ここから先は初めて劇場で見た日から決めていた領域ですの。
感情を、想いを、音の羅列にすること。
長ったらしい言葉というのは、私は基本嫌いだった。
だから、本当は大好きな人の前であるほど黙っていたくなる。音にしたら想いを取りこぼしてしまいそうだから。
それを曲げて説教じみた真似までしたのは、そうしてまで伝えなくちゃいけないものがあったから。
あとはまあ、少しのやきもち。一度くらいぶつけさせてよ、いつもはこんなもの押し込めちゃうから。
「どうだった? タケちゃん」
表情という概念を失ったように微動だにしない顔を動かして、私はこの人の前に立っている。
この姿を造った礎。
心から美しいと思った、もう一つの姿。
金も、白銀も。両方を身に着けていたくて、髪に真似て、瞳に真似た。
小さく頷いて、じっと彼女を見つめる。
最初は不安そうにしていたけれど、今はもうその意図を解したのか嬉しそうに笑ってくれる。その微笑みが可愛らしくて、こそばゆい気分になる。
「長い長い時間、ずうっと我慢してきたんだもんね」
私に合わせてくれているのか、いつもは饒舌な彼女は端的な言葉で意志を伝えてくる。
全ては、いずれ辿り着く明日のために。
私は最初からゴールが見えていたから耐えられたけれど、彼女はどうだったのだろう。当て所もない八千年の漂流は、苦痛などという言葉も生温いはずだ。
けれど、それでも笑っている。
痩せ我慢も当然あるだろう。しかし、それを上回る喜びがあったからこその笑顔なのだと言う事も、私は知っている。
ずっと見ていた。見つめ続けていた。
その上で、不干渉を貫いたのだ。
遥か彼方、擦り切れた想いの果てで、彼女が笑っている理由を知ったから。
八千年。数多の人々と出会い、別れ。触れ続けた想いがあったからこそ、今彼女は笑えているのだから。
それを変えてはいけない。手段があろうと、憐憫や自己満足で変えてはならない領域が、そこにあった。
「――――大切なメロディは、流れてるよ――――貴方の、ハートに――――」
八千年。幾度彼女は傷ついただろう。
たとえそれが必要な事でも、傷つく彼女を放置した事実は変わらない。
「あなたにも、届いたかな」
だから、私は謝らない。半端な謝罪ほど気に障るものもない。
だから、私は笑わない。半端な同情ほど愚弄するものもない。
ただ、真っ直ぐに。憧れたその瞳を、髪を、顔を、微笑みを、じっと見つめて。
「――――あまねく時間のただ中で」
一度だけ。憧れたその手に、海の色に染めた爪に、触れる。
「私は、あなたを見つめている」
◇
ヤチヨカップ優勝から少しばかり。
引っ越しを進める中で、俵経由でタケトリさまからのちょっとしたお願いを聞くことになった。と言っても何か難しい事を依頼されたわけでもなく、私達のチャンネルに1本の動画を加えて欲しいというだけのもの。
「あの子も歌えたんだね」
「俺も初めて知ったわ。聞いて腰抜かすかと思った」
内容はオリジナルの楽曲。
3分未満とかなり短いが、その、何と言うか……
「情念すごいんだけど」
「言ったろ、腰抜かすかと思ったって」
俵は絶妙というか味わい深い顔をしていた。そりゃそうだ、あのKASSENで初めてはっきり話したと思ったら次に送られてきたのがこんなのとなれば私でも唖然とする。かぐやですら「うおっおっも」ってすごい顔で感想漏らしてたよ。
と、まあそんなこともありつつ。
「え、好きでもない男と同棲すんの?」
「だってこいつほっとくと一人で消えそうだし。あとかぐやが寂しがるし」
「……まあ、俺も色々あってですね」
「おいおい、敬語じゃなくていいって言ったろ?」
「いや、リアルはリアルでしょうよ、区切りは付けないと」
「もしかしなくても案外真面目君か?」
いざ新居の契約をとなった段階で初めてリアルで顔を合わせた俵とお兄ちゃんが妙に意気投合していたり、こいつが私の彼氏だなんて変な勘違いをしていたりしたが、引っ越し自体は男手もあって思いのほかスムーズに進んだ。
強いて言うのなら俵の荷物だけ割れ物が多くて運ぶのに気を遣ったくらいか。バルコニーの一部と日当たりの丁度いい場所はさっそく奴の持ち込んだハーブ類に占領されつつある。
部屋に行くや否やかぐやは大はしゃぎで走り回り、バルコニーで髪にじゃれつく風と絶景を堪能していた。
「最強になった気分……」
「そりゃ、こんなとこ住むやつは間違いなく最強だろうよ」
部屋をどうするかという話も出たのだが、散々ああでもないこうでもないと揉めた挙句に私たちに二階の個室が割り当てられ、俵はリビングの一部を使うという事になった。
こいつ自身そこまでパーソナルスペースというものに頓着しないのもそうだが、自発的に門番を買って出たという背景もある。トラウマというか不安症は根深いらしく、いっそ玄関が近い方が安心すると宣っていた。
「パンケーキ……たまには買ってってやるか……いやいや、何考えて――――」
「いーろーはっ!」
「どわっ、どっから出てきた!?」
何とはなしにそこまで急ぐわけでもない買い物に行けば、必要なものがかぐやの物ばっかりで母親じみてるなと自嘲したり。
ホットケーキミックスに目が留まって、日常生活では考えることはかぐやの事ばっかりで俵の事あんまり気にした事無いなと気付いたり。
「彩葉いないとつまーんなーいよー」
「俵のとこいなさいよ」
「それはそれでこれはこれー!」
だ、そうで。
俵と居る時は甘えが多くなる一方で、私と居る時はスキンシップ多めというか、とにかくべたべたに引っ付きたがるようになっていた。これは気のせいでも何でもないんだろう。
「かぐやもそれやるー!」
「ちょっと、危ないって、じゃまー」
俵には絶対しない絡み方で二人でお昼ご飯のパスタを作ったり。
あいつはそんな私達を尻目に竹細工とかハーブの加工に精を出していたり。
「俵~一緒にお風呂はいろー」
「無理言うな」
「一人で入りなさいよね」
「ゔぇ~……じゃあ上がったら髪やってー!」
「……だ、そうですけど」
「……へいへい」
ただ、いざこうやってこいつが傍にいる生活になってみると、途端に分からなくなることもある。
「私とあんたの関係って何なんだろうね」
「さぁな。ぶっちゃけ俺も分からん」
微妙に隙間を空けて同じソファに座る。
たったの1か月と少しだっていうのに、まるで長年傍にいたような心地だ。恋心も何もないんだから当然甘い展開なんて無いし、ドラマやヤチヨのお悩み配信で聞いたような出来事だって無い。
お互いの事情を知ってしまったからこそ手放すに惜しくて、結果的に一番近い場所に居ることになって。それがなんだか妙な居心地の良さを作り出している。
「好きな人とか居ないの?」
「生憎と。そういう話は綾紬か久遠にでもしてやれよ」
「なんで芦花」
「諌山は彼氏いんだろ」
「それもそっか」
同年代の異性がすぐそばに居るんだからもっと緊張感を持った方がいいんだろうけど、こいつ相手だとそんな気にもならない。芦花と真実曰く男子のそういう意識はすぐ分かるとの事らしいが、俵からそんないかがわしい視線が飛んできた試しなんて一度もなかった。
「タケトリさまは?」
「……半分家族みたいなもんだしなぁ。姉だか妹だか分からんけど、まあそんな感じだ」
「結局手放さなかったもんね」
「そうそう手放せるかよ」
結局タケトリさまと私たちは一度も話さないままだった。どうやってツクヨミへやって来たのかもはぐらかされて終ぞ答えてもらえなかったらしく、俵に踏ん切りを付けさせようとして出てきたという説が定着しつつある。
とはいえ、実際のところは真逆の結果に終わったわけだけれど。
「縁切りの神様相手に縁切りなんて御免だって啖呵切るとはね」
「いざ選べって言われた時に出てきたのがあの答えだったんだよ」
気恥ずかしそうに髪を掻いて、いつだかのように髪結い紐を解いて眺める。
今までのような何かを思い詰める顔ではなく、どこか達観したような、憑き物の落ちた顔だった。
「結局、良かったことも悪かった事も、転げ回りたいくらい無様だった事まで全部ひっくるめて今の俺が居るんだろうなって思ったわけ」
「その結果が女の敵なわけだけど、そこんとこどう?」
「言わせとけばいいんじゃね?」
そう。あのKASSEN、俵とタケトリさまの会話は全て観客席に筒抜けだった。元カノと元カレの喧嘩なんてコメントまで付いていた上に、従妹か実妹だなんて説のあったかぐやがタケトリさまに敵意むき出しでがるがるしてて、挙句の果てに出た言葉が「全部抱えて行く」。
炎上とまでは行かなかったけれど、あれこれ結構言われた果てにオタ公さんから直々に「縁切りの巫女と縁結びした男」なんて言われちゃったもんだからさあ大変。最近はSNSでも小説って見れるんだぞ俵。秀逸なのが山ほど見れるぞ。
「ま、私は同居人一人や二人増えるくらい別に良いけど」
「連れてくる前提かよ」
「いつかはそうなるでしょ」
「かもな」
またあの時のように「来ちゃった」なんて言って住み着くんじゃなかろうか、なんて。そんな突拍子もない未来も、かぐやが居るなら有り得そうだってお互いに笑った。
そうこうしているうちにがたりと扉の開く音がして、お風呂上がりで薄着のかぐやが顔を出した。
「上がったよぉ~最っ高だったぁ~!」
たっぷり時間を掛けてほかほかに仕上がった姿でかぐやは私と俵の間にどっかりと座り込んでくる。同時に舞い散る水飛沫、こいつ全ッ然乾かさないまま来やがったな。
「俵ぁ、髪ー」
「こういうのは酒寄のほうが適任なんじゃねぇの?」
「今日は俵の気分~」
「ンだそりゃ……」
俵に背を向けたままドライヤーを手渡し、ソファの上で胡坐をかいて私の方を向く。
手馴れた調子で髪の水気をタオルで拭き取って、ぼさぼさにならないよう丁寧に温風を当てていく姿は随分と様になっている。かぐやは俵があのアパートに来るたびにお風呂上がりの髪のケアを所望していて、通話越しの芦花の指導もあってパワーレベリングの要領で俵の技術は上達していった。
気持ちよさそうに身を委ねる一方で、視線は柔らかく此方を見つめたまま。どうしたのなんて聞けば何でもないって返ってくる。
その笑顔を見てると、なんだかこっちまで胸の奥がむず痒くなってきて。慌てて視線を逸らせば今度は俵から初心だねぇなんて言われて揶揄われる。
――――好きな人には良いとこ見て欲しいんだろ
まずい、いらんタイミングでいらん一言を思い出してしまった。顔に熱が集まっていくのが嫌でも分かってしまう。
自分で分かるということは周囲からすればもっとわかりやすいのか、私を見てるかぐやの目の輝きが一層増した気がして、それがさらなる羞恥を煽ってくる。
「~~~~ッわ、私お風呂行ってくんね!」
「あ~逃げた~」
「根性無しめ」
「うううっさいわ!!」
湯船に浸かって物思いに耽れば、浮かんでくるのはかぐやの笑顔ばっかりで。
それを全部綺麗だったなぁなんて思っていたらちょっと逆上せてしまって、顔の赤みは全然取れてくれなかった。
「いひひ……」
「……なあ、こいついつの間に俺んとこ来たワケ?」
「さぁ……幸せそうだしいいんじゃない?」
……まあ、部屋の割り振りは初日の夜には崩壊したわけだけど。あの奔放かぐや様が自分の部屋だけで寝るなんてお行儀のいいことするわけがなかった。
昨晩なんて私のパソコン勝手に覗いて、挙句同じ布団で寝たかと思えば翌朝には俵のとこにいた。自由すぎる。
斯くして迎えたライブ当日。
緊張でご飯も喉を通らず心臓張り裂けそうな私とは大違いで、かぐやは興奮が隠し切れないばかりか終わった後の話までしてくる。
エレベーターを昇りながらヤチヨの話に耳を傾けて、神様みたいに思ってた推しだって緊張することはあるんだって分かったら、少しだけ呼吸が楽になった。
「ねえ、彩葉」
「どうしたの」
「俵、見てくれてるかな」
登り切る直前、私の答えも待たずに開けた視界。
けれど、それに言葉で何かを伝える必要なんて無かった。
だって、ほら。
無限にも思える星々、かつて私が居たあの場所で。
「――――ぁ」
星月夜が、笑っていた。
観客席は、演者からもちゃんと見えていたんだ。
◇
熱狂、興奮、そして消耗。
余韻と言うにはあまりにも強烈な熱量を浴びながら、一瞬で過ぎ去った1時間に思いを馳せる。
「め――――――――っちゃ、楽しかった!」
大興奮でそう叫ぶかぐやに、今は同意する。何と言えばいいのだろうか。言葉に出来ない熱量が、私の中にもまだ渦を巻いている。
「彩葉、好き」
「私なの?」
観客席をぐるりと見渡して、それから火照った顔でこっちを向いて、そんなことを言うかぐや。
ライブ後の興奮に潤んだ目はなんだか色っぽくて、本当にそういう雰囲気というか。客席で愛を叫ぶファンたちすら置いてけぼりにして、真っ先にそんなことを言うのが私なのか。
いや、まあ、まんざらでもないというか。でも無理というか、法律がというか。
「あー、もー、彩葉と結婚しようかなー」
「俵はどうすんのよ」
「結婚しても一緒に居てくれるでしょ?」
「……かもね」
あんまりにも無邪気で無条件の信頼に、思わず頷いてしまった。
あいつは私たちの関係に関わらず、ずっと傍にいてくれる。いつの間にか私までそんなことを思っていたらしい。
「となると、俵のパートナーも探してあげないとね。あいつだけ独り身ってのも酷いでしょ」
「じゃあさじゃあさ、ヤチヨとかどう!?」
「えぇ、
んげぇ、なんてとんでもない声を出してしまった。同時に聞こえてくるヤチヨの驚いたような声。おや……?
「……いやぁ、ヤチヨは皆の歌姫といいますか、ツクヨミの管理人として公平に~……と、いいますかぁ……」
「……個人通話の番号まで教えたくせに?」
「うぐぅ」
なんだこれは。
なんかこう、こっちもこっちでまんざらじゃなさそうだぞ?
ちょっとこれはアイツを問い詰めねばなるまい。
――――そう、思った直後だった。
ざらりとした違和感。糸に引っ張られるような、嫌な感触。
モニターを支配する「2030/09/12」。
現れたのは――――白い体に、灯篭の頭?
それがかぐやの腕を掴んだ瞬間、彼女はその場に座り込んだ。
咄嗟にキーボードを振りぬけば、ソレの腕はもげて黒い血のような何かを撒き散らす。薄桃色の花びらを散らすのがツクヨミのアバターであるはず。だというのに、これはどこまでも有機的過ぎる。
その異質な事象と反対に腕を千切られた側は痛みを感じる素振りもなく、その数だけを増やして取り囲んできた。
どれほど来るなと叫んでも、かぐやに大丈夫かと聞いても何の反応もない。目を開いたまま視線が宙に浮いていて、周囲に何の反応も示していない。
再び伸びる白い腕。
それを弾いたのは不可視の衝撃だった。
「おいたは――――」
「――――あぁ。このためだったワケね」
観客席から飛び込んだ白刃が、全てを両断する。
Φ
「よう、あんたがお偉いさんか」
白い空間、何もない世界。
言葉がないまま、それは思惟を直に伝えてきた。
そこに敵意はない。
そこに害意はない。
そこに、悪意はない。
ただただ、ひたすらに穏やかな意志があった。
「謝らなくていいって。これでも楽しませてもらったし、ちっとばっか勇気も貰えた」
それは、謝罪をしていた。
迷惑を掛けた、手間を掛けさせたと、ひたすら真摯に。
「……なあ、かぐやは帰らねぇといけねぇのか」
こんこん、と。竹を叩いたような不思議な音と共に、再び伝送される思念。
それは、かぐやが居ないことで何が起きているのかを説明する。
「はは、ンだよあいつ、マジで全部ほっぽって来ちまったわけか。とんだ爆弾もあったもんだ」
ゆらり、と揺れる菩薩面の存在。星月夜に伝わってきた思念は、あろうことか苦笑だった。
“爆弾はあなただ”と、それは伝えてくる。
「……やっぱ、縁切りなんてオカルトじゃ片付かないもんなんだな、
縁切りの権能――――その正体は、
どうやっても月人が残してしまう地表への痕跡を、ボタン一つで一切合切漂白してしまえる。そんな途轍もないもの。
月人の技術で作られながら、月人たちが一切関知できなかったもの。
ただ一振りで存在した事実そのものを削除するそれは、
恐るべきはそれがアプリケーションという形である事。世界に張り巡らされた糸を刃で断つという一連の動作が行えるのなら、それが誰でも可能であるという点。
俵が振るった一閃。それが引き起こした事態を検知した眼前の菩薩面は、“これはまずい”と強引なコンタクトを取ってきた。礼儀正しさを失わない、合理を重んじる月人にあるまじき強硬策は、それだけ菩薩面の焦りをうかがわせる。
其れは穏やかに、しかし肉体があったのなら冷や汗に塗れていただろう精神状態で告げてくる。“どうかそれを渡して欲しい”と。
市井の一個人が原爆の発動スイッチを握っているようなものだ。しかもそれが極めて容易に複製可能となれば、其れの焦りも分かるだろう。
“タケトリさま”にコンタクトを取らなかった理由は極めて単純。彼女自身が使う条件を強く限定していると月人たちも理解したから。
だが俵は違う。一度やったように、必要とあらば何度でも、どこであってもその刃を振るうだろう。だからこそ渡してくれと其れは迫っている。
だが、俵の裡で何か薄ら寒い直感が走る。
「コイツを渡すってなったら、俺はどうなる?」
月へと意識だけを連れていくことになる、と。
無慈悲に、しかし包み隠すことなく真摯に其れは告げた。
「……悪い、そりゃできねぇ」
彼の答えは拒否だった。僅かに硬直し、詰め寄らんとする月人の代表者。
だが、彼の表情を見た瞬間、その行動を止めた。
そこに在ったのが敵意ではなく、もっと慈愛に溢れたものだったから。
月人たちは自我が希薄だ。そして合理を重要視し、言ってしまえば人間的な欲に欠けている。だが、それは決して人間的な感情を理解できない訳ではない。
長い時を経れば、それが如何なるものであるかくらいは学習できる。
「お前らにとっては冷や汗モンの爆弾なんだろうけどよ。俺にとっては、手放しちゃいけねぇもんなんだ」
俵の脳裏を過る、白髪の少女。
行かないでと言われ、そして継承してしまった縁切りの刃。
何故継承できてしまったのか。
タケトリさまは何者なのか。
今を持って尚分からずともどうでもいい。
俵にとって、このまま行ってしまうというのは全ての縁を手放す行為。
だから、頷けない。
「……なあ、あんた。ここって時間はどうなってんだ? 地球と同じように進んでんのか」
殆ど止まっているに等しい、と菩薩面は返した。
月人の演算能力を活用した疑似的な加速空間。1問の計算問題に要する時間の差が生む、相対的な時間停止。
なら僥倖、と俵は不敵に笑って返す。
「
Φ
事態は、
何かを隠しているヤチヨ。
何も話してくれないかぐや。
道坂と久遠は混乱していたけれど、端末に送信された「絶対帰ってくる」というメッセージを信じることにしたと語った。
芦花と真実、二人に背を押されて遊びに誘って、かぐやとお揃いの向日葵模様の浴衣で花火大会へ。
そうして、花火を見ながら語らった。
月での生活。どうして地球に来ようと思ったのか。
そして、あの日付――――9月12日に、お迎えが来ること。
あの一瞬を境に急に大人になってしまったかのように、かぐやは月に帰る運命を受け入れてしまっていて。
私ばかりが取り残されたような心地だった。
あんまりにも急に訪れた終わり。受け入れて覚悟するしかないなんて言った言葉が、ツクヨミの私の武器みたいに飛んで帰ってきて、心臓を突き刺した。
「……彩葉」
今の今まで気丈だったのに、その声だけはなんだかあんまりにも弱弱しくて。
気が付けば、向日葵は光から目を背けてしまっていた。
「俵、もう帰ってこないのかな」
「――――」
泣きそう、なんてもんじゃない。潤んだ瞳は、限界まで後悔を溜め込んでいて。
「かぐやが、彩葉と結婚する、なんて、言ったから?」
自分は要らないと思っちゃったのかな、なんて言って泣き出してしまう。
それが見ていられなくて、必死に言葉を探した。
探して、探して、探して探して探して。
「――――かぐやにとって、俵ってどんな奴だった?」
ようやく出てきたのは、そんな一言。
けれど、かぐやはそれに応えようと、嗚咽交じりに答えてくれた。
「……最初はさ。
「……」
「ひょっとしたら、彩葉より好きだったかも」
まあ、そりゃそうだろうな、と。出会った当初の私なんて喋れるようになったかぐやの事思いっきり追い出そうとしたし。
ちょっとばかり凹んだこっちを尻目に、赤くなった鼻を啜りながら、震える声で思い出を綴る。
「でもね。この世に生まれたらバッドエンド、って言われて……すごく、怖くなった。その時は、受け入れて覚悟するしかないって言った彩葉の顔がすっごく綺麗に見えてさ。付いてくなら彩葉かな~なんて、思ったんだ」
お前そんなこと思ってたんかい。まるで都合のいい女じゃないか私は。
「それからもね、その考えだけは変わらなかった。付いていきたいのは彩葉だし、彩葉には可愛いかぐやちゃんだけ見てて欲しくなった。でも、一緒に居て……心がゆる~ってなって、彩葉に言えないことを言えるようになったのが、俵だった」
何だよそれ。ずるいじゃん。
あいつの言ったことドンピシャなんて誰が思うんだよ。
押し寄せる後悔と、それすら覆うような愛おしさに頭がおかしくなりそう。今までずっと言ってくれてたのに。
かぐやは大好きだって全身で表現してて。それをあいつの言う事だからなんて思って、適当に流して。俵どころかかぐやも纏めて蔑ろにしてたんだ。
「黒鬼とのKASSENでさ。彩葉と言い合ってる帝のこと見てて――――色んな事言ってもさ、最後にはいいよって受け止めてくれる。いつだってずっと心配してる。そういうの見てたらさ、俵ってお兄ちゃんみたいだなぁって思ったんだ」
兄みたい、なんて言われていたけれど。
わらD実兄説なんて言われて鼻で笑っていたけれど。
かぐやにとって、あいつは、俵は、本当に――――
「……もしも月に帰っちゃう日が来ても、一緒に行きたいなぁって、思っちゃうくらい。もしかしたら、先に月に行って待ってくれてて、かぐやを彩葉のとこまで連れてってくれるんじゃないかなって。今も思ってるくらい、甘えてた」
――――迎えた9月12日。
私たちは、かぐやを守り切れなかった。
ツクヨミからログアウトした時には、かぐやはその場で眠ったように倒れていて。
私がどうにか学校に行こうと決意しても尚、目覚めなかった。
俵は、帰ってこなかった。
Worthfull Wordless World(タケトリさまが送りつけた曲)
レンズを覗いて見えた海原で 織姫様が躍ってた
何時まで経っても夜の世界 貴女はいつだって笑ってた
あんまりにも綺麗だから あこがれちゃって 髪を染めたの
この目で見つめた草原で 笑っていたのは浦島太郎
夏の木漏れ日のただ中で 貴方はいつだって笑ってた
あんまりにも楽しそうで 嬉しくなって 瞳を染めたの
世界と私を繋ぐ糸を 鋏でひとつひとつ切っていく
コードの羅列にしたら きっと無粋な関数になっちゃうもの
あなたと私を繋ぐ糸を 刃でひとつひとつ切っていく
言葉になんてしてあげない 伝えきれなくて満足できないもの
きらきら星が瞬いて 胸に抱くきらきらも瞬いた
誰にも見せてなんてあげない 色でなんて語れないくらい綺麗なんだもの
月が映した煌めきの中で 星たちは踊ってる
私は地上で見つめたまま 煌めきに目を煌めかせる
ねえどうか悲しまないで 憐れまないで
だってこんなにも愛おしいのだから
だってこんなにも胸が弾んでいるのだから
時間と光と音の最果て
始発駅は終着駅 私はあなたを見つめているわ
哲学なんて無粋な話じゃない ただ大好きだから立ち尽くすの
満月の下 星の煌めき 綺麗だって思えるなら大丈夫
あまねく時のただ中で 私はあなたを見つめているから
だから恐れないで 貴方はきっと帰って来れる
私が保証してあげるから この光の満ちた世界に