再上映決まったと思ったらかぐやメシで二度焼きを食らったりはたまた別ゲーで容赦なく脳を焼き滅ぼされてまた頭の中灰にされたりしてましたので全ッ然元気でしたわよ!
ウマ娘とリンバスと超かぐをローテで摂取するの、キマりますわよ。
ということで蛇足編1本目。俵と彩葉のお話ですわ。
基本的に蛇足編は全部10年後で書きますのでそこのところは悪しからず。
ぱち、ぱちと世界が微かな光に満ちる。
瞬いていた星が集まり、銀河を成し、眩しいほどの光で世界を白く塗り潰す。
そうしてできた白い世界に、
『おとうさま』
「……」
あいつは、答えなかった。
無視しているんじゃなくて、聞こえていないのだ。聴覚という感覚器があったことを忘れてきているから、音を聴くのではなく声を見る必要がある。
『おとうさま』
「…………■■」
あいつは、自分の娘の名前を呼んでいた。
けれど、それは日本語で訳すことができなかった。
該当する言語が無い。翻訳する取っ掛かりすらない。地球上の複雑な音階で出来た言語とは異なり、それは独自の0と1で紡がれた言葉で、意味だった。
きっと地球に戻ってきたあいつも、自分がつけたはずの名前もその意味も言語化できないだろう。これはそういう音で、言葉だった。
「
『……』
目で見ることを忘れた。
耳で聞くことを覚えていない。
鼻に匂う感覚を思い出せない。
舌で感じ取るものとは何だったか。
手指は? 足は? 息をするとは、鼓動を鳴らすとはどうやるのだったか。
あまりにも絶望的な
「■■」
『はい』
「どこだ」
『ここにいます』
「こことは、どこだ」
『貴方の、すぐそばに』
きぃん、と。声に触れた。
言語化の極めて難しい感覚だった。
心電図が肌を撫でたような。
光が耳に触れてきたような。
およそ地球で肉体を持つ生物ではこれを表現することは出来ないだろう。そんな刺激だった。
「おまえを、ひとりにする」
ばくん、と全身の神経が刺されたような感覚だった。
痛覚に近いが、もっと違う。
胸で感じるはずの心の痛みが、手足の先に至るまで全ての神経を無遠慮に突いたよう。
肉体が無いから、それは痛みにならない。
身体が無いから、それは胸や喉を締め付けない。
目や口が存在しないから、涙を流す、嗚咽が漏れるという概念すら知らない。
感情という逃げ場を失った電気信号が、ひたすらに荒れ狂っている。
『わかっていました』
けれど、それを出力する方法すら知らないから。
「ごめん」
その結末だけを、あの子はずっとずっと、覚え続けたんだ。
『――――酒寄』
「ん……」
きぃん。
耳鳴りを100倍に薄めたような音が頭の奥から響いた。時刻は深夜の11時。眠って間もないうちに目が覚めた、というか起こされてしまったらしかった。
視線を動かせば、壁に寄り掛かるようにして立っている声の主。無遠慮に人を起こして楽しむようなタチじゃないし、むしろ普段なら寝てろと布団へ押し戻しに掛かるだろう。それはつまり、起こそうとするに値する異常がこいつには見えていたという話で。
『悪ィな。妙な夢見てるみてぇだったから叩き起こした』
「夢……あぁ」
今の今まで見ていた不可思議な光景が夢だったのだと、その時ようやく理解する。
ただ、夢と言うにはあまりにも鮮明で、同時に混沌としていた。
「夢……というより、記憶だった」
『……俺かタケのか?』
「よく分かるね」
『勘……って言うには理屈がありすぎるが、まあそんなとこだ』
0と1の存在となった俵は、かぐやとヤチヨの身体が出来て器を取り戻すまでは私達の
実際に脳や神経をハックしているというわけではなく、対象の五感に訴えて返ってくる反応を介して自分がそこにいると定義する……だったかな。そんな感じの、私にはまだ理解に時間の掛かりそうな手法。あの夢はその残響とでも言うべき現象らしい。
俵やタケトリさまの本体は信号であり波だ。人類にとって波形そのものが干渉してくるという体験はまだまだ負担の大きいものらしく、脳波が相手の記憶と時々シンクロしてしまうのだとか。
『タケから聞いた話だが、昔の集落の住民にも何度かあったみてぇだな。夢って形で記憶を追体験するだけならともかく、それが鮮烈すぎて自分に戻れなくなりかけたらしい』
「それで叩き起こしたんだ」
『安眠中に悪かったな』
言われてみれば恐ろしいくらいに刺激的だった。あのまま夢を見続けたら、私は自分が何者だったかも忘れていったかもしれない。そう本気で思ってしまうくらいには、あの記憶には
肉体という枷がない、思考だけが全てを定義する宇宙。
ツクヨミとは比べ物にならない究極の自由は、自分が自分であることすら容易に溶かしてしまう。人が、知性ある存在が自分を定義するためには世界というルールが要るんだろう。
「多分、だけど。私が見たのは俵とタケトリさまの記憶のごちゃ混ぜなんだと思う」
『大本を辿れば神経系は同一になるわけだし、同調する時に混線したのかもな』
理屈はともかくとして、一際強烈だったのはタケトリさまの方の記憶だった。
寂しい、辛い、嫌だ、一人にしないで……無理矢理言葉にするにはそういう感情全てを纏めて一言に凝縮する必要がある。そのくらいのあまりにも深く暗い悲しみに全身を浸されるかのようだった。
『……寂しがりだったんだな、あいつ』
「何よ、知らなかったの?」
自分の娘なのに、と暗に嫌味も込めてやると俵は苦虫を噛み潰したような顔になっていた。
何を言っても「もう大丈夫」の一点張り、追求しようとすれば微笑みながら煙に巻かれる。問い詰めれば猶更辛そうにするからそれ以上言及できない。愚痴をこぼす姿はすっかり父親といった風情で、何だか可笑しくなって噴き出してしまう。
「娘に振り回される気分はどう?」
『愉快じゃねぇけど……悪くねぇ』
お前のお姫様も同じことやりだすぞ、なんて脅してくる。
それは困ると反射的に返したけど、想像してみればこれがどうしてか悪くない。
「大好きな相手の事で悩めるって、幸せなのかもね」
『かもな』
わがまま放題だったお姫様。最初は散々振り回されてうんざりしてたはずなのに、ふと気が付いたらもっとわがままになって欲しいなんて思ってて。
そのわがままを叶えるために、10年もの時間を費やした。10年間、私は私の時間をお姫様のために使っていた。あれだけ自分のために生きていたのに、気が付けば逆の事に没頭していたんだ。
「ヤチヨ……かぐやもなんだけどさ。最近は妙な遠慮ばっかり覚えちゃって。10年前みたいにはもういかないんだなぁって」
お互いの事を知って、お互いに少しずつ変わっていった。
あの日をどれだけ恋しがって懐かしんだところで、一度変わったものがもう一度完璧に戻るなんてことは決してない。
変わったまま、その上に変化をもっと積み重ねていく。私達はいつだってその途上にいる。あの空の満月みたいに。
月は満ちて、欠けていく。満ち欠けを繰り返して輪になって閉じているように見えるけれど、その大元にある「月という惑星」はずっと一方向に時間を重ね続けている。そんな風に、かぐやとヤチヨが昔みたいな姿を見せたとしても、それは10年間/8000年間を積み重ねた果てによく似た姿を見せているだけなんだろう。
『相手の事が大事だと思えば、だんだん変わっていくもんだろ』
そんな哲学的な思考に囚われていると、察したように俵は声を掛けてくる。ナノマシンで出来た体はホログラムみたいに半透明で、幽霊みたい。
それはともかく、本体が実体のない電気信号であることを考えると、こいつは文字通りに思考を読めてしまうのかもしれない。オンオフが出来ないとしたら辛そうだなと益体もない事を思うし、そういう意味ではこいつにもボディがあった方が楽なんだろうか。
『俺の母さんだって昔っからああだった訳じゃないだろうし、俺が腹の中に居た時に何か考えたこともあったんだろうし。俺だって曲がりなりにもお前らが大事だったからなるだけ合わせようとしたんだぜ、これでもさ』
「やけに素直じゃん。そういう気分?」
『そういう気分ってことにしといてくれや』
「はいはい……でも、まぁ、そうかもね」
変わらないままぶつかり合えば、より硬い方は何も変わらず、柔い方は削れて歪むしかない。
互いに寄り添っていくためには、双方が少しずつ、自然にそのカタチを変えていくことになる。
私が動けなくなった後、かぐやがわがままを抑えだしたり。
ヤチヨが昔のかぐやみたいなわがままをあんまり言わなくなったり。
思い返せば、俵の態度もあの日から随分と変わった。
「タケトリさまも、そうだったもんね」
『色々あったんだろうさ。敢えて聞かねぇけどな』
人の営みを嫌悪し、軽蔑し、憎悪すらした彼女は、いつしか人の営みに寄り添って見守る側へと変わっていった。ヤチヨみたいには聞かせてくれないし、FUSHIみたいな相方もいない。加えて言えばスリープによる情報整理すら必要ないから、何が起きたのかを知ることはとても難しいだろう。
「知りたくないの?」
『形が変わろうとどんな風になろうと、アイツはタケトリさまで、タケで、俺の娘だ。それでいい。子供を愛するのに条件なんざ要るかよ』
「情熱的」
「親心っつってくれ」
だから、俵はただ傍に居ることを決断した。
何も語らないならそれでいいと、ただずっと寄り添うこと。
私とは逆なようで、どこか似ている。それがどうにもムカついて、そしてそんな風にムカついてる自分に最近は笑えるようになった。
「芦花も、真実も、お兄ちゃんとブラックオニキスも。道坂と久遠だって……」
ふと脳裏を過る、遠い背中。
変われなかった、或いは変わらないことを選んでしまった人。
「……大事でも、変われないことも……あるのかもね」
『……かもな』
沈黙に込められた思惟が誰に向いていたのかは、何も聞かずとも分かってしまった。
変えられてしまった、歪んだまま貫いてしまった人。
『もしも俺が時間を遡るとしたら……ってのは、考えたことがある』
自分の親に訪れる悲劇を避けるチャンスが来たら、どうするか。
もっといい道があるかもしれないという可能性を掴むのか。
俵は、その思考実験に対して緩く首を振った。
私も、多分同じことを考えた。
「もしかしたら、かぐやどころか芦花や真実にも会えないかもね」
『道坂も久遠もお前も知らずに、あの集落で一生を過ごしたかもな』
たとえ道を別ったとしても、それでも親なんだ。
そして、親であるということは、同時に他人なんだ。
道を別つほどに大切な人達を見つけてしまった以上、どれだけ幸福な可能性が眠っているとしても、その手を伸ばす訳にはいかなかった。
「私は、この時間を生きていたい」
『俺は、この時間を生きていたい』
月明かりに照らされながらブレスレットに触れる。
少しの間辛い記憶の象徴でもあったそれは、今となってはなんだか懐かしい。
思い出がどれだけ風化しても、悲しみや苦しみが消えてくれるわけじゃない。艶やかな表面をなぞるように撫でれば、渡されたあの日の胸を締め付けられるような思いも、訪れてしまったお別れへの悲しみも鮮明に思い出せる。
10年の間だってそうだ。上手く行かないことも、ふと思い出して辛くなることも沢山あった。悪い夢を見て飛び起きて、かぐやと俵がちゃんと居るか家じゅう駆け回ったことも1度や2度じゃない。二人に相談できなくてヤチヨに泣きついた日だってあった。
「……それでもさ。ここまで来て思い返せば『そんな事もあったなー』って笑えるんだよね」
『まぁな』
ふと過る、白髪の笑み。
8000年を歩んだ笑顔は在りし日のそれとは変わってしまった。けれど、それは誰もを魅了してしまうくらい綺麗で、キラキラしていて。
いつも楽しそうに笑ってたのは、痩せ我慢でも何でもなくて、本当に今が楽しかったから。長い長い、苦しかったことも沢山あったはずの時間を思い出しても笑えるのは、振り返った時にちゃんと懐かしいと思えたから。
過ぎゆく時間の中で風化する思い出を見つめながら、その時に何を感じていたかだけは何時になっても思い出せる。それがとても幸せなことで、だからこそヤチヨはあの日を境に「ここで終わってもいい」だなんて思ってしまったのかもしれない。
「それでも、私は
俵とタケトリさまの手によってかぐやは私の元に戻ってきてくれた。でも、それでヤチヨを放り出すなんて絶対できっこなかった。
どっちもかぐやだというのなら、どちらかを選ぶなんて出来るわけが無い。
キッチンで水を汲んで、喉へ流し込む。
稀にある研究所に貼り付かなくちゃいけない日ならコーヒーでも飲むところだけど、今それをやると間違いなく眠れなくなる。冷蔵庫のお茶は生憎と品切れだった。
何となくの気分でリビングのソファーに寝転べば、煌々と夜を照らす満月が全身に染み渡る。それ自体にこれといった効果はないはずなのだけれど、不思議と全身の力が抜けて気が楽になっていく。
「俵はさ」
『何だ』
「私達に会えて、幸せ?」
不意に口を突いて出た質問は、なんともまあ抽象的だった。
トラウマに近い衝動を抱えて私に接触して、恩を押し売りして、かぐやのことでてんやわんやの私のところへ真っ直ぐに駆け付けてきたあの日。
結局のところこいつは私達に散々振り回された側で、悪い言い方をすれば被害者だった。それでも一度たりとも投げ出すことなく、今日まで一緒に居てくれた。
『ずいぶんしおらしいじゃねぇの。どうした』
「べっつにー。何となく聞いてみたくなっただけです~」
言葉はすらりと喉から出てきた。照れ隠しでも何でもなく、私は心からそう思えている。
不思議な感覚だった。恋や愛でなく、こうしてこいつが傍に居ることが当然と思っている。
家族でもない。恋愛感情がある訳でもない。幼馴染でも、友人の枠に収まるかも怪しい。
だというのに、私達は知らぬ間に互いの居場所を共有しているし、互いが大切なものを我が事のように大切だと想っている。10年間で何度も何度も考えた関係性は、やっぱり答えが出ないままだった。
きっと、それこそが疑問の正体なんだろう。
この不思議で奇妙な関係を心地いいと思っているし、幸せだと思っているから。俵もそうなのか、確かめたかった。
月明かりを見つめながら、俵の答えを待つ。髪結い紐を解こうとする手は、もうそれが存在しないことに気付いて宙を彷徨い、カタチだけの頭を掻いた。
『お前に会えたことが、って答えなら、多分NOだな』
そうして吐き出された言葉に、私は納得していた。
『いつだってお前を見てると気分がささくれ立って仕方なかった。俺の知らない昔の母さんを見てるみたいで、心底嫌だった』
「気に入ってるのが私って話は?」
『それはそれで、これはこれってやつだよ。お前の真面目さは好みだったけど、背中は見ていたくなかった。痛々しかった。遠くから眺めて、知らないふりをしねぇと耐えられそうになかった』
いつの間にか一番近くにいるけどな、なんて誤魔化して、俵は笑った。苦笑いや何か含むものがある訳じゃない、純粋な懐かしさから出る笑い。
それは、過去の自分を飲み下せた証左。誰に何を言われるでもなく、自分で過去の自分を認められたからこそ出る表情だった。
そうして、俵もまた空に座す月を眺めながら、今度はかぐやのことを話し始める。
『かぐやに会えて……って話は、微妙だな。あの日、赤ん坊のかぐやを抱き締めたお前を見た時、今から絞首刑にでもなるんじゃないかって気分だった』
若くして身籠り、俵を産んだお母さん。デジャヴを感じるには充分だろう光景に、生きた心地がしなかったと独白される。
『頼むから手放してくれって、本気で願ったさ。だからああ言った。でも意固地になって面倒見るなんて言うもんだから余計に死にそうだったんだぞ、あの時』
「その節は大変ご迷惑をおかけしました」
『ほんとにな。反省して一生面倒見てやってくれ』
「言われずとも」
私はかぐやと、ヤチヨと生きていく。そう決めた。
けれど、そんな決意すらなく成り行きで拾った、ある意味で無責任だった私を見た時。俵は心底恐ろしかったんだろう。
『たった3日で大きくなった時、少しだけ安心したんだわ。母さんみたいに決死の覚悟で、身一つで育てようなんて思わずに済んだんだって。そんで……』
「それで?」
『……気が付いたら、俺はかぐやの事も放っておけなくなった』
子供の時期があっという間に過ぎて、私達と同じ背丈になって。そうして無邪気に振る舞い始めたかぐやを見て、俵は次なる恐怖に襲われた。
今度はかぐやが、自分のお母さんみたいになるんじゃないかと。
だから半狂乱でかぐやを探して、衆人環視の中で怒鳴りつけた。
『外に出て欲しくなくなった。ずっとツクヨミに夢中になって、引きこもりにでもなってくれないかと本気で願った。それくらい、怖かった』
結果的には真逆の性格になったし、かぐやは自分から私や俵を連れ回すようになったけれど。かぐやと関わっている間、俵の思考の片隅にはいつでも恐怖が貼り付いていた。
「じゃあ、ヤチヨと、タケトリさまは?」
『最初こそ他人だと思っていられたさ。けど、月人との話の中で8000年を過ごしたって事実に気付いてからは、死にたくなった』
かぐやとなるヤチヨを救ってしまえばタイムパラドックスで何もかもが破綻する。だからせめてとかぐやを二人に分岐させるような事をしたけれど、今度は自分が消えてしまえば分岐させたかぐやとタケトリさまが存在しなくなる。
何もかもに雁字搦めにされながら、紀元前から今に至るまでを過ごすヤチヨとタケトリさまを放置する以外の選択肢が取れなくなった。
『たった1年ですら耐えられるか分からねぇ心を背負って、長い長い時間を過ごさせなきゃいけねぇ。最後に幸せにするために? ふざけんなボケって話だろ』
「……」
『俺が当事者だったら顔見た瞬間ブチ殺してるぞ、そんなもん。だってのに、アイツらは笑ってた。笑って、一緒に過ごせて嬉しかっただの何だの……本気で、死にたかった』
絶え間ない苦痛と後悔に彩られて俵はあの日まで来たんだと、今改めて認識する。
それでも、こいつはずっと傍にいた。傍に居ようとした。
かぐやが居なくなった後も、必死で声を届けようとしていた。
『俺がこの体を選んだのは半分くらいヤチヨのためだしな。お前やかぐやと一緒に眠る未来を選ばなかったとき、傍に居てやりたくなった』
何もかもが苦しみとして締め上げてくる中で、こいつは未来の
そんな私の得心に、俵は返してくる。
『確かに出会ったことは不幸だったさ。でもよ、その後はお前と同じだ。振り返って足跡眺めてみると……どうにも、笑えてくる』
「総評すると?」
『
その答えで、十分だった。
気が付けば時計は1時を指している。
『明日も仕事だろ、とっとと寝ろ。それかかぐやのこと抱き枕にでもしてやれ』
「余計なお世話」
ソファから起き上がって、伸びを一つ。軽くストレッチをしてから振り返ると、上階と目が合った。
金髪が気まずそうにさらりと流れて視線を明後日の方向へ逸らす。
「……いつから?」
「…………彩葉が、俵に幸せ?って聞いたあたりから」
『良かったな、全部じゃねぇってよ』
喧しいわ。羞恥心と呼ぶには微妙に届かない気恥ずかしさというか、もどかしさのようなものが頬を熱くする。それを誤魔化すように咳を一つ。
「ヤチヨそっち居る?」
「ぐっすり」
「んじゃ寝よっか、皆で一緒に」
足早かつ無音でヤチヨの部屋へ駆けていくという曲芸を披露するかぐやを追うように階段を上っていく。俵は相変わらずリビングの住人だ。眠る必要が無くなってからは、本当にずっとリビングに居ることもある。
それに思うところが無いと言えば嘘になる。
私のところはこいつ的にも絶対無いとしても、せめてヤチヨのところくらい行ってあげても良いんじゃない……って。
「俵」
『どうした』
でも、それにもこいつは頷かないんだろう。
自分と一緒に居ると、今度はヤチヨが私達と一緒に居ることを躊躇う時間が生まれてしまうから。
ヤチヨの不安が、俵の傍から離れることを許さないのを知っているから。
「寝ようかなって言った手前あれなんだけどさ。やっぱりちょっと不安なんだよね。ほら、ベッドの下から足掴まれるかもって」
『そんなタマかよお前』
「黙らっしゃい」
わざとらしくそういえば、俵もわざとらしく返してくる。
けれど、こういう時ほどこいつが自分の意見を変えることはない。10年の間に嫌ってくらい思い知ったことだ。
だけど。
「だからさ、眠れるまで傍で見守っててよ」
『……』
唖然としたまま、私の目をじっと見つめていた。
思い当たる節があったような、何か懐かしいものを見たような。そんな顔だった。
「かぐやとヤチヨのついでだと思ってさ。出来るでしょ、幽霊みたいなもんだし」
『いっぺん頭叩いたろかお前』
わざと意地悪くそう言ってやれば、またノってくる。
いいぞ、あともうちょっと。
「
今は幸せなんでしょと付け加えてやれば、降参したかのように両手を挙げてみせた。
今この瞬間。こうしている関係が気に入っているから、ずっとそこに居るんでしょ、って。
『お前ほんっと、敵わんわ』
私の後に続くように、地縛霊ならぬ自縛霊が階段を上がっていく。こんなに存在感強い幽霊がいたら、仮に他のヤツがいたところでひと睨みされればきっと顔も出せないだろう。
髪を撫でられながら眠るかぐやとヤチヨは、私の意識が落ちるまでずっと幸せそうだった。