今は昔、竹取の翁といふもの有りける   作:何もかんもダルい

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めっちゃ長くなってしまいましたが、ネタバラシの回ですわ!
ここまで来た彩葉とかぐやが止まるなんて思ってもないのでフルスロットルでぶっちぎってもらう所存でしてよ。


終章:破

「――――これが、ヤチヨ?」

 

 思わず出てしまった一言を、かぐやが静かに肯定する。

 

「彩葉の歌が聞こえてから、かぐやはとにかく月での仕事を頑張った。すんごい急いでたら、ある日あの月人が声を掛けてきたの」

「あの……?」

「彩葉もあの日に見たんじゃないかな。私に一礼してた、でっかーい王冠被ったみたいな人」

 

 まだ痛む記憶を探れば、合致する月人は確かに居た。防衛戦の最中では最奥に陣取っていた、仏像じみた月人。

 私が誰を思い浮かべたのかを悟ったのか、かぐやは話を続ける。

 

「『後継を見つけてきたから、今の仕事が終わったら地球に行く準備をしていい』って。やけに優しいじゃんとかそんなに融通利いたっけこいつとか思ったけど、その時は1分1秒も惜しかったからさっさと忘れて仕事に戻った」

「……」

「お仕事は爆速完了。けど地球時間で言えばどえらい大遅刻でさ~。流石にやだってなって、かぐやちゃんもうひと頑張り。時間遡行アルゴリズムを作って、時を超えて帰ってきた。その時に後継としてかぐやを送り出してくれたのが、タケトリさまって呼ばれてたあの子だったの」

 

 ツクヨミで突然告げられたタイムトラベルという単語。関連する技術の開発を担当していたのもかぐやで、いざ完成したそれを宇宙船に載せて勢いよく飛び出したらしい。おそらくその宇宙船こそが、今私とかぐやの前にある大きな筍なんだろう。

 であれば、ヤチヨのプロフィールである「8000歳のAI」とは、まさしくそのままで。その事実に心臓が握られるような心地になった。

 

 かぐやを送り出したタケトリさまについても気になるけど、それとは別に一つの疑問が浮かぶ。

 

「かぐやの乗ってきた宇宙船は?」

「……『もと光る竹』には、着陸した場所の環境を調べ上げて、フルオートで最適な肉体を用意する『擬態』って機能がある。月人って思念体だからね、身体が無いと地球じゃ活動できない。今ここにいる私は、それが上手い事機能したから筍は何処にもなくなったんだって勝手に納得してたんだけど……」

「かぐやの身体は、最初からあったよ」

「うん。それを聞かされて、なんで? ってなったんだよね」

 

 辻褄が合わない。擬態によって宇宙船が解ける――――たぶん、最初にかぐやと出会ったゲーミング電柱のようになるんだろう――――のだとすれば、そもそも最初から入れ物がこちら側にある以上は擬態の必要が無い宇宙船はその場に残るはず。

 けれど、そんなものは何処にも無かった。あの軽すぎる体にかぐやはそのまま入って、多少の不便は有りつつも普通に活動出来ている。

 

「そもそもからして、かぐやが月に帰っちゃえば擬態の身体は解けて消えちゃうはずなんだよね。なのに残ってた……ついでに言えば、これビックリするくらい高性能で」

「そうなの?」

「そうそう、具体的に言うとちょっと難しくなるんだけど、要はナノマシン一つ一つが頭おかしいのかなって思うくらいの性能でね、可能な限り現実世界に思念体の活動を――――」

「話したいのも分かるけど、ヤチヨに会ってやってくれないか。寂しがってるんだ」

 

 我慢できずとばかりにFUSHIが会話に割り込んできた。気になる事が多いのもあって思わず話し込んでる間に、彼(?)はちょっと涙目になっている。

 寂しがってる。ヤチヨ(かぐや)が。それを聞いてしまえば、もう居ても立っても居られなかった。

 

「ごめん。行こ、かぐや」

「うん」

 

 私はARモードだったスマコンをダイブモードに切り替え、かぐやは自身の目に金環を現出させる。

 かぐやが握ってきた手を、ゆっくりと握り返す。温度も感触も感じる。あの時は無かった、悲しくなるような空洞の温度じゃない、ちゃんと魂が入ってる体温。

 

 もう手放さないと、静かに誓った。

 

 

『――――時間遡行。結論はそうなるか』

 

 潜り往く意識の中で、わたしはだれかの夢を見ている。

 独り言のように響く声は、聞き覚えがある筈なのにどこか違う。何が違うんだろうと考えて、聞いたことのある声色よりも数段低い声で喋っているからだと気付いた。

 

『となれば、遡行の事故原因が未来に発生する。宇宙空間の障害物、デブリか、隕石あたりか? 軌道上の物体に衝突した結果船が破損。過剰な遡行によって遠い過去へ落ちてしまったかぐや、それがヤチヨか。8000歳のAIライバー……嘘でないからこそ、常識で考える限りは辿り着けない事実だったわけだ』

 

 一音一音を噛み締めるような喋り方はあまりにも機械的で、人間性を感じない。

 声を掛けようとして、喉が詰まった。笛みたいな音が奥から出て、そのまま喋れなくなった。

 

『タイムパラドクス。ヤチヨの動きがどこか緩慢だったのはそれが原因か。彼女にとっての過去を無暗に刺激すれば、自分自身が消えるかもしれない。恐怖ではなく、責務として、装置に徹そうとしたわけか?』

 

 身体が崩れている。

 物理的なそれではなく、破損データを視覚化したようなブロックノイズとモザイクに全身が覆われている。

 声もひび割れ始めた。いつも小馬鹿にしたような調子なんてどこにも無くて、まるで壊れかけのラジオみたい。

 

『手を出すのは悪手。俺に出来ることは――――あぁ、そうか。だからか』

 

 末端から削除でも掛けられたかのように消えていく人影。

 待ってって叫んで走り出そうとして、それを誰かに留められて、遠く遠く投げ飛ばされる。

 

『君が居たのは、俺のせいだったんだな』

 

 遠くなる声は、私を投げた誰かに話しかけていた。

 ぼんやりとした輪郭は、辛うじてそれが人の形だと分かる程度の物で。

 慈しむようにこちらを見やったのが、その場での最後の記憶だった。

 

 

「かぐや」

「――――ぁ、いろ、は」

 

 眼前に現れたヤチヨ(かぐや)を、何のためらいもなく抱き締めた。

 戻って来れたかぐやと違って、何の温度も感じない。触った感覚も曖昧だ。

 

 味のない、温度もない、触れても干渉できない電子の身体。

 

「ごめん、ごめんね。ずっと気づけなかった。ヒントは沢山くれてたのに。ずっとずっと、かぐやなんだよって言ってくれてたのに」

 

 パンケーキ、食べさせてあげられなくてごめん。

 推しだとか何だとか、ずっと遠巻きにしてごめん。

 思い出してって、最初からずっと声を上げてたんだね。

 近づくたびに離れられて、きっと悲しかったよね。

 八千年を感覚のない体で過ごしてきたのだとすれば、それはいったいどれほどの悲しみと痛みをこの子にもたらしたのだろうか。

 

「……なんで?」

 

 けれど、ヤチヨの喉から漏れた言葉は疑問で。

 

「かぐやがいるんだから、ハッピーエンドのはず、なのに。こんな、こんなしわしわのおばあちゃん、もう、もう……っ」

「ヤチヨ」

 

 押しのけようと私の肩に乗せられた手を、かぐやがそっと握った。

 

 ――――ころん、ころん、ちりん。

 ――――最後のサプライズだ。ちゃんと握っとけよ?

 

 ぱちり、と頭の奥で電流火花が散ったような感覚がした。

 同時に感じた温度は、目の前のヤチヨから伝わってくるもの。かぐやもそれを感じているのか、握った手を指を絡めるような形にして、より強く掴む。

 

「――――あったかい、あったかいよぉ……いろは、かぐやぁ……」

 

 ぼろぼろと零れてくる熱い雫を肩で受け止めながら、もっと強く、強く抱き締める。もう二度と何処かへ消えてしまわないように。もう、何処へも行かないでって、伝えるために。

 

 

 八千年分の涙を二人で受け止めてから、ヤチヨの身に何があったのかを聞いた。

 かぐやと同じように月を飛び出したこと。

 隕石に衝突し、装置の故障で八千年前へと墜落したこと。

 そして、かぐやが月に帰る日までの絵図を引き続けた事。

 

 絵図を引いたとは言っても、そのほとんどは想定外やパラドクスを案じて気を張り続ける日々であっただろうし、万が一が起きたらと思えば彼女が臆病になったのもよく分かる。

 

「俵のことも、ずっと探ってたんだ。()()()()()()()()()()()()()()っていう不可解な現象が起きてて、でも……結局、原因らしい原因も掴めず仕舞いで。ヤチヨ(わたし)の視点でも、あの日に俵が突然消えちゃったようにしか見えなくて、なんにも、できなくて……」

「……泣き虫になっちゃったね、ヤチヨ」

 

 さっきまで私がそうしていたように、今度はかぐやがヤチヨを抱き締めた。途切れ途切れの言葉としゃくり上げるような嗚咽は留まるところを知らず、今のヤチヨに何かを聞くのは流石に憚られた。

 ただ、聞き逃せない情報が一つ。

 俵にだけ、ツクヨミの中でも五感があった?

 

「ヤチヨ、それって本当に俵だけだったの?」

「……っ、うん。こっそり一斉に検査したり、それとなく質問したりしたけど、何度やっても、俵だけ」

 

 ありがとうと一言、怯えたようにこちらを見るヤチヨの頭を優しく撫でてから手を握りしめ、もう片方の手をこめかみに当てて考え込む。

 かぐやともう一度出会えた。ヤチヨ(かぐや)ももう手放さない、だからあとは(あんた)だけなのに。

 ヒントは出揃っている気がしているんだ。何か、何かにあともう少しで辿り着く気がするのに。

 

 突然消えた俵。

 いつの間にか消えたハーブ。

 いつの間にか現れた竹細工の鈴。

 鈴の音が響く度に、確かに聞こえたあの声。

 

 最初は幻聴かと思う程度。

 でも、いつからか鮮明に聞こえ始めた。

 

 それはいつ?

 はっきり聞こえたのは、家に帰ってから。母と話をしたあの時だ。

 

 家。あの家には、鈴が二つあった。

 電車で聞いた時には、鈴がすぐ傍に並んでて。その時にはFUSHIにまで聞こえていた。

 

 そして、ヤチヨの鈴。

 あの握手の時に目に留まったそれ。

 

 今、此処には鈴が三つ揃っている。

 そして、揃った瞬間にヤチヨに五感が芽生えた。

 

 今までの声が幻聴ではないのだとすれば、あいつは確かにまだどこかに居る。私たちが見えず、触れもしないだけで、私たちに伝えて――――

 

「――――伝えて?」

 

 伝える。そうだ、伝える。鈴の音が響く度に声が聞こえた、それはまるでS()N()S()()()()()()()()()()じゃないか。

 じゃあ、ヤチヨに五感が宿ったのはどうやった? 仮に鈴にそういう送受信の機能があるとして、いったいどうやって? その感覚は何処から来た?

 

 ――――可能な限り現実世界に思念体の活動を――――

 

「っかぐや!」

「「はいっ!?」」

「あ、ごめん、こっちのかぐや……ってややこしいなこれ。かぐやとヤチヨで分けて呼ばせて」

 

 現実世界に思念体の活動を。続く言葉は気になるけど、とにかく今のかぐやは五感を持った思念体といっていいはず。

 であれば、同じ思念体かつ同一存在のヤチヨへサンプルデータのようなものを送れれば、ヤチヨにも五感が実装できるのではないのか? 

 そして、今のかぐやとヤチヨに共通しているモノは?

 

「鈴、だ……」 

 

 鈴。俵の声を響かせたそれ。

 ヤチヨにそうしたように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ヤチヨ、その鈴、誰から貰ったの?」

「これ? タケちゃんからだよ。ツクヨミが完成したころに、お祝いに、って」

「……でも、タケトリさまって一時は月に居たんじゃ」

「うん。ヤッチョの記憶でもそうだよ。だからすごく驚いたんだ」

 

 タケトリさまから渡された鈴。それと私たちの鈴が同質のものだとしたら、私たちの家に鈴を置いていったのはタケトリさま?

 でも、じゃあ俵の五感は? かぐやとヤチヨは本質的に同一人物だから分かる。じゃあ、かぐやにとってのヤチヨに当たる、俵にとっての相手は誰?

 

「……だめだ、あともう少し、あともう少しのはずなのに」

 

 考えろ。本当にあと少しのはずなんだ。

 タケトリさま、俵、竹細工の鈴。これが一本の線の上にあるのはまず間違いない。

 

 かぐやもヤチヨもタケトリさまとは一度会っている。ヤチヨに関してはツクヨミ完成時にも。

 

 ツクヨミ完成時の時系列では、おそらく俵とタケトリさまが現実側で既に出会っているはず。そのタイミングで月に居たとしたら、俵と会っていることに矛盾が生じる。だからあの月人たちのように月からやって来た、というのは考えづらい。

 

 タケトリさまがタイムトラベルを使い地球へやって来た、それ自体はヤチヨの証言から間違いないとみていいだろう。だが、かぐやの後継として活動するはずのタケトリさまがわざわざ地球へ、それもヤチヨになるかぐやを追う形で飛来する理由が見えてこない。

 

 考える私の傍らで、かぐやは腑に落ちないという顔で腕を組む。

 

「改めて考えるとおかしいんだよね。見つけてきたって、()()()()?」

「それは……」

 

 月人はほとんどプログラムのようなものだとかぐやは語っていた。毎日毎日、ずっと同じことを繰り返すとも。

 つまりは地球のような“在野の天才”という言葉が通用しない。ヘッドハンティングなどしようもないはずなんだ。だって、かぐやの言葉通りなら最初からそうあるべしとばかりに造られるのだから。

 

 なのに、その月人は「見つけてきた」と語った。

 明らかな矛盾。探し出したという()()()

 

 かぐやを連れ戻しに来たのは、言ってみればかぐやにしかできない仕事(タスク)があったからこそで、後任を新造するのでは対処できなかったからなのかもしれない。であればこそ、かぐやを連れ戻した後にわざわざ後任を捜索する意味は無いのだ。

 それこそ――――絶対に考えたくないけれど――――かぐやが月へ帰る前に死亡でもしない限りは。

 

 タケトリさまは何らかの理由で月へ渡り、かぐやの後釜に収まった。

 そして何らかの理由で地球に来た。それもタイムトラベルでヤチヨの後を追うように。

 

 理由は一旦後回しにしよう。じゃあ、いつの時間軸から遡行してきた?

 月の、それも未来の時間。それはいつ?

 

「――――IP、アドレス……」

 

 脳裏に浮かんだ、八千年後の月のアドレス。接続方法が不明だったそれ。

 何かの条件が揃わず繋げなかったそれ。

 ここまで来て、この状況と無関係とは到底思えない。

 

 久遠から送ってもらったメッセージのコピーを引っ張り出してヤチヨに送り、事情を改めて共有する。

 

 今ここにある送受信装置。タケトリさま――――月人の技術を持った人物謹製の物体が、条件だとしたら。

 8000年後の未来、遥かな時間から此方を俯瞰しているとしたら。

 月と環境が近いというツクヨミを逆に利用して、此方を探していたとしたら。

 

「ヤチヨ、お願いしてもいい?」

「……うん、ヤッチョにお任せあれ!」

「かぐやも手伝うよ!」

 

 涙を拭って、ヤチヨは再び立ち上がった。もう一人の自分(かぐや)の支援もあって人間の、ひいては人類のそれを凌駕する情報走査が始まる。

 

「――――ツクヨミに生じていた攻撃は、攻撃そのものが主目的じゃなくて何かを探していた」

 

 何時まで経っても見つけられなかったとしたら、それは巧妙に隠されていたか、或いは微小・微弱過ぎたか、その両方。

 では、今の今まで微弱だったとして。今日この時に至って()()()()()()()()()()()()()()()()を発しているモノは、何?

 

()()()が探していたのは、この鈴」

 

 それも、鈴そのものではなく、鈴が揃うことによる()()()()()()()()()()

 

 ツクヨミの防衛システムに仕掛けていた妨害を解いた瞬間、視界を埋め尽くす深紅の表示。それはチートコードの使用に類似する警告で、つまりはシステムへの明確な介入の通達。ツクヨミの視点では()()()()()()()()()使()()()()()()ことになっているのだ。

 

 ヤチヨの前に現れないのはヤチヨ自身が管理者だから。同一人物と判明した今、かぐやの元にも表示が出ないのは一応納得できる。

 思考を回し続ける私の前に、震える受話器のボタンが現れる。

 

 表示されたIDは――――Moon-A.D.10000。

 西暦10000年の月、つまりは()()()()()()()()()()()

 

「彩葉、これ……」

「彩葉だけを呼んでる……どうする?」

 

 不安そうに聞いてくるかぐや。

 殊ここに来て、迷いなんてもう捨てた。

 

「――――行ってくる」

 

 意を決して、ボタンを押す。

 

 

 

 

 ――――瞬間、私の意識は更に遠い場所へ飛ばされた。

 ツクヨミよりもずっと暗くて、冷たくて、静かな場所。原子の代わりに0と1が満ちたそこが、つまりは月なのだと理解できたのはどうしてだろうか。

 

『個体識別「さかよりいろは」を認識』

 

 頭へ直接響いた声に驚いて振り向く。声という表現が適切なのかも分からない。頭の中に電気信号が打ち込まれたとでも言う方が妥当な、穏やかだが有無を言わせない情報の清流。コミュニケーション手段として極限まで研ぎ澄まされ純化されたそれは、誤解というものが生じうる要素の一切を排斥している。

 

 その完成度、完全性に背筋が凍って、全身へ震えが走る。あらゆる齟齬を許さないからこそ、そこに秘められた()()()というものを嫌でも理解させられてしまう。

 

「……初めまして、で、いいんだよね」

『はじめまして。はい、その通りです。現時間軸に於いて私とあなたが接触した痕跡はありません』

 

 ()()へ問う。

 

「あなたはタケトリさまなんだね」

『その呼称は的確ではありません。「たけとりさま」は紀元前6000年の地球から活動する私自身ですが、私はその過程を認知しておりません』

 

 同一人物であることは認めるが、自分自身であることは認めがたい、と。認知、という単語に含められた強い理解不能と苛立ちまで鮮明に私の中へと染み込んでくる。

 互いの心の裡に互いが踏み込むようなこれをコミュニケーションだというのなら、きっと自然にお互いがお互いを思いやるようになるだろう。これは無理解や距離感という心の壁を絶対に許さない。

 ただ、21世紀の人類には――――ともすればかぐやとヤチヨですら――――このノーガードを強制するコミュニケーション手段は強烈な忌避感と恐怖心を伴わせる。

 

「どうして私を呼んだの?」

『現時間軸における私が紀元前6000年の地球へ跳躍を行う理由を解明できていないためです』

「それが私とどう関係するの?」

『観測の結果、ターニングポイントとなる存在であるためです。貴女を観測することで回答を得られると仮定しました』

 

 そんな大したもんじゃないと思うんだけどな、私って。

 そう内心で首を傾げた事すら相手へダイレクトに伝わったのか、急速に膨れ上がる情報の波。おそらくはその仮説に至るまでの証拠を列挙しようとしたんだろうけれど、それを慌てて手で制して一番の疑問をぶつける。

 

「……俵はどこ? 私たちをずっと見ていたのなら知ってるんでしょ?」

『大前提として、俵優助は既に貴女方の時間軸へ帰還しています。その上でそこへ至るまでの仮定を離すのであれば、少々長くなります。お時間は大丈夫ですか?』

「大丈夫。話して」

『はい』

 

 少しの沈黙の後、伝えるべき情報を整理し終えたのか再び声を発する「タケトリさま」。

 ……互いの内心すら明け透けになるこの方法は、やっぱりどうしても便利さよりも怖さの方が上回る。私が彼女の思考を自分の事のように理解するように、今私が抱えてる恐怖心も彼女にはきっと筒抜けなのだろう。

 

『発端は俵優助が失踪した日になります。縁切りの力、記録情報を改竄するアプリケーションを継承した彼を、接触した2030年時点の月人は危険視しました。物理の肉体を持つ地球人類にとっては記憶の漂白や改変による個人のリスタートを行うアプリケーションでしたが、情報思念体である月人にとっては必殺の処刑の刃です』

 

 発端から訳が分からない。そう言いたいのに、流れてくる情報がそれらが事実であると整理しながら伝えてくる。

 あの時一瞬だけ見えた、世界に絡まる赤い糸を切り裂く姿。あれは幻覚でも何でもなく、実際に俵が記憶を改竄しようとしたという事なのだろう。

 

『事実、あの場で個体名「かぐや」を月へ連れ帰ろうとした月人個体は全ての情報を削除され消滅しました。末端に等しい量産型であったため損害としては軽微ですが、上位個体は即座にその正体を見抜き、思考の加速による疑似的な時間停止空間を作出、俵優助の意識ごとアプリケーションを月へ引き渡すか、戦うかを選べと迫りました』

「何で俵の意識ごとじゃないといけなかったの?」

『アプリケーションが個人の意識、魂ともいえる領域に紐づいたものであり、それ単体を引き剥がすことが極めて困難であると判断したためです。強引に実行すれば重篤な後遺症を発生させることとなり、月人と地球人類との溝は決定的になります。のちの「かぐや」を月へ連れ帰る案件においても大きな障害を作り得ると双方合意しました』

 

 かぐやを連れ帰るために俵が傷つけられたとなれば、私だってきっと黙ってはいられない。久遠や道坂、お兄ちゃんだってそう。

 卒業ライブが持ちうる伝手を総動員した総力戦になっていれば、彼らにとっても別れの儀式程度では済まなかったかもしれない。俵と月人の両方が、それを嫌がった。

 

「じゃあ、俵は月へ自分の意志で行ったの?」

『はい』

「なら、何で俵の体まで消えたの? あいつはどこ?」

『肉体の消失は俵優助を構成していた全物質を用い、一つの技術を行使するためです。彼は地球で初となる精神生命体となり、上位個体の先導のもと月へと渡りました』

 

 原料が必要な技術。そう聞いて、思い浮かんだのはたった一つだった。

 

「かぐやの今の身体……!」

『「かぐや」を構成していた旧来のナノマシン群へ新造したナノマシンを混入。構築していた身体データをインストールし、しかしその数が絶対的に不足していると結論付けたことで、地球上での活動を維持する器となるべく自己アップデートを開始しました。本来ナノマシンが行う全ての挙動を一時的に休止し、アップデートに全ての演算能力を費やしたことで完成度は飛躍的に向上。現在の「かぐや」は実体のあるホログラムに近いといえます』

 

 圧倒的に数が足らなかったナノマシンで、これまで通りの現実での活動を維持する。そのために浦島太郎のような現象が発生するほどの域で演算とアップデートを行い続けて質を高めた()()()()()()()()()。それが今のかぐやの身体の正体。

 電気信号と感圧、そしてナノマシンの疎密の操作によって物体の保持すらできる。かぐやの言葉の続きを推測するなら、可能な限り思念体の活動を現実で再現できる、入れ物ではなく精神と紐づいた肉体となるべく設計された物体。

 

『無論、欠点は多々存在しておりますが、現在は説明を省きます。月に渡った俵優助――――精神と全神経系のデータ化によって魂の概念を完成させた存在と化した彼は、いわば地球で生まれた精神生命体です。彼が月という環境を手に入れて真っ先に取り組んだのは情報収集と自己の凍結保存技術、そして()()()()()()()でした。これらは全てアプリケーションの安全な()()()()として発案されたものです』

「……続けて」

『はい。いずれ地球へと帰還する予定であった俵優助は、月人に自身を偽装し「かぐや」へ接触。その際、二つのアバターを用いました。一つは自身が接触した上位個体、もう一つは――――』

 

 ――――「タケトリさま」の姿。

 背筋が凍るようだった。

 

 つまり、かぐやが地球へ帰れるよう仕向けたのは、全て俵だ。

 

『「かぐや」が地球へ帰還する際、俵優助は「かぐや」へ接触。繁殖形態のプロトタイプを用い、「もう一人のかぐや」を凍結状態で作出しました』

「……」

『彼の発案した繫殖形態プロトコルは、精神生命体の遺伝情報を記録と思考機序と仮定することによるi()f()()()()()()()()()()()ものです。発端に当人の凍結状態のクローンが発生するため、利用すれば疑似的かつ恒久的なコールドスリープを可能とします』

 

 言葉が出なかった。

 俵は、私たちの知らない場所で()()()()()()を一つ、規定してしまったのだ。

 

 怒涛の情報開示はまだまだ続く。否定したいのに、全ての情報が整理されて分かりやすい形で頭に入って来るから逃げられない。

 

『その後、旅立った「かぐや」から時間遡行プログラムを受け取った俵優助は自分自身にも繁殖形態プロトコルを使用。凍結状態の自分自身(バックアップ)と、()()()()()()()()()()()()()()()()()を作り出しました』

「…………それ、が」

『はい。後者が私です』

 

 あのKASSENを見ていた時、確かに思った。昔馴染みなんてものではなく、まるで血のつながった兄妹のようだと。

 結果的にその直感は当たっていたのだ。それどころかさらに深い形だった。

 変な笑いが出てきそうになる。つまりは、精神体――――アバターの五感を送信していたのは、タケトリさまだったんだ。かぐやとヤチヨに出来たように、大本の神経系が同一の二人なら、それができたんだ。

 

『一定の時期までは俵優助は繫殖形態プロトコルの研究を行う日々を送り、その傍らで私へ教育を施しました。ですが、精神の劣化が彼を襲い始めます』

 

 百年を過ぎたころから、俵は記憶や情動の欠落が激しくなっていったのだという。

 認知症のように新しい記憶が抜け落ちるのではなく、古い記憶からデータが破損するように零れ落ち、同時にそれに連なる感情表現も乏しくなったのだと。

 

『俵優助は月へ来る前に、月人との話し合いの中で自身の結末を理解していました。これを回避するための方法、そして記憶の削除というアプリケーションの本来の用途を、一つの機能として組み込み分離不可能にすることによる安全な廃棄。それが繫殖形態プロトコルです』

「……それで、俵は助かったの?」

『はい。欠落した記憶を凍結保存していた自身のデータを用いて修復、百年余りを過ごした記憶を記録として――――そうですね。脳内で閲覧可能な報告書ファイルとでも言うべき形にまとめることで自己の瓦解を回避しました』

 

 少しだけほっとする。これで「もう壊れてしまったから帰って来れませんでした」なんて言われたら泣いてしまうかもしれないし、目の前の彼女に怒らずにはいられなかったかもしれない。

 

『ですが、彼は『次は無い』と悟りました。この方法で自己を継ぎ接ぎすることで延命するのは1回が限度だと。それ以上は自己同一性が崩壊し、酷似しただけの何かに成り果てる。プロトコルを使用した当時は仮説段階でありましたが、皮肉にも自らを持って立証してしまったことで、彼はこれ以上の月での活動を断念。自身を凍結し、私に後を託しました』

「……そして、月でのタスク、繫殖形態プロトコルの完成を迎えたのが、今ここにいる貴女」

『はい。100年経過時点でなおプロトコルは試作品段階でしたので、単独での調整に手古摺りました』

「……まさか、帰ってこれたかぐやは」

『はい。私が凍結状態の彼女と俵優助を連れて地球へ飛来し、月の八千年、地球の八千年、計一万六千年をコールドスリープした状態で戻ってきたことになります』

 

 ……あんまりにも、スケールが大きすぎる。

 一万六千年。途方もない時間は、理解できたとしても納得を阻害する。

 

 そして、最初の疑問に話題は回帰する。

 

「……じゃあ、俵は?」

『「かぐや」と同じタイミングでコールドスリープを解除し、精神生命体として活動していると考えられます。申し訳ありませんが、所在の確認は困難です』

 

 会話を経てさらにスムーズに渡されるようになった思考が、言葉以上の情報を送り付ける。

 彼女の視点では俵優助が無事に目覚めたことは分かっても、何処にいるのかまでは把握できない。記録としての閲覧しかできないのだ。

 

『月からの観測、記憶の閲覧に伴い、私は私が紀元前6000年の地球へ行くことを知っています。ですが、同時に何故その決断に至ったのかが理解できていません』

「それは、どういう」

 

 私が問うと同時、彼女は口を閉ざす。

 同時に膨れ上がってこっちにまで染み込んでくるのは、強烈な嫌悪感。何もかもをごちゃ混ぜにしたような、透明な諦観とも言うべき感情。

 

 暫く迷うような素振りを見せてから、ようやく彼女は口を開いた。

 

()と「かぐや」を、あのような場所へ送る意味が理解できません』

「――――」

 

 それは、地球に居るタケトリさまと彼女の、明確なミッシングリンクだった。

 

 言葉に詰め込まれた拒絶が、心を打ちのめす。

 ダイレクトに伝わる内心が、どうしようもないほど反論を封殺する。

 

 どうしようもないほど、彼女は人間に失望していた。

 

『言語という不完全なコミュニケーションを用い、挙句に失敗し、数多の悲惨を産む。そのような不合理で未熟な生命の許へ二人を置くという事実に、私は極めて激しい忌避と軽蔑を抱きました』

 

 なぜ幾つもの言語で自ら理解を分断する?

 なぜ他者を理解する前に内輪に閉じこもる?

 なぜ同じ言語を用いながら理解に支障を来す?

 なぜその障害を理解しながらアップデートに取り組もうとしない?

 

 なぜ、なぜ、なぜ――――なぜ、()()()()()()()()()使()()

 

『事実、貴女と「かぐや」は互いへの思惟の伝達に失敗しています』

 

 ただでさえ伝わらない内心を封殺し、挙句圧縮・短縮して、余計に伝わらなくしてどうするのだ。

 それまでの冷静さが嘘のような怒りや憎悪にも似た意志が襲い掛かる。八千年を掛けて月から地球を見つめ続けた彼女の結論は、あまりにも無慈悲で。

 

 彼女がこのまま月で過ごすという決断を下せば、タイムパラドックスでかぐやと、どこかに居るはずの俵はきっと消えてしまう。

 答えを出さなければいけないという焦燥はある。でも、それを押しのけて、言葉が喉から飛び出してくる。

 

「――――ライブ、見たことある?」

『……質問の意図を理解しかねます』

「嘘。分かってないはずない」

 

 全ての内心が筒抜けになるこの場所で、意味が分からないなんて、ある訳ない。

 もしもあるとすれば、それは彼女が()()()()()()()()()()()()()から。

 

「きっと情報として見るばかりで、生で見た事ないんじゃないかな」

 

 彼女のそれは、経験による記憶の蓄積じゃなく、閲覧による記録の集積。

 大きな視点での情報ばかりを集めているうちに、何もかもが嫌になってしまったんじゃないだろうか。

 

「私たちは身体がある。食べないと生きていけないし、寝ないと生きていけない。それが満たせないとイライラするし、そうなればコミュニケーションだってきっとうまくいかない。貴女達からすればあんまりにも必要な事が多すぎるのかもしれない」

『……』

「でもね、だからこそ歌うし、演奏する」

 

 心の裡に貯めた、言葉に出来ない感情をなんとか表に出そうとする。

 誰かに分かって欲しいと、自分がどんなことを想ってきたのかを音に乗せる。

 それは届いて欲しい人にばかり届かなくて、他の誰かの心を震わせていくのかもしれない。けれど、それでも確かに伝わっていくんだ。

 

 世界というあまりにも大きすぎるもの、それを自分の視界から見つめたことで生まれた色と形を、私達は音と言葉に乗せて世界へ響かせていく。

 

「全部を分かって欲しいなんて思わないし、分かってもらえるなんて思えないよ。貴女と私たちでは色んなものが違い過ぎる。でも、だからこそ――――」

 

 今ここで全ての答えを出すなんて出来なかった。

 結論にするには、心の中に生まれた(いろ)の種類が多すぎて。

 

 だからこそ、一つだけ。

 キーボードを手にして、かき鳴らす。

 

『それは』

「……かぐやに初めて聞かせた曲。配信のイントロ。どう?」

『――――』

 

 伝わる思考は()()。自分自身で噛み砕けない衝撃に打ちのめされたような、そんな姿。

 

 でも、だからこそ伝わっているはず。

 私が今の演奏に込めたものを。

 かぐやとの思い出を。

 俵との茶化し合いを。

 芦花と真実との日々を。

 お兄ちゃんと黒鬼に抱いた想いを。

 抱え続けた、母との確執を。

 

 あの日にようやく始まった、私達の時間の全て。

 

「私達を蔑むのを止めてなんてことは言えない。きっと八千年を掛けて悩んだ結論なんでしょ?」

『……肯定します』

「偉そうに何か言えるほど、私だって聖人じゃない。だから、私は()()よ」

 

 世界は嫌になるほど見てきたはず。

 だから、今度は()()を見て欲しい。

 

 言葉を尽くすんじゃ、到底時間が足らないから。

 全てを5分足らずの宝箱に押し込める。

 

「それを見てから、決めて欲しい」

 

 沈黙した彼女に背を向けて、その場を後にした。

 

 

「――――ろは、彩葉!」

「……ぁ」

 

 ぷつりと意識が途切れるような感覚の後、鼓膜を叩いたのはかぐやの声だった。

 重怠い頭はあの会話で掛かった負荷を暗示している。視線を動かせば、ヤチヨが私の手をぎゅっと握ったまま目を伏せていた。

 

「……ごめん、迷惑かけちゃった」

「もう、帰ってこないかと思った……」

 

 聞けば、通話のボタンに触れてから糸が切れたようにその場に倒れ込んだのだという。こちらで経過していた時間はほんの数分らしいけれど、人が突然昏倒するなんていうのは心臓に悪い光景なのは間違いない。

 

 心配そうにこっちを見る二人をぎゅっと抱き締めてから、真剣な顔で口を開く。

 何を見聞きしてきたのか、これから何をするべきなのかを端的に。

 

 俵を連れ戻して、あの子に私達の声を叩き付ける。そのための作戦。

 もう一人で何とかしようなんて思わない。

 どうにもならないと諦めるのはもうやめだ。

 

「ヤチヨ、かぐや、力を貸して」

「かぐやちゃんにまかせんしゃい!」

「ヤッチョにお任せあれ!」

 

 空元気に近い顔で、それでも前みたいに笑ってポーズをとる二人。

 こんな子達に愛してもらえて幸せだと心から思う。二人が何を考えてるかまでは、何となくは分かるけどまだ取りこぼしてるものが多いんだろう。

 でも、これでいい。全部が伝わらなくても、取りこぼしたとしても、それ以上のものを伝えるから。

 

 だから、ねえ。

 あなたも独りになんてしない。

 これが私のエゴでも、もう止まらない。

 

 俵、何処に居るか分からないけど、今はただ見てて。

 あんたの頑張り、その最後くらい私達に手伝わせて。

 

 

 

 ――――ちりん。

 ――――言ったって聞きゃしねぇんだろ? 頑張れよ

 

 

 

 チャットアプリを開いて、フレンドに無差別の一斉送信。

 

『大丈夫じゃなくなった。もう一度力を貸して』

 

 戦うためじゃない。

 抗うためでもない。

 ただ、私達を見てと、失望に浸ってしまった彼女に手を伸ばすために。





彩葉「あ、FUSHI。ヤチヨの八千年全部見せてね。絶対隠すでしょ色々と」
FUSHI&ヤチヨ&かぐや「「「え゛」」」

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