今は昔、竹取の翁といふもの有りける   作:何もかんもダルい

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ようやくクライマックスに辿り着きました。ここまで思えば長かったような、短かったような。シリーズでもない単品完結の映画に此処まで情緒と創作意欲を狂わされるなんて半年前の私は思いもしなかったでしょうね。

劇場の上映が始まるまでにはケリをつけたいところですわね。


終章:序

『彩葉――――大好き』

 

 抱き締めてきた温もりが、花が散るように消えていく。

 耐え切れなくて、何も言わずにツクヨミから逃げ出した。

 スマコンを付けていると現実が霞むような気がして、すぐに外した。

 

「かぐや」

 

 かぐやは、その場に倒れていた。

 全ての役目を終えたような、安らかな顔で眠っていた。

 

「かぐや」

 

 肩に触れる。揺すろうとして、突き飛ばしてしまった。

 あまりにも()()。錯覚なんかじゃなく、本当に、まるで見た目だけの抜け殻になったみたいに軽かった。

 

「かぐや、かぐやぁ……」

 

 頬を叩いて、肩を叩いて。それでも、かぐやは起きなかった。

 

 そのまま横抱きにして、かぐやを寝室まで連れて行った。

 ほんのさっき勢い余って身体を弾いてしまったように、その体は人間と思えないくらい、軽かった。

 ビニールの人形や綿のぬいぐるみなんてもんじゃない。レジ袋をくっきりはっきりとかぐやの輪郭にして固定したようで、意識し続けないと彼女を抱えていることを忘却しそうになる。

 息はしてる。脈拍も、あった。触れれば体温だってちゃんと感じる。

 けれど、意識の重さが完璧に欠落していた。

 

 暫くその寝顔を見つめていると、スマートフォンが通知を告げる。

 

 ――――使っちゃった分、返す! ご迷惑かけました!

「こんな大金、使えるかよ、ばかやろー……」

 

 いつもだったら痛いよって言ってくるくらい、その白い手を握り締める。

 何の反応も返さず、かぐやは眠っていた。

 もう一つ、通知の音が来たような気がしたけれど。

 もうこれ以上かぐやの声がしない世界に耐え切れなくて、電源を落とした。

 

 寝息にすら耐えられなくなって、部屋を後にする。

 

 自分の部屋でパジャマに着替えて、それでようやく、俵の声がもう思い出せないことに気付いた。

 思い出そうとすればするほど、どんなだったか曖昧になっていって。

 声の次は、顔。顔の次は、立ち姿。立ち姿を忘れてしまえば、次は言葉。

 最後に残ったのは、■のことも大事だったって想いの温度だけ。

 

 そうして■の事に集中すると、今度はかぐやの声まで掠れていって。

 顔も姿も覚えていて、言葉が消えそうになって、無理矢理思考を止めた。

 

「――――う、ぅう、あぁあ……」

 

 何の音もしないマンションの中で、私の泣き声だけが響いていた。

 

 

 目が覚めて、まず初めに気付いた違和感は植木鉢だった。

 それがいつなのかは分からない。1、2時間うとうととしては辛くなってかぐやのところへ行き、そうしてまた辛くなって一人になる。それを繰り返していたから、まともに記憶に残るくらい意識が動いていたタイミングがまるで判別付かない。

 

 そこにあったはずのハーブが、一つ残らず消えていた。からからに乾いて砂みたいになった土だけが陶器に詰められている。

 あれほど漂っていた香草の香りがしない。キャニスター缶は全部、一欠片の破片も残さず空になっていた。

 作業のために拡げられていたブルーシートの上にも、何にも残っていなかった。なんのために敷いてあったのかが分からないくらいに綺麗だった。

 

 ふと思い立って、ぐるりと見回した、ような気がする。

 竹で編まれた繭玉みたいな鈴が二つ、リビングの机にぽつんと置いてあった。

 

 強い既視感を感じてるのに、それが何なのかが分からなかった。上手く頭が動いてくれなかった。

 ただ、散々ムカついていたあいつの痕跡がひとつひとつ消えていっているような気がして、繭玉の鈴をぎゅっと握り締めたような気がする。

 

「いってきます」

 

 声は反響することもなく空気に消えた。

 二つあった内の片方を今も起きないかぐやの手に握らせて、もう片方はヘアピンに通して簪みたいにして、いつもの髪型(お団子)に差し込んだ。

 

 ころん、ちりん、と。

 くぐもった優しい音が、背後から聞こえていた。

 

 

 学校に行くと、色んな人から声を掛けられた。

 数日の無断欠席の間にあまりにも色々な噂が立ちすぎて、一つ一つ否定してもいられなくて「おはよう」で通した。

 

「酒寄さん、おはよう」

「おっす」

「……二人とも、おはよう」

 

 廊下ですれ違った道坂と久遠が声を掛けてくれた。

 二人はかぐや防衛戦にも参加して、俵の分も戦ってくれていた。

 

――――ッッ、ざ、けんなァ!!!

――――アイツから、奪うんじゃねぇェェッ!!

 

 俵は守れない約束はしない、だから絶対に帰ってくる。ただそれだけを精神的支柱にして、二人は黒鬼ですら抗い切れず倒れた月人の精鋭に全霊で食らい付いた。

 結果は、お察しだったけれど。それでも、あの一番大きな仏像のような月人の元へ最も肉薄したのはこの二人だったのは間違いない。

 

 そんな姿を見ていたからか、かぐやが今どんな状況になっているのかはするりと話すことが出来た。

 全部消えなかっただけ僥倖かもな、って皮肉気味に笑った二人を見て、前に進もうとしてるのは私だけじゃないって思えて、少しだけ気が楽になった。

 

「道坂」

「おう……なぁ、酒寄さん」

 

 二人は、私がそそくさとログアウトしてしまったばっかりに話せなかったことを伝えてくれた。スマホにも連絡を入れたと言っているし、おそらくあのかぐやの入金の後に来た通知は彼らからのものだったんだろう。

 

 曰く、戦闘後に月人から奇妙な伝言らしきものを預かったと。

 文字化けしたメールアドレスで送られてきた数字とアルファベットの羅列。その形式から久遠がIPアドレスではないかと見抜いたものの、地球上には存在しない未知の形式であり、宛先がまるでわからないとのことだった。

 

「こっちはこっちで色々調べてみる。その、傷心中に言う事ではないと思うが……あんまり、気を遣い過ぎるなよ」

「しんどかったり、綾紬さん達にも言えんってなったら俺らに八つ当たりしたってええから。今一番キッツいのは酒寄さんやろ」

「ごめん……ありがとう」

 

 KASSENならいくらでも受ける、なんて茶化して言いながらも声色や態度には裏なんて一つもなくて、ただただ純粋に私を案じていて。

 俵が友達として心を開いていた理由も、少し分かった気がした。

 

「――――連絡返せんくて、ほんとごめん!」

「無視ひどー」

「家乗り込もうかと思ったよ」

 

 冗談めかして拗ねる二人。

 それがもう申し訳なくて更に深く謝れば、私が生きていればいいから、なんて言ってくる。何か言った方が良いのかとも思ったけれど、こう言われるまでの積み重ねに心当たりがありすぎて何にも言えなかった。本当にごめん。

 まともに何かを食べた覚えがない事を肌の状態から指摘され、いつかの日の代わりとばかりに私の奢りでBAMBOO Cafe(バイト先)のカボチャフェアに行こう、なんて誘われた。

 

 そうして気付く、二人の足跡。

 あのカフェはSNSで告知なんてしない。フェアをやってるのを知っているのなら、それは必然あそこに足を運んでいることになる。

 

 その目的は、なんて、分かり切っていて。

 目的を考えれば、バイト先だけに留まるわけが無くて。

 オートロックのマンションは私が応えなければ入れない。スマートフォンだって電源を切ってしまっていた。だから、私の情報を求めてバイト先へ行った。

 

 我慢なんて出来なくて、自分で自分を張り倒したくなって。

 ころん、という音に背中を押されて、始業のチャイムに駆け出した背中を全力で追いかけた。

 

「ごめん、ごめんね、ごめんなさい……」

「もう、いいよ、彩葉」

「泣かないで。大好きだよ」

 

 独りでなんて生きられないんだ。

 独りで生きたつもりになってただけなんだ。

 何時だって、支えられてたんだ。

 

 ちりん、と鈴の音。

 仕方のない奴だって笑われた気がした。

 気づくの遅ぇよって言われた気がした。

 

「ありがとう、芦花、真実……」

 

 そうだね、って。二人の温度を感じながら、そう返した。

 でも、まだ。このまんまじゃ、顔向けできないじゃん。

 

「――――ごめん、二人とも。私、まだ終われない」

 

 二人の力強いハグと“いってらっしゃい”の声を聞いて、私は職員室へ駆けていった。

 

 

 

「立花先生、進路もうちょい悩みます!」

「……一応、理由を聞いてもいいかい?」

 

 ぽかんとした先生の顔を尻目に進路調査の紙を引っこ抜いた。

 最初こそ唖然としていたけれど、先生はすぐに調子を戻して聞いてくる。

 

 ころん、ちりんと音が鳴る度。

 誰かが、私の背を押した気がしていた。

 あいつが、まだそこに居る気がする。

 本当にそうだとしたら、私はいよいよ頭がどうかしてしまったんだろう。

 でも、今はそれでもいい。

 

「やらなきゃいけないこと、あるので!」

 

 どこか安心した様子の先生に見送られながら、マンションまで走って帰る。

 過った後悔、逡巡、その他諸々。今は全部ぶん投げて隅に放っておく。

 

――――ま、この世に生まれた時点でバッドエンドだろ

 

 このまま終われるか。

 

――――ハッピーエンドいらない。フツーのエンドで結構です

 

 そんなわけあるか。

 

――――これが私のエンディング! 超楽しく運命に向かって走ってく

 

 そんなの認められるか。

 

「そんなわけない」

 

 かき集めたエナドリを机に積んだ。

 

「そんなわけない」

 

 パソコンに、ヘッドフォンに、必要な機材全部持ってきた。

 

「そんなわけない」

 

 仕舞いこんだキーボードを持ってきて、机に叩き付ける勢いで固定した。

 

「このまま終わっていいわけ、ない!!」

 

 そして、スマートフォンの電源を点けて。

 表示された名前に、躊躇わずにボタンを押した。

 

 聞こえてくるお説教は耳を離して尚クリアで、ひたすら私の瑕疵を挙げ連ねてくる。

 お兄ちゃんは受け流せって言ったけれど、私にはできない。だから、私なりに向き合う。

 

――――ころん。

――――現役の弁護士に口で勝てる訳ねぇだろ。土俵に上がろうって時点で詰んでる。

 

 また聞こえた鈴の音。同時に胸の裡にやって来る、苦しいくらいの熱さ。そして、それを押し込めた鉄の冷たさ。

 それが母の、お母さんの声なんだって、何故か分かった。

 

「――――ごめん、お母さん」

 

 11回も着信を無視したのは私だ。そこは素直に私が悪いので、まずは謝罪する。

 熱さが揺らいで、もう一度同じ温度まで戻った。

 

「私、お母さんの理想にはなられへん」

 

――――ちりん。

――――どこまで足掻いたって、親と子の時点で別の人間なんだよ。憧れた通りになんてなれねぇんだ。

 

「私、ずっと頑張ってきてん。お母さんと対等に話せるようになるために。お母さんとまた家族になるために。でもさ、分かったんよね。お母さんと私は違う人間なんやって」

 

 当たり前のことだった。

 生きた環境が違う。生きた時代が違う。生きてきた世界が、まるで違う。親子っていうだけで同じように走れるほど、似通ってない。

 

「同じ気持ちでいたいなんて、土台無理な話やった。でも、それでええ」

 

 熱さは変わらない。鉄の冷たさも変わらない。

 でも、確かに響いてる。今の今まで聞こえてなかった音が、分厚い鎧を貫いて、ちゃんと届いてる。

 

 この人は、そういう言葉を望んでたんだ。今までみたいな、自分の理想のない空っぽの言葉じゃ届かない。お兄ちゃんが行ってしまったのは、上手くやったからっていうのもあるだろう。でも、それ以上に自分で決めたから。誰かの背中に憧れるだけじゃなくて、自分で道を踏み出そうとしたから。

 

 ただ憧れて背中を追いかけているだけじゃ、この人は揺るがない。あまりにも硬くて、熱くて、冷たくて、鋭くて、強すぎるから。

 

 私は、そんな風にはなれないから。

 

――――ころん。

――――あんまりにも遅ぇ話だけどよ。脛齧るだけならともかく、いつまでマザコン拗らせてんだって話だよな。

 

『――――ええよ、やってみ』

 

 スマートフォンを挟んだ直線距離200㎞の言い合いの果てに、母は急に私の主張を認めた。

 最後に、好きな事をするには責任が付きまとうって、いつもみたいに鋭く忠告して、そのまま通話が切られた。

 

「……言えた」

 

 言えた。ただその事実だけが、頭に残る。

 母との思い出、あの日の家族の思い出。その全部が急に遠のいて、まるで私だけ空へ羽ばたいていったような心地で。

 

 でも、まだ熱量が残ってる。

 何もかもが遠ざかっても、感じた想いだけは息をしてる。

 

 だから、大丈夫。

 何度母からの電話が来てもそう言える。そう思えた。

 

 

 それから、何度か月が昇るのを見た。

 あの曲が完成したころには、部屋にはゴミが散乱していて。

 

 裸足でバルコニーに出て、手の中にかぐやのブレスレットを抱いて、歌った。

 何度も、何度も。

 

 かぐやの身体、亡霊のようになってしまった抜け殻。

 なら、中身はきっと月へと行ってしまったんだろう。

 

 だから、歌う。

 何度も、何度も。

 届け、届けって祈りながら、月明かりが染めた夜の空気を吸い込んで音に替える。

 

『――――そんならかぐや、もう一回!』

 

 声が聞こえた。

 

――――ちりん。

――――後は頼むぜ、酒寄

 

 声が聞こえた。

 

「――――彩葉」

「かぐ、や」

 

 声が、聞こえた。

 軽くなってしまった身体を、不自由そうに動かして。

 

「えへへ、帰ってきちゃった」

 

 軽すぎる身体を、潰さないように気を付けながらぎゅっと抱き締めた。

 あったかくて、やさしい音がする。

 

「おかえり、かぐや……」

「うん、ただいま」

 

 かぐや、私のかぐや。

 私のところに来てくれた、愛しい貴女。

 

「私ね、お母さんと話せたよ」

「うん」

「あいつが、背中を押してくれた気がしたんだ」

「うん」

 

 ありがとう、私のところへ帰って来てくれて。

 ありがとう、沢山の思い出をくれて。

 

「だからこそ――――」

「まだ終われない、でしょ?」

 

 いつかの日みたいに、悪戯っぽく笑ってくる。

 そうだ、まだ終われない。追いかけなくちゃいけない人が残ってる。

 

「行くよかぐや。ハッピーエンドまで突っ走る!」

「おっしゃ、まかしとき!!」

 

 ピースからの、チョッキンの、こん。もう出来ないなんて思ってた二人の合図を決めて、私たちはもう一度と立ち上がった。

 ――――瞬間。スマホが着信で震える。表示された名前は……

 

「FUSHI?」

「えっ? なんで?」

 

 多分ツクヨミのアカウント経由で調べたんだろうけど、ちょっとばかり不気味だ。

 けれど今は好都合。間髪入れずに通話のボタンを押して、耳に当てる。

 

「もしもし?」

『何も言わないで、ツクヨミに来てくれ』

 

 ノイズがかった音声は聞き取りづらい。電波状況が悪い? そんな訳はない。FUSHIはツクヨミの中の存在のはず。

 何が起きていると聞こうとした瞬間、一方的に通話は途絶えてしまった。

 

 

「来たか、酒寄」

「久遠?」

 

 ツクヨミへログインした私たちを待ち構えていたのは、FUSHIと久遠だった。FUSHIはアバターがローポリゴンになってレトロゲーみたいな状態。明らかに何かおかしなことが起きていると、先ほどのノイズと合わせればすぐに分かった。

 

「なんであんたが」

「こっちもこっちでとんでもない事になっててな。道坂の方はリアルで更に調べ物してもらってる」

 

引退したばかりのかぐやがこんな往来で話していて目につけば大事になる。久遠が自分のプライベートルームに私たちを案内して、すぐにFUSHIが管理者権限でロックを掛けた。

 

「厳重だね」

「それだけ出鱈目な癖にヤバい情報掴んだんだよ、胃袋ネジ切れそうだ」

 

 げんなりとした顔も一瞬。FUSHIとアイコンタクトをしてお互いに頷いてから、二人は口を開く。

 

「まず一番(いっちゃん)不味い話からだが、ツクヨミが攻撃されてる」

「はぁ!?」

「えっ、それこんなのんびりしてていいの? かぐやちゃん反撃しとく?」

「いやいい、というか無駄だ。外からじゃなくて内側からだからな」

 

 ローポリ状態なのは少しでもリソースを対応に割くためだとFUSHIは語る。

 状態としては自己免疫疾患(アレルギー)に近いらしく、ツクヨミ内部の「何か」に反応して防衛プログラムがツクヨミ自身を攻撃しているのだとか。

 

「今は適当なウイルスデータをでっち上げて対処に当たらせて鎮静化させてる。その間に何を探してこんなことをしてるのか、もう一人に探って貰ってるわけだ」

「……何と言うか、器用ね」

「俺ら二人とも探偵とか何でも屋になりたかったんだよ。だから情報(そっち)系もそこそこ理解できるくらいの知識は趣味で持ってんだ」

「でも俵から聞いたことないよ?」

「理解できねぇ話延々とされたってつまんないだろ。だからあいつの前じゃそういう話しなかったんだよ」

 

 肩をすくめながらそう言う久遠に苦笑を返す。話題を選んでもらえるくらいにはあいつも友達に好かれてたんだな、と、ちょっとだけ嬉しくなった。

 ただ、話を戻して気になる点が一つ出てくる。ヤチヨだ。

 ツクヨミの管理者はヤチヨで、FUSHIは多分ヤチヨにもしもがあった時のためのサブ、或いはサポートの立ち位置のはず。

 

「ヤチヨは? 何かあったの?」

「ヤチヨは……」

 

 言い淀むFUSHI。その表情はどこか消沈していて、何かが起きたのだということを無言のうちに伝えてくる。

 ただ、その「何か」はツクヨミの異常とは無関係なのは明白だろう。ヤチヨにも危害が及んでいるのなら、もっと焦っているはずだから。FUSHIの表情にはそういう焦燥がない。ひたすらの悲しみがそこにあった。

 

 それを答えられない事情があると解釈したのか、久遠が一言断りを入れてから話を続ける。

 

「次だ。例の月人からのメッセージだが、どこのアドレスなのかが分かった。現代のソレみたいな識別番号みたいなやつじゃなくて、座標と()()()の複合だった」

「座標……は分かるけど、時間?」

 

 時間。その言い方だと、まるで今じゃない、それこそ過去か未来につながるアドレスだとでも言うかのようで。

 それを聞いた瞬間、ちらりと目をやったかぐやの表情は一変していた。今まで見た事のない、おそらくは月に居た頃の彼女なのだろう技術者じみた表情で顎に手を当てて、何かを考え込んでいる。

 

「……彩葉、今だから言うね。私は()()()()()()()()ここに戻ってきた」

「……否定要素全部取っ払って残った一番有り得ない仮説だったけど、これで確定だな」

「――――な、んで……?」

 

 そうして、意を決したように語られた言葉は、あまりにも突拍子もなくて。

 こっちが唖然としている間に、久遠はやっぱりか、なんて納得した顔で腕を組んでいて。

 FUSHIはといえば、そんなはずはないとばかりに愕然とした顔で。

 

「あのIPアドレスは、8()0()0()0()()()()()に繋がってる」

 

 追いつけない私を置いてけぼりにして、久遠は確信を持った顔で語る。

 

「アクセスしようにも何かにブロックされる。パスワードとかセキュリティじゃない、もっと別の条件が必要なんだろうな」

「でも、じゃあ、いったい誰なの、それ」

「そこが問題だ。FUSHIから事情を聞いて、ヤチヨに見てもらっても分からなかった。だから、俺が心当たりある月人っていうのはもう一人しかいなかった」

 

 組んだ腕を解いて、久遠は真っ直ぐにかぐやを見る。私がかぐやのためにあの曲を作っている時に違和感に感づいたように、久遠もまた俵を探して答えに近づいていたんだ。

 ひたすらに手がかりを追い求める眼差しはまっすぐで、それこそ探偵みたいで。その奥には、友達を何としてでも見つけたいって想いが燃え上がっていた。

 

「かぐやちゃん。君を地球に送り出したのは、誰だ」

 

 問われた言葉。

 かぐやは、花火の時みたいな運命を覚悟して、けれど同時に受け入れるんじゃなく抗うような顔で応える。

 

「タケちゃん――――タケトリさまだった」

 

 

「――――最初は、無意識に盗作でもしちゃったのかと思った」

 

 一度ツクヨミからログアウトし、軽く着替えてかぐやと共にARモードのスマコンでFUSHIを追いかけていく。

 

「でも、できるはずないんだ。だって、あのイントロを作ったのは小さい頃の私とお父さんなんだから。だからってヤチヨが盗作をするのも無理だと思う。だって方法が無いし、仮にできたとしても私のパソコンをわざわざ狙って盗む理由は無い」

 

 迷路みたいにあちこち走って、角を曲がって、坂を上って、電車に乗って。その最中に、私なりの気づきを口に出して整理していく。

 

「一番のヒントはタイトルだよね。Remember、“覚えていて”“思い出して”。何を、って言われたら、今になったらもう一つしかない」

 

 ライブ前の一言。もうRememberを歌わないのはどうしてかと聞かれて、ヤチヨは役目を終えたからと返した。

 「覚えていて」――――誰に向かって歌っていたの? そんな疑問は、タイムトラベルという単語をかぐやから聞いて氷解する。

 

「何でヤチヨだけがあんなにも高性能だったのか。何でツクヨミが月に近かったのか。何で、私の曲……Replyと同じイントロが使われてたのか。あの曲を覚えて、月に持ち帰ったのは一人しかいない。でしょ、かぐや」

「うん。彩葉の歌が月からでも聞こえたんだ。だからもう一度って、かぐやちゃん頑張っちゃいました」

「そうだね、すごいや……でも」

 

 だからこそ、ヤチヨの正体はおのずと絞られる。

 

「ヤチヨの正体は、もう一人のかぐや」

 

 分裂? 並行世界? あるいはもっと別の何か? そこまでは分からないけれど、だからこそ本人に話を聞く必要がある。彼女の、ヤチヨ(かぐや)の身に何が起きたのか。

 

「FUSHI、今ヤチヨは何してるの」

「ヤチヨは……」

「運命を受け入れちゃったんじゃないかな」

 

 ピンと伸ばした背筋で、金髪が日の光に照らされる。それは卒業ライブの日に見た、あの顔にそっくりで。

 太陽みたいな笑顔は、月みたいな静謐さを同時に持っていたんだと改めて想う。

 

「多分、タイムトラベルに失敗したんだと思う。どこに落ちたのかは分かんないけど……彩葉と俵に会いたくて、ずっと一人で頑張って、ここまで来て……月に帰る(かぐや)を見送って、全部終わったんだって立ち止まっちゃったんじゃないかな」

 

 私だったらそうなっちゃうな、なんて茶化して笑う。

 彩葉と俵、自分を作り上げた二人に出会うためだけに足掻いて藻掻いて、辿り着いたかぐやとの離別をエンドロールとして受け入れてしまったんじゃないかと。

 

 ――――そんなの。

 

「そんなの全然、ハッピーエンドじゃない」

「言うようになったじゃん、彩葉ぁ」

 

 当たり前でしょ。だって、全部あんたに教えてもらったんだから。

 全員纏めてハッピーエンドに連れていくよ。

 ヤチヨも、俵も。私は全然諦めてない。

 

――――ちりん、ころん。

――――……参ったな、こりゃ

 

「――――え?」

「……かぐや、聞こえたの?」

「僕にも聞こえた……!」

 

 目を丸くして、かぐやはポケットに突っ込んでいた、私は髪に差していた鈴を見る。

 

 目的の駅に着いたアナウンスが流れて、扉が開く。

 まだまだ見えない明日を探すように、私たちは駆け出した。




 序破急終でしっかり終わらせたい所さんなんですけれども、プロット見てると「これ破か……?」「これ急か……?」「自分で捩じ込んだ要素全部拾ったか??」って自分で自分に首傾げてしまうのが困るんですわよね。
 まあブレーキ取っ払ってアクセル握った暴走特急なので終着駅に着けば正義でしてよ!がんばりますわ~!!


以下、個人的解釈ですのでちょっとぼかし入れますわね。

 わたくしの母も紅葉女史ほどじゃないけど自立のために尻叩くタイプだったので殊更悪くは言えないんですわよね。そのおかげで今があるって自覚も感謝も尊敬も(多少の恨みも悲しみも)あるので、私は少なくともあの人を過ちはあれど悪とは捉えられませんわ。

 ただ、彩葉とはあまりにも相性が悪かった。良い悪いの話ではなく、二人が一緒に居る限り彼女は壊れる以外の道が無いくらいに、悲しくなるくらい相性が悪すぎた。
 彩羽は紅葉さんの言葉を全部真正面から真に受けてしまう(自分にとって必要な事だけ抜き出すという事ができない)し、紅葉さんは紅葉さんで心が強靭過ぎて常人では膝を屈しているところをどこまでも進めてしまう。

 母として子供二人を自立させねばと、研ぎ上げられた強靭な意志は剃刀の茨で出来た道を涼しい顔で歩けてしまった。
 兄は「流石についていけない」と早々に別の道へ歩いて行ったけれど、彩葉は兄と父が遠くなったせいもあってか、母を追いかけるあまり痛い痛いと泣きじゃくりながら剃刀を踏み続けてしまった。母も母で、痛みに呻いて立ち上がれないのでは自分と同じ道は歩けないと手を差し伸べることが出来なかった。

 同じ道の別の歩き方を示せるのは、今は亡き父しかいなかった。
 母に茨以外の道を教えられるのも、亡き父しかいなかった。
 少なくとも、私には酒寄家はそういう風に映りました。

 尊敬も、感謝も、正論だったって自覚も、痛みも悲しみも全部全部持ったうえで、自分はそんな風には生きられないと言い切る事。
 もうあなたが居なくても飛んでいけると、遠い遠い小さな影をもって親に示すこと。
《blur:9》 和解するかどうか、善か悪か、敵か味方かという二元論ではなく、ただ別の道を歩いていくというだけの事。それが酒寄家という家族の出した答えなんだと思っています。


次回、八千代を超えて。
 
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