翁の髪は稲藁の色であった。

「気になる女子? あー……酒寄彩葉かね」

 

 何てことはない男子の下世話なバカ話。そうやって流せなかったのはどうしてだろうか。

 

「マジかよお前」

「ああいうタイプスカしててうぜーとか言うかと思った」

「お前ら俺の事何だと思ってんだ、出るとこ出るぞバカどもが」

 

 意識している、なんて言うと変な意味になるけれど、いつだって自分を追ってきている順位となれば“ああ、やっぱりまたいる”と思わざるを得ない。

 

 俵優助。金髪に黄色の輪郭を伴った青色の目が特徴、かつ瞳と髪の色に物申されるのが地雷。風紀検査で染髪を疑われ、じゃあ調べてみろとその場で髪を切断し叩き付けたとかいう話がある。

 逆にそれ以外は口調の割に温厚。時折サボりで休むけれど授業態度は真面目。そのズル休み故に私より成績で上位になることはなく、そういう比較するような話が出るくらいには成績も優秀。

 

 知っているのはそのくらいだ。というかお互い関係するのを避けているというか。此方はともかく向こうは意図して接触しないようにしている節がある。

 だからだろうか。万年2位のシルバーコレクターの口から出る「気になる異性」に自分が挙げられたことに、少しだけ興味が湧いた。

 

「話振っといてアレだけどよ、お前適当こいてないだろうな」

「バァカ本命だよ。こんな話で嘘ついてどうすんだ」

 

 本命という言葉に膝から崩れそうになる。危うくバレるところを芦花と真実に支えられ事なきを得た。なんちゅうことを言ってくれるんだ彼奴。

 話している友人らしき二人も、まさか真正面から返されると思わなかったのかたじろいでいた。

 

「逆にな、逆にだぞ。どう言うとこがタイプなわけ?」

「タイプっつぅか一方的に気に入ってるだけなんだが」

「それをタイプだって言うんじゃねぇの?」

「外見の性癖だのなんだのって話なら俺のタイプは月見ヤチヨなんだが」

 

 なるほど中々見る目があるじゃないか貴様。だがライブの席は譲らんぞ。お前のような不良紛いに渡すかこの野郎。

 

「ぶっちゃけ高嶺の花じゃん? お前リアルだとそういう子のが燃えるん?」

「優秀すぎてお近づきできない感じだよなぁ」

「そんなザマで踏み込む度胸もねぇからパートナー見つからんまんまなんだろうが」

「やめろよ言語にも刃渡りの概念はあるんだぞ」

 

 芦花が呻きながら膝を突いた。可哀想に……私にはヤチヨがいるから問題ない。

 

「配信者に夢見て変な執着起こすと予後が悪いぞ久遠。最近お前ヤチヨにお熱だったろ」

「うっせぇ!!」

 

 今すぐ八つ裂きにしてやろうかあの野郎。

 

 散々言葉のナイフで喧嘩を売り散らかしてから、俵はようやく本題に立ち戻った。途中ケラケラ笑ってたあたり絶対わざとだ。本性の部分が死ぬほど悪質と見た。

 

 彼の性格上————伝聞ではあるが————自分より上に居る相手へ嫉妬すると言うことはまず無いように思う。そんなことに時間を使うくらいなら勉強なり何なりするか、そもそも自分の興味あるものへ時間を費やす質だ。後者は普通に口に出していた。

 だから気になる。何をもってして私を槍玉に挙げたのか。

 

 

「だって真面目だろ、アイツ。酒寄彩葉より真面目な奴は俺は見たことねぇ」

 

 語られた理由は、肩の力が抜けるくらいシンプルだった。

 

 

 

 今日も今日とてどうにかバイトを終えた。

 超無理限界ギリという有様だが、なんとかやり切った。帰れば3連休、勉強でも何でもできる3日間だ。

 

 耳の奥で反響する母の言葉を遮るように、ヤチヨの声に浸る。

 生きていくって大変だ。母の言葉はいつだって正しかった。痛いくらい、正しい。

 痛みしかない正しさの中で生きてきた母の背中を、ずっと追っていて。

 

「……あん? 珍しい奴に会ったな」

 

 ヤチヨがいなかったらどうやって生きていけばいいんだろうって思って、その苦しさに涙が出てきて。

 泣きたいと思う心が、優等生の仮面に蓋をされた。

 

「俵? 何してんのこんなとこで」

「買い出しだよ買い出し。今日に限って日用品欠けてんの多すぎてな、そこら中駆けずり回ってたんだわ」

 

 自転車の前後にこれでもかと積まれた荷物は、そのほとんどが消耗品。それを見て、こいつも一人暮らしだったんだとようやく知った。

 その中で詰め込まれた野菜や肉を凝視してしまう此方の視線に気づいたのか、俵は訝し気にしながらも声を掛けてくる。

 

「んな物欲しそうに見るなっつの、腹減ってんのか?」

「へ、減ってねーし」

「……たった今すげぇ勢いで唸った音は聞かなかったことにしとくか?」

 

 おのれ胃袋、裏切ったか貴様。

 誤魔化そうと腹のあたりを叩こうとして、それを見たこともないくらい素早い勢いで制止される。手首を掴む手はゴツゴツとしていて、日ごろから酷使しているのかヤスリみたいにざらついていた。

 

「ちぃとばかし関心しねぇな。つうか細ぇぞ。飯食ってんのか?」

「……あんたに関係あるの?」

「無ぇ。だが俺のポリシーには関係ある。そうまでテメェの身体に()()()()なのは見過ごせねぇ」

 

 そう言うや否や俵は籠を漁る。

 彼の手と視線が逸れた直後、いやに騒がしい周囲の様子が聞こえた。

 

 流れ星。その言葉に跳ねるように見上げた月を、何かが横切る。

 流れ星、願い。過る母の叱責。

 

「か、金……!」

「お前マジかよ」

 

 出てきた言葉はあまりにもつまんねーやつ過ぎた。おまけにすぐそこにいた同級生のことすら忘却していた。

 やらかした。そう思って口封じを試みる前に、俵は弁当とサラダの入った袋を押し付けてきた。

 

「晩飯のつもりだったがいいわ。そのザマ見過ごす方がダセェ」

 

 押し返そうとした此方を見通したかのように袋から離される手。地面に落下する前にキャッチ、それを「お受け取り有難うございま~す」なんて揶揄ってくる。

 気に入らない。支配したのはそんな反骨心で、同時に嫉妬心。自分と同じように一人暮らしをしていながら、自分よりうまくやってるように見えて、そのくせ自分より素行や成績が多少悪くてもヘラヘラ笑っていられて。そんな奴に情けを掛けられている現状が心底頭にきた。

 

「勝手な事しないで。というかあんたにメリット欠片もないじゃん……!」

「そうだな。だがメリットがねぇってのはやらねぇ理由にはならんだろ」

「とにかく、私はいらない! 大丈夫なのでお引き取り下さい!」

「返品してほしかったらレシート出せよ。あ、もしかしてもらってすぐ捨てるタイプか?」

 

 話を聞いているんだかいないんだかわからない適当な返答。余計にカチンときて、ちらりと見えた値札を暗算してふじゅ~payで返金しようとして――――

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その一言に、冷や水をぶっ掛けられた。

 

「それ、どういう」

「お前のツラに見覚えあるっつってんだ。こっちもこっちで、親元に居たら間違いなくくたばるから()()()()()()()()()()()()()()クチでな。事情は違かろうが、まぁ結果的な現況自体は変わらんと見たワケ」

 

 心臓が止まりそうになる。自分の現状と目の前の男子の生活が重なって、申し訳なさがいっぱいに広がってくる。

 それに、俵は今なんと言った? “親と暮らしていると危ない”、そんなニュアンスを込めていたのは間違いようもなくて、それはつまり、虐――――

 

「ああ、よく勘違いされるから言っとくが、殴る蹴る放り出すされたワケじゃねぇからな? むしろ逆っつうか、逆だからこそというかな……とにかく、同病相憐れむじゃねぇが同じような生き方しててその細さは放っておけねぇっつってんだ」

 

 鏡を見ろと言われ、思わず目元に指を這わせる。上手く隠していたつもりなのだが、見る人間が見れば分かるんだろうか。こいつにこうも簡単に見抜かれている辺り、芦花や真実にはもっと簡単にバレそうだ。隠し方、工夫しないと。

 そうして初めて俵の顔をまじまじと見つめる。アースアイと呼ばれる特徴的な瞳は生気を失っていないが、夜の暗がりでも分かるくらい疲労が貼り付いている。髪も心なしかボサボサで、無理矢理後ろで1つに括っていた。

 

「……だったら、余計返さないと。あんただってお腹空くでしょ」

「生憎、こちとらバイト先にゃ恵まれててな。随分な量の賄い出してもらってっから我慢は利く範疇だ」

 

 そう言いながら素早くメモを書いて弁当の袋に押し込む。こいつ連絡先まで押し付けてきやがった。

 挙句に此方の番号は知らせなくてもいいの一点張りで、さっさと自転車に跨って帰ってしまう。

 

「……ちくしょう」

 

 自分で自分の世話を焼いて、自分の事でいっぱいいっぱいのはずなのに、琴線に触れたからという理由だけで他人に手を差し伸べて、自己満足で去っていく。そうやって自分で自分の機嫌まで取れる。

 言い知れない敗北感に、噛み締めるような声がポツリと漏れた。

 

 そうして私も帰路に就く。

 件の番号の出番が来るまで、1時間も掛からなかった。

 

 

『で、電柱っ! ゲーミング電柱から赤ちゃん出てきて、何かもうワケ分かんなくて、こんなん通報しようにも無理すぎで……!』

『住所教えろ、今から行く。流石にこんな夜に赤ん坊抱えて外出す訳にゃいかねぇ』

 

 こっちが事情説明しようにもデタラメ過ぎてパニックを起こしている間に、アイツは即断即決で駆けつけて来た。

 子守歌代わりのヤチヨのRememberで泣き止んだり、泣き声で壁ドンを喰らったりという話を、アイツは真面目腐った顔で一つ残らず聞いていた。

 

「私が言うのも何だけどさ、こんな話よくも信じたね」

「赤ん坊、訳わからない、通報できない。この3つ揃った時点で無視するっつう選択は消えたからな。子守歌は……まあ、泣き止んだんだしいいんじゃね。子守歌とか俺も1つくらいしか知らねぇし」

 

 事あるごとに変な所でシンパシーを感じさせてくる奴だと思う。私は母と折り合いが悪くて家を出たけれど、俵の場合はもう少し複雑な気もする。真面目、不真面目とかいう独自の基準もそこに裏打ちされているのだろうか。

 

「ま、アレだ。赤ん坊放り出さずに連れ込んで寝かしつけた辺り、やっぱお前真面目だよ」

「しょうがないじゃん、あんな小さな子放り出す訳にもいかないし……」

「そんでもって()()()()()()だ。俺に押し付けたっていいとこをテメェで面倒見る前提で話してんじゃねぇか」

 

 こいつは私を何だと思っているんだろうか。幾ら何でも同じ苦学生に何者かもわからない赤ん坊を押し付けるようなマネできる訳ないだろう。警察とかに説明しようにも七色に輝く電柱から出てきた赤ん坊を拾いました、なんて信じてもらえるわけが無い。突拍子もなさすぎる。

 

「だったら交番の前にでも捨てればよかっただろ」

 

 心臓を握るような一言を投げられて、思わず胸倉を掴んだ。

 それでもこいつは何の痛痒もなく、口も閉じない。

 

「そういうこったろ。テメェで面倒見切れねぇなら誰かに預けるしかねぇ、けど肝心要の始まりについて説明できねぇ、だったら押し付けるしかない。最短最速で安全圏にぶち込むなら置き去り一択だ」

「ふざけないで、そんな人様に胸張れないことできる訳ないでしょ!?」

「誰も知らなきゃ犯罪にもならねぇよ。お前がやったっつったって誰も信じやしねぇ。()()があったならともかく、お前は明らかに巻き込まれた被害者。最悪は俺が連れてって置き去りにすりゃ、お前は何の関係もない優等生のまんまだ。俺には傷つく名誉もクソもありゃしねぇ、ダメージなら俺の方が少ねぇ」

 

 私を見下ろす星月夜みたいな瞳は、どこまでも現実的な生存を見据えていた。逃げ場ごと圧し潰すみたいに展開される言葉は、なるほどその通りにすれば全部忘れて生きられるかもしれない。母にまで内緒にできるかは分からないけれど、やりようによってはできてしまうのだろう。

 でも、何度考えたってそんなことできる訳ない。拾ったのは私だ、最低限の世話は拾った人間の義務だろう。

 

「私が拾ったの、なら最低限この3連休だけでも面倒は見る!」

「できんのかよ、そんな骨と皮みてぇなナリで。今にも眠気でぶっ倒れそうなザマでよ!?」

「やる!」

 

 冷たい月夜に、必死で睨み返す。お前の甘言なんかに乗ってやるか。

 そう思っていると、俵は急に破顔して、困ったように溜め息を吐いた。

 

「降参だ、やっぱ真面目だよ、お前」

 

 言うや否や、俵は赤ちゃんを抱っこして床に座り込む。

 刺激しないよう最低限の揺れで、手馴れているかのように抱き上げていた。赤ちゃんは男の手に収まって尚ぐずりもしなければ身じろぎすらせず、されるがままになっていた。

 

「3連休の間はっつったな。最低でもお前が寝る時間は俺が確保する。くたばりたくなきゃ、まずは寝ろ」

「だ、だから、私が面倒見るって……」

「そんな頭回ってねぇ意地だけのツラで言われても説得力ねぇよ。最低限休息摂ってからモノ言いやがれ」

 

 疲れで回らない頭では反論もできない。こんちくしょう、このやろうって思ってるのに、こいつを詰めて負かすための手札がまるで思いつかなかった。

 

「何だよジロジロ見て。お前もあやして欲しいのか?」

「んなワケあるか、このバカ野郎!」

 

 終いにゃ煽ってきやがる。頼れるのは間違いないけど嫌いだこいつ。

 

 結局その日は疲労に抗い切れず、赤ん坊も同級生の男子も放って眠ることになった。

 

 

 

 祝福のように差し込む朝日が熟睡できたという事実を優しく伝えてきた。6時間、普通にぐっすり眠れてしまったらしい。

 

「赤ちゃんっ!」

「開口一番それかよ。もう母親気分か?」

 

 俵は眠る前に見た姿勢のまま、位置だけを直射日光の当たらない場所に変えて赤ちゃんを抱えていた。まさかと思って聞いてみれば、やはり寝ずの番を決行したらしい。

 

「状況が状況だからな。途中5分ちょいくらい仮眠は取ったが、まぁ徹夜もやむなしだろ。俺だって赤ん坊の世話なんざ知らねぇし」

 

 何でもないように笑っているが、目は幾らか細くなって流石に眠そうだった。悪い事をしてしまったと謝ると、真面目にも程があると返されついでに鼻で笑われた。礼もまともに受け取れないのかこの野郎。

 

 すやすやと眠る赤ちゃん。昨日散々世話を焼かされたのに、こうして対面すると可愛くて仕方がなかった。ついつい触れて僅かにぐずったのに身構えるが、少しすると再び眠り始める。

 

「幻覚じゃ、ないんだ」

「こっちとしちゃ幻覚になって欲しかったんだがね」

「縁起でもないこと言わない」

「先に幻覚疑ったのテメェじゃねぇか」

 

 うるさい。

 赤ちゃんを撫でていると、ふと違和感を感じた。こんなにでかかったっけ。もっとこう、片手で抱えられるサイズだった気がするんだけど。

 視線が赤ちゃんの全身を走る。ブレスレットも心なしか大きくなって、決定的だったのは帽子だ。頭に嵌まらないサイズになっている。やっぱりでっかくなってるよね。

 

 ふと、赤ちゃんが着ていた服の股のあたりと俵のジャージのズボンが目につく。そこだけ色が濃くなっていて、触れてみれば嫌な湿り気を帯びていて……

 

「……やられたわけ?」

「しょうがねぇだろ、オムツとかある訳もねぇんだから。必要経費だ」

 

 何でもないかのようにしているが、表情が若干曇っていた。本音ではあるけど嫌なものは嫌という感じだ。

 でも、オムツか。確かに無いと困るよね。それに赤ちゃん用のミルクも要るし、抱っこ紐とか、あとは……と。

 指折り数えて、なんだか必要なものがやけに多いぞと気付いた。両手の指じゃ足らないんじゃないのかこれ。急いでスマホで調べてみればミルク一式だけじゃなくて消毒用の薬液なんかもいるらしく、あれもこれもと増えていく。

 

「……い、幾らくらいするんだろ……」

「とりあえず買ってこいよ、ほれ」

 

 何でもないかのように財布から3万ほどを取り出して押し付けてくる俵。3万とか。大金だぞおい。1か月豪遊して余りあるんだぞおい!?

 

「いらんいらんいらん! そんなお金受け取れないっつの!?」

「じゃあどうするよ、ただでさえギリギリ限界と見てりゃ分かるくらいのお前が同じだけの金出せんのか? 出せたとしてその後どんだけ追い詰められるんだお前」

 

 ぐうの音も出ない。ベビー用品がどれだけかかるか分からないけれど、痛い出費になるのは疑いようもない。

 けれど、お世話をすると言ったのは私だ。なら私が全部出すのが当たり前だろうに。ただでさえ一晩代わりに見てもらったのに、これ以上無償で施しを受ける訳にはいかない。

 

「思春期真っ盛りの一人暮らしの高校生が一人で赤ん坊の世話なんて見切れるわけねぇだろうが。何処からどう考えたって無理が来るのは目に見えてんだ、素直に共犯者捕まえたっつって巻き込みやがれ」

 

 あれやこれやと捲し立てたけれど、こいつはそれを理屈も何もなく一刀両断した。常識的に考えて無理となったらバッサリと根性論や精神論を切り捨てる性格らしい。

 けれど、そうだとしたらこいつはどうして昨晩の私の強硬姿勢に折れたのだろうか。それを聞いてみると、また鼻で笑いながら答えた。

 

「道端で会った時言ったろ、テメェに不真面目なのは見過ごせねぇって」

「だから何それ。その後にやっぱり真面目だーとか言ってたじゃん」

「真面目に不真面目ってやつだよ。クソ真面目に自分一人でやろうとする癖に、無理が祟ったらどうなるか後先考えねぇ。それで不幸になんのがテメェだけだと思ってやがる。()()()()()()()()()()()()から付き合ってんだよ」

 

 何言ってんだコイツと思ってしまった。言葉を頭で反芻すれば、私に何かあったら悲しむ顔が最低でも二人思い浮かんで、続いて痛くて鋭い正論が胸の奥に突き刺さる。コイツの言う事は要領を得ないけど、筋は通っているんだろうと嫌でも分かってしまう。

 

 そうこうしているとベビー用品店の開店時間が近づいてくる。赤ちゃんを抱えたままの俵を行かせるわけにはいかないけど、お金まで出してもらってこいつに買いに行かせるのも気が引ける。だから私が行ってくる、それでチャラ。

 そう思って家を出て、数分してから自分の部屋に男子を一人――――正確には赤ちゃんもいるんだけど――――で置いてきたことを思い出して。

 

「部屋漁ったら殺す」

『テメェ俺を何だと思ってんだ。帰って洗濯してぇんだからはよ行ってこい』

 

 そこそこキレた声で返された。ごめん。

 

 

 一万とんで三千二百四十三円。貰った大金の半分近くが消し飛んだ。子育ての味方なんてキャッチコピーを打ち出していたが高校生の味方ではなかったらしい。

 両手に荷物を抱えてひいこら言いながら帰ってくると、俵の奴は目を覚ました赤ん坊を鼻歌であやしていた。聞いたこともない歌だったから、思わず聞き入ってしまう。

 

 歌を聞いている赤ちゃんはといえば、きゃっきゃと嬉しそうに声を上げて俵へと手を伸ばしている。対して俵は我関せずという顔で、しかし赤ちゃんをじっと見つめながら歌い続けている。

 こうして見ると、やけに親っぽいというか、随分と様になっていた。拾ったのが私じゃなかったら……なんて考えて、敗北感が胸を刺す。

 

 暫く玄関で棒立ちしていると、振り向いた俵が心底驚いたような声を上げて若干後ずさった。 

 

「帰ったなら物音くらい立てろよ、ガチでビビったぞ」

「ごめん」

 

 俵にオムツを渡して、私はスマホでミルクの作り方を調べる。

 湯で溶かして、人肌まで冷ます。赤ちゃんはデリケートだと言うけれど、ミルク1つ、オムツひとつにすら積み重ねられたものがあるのは、世のお母さんの苦労が垣間見えたような気がした。

 ふと思い出す、母の姿。

 まだ父が生きていたころの、厳しいけど優しかった顔。

 

 私が赤ちゃんだった頃も、母は……

 

「俵さ」

「どした」

 

 人肌というにはまだ熱い哺乳瓶を眺めながら、気づけば俵に声を掛けていた。

 こいつは真面目だから、聞けば応えてくれるんだろう、なんて期待がもう生まれていて。

 

「小さい頃のお父さんお母さんって、覚えてる?」

「そりゃな」

「どうだった」

 

 とても曖昧な事を聞いてしまった。どうだった、なんてそれこそどう答えたものか分からないだろうに、こいつは真面目腐って首をひねりながら手をウェットシートで拭いている。

 

「親父はたまにしか帰ってこなかった。けど、帰る度にお土産だとか言って小物を渡してくるから楽しみだった」

「……お母さんは?」

「あー……」

 

 返答に詰まる。バリバリと音を立てて頭を掻いて、後ろ髪を縛っていた紐をするりと解いた。赤を主にして黒と銀の糸が編みこまれた綺麗な結い紐は、とても既製品には見えない。

 それを見つめながら、ぽつりと。

 

「『私に似たら許さない』……いつも、恨むような眼で睨みながらそう言われた」

 

 瞳も髪も、母親と同じ色だった、と。

 その言葉に、どう返したらいいのか、分からなかった。

 

 

 

 3連休は怒涛の勢いで過ぎていった。

 1秒たりとも私に勉強をさせることなく、である。

 

 結局夜の間の世話だけは俵は決して譲らず、私がしっかり眠って起きたのを確認すると家に帰っていた。睡眠時間が確保できたのは有難かったが、私が意地を張って昼間は面倒を絶対一人で見るなんて言ってしまったものだから、慣れない(慣れているはずもない)育児にてんてこまい。

 赤ちゃんを笑わせるためだけに時間が過ぎていって、気が付けばそれだけで終わってしまう。自分の事なんてさっぱりできていないのに、達成感と泣き方で何をして欲しいのか察する能力だけはきっちり積み重なっていた。

 

「うーっす、来たぞー、って……」

「何?」

 

 ぽかんとした顔で、夜の番をしに来た俵が私を見ていた。

 何か顔に付いているのかと聞くと、気まずそうに目を逸らす。

 

「……いや、何でもねぇわ。んで、だ」

 

 私から赤ちゃんを受け取ると、真剣な顔で私と視線を合わせてくる。

 言いたいことは何となくわかる。三連休の最終日、しかももう夜だ。最低でも面倒を見ると断じた期間はすぐそこまで来ている。

 

 はっきり言えば、これ以上は無理だろう。

 学校が始まれば面倒なんて見ていられない。俵は多少なら休んだっていいというけれど、それだって限度はある。

 疑われてもいいから、もう警察に預けよう。それが、二人の結論だった。

 

 

 

 俵の言動は正論っぽく聞こえる。うとうととしたまま動く思考で、ふと思い当たったのはそこだった。

 あくまでも「ぽい」のが重要だ。一見正しそうに聞こえる言葉を使って、或いはわざと神経を逆撫でするような言い方をして、一番楽な道を示して押し付ける。そして相手が受け入れるか跳ね除けるかで自分が協力するに値するかを探っている。

 本当に正しいかどうかが問題なんじゃない。自分が納得できる方法で自分の生き方を貫けるように、相手を()()しているんだ。

 

 情があるようで、無情な部分が見え隠れしている。自分が納得できないならきっぱりと切り捨てる冷たさが節々から感じられる。

 

 それが元々持っていたのか、或いは……

 

「こら、いたずらすんな」

 

 光が途切れて、きゃあきゃあと嬉しそうな声を上げる赤ちゃんの声が僅かに遠ざかる。

 それが何だか寂しくて、気が付けば身体を起こしていた。

 

「あかちゃん」

「悪い、起こしたか」

「あかちゃん……」

 

 離れていく声を掴むように、遠ざかる赤ちゃんを抱き締める。そのまま布団に戻って寝そべると、ただでさえ限界だった意識が自然と遠のいていく。

 

「お前は、俺みたいになるな」

 

 いやにはっきり聞こえたその声も、窓から入ってくる月明かりに(ぼか)されて消えていった。

 

 

 

「ねーねー、おなかすいたー」

 

 この三日間で聞き慣れたぐずりに目が覚める。開けた視界の先では珍しく俵の奴が寝落ちしていて、壁に背をつけて座ったまま熟睡していた。

 

「ミルク~」

「はいはい、少々お待ち下さいませ~……」

 

 ある日突然やって来た我が家のお嬢様は、ミルクをご所望だった。任せなさい、今日にいたるまでのお世話で私の察知力は極限まで磨かれて…………?

 

 何かがおかしい。いや何かというか明らかにおかしい部分があった。

 何で私とアイツと赤ちゃん以外の声がした!?

 

「うわぁっ!?」

「うおぉっ!?」

 

 驚いて飛び退けば、声の主も飛び退いた。

 相手は十歳くらいの少女。何処から来たのかと視線を彷徨わせれば、右を見ても左を見ても赤ちゃんが居ない。代わりに残された衣服が抜け殻みたいに落ちていて、脳裏を過る夜中の急成長。

 

 何となく想像は付いていたが、確定だ。コイツは人間じゃない。

 ベビー用品を神速で箱に詰め、目の前に差し出す。

 

「お引き取り下さい!」

「……どゆこと~~?」

 

 こっちが聞きたい。というか俵は何してんだ、まさか爆睡してて変化の瞬間見逃したのか?

 向こうが言い出したとはいえ連日徹夜朝帰りをさせてる私がどうこう言えるクチでもないけど、せめてその瞬間くらい起きてろと愚痴りたくなった。

 

「いやそれ言いたいのはこっちだから。てか何ですぐ大きくなってんの!?」

「んー、まあ、今どきは何もかものスピードが速いんですわ」

 

 何だそのコメント。街頭インタビューか?

 とにかく得体の知れない存在はもうお断りである。こちとらただでさえ同級生に大迷惑掛けてるんだ、これ以上世話になったら申し訳なさで死んで余りある。

 

「ちょっと、動いてよ」

「いーやーだぁぁぁ!」

 

 そうして始まる綱引き合戦。無理矢理外に放り出そうとして、力を込め過ぎて女の子が本気で痛がって。

 

「あ、ごめん」

「あああああ!」

 

 咄嗟に手を離したものだから反動でゴロゴロと床を転がった。

 やばいと思ったのもつかの間、ボウリングみたいに飛んでった女の子が座って寝ていた男の脇腹へクリーンヒット。ぐほぉ、なんてドラマのえぐいシーンでしか聞かないようなうめき声を上げて俵は俯いた。

 

「お、おま、なんちゅう起こし方しやが……」

「ごめんまじでごめん大丈夫!?」

「頭痛い~手も痛い~~だれか助けて~~~!」

 

 まだまだ真っ暗な月夜。

 一瞬にしてカオスな惨状が私の部屋に広がった。


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