いやもう感想ですら突っ込まれたレベルで分かりづらいのは素直に五体投地案件です。マジでごめんなさい。
でも設定考え付いた時は「これぜってぇ書き切りてぇ……!」となってしまったんですの……
嘘だ。そう叫びそうになる意識を現実の処理が押し止める。
再起動した思考は現実逃避すら許さない。
目の前にいる金髪にアースアイのアバターが誰なのかは分かっている。
分かっているからこそ、動けなかった。
「よう、久しぶりだな」
覚えている。忘れるわけが無い。
私の根幹を組み上げた張本人。私に情動というものを教えた者。
『お とう さま』
「……そう呼ばれんのも、まだ慣れねぇな」
私の最奥部で“かぐや”と共に凍結状態にある男。
理解不能の地球での8000年を超え、2030年へと帰ってきた者。
極限まで高速化されたローカル通信は疑似的な時間停止すら引き起こす。電子宇宙という物質を媒介しない信号の世界の生命体だからこそ可能なそれは、かつて父が月人から受けたそれをそのまま流用しているのだろう。
「理解不能じゃねぇだろ。お前は自分の考えを変えるのが怖いだけだ」
考えれば当然か。私と彼は
切断したはずの相互通信が復旧され、互いの情動が再び無制限に流れ込む。
父から伝わるそれは、訳が分からないほどに穏やかだった。私の反逆を、タイムパラドクスを引き起こしうる要因を一切咎めていない。それは、自己の消失すら許容しているということに他ならない。
「小難しい話をしにきた訳じゃねぇ、どうやったのかに関してはテメェで考えろ……で、本題だが――――」
『わたし は』
気が付けば、言葉を発していた。
『……容認 できません』
「何をだ」
『貴方が 物質宇宙で 生 きる ことを』
認められない。認めたくない。
あんな世界を、個を縛るものが多すぎる地獄のような宇宙を望む理由が分からない。
『何故 何故 不確定で 不明瞭で 限界の多すぎる あの宇宙を 愛するのですか』
「……あのな」
溜め息を吐かれた。
腰に手を当てて項垂れる仕草は、在りし日のままで。またよく分からない理屈を覚えておけと念押されるのかと身構える。
「俺は別に宇宙も地球も愛しちゃいねぇよ」
『では』
「だーかーら、お前はモノの見方がデカすぎるんだっつの。何のために俺がお前に自我与えたと思ってんだ。地球に送り届けるだけならお前に自意識なんて与えてねぇよ」
それは、そうだ。ただ自分が地球へ帰るというミッションを達成するためだけなら、私にこうして思考する個我を与える意味は無い。
我が事ながらどの口でというものだが、現にこうして私は反逆している。そのリスクが分からないほど父は蒙昧ではないだろう。
『では 物の見方が大きすぎるとは どういうことですか』
「自分の目で見て考えろってことだ」
『ですから 西暦1万年に至るまでの観測を』
「だからそうじゃねぇ……つっても、まぁこれは俺の言い方が悪かったか。俯瞰するんじゃなくて、当事者になって考えろって言いたかったんだよ。プロトコル完成から何年傍観してたよお前」
『……完成は西暦3078年……6922年間の観測を行いました』
困惑する。混乱する。考えろとは結論を出せということを指しているのではないのですか。だからこそ7000年近い時間を観測に費やした。その結果得た結論では、紀元前6000年に飛んだ“私”の思考が理解できなかったからこそコンタクトを取ったというのに。
そう問えば、考えることと結論を出すことはまるで違うと諭される。
「お前の結論にあれこれ言う気自体はねぇよ。人間は醜いってのも……まぁ、納得できちまう話ではあるしな。お前なりに考えてやったことを今更ああだこうだ言わねぇさ」
『……』
「その上で、だ。テメェで地に足付けて見る世界ってのは違うんだよ。お前にとって醜い世界でも、俺にとっちゃそこそこ良いとこだったんだしな」
世界は惨い。人間は醜い。それを結論とし全てをシャットアウトするのではなく、その結論を抱えた上で他者と関わることでしか見えないものがあると。
「酒寄の音楽で、お前ショック受けてたろ」
『何故 それを』
「分かるに決まってんだろ、お前の親父だぞ?」
そんな出鱈目な……ああ、元より出鱈目な節は有りましたね。これに関してはもう思考を放棄しましょう。
「直に話すのと、一人相撲で物事考えるのじゃまるで違うだろ」
父の言には反論できない。あの時、そして彼女からのライブと
ほんの数秒ほどの音の羅列。電気信号に容易に分解できるはずのそれに、私はどうしようもないほど魅せられてしまっていた。あれほどくだらない、不完全だと貶めていたはずの地球人類の行動に、何かを感じ入ってしまった。
「どうだったよ、生で聞いたライブは」
『……』
「言葉に出来ないほど心震わされた、ってか?」
『勝手に言語化しないでください』
分かっていたのかもしれない。
彼女の誘いに乗れば、私はきっと時を超えざるを得ない心境になるのだと。ほんの数秒の音に込められたものを汲み取っただけであれほど突き動かされたものを、直に浴びればどうなるのかなど。
それでも無視できなかった。無視したくなかった。
……結局のところ、私は理解不能という言葉を盾にしていただけなのかもしれない。
あの青い星へと飛び立つ理由を、背を押してくれる誰かが欲しかっただけのかもしれない。
ならばなぜ、私は荒れ狂っていた?
あんなにもやめろと叫んだ理由は?
『……
答えは、とうに出ていた。
『無数の醜悪さの中に 貴方が入り混じることを認められない』
変わると分かっていながら、変わりたくないと叫ぶ。なんて不毛。
『新たな回答の末に貴方が苦しむと思うと 私は自己矛盾で崩れ落ちそうになる』
私の自己満足の果てに、愛する貴方が壊れゆく。
あの世界の荒波に揉まれ、貴方が傷ついていく。
考えるだけで存在しない臓器が暴れそうになる。私に胃というものが存在していたのなら、この場で私は吐き戻していたに違いない。
だというのに、どうして。
どうして貴方は、
「あのな」
『……はい』
呆れたような、その実安心していると分かる声色で語り掛けられる。
この人のこういう所作は苦手だった。一度も私を本気で咎めないから、私は何処までも自罰するしかないというのに。
「お前もう大前提から間違えてんだよ」
『……言っている 意味が――――』
「――――
あぁ。
どうして。
そんなにも、貴方は。
「行ってこいよ、待ってるから。そんで、追いついたら今度は一緒に歩こうや。俺たちだけじゃなくて、あいつらも居るんだからよ」
私の望んだ回答を、知っているのですか。
『――――証明せよ』
分かっていた。
分かっていたのだ。
これは勝敗を決めるものではないと。
彼女の誘いに応じた時点で、私の敗北なのだと。
『証明せよ』
これは宣誓であり、儀式。
私の、父の、彼女達の、これから辿るすべての運命への。
生命の最終回答への抵抗。
行きつく果てを孤独と知りながら背を押す、その衝動を。
『証明せよ――――』
生命が最後に求めるものは『孤独』である。
あらゆる知性は、理性は、孤独を求めるが故に発達した。
その結論は変わらない。変える気もない。
だが、その上で。
結論へ至る途上に、反例が存在するというのなら。
『生命の 知性の 理性の――――
愛と、絆と、情と呼ぶ全ての不可視へ告げる。
その結論を、証明せよ。
『孤独』へ肩を並べうる、その答えを。
『
ここに、仮説検証を開始する。
◇
赤黒い有刺鉄線が幾重にも束ねられ、深紅の刀身へと変わっていく。
縛り上げられた血みどろの刃は切っ先を真下へと向け、今まさに私の頭上へ落下せんと迫る。
正真正銘、これが彼女からの
込められた想いが違う、熱量が違う。今までのようにあらかじめ規定した動作ではない、土壇場で急造した絶大な力場。
込められた力の差を前に、全員が覚悟する。
『ここが正念場だ、死ぬ気で防ぎ切れ!』
「言われずとも!!」
墜落する。
世界に満ちた赤い糸を片っ端から引きちぎりながら、真っ直ぐに。
「やるよ!」
「せぇー、のぉっ!!」
「ず、ぉ、おォらァァァァァ!!!!」
先陣を切ったのは乃依さん。切っ先へ着弾し炸裂する氷塊が落下速度を僅かに減速させ、真実のフルスイングで跳躍した道坂のハンマーが衝突。起動したジェットが墜落と拮抗し、凄まじい金属音を響かせる。
「させるか!」
「彩葉!」
此方の妨害を妨害せんと、今まで亀裂を支えていた両手を攻勢に使用してくる。迫る鋼の掌は隕石か、或いは巨大な戦艦か。
即座に反応したお兄ちゃんと雷さんが強撃によってそれぞれの掌を弾き飛ばし、駄目押しに地雷の即時爆破と超加速の斬撃で大破させる。
「読んでるっつうの!」
「やらせない!」
振り絞る余力で吐き出した有刺鉄線の大量投射。余力といっても元が無限そのものである月人、発射された数は可視化されたガトリングの弾幕じみていて測定不能。
私の左右に展開した久遠と芦花がその全てをオーバードライブで強化された加速力を以て捌き切る。
――――防ぎ切った。
〆は、やっぱり貴女だよ。
「ヤチヨ!」
「ヤチヨちゃん!」
「ヤッチョぉ!」
「管理人!!」
何だか懐かしいチェーンソーのような音と共に高速回転する唐傘が飛ぶ。
巨大な刀身からすればあまりにも小さいそれが、刃の周囲を旋回するように飛び回って有刺鉄線をまとめて撫で斬りにしていく。
『月見ヤチヨ 貴女は――――』
支点を失った刀身はこれまでのような制御された墜落ではなく自由落下を始めた。
「ごめんね、タケちゃん」
込められた力は明確に弱体していて、耐久値の存在を誰の目にも明らかにする。
『ぶちかましてこい』
あと一撃。
「ヤぁぁぁぁぁチぃぃぃぃぃヨぉぉぉぉぉ――――!!!!」
わざわざ
その姿はあのブラックオニキスとの戦いを思い出させるもので。
「タケちゃん――――」
『……』
彼女は口を開かない。
それは、これから自分に掛けられるであろう言葉を待ち受けるかのような思惟を含んでいて。
「行ってらっしゃい、また
涙と共に炸裂したハンマーの一撃。
砕け散る赤い刃。
歌い終え、静寂が支配し始めたステージ。
全ての攻勢を止め、閉じゆく亀裂の向こうへ去っていく「タケトリさま」。
『――――検証結果 不十分』
聞こえた言葉は、語彙の冷たさと裏腹に不思議な安堵に包まれていて。
『証明 再検証』
答えは得た、なんて言いそうで。
『観測を 開始します』
亀裂が閉じる刹那。
その声が遥かな過去へ飛んだことを、誰もが確信した。
◇
私は……彼女――――
あの微笑みが、人間への期待が、8000年という時間を経て形成されたのだとすれば。
この身を焦がすような失望を、あるいは上回ってくれるのではないかと。
故に、私は8000年に執着した。
自認が有機の肉体を持つホモ・サピエンスである父は、100年を超える情報生命体としての生に自我が耐えられなかった。蓄積する肉体と精神のズレは、回避不可能の損傷を蓄積させていった。
反面、私にその制約はない。電子化された父の神経系をOSとして形成された、生まれながらの情報生命体。その気になれば万年単位ですら自己を保ち生存できる。“タケトリさま”、すなわち未来の私の存在がそれを証明している。
私の中で凍結状態で眠っている“かぐや”と父。8000年後の未来、タイムパラドクスの全てを避けた先――――あの歌を皮切りとして目覚める二人。単にコールドスリープ状態である父はともかくとして、プロトタイプの繁殖形態プロトコルの使用により生まれた“かぐや”はヤチヨとほぼイコールであり、親子というよりは分身に近い。記憶を共有すれば同一人物としての自覚が芽生えることは言うまでもなく、そこから先は彼女達次第だろう。
また、地球への出発の日に父が“かぐや”へプロトコルをインストールしているため、彼女たちは望むのならそれぞれがそれぞれの“子”を成すことが出来る。肉体の方はナノマシン技術か、あるいはサイバネティクスか。どちらでも構わないが、まあ何とかなるだろう。
ああ、そうだ。タイムパラドクスの観測システムを設計しなくてはならないか。
今はまだ大丈夫だろうが、集束が大きく始まるだろう西暦1900年代までには介入すべき場所、介入可能な箇所を見極める必要がある。
ナノマシンは旧世代型。こちらもアップデートを行う必要がある。サンプル確保のためにも本来の半分ほどで張りぼての肉体を形成しておこう。
次世代型は地球の2030年以降にしか存在しない物体であり、純電子生命であり月の存在である私には設計図を想像することはできても実物を持ち込むことはできなかった。
私が“タケトリさま”になるのであれば、繁殖形態プロトコルに組み込まれ分離不能となった「縁切り」も再設計の必要がある。此方はさほど急ぐものではないだろうが、まあ最優先にはしておこうか。必要な時になって「ありませんでした」は通じない。
……こうして考えれば、やるべきことが多い。
せめてそれぞれの技術を完成させてから跳ぶべきだったか。観測にかまけている場合ではないかもしれない。
『“ナンセンス”、というものでしょうか』
けれど、あの日に宿った熱量を手放したくなかった。冷静になり、時を経れば劣化してしまうような気がした。
記憶は劣化する。どうでも良い事も、どうでも良くない事も忘れる。それは私とて同じだ。だが、父から、彼女達から受け取った
ならばどうとでもなる。そう思うことにしよう。
☽
諸々の研究を始めて数十年。観測と同時並行のため進みは遅かったが、ひとまず全てが形になった頃。
ぼんやりと“かぐや”を観測する私の意識に触れる声があった。
「――――」
観測はしても干渉はしないためにあえて山中を選んだというのに、わざわざこんなところまで来た人間が居たらしい。
「――――」
呼吸、異常。脈拍、異常。身体機能、徐々に衰弱。
原因は脇腹の大きな裂開。動物にでも……いや、これは刃物の傷か? 断面が綺麗過ぎる。
呆れた。こんな時代から仲間内で殺し合っていたのですか。1万6千年に至るまでまるで進歩していなかったのですね。
此処で見捨てるのも予後が悪い。せっかくナノマシンに自己増殖と生体同化機構を組み込んだのです、此奴で試すとしましょうか。
ナノマシンを収束させてやれば、倒れ込んだ男の傷口を埋め尽くす細竹状の結晶が発生する。これで出血と感染は止まりました。後はナノマシンが増殖と同化のバランスを調整するでしょう。
「――――」
何です。死にたくないなら黙りなさい。無駄なエネルギーを消耗しない。
「――――」
……神様?
「……」
「――――!?」
思わず平手打ちをかましていた。いけない、仮にも重体の人間に。
前々から思っていましたが理解のできない物に対して存在しない物を重ねるのは非合理的です。技術を教える訳にはいきませんが、最低限自活できる能力は鍛えるべきですね。少なくとも、二度とこの阿呆が神様などと抜かさないように。
それから、私はその男に様々な事を教えた。
食べられる物、保存の仕方、道具の作り方。時代を考えれば少々先取りしすぎたかもしれませんが、まあ口止めはしたので大丈夫でしょう。
「――――」
「――――!」
「……」
……などと、考えた私が阿呆でした。
このクソバカ、あろうことか自分と同じように重体を負った異性を放っておけず連れてきたのだ。
話を聞けばかつて暮らしていた集落での恋人だと。
あくまでもこの時代に実行可能な範疇ですが、治療方法は教えています。貴方が自分でやりなさい。
……もう一度私に治して欲しい?
よく聞きなさい。私が貴方を直したのは打算と気まぐれに近い。そんな存在に
救いたいなら自分でどうにかしなさい。ほらとっとと動け。時間は有りませんよ。あと1日放置すれば間違いなく死ぬでしょうね。
……喧しい。はよ動け
その後、女性は結局亡くなりました。
教えた知識があれば十二分に助かる可能性はあった。どれだけ恨まれようが――――
「――――」
「ぁ」
……心臓を、自ら。
何故。そう問う前に、彼奴は息絶えました。
何だ、お前は。
あれだけ自分の足で立てと尻を叩いたのに。結局最後には愛に殉じたとでも? 誰かの尽力を無為にすることばかりしおって。まったく、逆恨みばかり上手い。
……馬鹿正直に傷つく私も私です。手を貸せばよかったなど、馬鹿馬鹿しい。
このまま獣に食われるのも業腹。火葬くらいはしましょう。
時間は想像よりも早く、それでいてゆっくりと過ぎていきました。
時折人間がやって来ては、愛や恋に現を抜かし死んでいく。
かと思えば、子供を遺して私の周りに集落を築いていく。
山奥の隠れ里などと呼ばれるようになり、世に憚る憎まれっ子ばかりが集まって静かに暮らす。そして勝手に出ていったかと思えばいつの間にか死んでいた。
あぁ、馬鹿正直に私に恋文を送ってきたバカ貴族もいましたね。どこから聞きつけたのやら大所帯で、やって来たかと思えばようやく形になってきた集落から寝こそぎ食い物を取り上げて。
全員纏めて叩きのめして、バカは顔が3倍に腫れるまでその横面を引っ叩いてやりました。
腫れあがった顔で喚く姿がまるで猿でしたので
果てには自ら貴族の位を捨て、護衛の武者一人を連れて隠れ里に来たのだから……なんというか、もう。
バカが莫迦とつるんで馬鹿騒ぎをして、果てには集落の娘に惚れたなどとバカ正直に私に懺悔するものだから再び横っ面を張り倒して婚姻を上げさせたのでしたね。結局最期までバカは治らず仕舞いでした。
一人、また一人と新たな顔が増えては、一人、また一人と欠けていった。
悍ましさ、醜さ、惨めさ、虚しさ。かつて月から眺めた時には目を背け絶望したくなるザマでしかなかったというのにね。
間近で対面し続けるそれは、不思議なほどに愛おしかったんだ。
自業自得で失うほどの内面の醜さを抱えたまま、大輪の美しい花が咲く木を生み出した者。
悍ましい執念に身を焦がしながら、後に続く者が現れるような織物を遺した者。
何一つ得られない惨めな半生に苛まれながら、過ぎ行く時を見守る余生に幸福を見出した者。
床の上の虚しい生に蝕まれながら、一握の雪に歌を見出した者。
汚泥のような世界から、愕然とするほどの輝く星屑が生まれゆく。
そして、生まれゆくものは、いずれ必ず消えていく。
愛さずにはいられなかったの。
ただ美しく生きられない人々が遺していく、一欠片の、一瞬の煌めきを。
皮肉だったのは、そうして培われていく心の中から芽生えた罪悪感。
完成したパラドクス観測装置に沿い続ける私は、最も手を差し伸べたい人に対して傍観という選択を取り続けた。
「……かぐや」
僅かな隙間を縫うように会いに行けば、いつだって貴女は傷ついていて。
「かぐや」
笑顔の裏に、傷だらけの心を隠していた。
「タケちゃん、こんな、こんな、全部、燃えちゃって……もう、もう……」
彩葉に会えないのかな。そう、貴女は溢したよね。
私ですら思ったもの。こんな惨劇の中から、おとうさんは生まれてこれるのかって。
「形はいつかなくなる。声はいつか忘れる」
声は思い出せない。顔も分からなくなった。あの日の言葉ですら、本当に覚えていた通りか曖昧だ。
「全部なくなっても、感じた想いだけは絶対に忘れない」
それでも、優しい金色だけが、私の中に残留している。
「だから、大丈夫」
どうか気付いて欲しい。
貴女が酒寄彩葉から受けた愛は、まだ貴女の中で息をしているから。
ただ傍観するだけの私の記録が、それを証明している。
全てが焼け落ちた後、世の中は更に加速度的に変わっていった。
ツクヨミという夢を得た彼女は、いつになく精力的に、忙しなく動くようになった。
私はそんな彼女を罪悪感と共に見守りながら、もう一つの出会いを果たした。
金の髪。青縁の金瞳。
記憶の彼方、掠れて消えつつあった思い出が一気に蘇る。
ああ、私はこれからもう一つの大罪を犯すのだと。
父に会うために、ハッピーエンドへ往くために、この
◇
『……で、散々恨まれるのを覚悟してたのに。貴女と来たら「そうか」で済ませるんだもの』
「私が負った傷は、私の責任だ」
木の湯呑み――――陶器は痺れる手で持つには辛いらしい――――を傾けながら、彼女は一言で私の懺悔を突っ撥ねた。憐れまれたり許されたりしたいがために話したわけじゃないから、別にそれ自体は良いんだけど。何と言うか、私のここ数十年の覚悟が全部肩透かしになった気分。
『こうして姿を見せるのも、けっこう勇気要る事だったんだけどなぁ』
「……生憎だが、私はお前に思う節は特にない」
淀む星月夜は、それでも確かな光を宿している。
狂気でも意趣返しでもなく、正真正銘本気で私を恨んでいなかった。
「私の憎しみは、全てあの屑へ向けるものだ。お前も、優助も……憎んだことは、一度もない」
だから、と言葉を切って、ハーブティーを飲み干した。林檎のような香りが空気を染めていく。
窓から差し込む光に照らされた彼女は、昔聞きかじった神話に現れる聖母のようで。
「
罪も、悪も。抱えた全てを否定せず、目を逸らすこともなく。
己が身に起きた悲劇の全てを直視した上で、彼女の帰結は“感謝”だった。
それがあんまりにも眩しくて、目に痛くて。
零れる涙を拭う事すらできないまま、私は笑う事しかできなくて。
『それだと、あなたを酷い目に遭わせたあの野郎にも感謝しないといけないんだけど』
「優助に会わせてくれたことだけは、感謝しているさ。それ以外は根こそぎくたばれと思っているが」
『なぁに、それ。変なの』
茶化して皮肉るのが、限界だった。
優しすぎるよ、
ぴんぽん、とチャイムが鳴った。
ガラス戸の向こうはやけに大所帯で、やたらめったら騒がしくて。
「あんたの家ほんっとに山奥じゃない……バスすら無いとかどうなってんの」
「い、いろはぁ……かぐやの膝パーツ壊れてない……??」
「ヤッチョ、バッテリーが限界なのです……」
「ちょ、ま、二児の母に、峠越えは、きつ…………」
「真実ー、もうちょっとだから頑張って」
「ら、雷、帰りは代わってくれ……成人男性負ぶって歩くのは片道がギリや」
「……すまん」
「あかん、マジあかん、調子こいて歩いてこなんて言うんやなかった」
「今日ほど登山が趣味で良かったと思う日はないわ、いやホント」
いやほんっとに騒がしいね、集落の宴会でももうちょっと落ち着いてるよ?
というか歩いてきたって言った? 峠含めて車で20分の山道だよ? 正気??
「明日の朝まで、騒がしいかもしれんな」
『これからずっと騒がしいよ、きっとね』
私達が席を立つと同時、がらりと戸が開けられた。
ただいま、なんて当たり前みたいな顔で言って。
当たり前みたいに、おかえり、って返す。
記憶よりも幾ばくか伸びた金色の髪に、赤い結い紐が煌めいていた。
もうちょっとだけ続くんじゃ。
次回、本編最終回。