今は昔、竹取の翁といふもの有りける   作:何もかんもダルい

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( ゜A ゜)

腰抜けるどころかKASSENのだるま落としみたいになりましてよ??
何が起きましたの???


翁は寂しさを理解していた。

「やだやだやだやだぁ!」

 

 栄養に喜ぶ己が身体にちょっとした悔しさを覚えて暫し。さて今日から学校だと玄関を潜ろうとして、例の宇宙人は全力で抵抗を始めた。流石にこの夏の気温の中でしがみ付かれると暑い。

 自分が宇宙人であること、不審者であるということを引き合いに出してまで何とか留め置こうとしてくる。そんな奴を家に置いてまで行くべきところなのか、そんなに大事なのかと。

 

 だが、自覚してるなら好都合。

 幾ら嫌だだの一緒に居てだの言われても休むわけにはいかない。意地と努力と忍耐の結晶をこんな奴に壊されてたまるもんか。

 

「命より大事!」

 

 確かに関わると決めたのは私で、面倒を見ると意地を張ったのも私だ。けど、もうそれもおしまい。

 私は完璧でなければいけないんだから。子育てごっこも宇宙人の世話もやってる余裕なんてひとっつもないんだ。

 

 母の背中は、完璧になってようやく微かに見えるくらいなのだから。

 追いつかなければ、いけないんだ。

 

「だから、あんたも月へ帰って」

「……でも、帰り方わかんないし。なんかここ面白そーだし」

「とにかく早く思い出して、今日一日で! わかった!?」

「ぶー!」

 

 指を指して睨みつけてやれば、言い返そうとした言葉も飲み込んでぶーたれていた。

 ようやく観念したかと扉を閉じようとした、あと1秒というところで。

 

「……悪ぃ、俺今日休むわ」

「はぁ?」

 

 錆びた欄干に体重を預けていた俵が、何やら真面目腐った顔で方針を転換する。どういうつもりだと振り返って視線を合わせれば、これまでのような笑む感情が失せた瞳に射抜かれる。

 閉じかけた扉を再び開けて、少女の手を取って外へ引っ張り出す。そして、裸足だったことに気付いて片手でひょいと担ぎ上げた。

 

「まさかとは思うけど、絆されたの」

「かもな」

 

 担がれてバランスを崩しかけた女の子は間の抜けた声と共に俵の頭にしがみ付く。髪色や明るい瞳の色も相まって、ちょっと変わった兄妹みたいで。

 

 その姿に、擦れきった記憶が過った。

 幼き日、最後に見た時よりももっと活発だった兄の姿。サッカーボールを追いかけて、悪戯っぽい笑みでこっちを見ていた日向の笑み。

 

「お前に学校が譲れねぇみたいによ、俺にも譲れねぇモンがあんだわ」

「……ッ」

 

 なんだよその顔。今更申し訳なさそうにすんな。

 一人暮らしで、全部自分でやんなくちゃいけなくて、それでも余裕綽々で笑ってたくせに。私みたいに完璧じゃなくても良いって顔でズル休みまで手札に持ってるくせに。

 ちくしょう、ちくしょう。私の方が頑張ってるはずなのに。素行だって成績だって私の方が上なのに。何でこんなにコイツに負けたような気になるんだよ。

 

「……勝手にすれば!?」

「そうするさ」

 

 大っ嫌いだ、この野郎。

 勝手に気に入って勝手に付きまとって、挙句勝手に満足して。

 

 お前も月に帰っちまえばいいのに。お似合いだよ、二人揃って。

 そんな暴言をギリギリで飲み込んで、階段に八つ当たりしながら『完璧』へと立ち戻っていった。

 

 

 

「親御さんも、さぞかし自慢の娘なんじゃない?」

 

 ――――『私に似たら許さない』……いつも、恨むような眼で睨みながらそう言われた。

 

 担任の立花先生の、古びた山羊みたいな声。

 連なるように、髪結い紐がノイズ交じりに再生された。

 

 顔を見る勇気が出なくて、声だけで聴いていたその思い出。いつまでも手放せない赤い糸。

 あいつも、母親に認められたかったんだろうか。

 

 俵が髪と瞳に物申されると烈火の如く怒るというのはそこそこに有名だったらしい。普段の笑いが嘘みたいに消えて、いつ手を出すか分からないくらいに荒れ狂うんだと。

 生きづらいだろうな、特に日本じゃ。金髪にアースアイなんて目立って仕方ない。コスプレだとか、昔から結構言われてきたんだろうか。

 母親と同じ色だと語っていたそれを、あいつはどういう風に受け止めていたんだろう。

 

「ところで、俵君について何か知ってる?」

「はい?」

 

 危ない、声が上ずりかけた。あまりにもタイムリーな話題だから身構えていたのが功を奏した。

 

「ええっと、結構な苦学生、ってくらい……ですかね」

「意外と秘密主義だからね、彼」

 

 そうなのか。放課後の空き教室であんな話題に興じていたくらいだから、結構オープンだと思っていたのに。

 そんな内心を覆すように、立花先生は困り顔でプリントを見ていた。

 

「あんまりひけらかすのは良くないんだけど……けっこう仮病で休むだろう? 内申点をテストの成績で誤魔化してる状況が続いていてね。もっとやる気になれる要素があれば、って結構先生たちの間では話題なんだ」

 

 曰く、やる気になれば私に並びうると。勉強を疎かにしてはいないのだが、学校に来ることへ意味を見出していない節があると。

 やっぱり問題児っていう部分は共通認識なんだな、と苦笑いが漏れる。

 

「進路についても白紙提出が続いていてね。私だと避けられてしまって……できれば一声かけてあげてくれないかな」

 

 もしかしたら酒寄さんの話なら聞いてくれるかもしれないから。

 その言葉が、ちくりと胸を刺した。

 

 3日間、あれだけ世話になっておいて。そんな後悔が早くから押し寄せて、心を沈めていた。

 

 

 

「俵? あぁ……アイツ、友達は大事にするけど付き合いは割と悪いんすよね。あんまり今風の趣味に興味なさげというか、むしろ雑談に興味持ってくれる方が稀というか」

 

「この間ちらっとノート見えたことはあったけど、すんごい綺麗な字で滅茶苦茶びしっと纏めてたなぁって。シルバーコレクターの貫禄ってカンジだった!」

 

「アレで結構口もキツいんで、友達は少ないと思いますよ? 俺ら以外とじゃ駄弁ってるとこも見た事無いんですわ」

 

「図書室は常連だと思いますよ。図書委員の人、必ず一回は俵さんのこと見たことあるって言いますし。かなりの勢いで読むので、委員会の子よりも蔵書には詳しかったりするかもですね」

 

 進路について先生が頭を抱えていると言えば、俵に関する情報は意外と集まった。

 その大半はあの三日間で私が見たものと中々に食い違っているような、そうでもないような。そんな感じのものばかりで、あいつもまた私のように何かの仮面を被って生活しているんだと思い知った。

 

「俵といえばさぁ、意外と薬草とかハーブとか詳しいよね」

「前にお願いして干したヨモギ頂いた事あるよぉ。すっごくいい香りがして最高だった~」

 

 そして、芦花と真実からも中々面白い話が飛び出してきた。

 ハーブ類に留まらず、野山で食べられる野草や木の実なんかにも詳しく、特に真実は時折そういった食材を持って来てもらうことがあったらしい。

 

「あ、でもね、あんまり目立ちたくないらしくて。なるべく秘密にしてくれ~って言われて、渡す時も私の下駄箱にこっそり入れられてた」

「第一印象は髪と目でぎょっとするけど、その後は意外と目立たないんだよね。なんというか――――」

 

 ――――いつの間にか、どこかに消えてしまいそう。

 その言葉は、立花先生の時よりも深く突き刺さった。

 

 折角連れてきてもらって奢りで出してもらった映え映えなパンケーキも、上手く食欲をそそってくれない。喉の奥に引っ掛かった暴言の破片が邪魔してくる。

 

「……三連休、色々あったって言ったじゃん。実はさ、結構、俵に助けられてて……いや、どっちかというとあいつが恩着せがましかっただけ、と、いうか……」

 

 あいつ、あの三日間で結構な額のお金使ってたよね。バイトもしてるって言ってたし、本当はほとんど余裕なんて無かったんじゃないんだろうか。ほぼあいつの自己満足という前提は有れど、あれだけ世話になっておいて、その果てに取ったのがあの態度。

 

「最低だ、私」

 

 ――――彩葉は甘ちゃんやから

 母の言葉、その断片が意識を掠める。あまりにも正しくて、痛いくらいの言葉。

 

 押し切られて、施されて、そのお返しが悪態。頭を抱えるくらいに甘ちゃんだ。言い訳もできないくらい甘えている。

 

 あいつを前にすると一挙一動全てが気に障って素直に受け取れなくなる。

 完璧で優等生という仮面を一瞬で引き剥がされて、生のままの感情をぶつけずにいられなくなる。やることなすこと全部気に入らなくて、何もかもに反発したくなって、挙句の果てに何処かへ行ってしまえばいいのに、なんて。

 

「ほんっと、何してんだろ……」

 

 あいつと話してると、母の背中が遠ざかる気がする。それが何より嫌で怖くて、あいつをどうにか突き放そうと必死になってる。少しは近づけたかななんて思った直後に自分の幼稚さを見せつけられる気分だ。

 あいつにはそんなつもり微塵も無くて、自己満足だって自覚しながらやってるだけなんだろう。だからこれは、私の問題なんだ。

 

 フォークを握ったまま沈んでいると、芦花から声が掛けられる。

 

「……あの日に俵も言ってたけどさ。彩葉は真面目なんだよ」

 

 俯いたまま視線だけ向ければ、肘をついて頬に手を当てて、しょうがないなって感じでこっちを見ていた。

 真剣に考えてくれてるんだろうけど、声はとても優しくて。

 

「真面目だから、色々考えてる。いっぱい色んなことを」

「そういうの一旦忘れて今に集中しちゃうのも悪い事じゃないよ~。きっとね」

 

 見せつけるように真実はパンケーキを口に運んで、オーバーリアクションで浸る。敢えて詮索はしないまま、こうして宥めてくれる距離感は有難くて、暖かくて。

 でも、これも甘えてるってことなのかな、と。一度意識してしまえばそんな思考が抜けてくれなくて。

 

――――親父にも言われたもんだ、重要なことほど飯食ってから考えろってな

 

 食べなきゃ動けない。頭だって回らない。そんな当たり前すら、忘れそうになる。

 

「ありがとう、芦花、真実」

 

 母の背中が遠ざかる音がした気がした。

 それが、どうしようもなく怖くて。

 

 でも、ちゃんと謝らなきゃ。そうでなきゃ、余計に遠ざかってしまうから。

 

「――――シャッ!」

 

 そうしてどうにか頭を動かすために口に捩じ込もうとした三段重ねのキラキラパンケーキ。

 

 二段目が、神速でぶっこ抜かれて胃袋に消えた。

 さっきの真実のリアクションすら普通に見えるくらいのオーバーさで美味い美味いと身をくねらせるソイツは、見た事無い服に身を包んでいて。

 

「よっ、彩葉!」

「おっ――――」

 

 おまえェェ――――ッ!!!

 疲労困憊で膝に手を置く金髪を視界の端にロックオンしながら、心の裡で絶叫した。 

 

 

 時間は遡る。

 少女は俵の片腕に抱えられた状態から器用によじ登り、肩車の格好で息を吐いた。

 

「彩葉行っちゃった……ぶぅ」

「ま、しょうがねぇさ。アイツにとって学校は一日たりとも休んじゃならねぇもんだからな」

 

 とりあえず服だな、と少女の白い脚を掴んで支えながら俵は歩き出す。

 つまんない、つまんなーいとむくれながら歌う声はか細く、成熟し切らない感情を声量以上に伝えてくる。

 

「あんま拗ねてやんなよ。アイツもアイツで、結構限界ギリで踏ん張ってんだ」

「俵は? 学校行かなくていいの?」

「俺はいいんだよ。ぶっちゃけ、学校とか行きたくて行ってみたくらいなモンだしな」

 

 俵にとって、学校はもう意味のある場所ではなくなっていた。

 もとより親の反対を強引に振り切って来たのだ。昔日に吐き捨てられた言葉は、今になってああ成程と納得できてしまうくらいに腑に落ちている。

 

「じゃあ何でやめないの? つまんないんじゃないの?」

「あー……まあ、なんつーかな。半分惰性なんだが……それでも、途中で“やっぱやーめた”はなんかダセェ気がしてな。せめて卒業くらいはしようと思ってんだ」

「……でも、つまんない」

「そうだな、つまんねぇ」

 

 俵にとって最大の誤算は、己の容姿だった。

 母親が山奥の小屋に息を潜めるように住んでいた理由を、東京という地に来て痛いほどに想い知ってしまった。

 自慢の色は、今や忌々しさにくすんでいる。無残に切り刻んで丸坊主にでもすればいいと思ったことは幾度あったか。それでも、彼は髪を切る、染めるという選択が出来なかった。

 

「金色ってのはな、目立つんだ」

「目立っちゃダメなの?」

「ダメじゃねぇな。けど、珍しいんだ。珍しいと人間ってのは怖くなる。「自分と同じじゃない」ってのは、ヒトは怖いんだ」

 

 ――――お前も思い知るだろう。人間が、人間を遠ざけるために何をするのかを

 

 俵の脳裏を過る、母親の一言。囁くような、掠れる声しか出せなくなってしまった喉から漏れ出た呪い。

 

「酒寄も、多分怖ぇんだろうな」

「なにが?」

「俺や、お前が」

 

 一拍置いて、上半身で頭を抱えるように掴まっている少女の髪に優しく触れた。

 自分の髪色に近い、しかしまだ自然な色をしている艶やかな長髪。それが俵には少しだけ羨ましかった。

 

「ある日いきなりやって来て、訳の分からないことだらけで。そんでもって何考えてるかも全然分かんねぇ。普通そういうのは怖いんだわ」

「……でも、彩葉のとこにいたい」

「別にどっか行けなんて言ってねぇよ。齧りついてしがみ付いてりゃ、幾らだって一緒に居れるさ……多分な」

「絶対がいい!」

「へいへい、絶対絶対」

 

 わがまま放題、駄々こね全開。そんな少女の姿が、俵には甘えたい盛りの子供にしか見えなかった。背丈で言えば自分たちに近づいているのだろうが、彼からすれば生後まだ数日の赤子と同じ。

 寂しさの吐き出し方を知らないだけの、小さな迷子と変わらなかった。

 

 

 部屋に着き、扉を開ける。

 少女が真っ先に感じ取ったのは、色とりどりの匂いだった。

 

「おぉ~??」

 

 床に降ろされ、少し待ってろと置いて行かれる。

 好奇心の赴くままにとことこと近寄った青はどれも形や質感が違って、そしてどれもが固有の香りを放っている。

 机付きの棚を見れば、何に使うかも分からない機材やガラスの器具や容器が立ち並び、茶色の小瓶にはカタカナが羅列されていた。

 

「こっちは匂いあまーい! こっちは……うぇ、にがぁ。こっちはなんか……鼻ちくちくする? でもこれ好き!」

「そいつは僥倖。臭ぇって言われたらどうしたもんかと思ったぜ」

 

 俵は適当に持ってきたジャージを少女に投げ付ける。上手くキャッチすると、用途を察したのかその場でいそいそと着替え始めた。

 

 後で買いに行かないとな、などと親にでもなったかのような感想を零しながら、袖や裾を何度も折って安全ピンで留めて丈を調節する。

 

 自分の行動に覚える既視感は、かつての自分と母親を俯瞰で見ているような、どうにも不思議な気分だった。

 過る憎しみの目。それとは真反対の純粋無垢な好奇心の輝きに射抜かれ、意識が過去から帰ってくる。少女は着替え終わるとほぼ同時に机に置かれていた用途不明の器具を手に取っていた。

 

「ねぇ俵、これなに?」

「抽出器。要は草から香りだけ取り出す装置だ」

「香り……これ全部?」

「そう全部」

 

 金属製の棚に所狭しと並べられた植物たちを見渡してから、凄い凄いと先ほどまでの消沈した空気を吹き飛ばすように暴れ始める少女。

 その肩を掴んで、俵は地面に細く白い足を縫い付ける。

 

「いいかよく聞けガキンチョ。ここで暴れんのはご法度だ。お前のその振動で鉢やビーカーがズレて落ちてくるかもしれねぇ。壊したって俺は怒らんが、怪我すんのはテメェだ」

「分かった、気を付ける!」

 

 ぶんぶんと頭を振りながら興奮気味に答える少女。その様とは裏腹にリアクションは大人しくなっており、少なくともこの場における“何をしてはいけないのか”を即座に理解した素振りを見せた。

 

「ここに置いてあんのは昔っから薬代わりにされてきたようなもんばっかだが、ガチで体調悪いんだったら気休めにしかなんねぇと思っとけ。ただし、その“気休め”が重要だってんならマジになって選べ」

「はい!」

「威勢のいいこって。んじゃ、まぁ有名どころからやってくか。コイツがローズマリーで――――」

 

 ハーブの種類、効能、そして使い方。軽く説明すればそれだけで次々に少女は知識を吸い込んでいく。

 試しにローズマリーの匂い袋をその場で作って渡してやれば、余程気に入ったのかそのまま頬ずりまでする始末。苦笑しながらそれを見守っていると、ふと思わずといった調子でぽつりと溢した。

 

「彩葉、これ作ったら喜んでくれるかな」

「あー……どうだかな。ハーブティーの方が良いかもな」

 

 俵は金属製のキャニスター缶を戸棚からいくつか取り出して並べ、蓋を開ける。そのうちの一つから縮れた葉を一枚手に取り、嚙んでみろと少女へ渡す。

 指の先ほどしかないそれを摘まんでじろじろ検分し、訝しみながらも口に放り込み、思い切って奥歯で噛み締める。瞬間、炸裂した甘味に少女は目を白黒させることになった。

 

「あまい! 何これ!?」

「ステビアっつうんだがな、ご覧の通り葉っぱ一枚で強烈に甘みを感じるんだ。当然、コイツを混ぜて茶にすると湯が甘くなる」

「やってみたい!」

「まあ待てって。酒寄の奴に何かくれてやりてぇんだろ?」

 

 俵は耳かきをひと回り大きくしたような匙と不織布の小さな袋を取り出し、机の上に並べる。そのまま少女を椅子に座らせた。

 それは理科の実験を指導する教員のような、あるいは時代遅れの魔法使い(ウォーロック)のような光景。日の光に煌めく金髪が相まって少女の胸中に神秘性という概念を朧気ながら刻み込むには十分なものを持っていた。

 

「袋1つで一回分だ。テメェで匂いを嗅いで、どのくらい入れればいいか目星つけて袋に詰めてみな。どうなるかは後で淹れてみてのお楽しみだ」

「分かった!」

 

 

 缶を覗き込むようにして匂いを嗅いでは、慎重に匙で掬い取って袋へ入れていく。あまりに量が多い場合以外は俵は極力声は掛けず、少女の感覚に全権を委ねていた。

 

「うひひ、できた、できた~」

「ご機嫌だな」

 

 それから1時間ほど。あれやこれやと悩みながらも5個のティーバッグが完成し、一包ごとにキッチンペーパーで包んで紙袋に入れ持ち歩かせていた。

 靴はまだ無いため、再び肩車をした状態で外出。向かう先はショッピングモール。少女の服や靴以外に、彼女からのリクエストで彩葉に夕食を御馳走するべく買い出しに来ている。

 

「んで、何だっけ? ハンバーグにサラダにポタージュ? なんか付け合わせもやるっつってたか。ちょっとした高級レストランの品だぞ」

「彩葉喜ぶかなぁ」

「喜ぶっちゃ喜ぶだろうけどキャパオーバーでしばらくフリーズしそうだな」

 

 なんじゃこりゃあと白目を剥きながら固まる姿が容易に想像できてしまい、俵は苦笑する。

 あれは何、これは何と好奇心の赴くまま頭上から疑問を飛ばしまくる少女に律儀に答えながら、必要なものを買い込んでいく。

 衣類と靴に関しては本人の希望を6割方無視し、機能性に重点を絞って3日分ほどを購入。流石に手持ちでは厳しかったため、今日に至るまで手を付けていなかった父からの仕送りを使い、非常時なので仕方が無いと誰に向けるでもない弁明を繰り広げていた。

 

「肉はウチにある奴を使えばいいからここで買わんでいいだろ。ただでさえ冷凍庫圧迫してるから丁度いい」

「そんないっぱい買ってるの?」

実家(ウチ)から送り付けられるんだよ。しかも宅配便のサービスで知らせて来っから受け取り拒否できねぇの」

「ゔぇーすご。何のお肉?」

「兎」

「えっ」

「鹿」

「えっ」

「畑の野菜食い散らかした野郎(ボケ)の末路だから美味いぞ」

「えっ」

 

 想像だにしていなかったのだろう言葉に呆然とする少女。

 何か有り得ないものを見るような目線を向けられるも知らん顔で彼は帰宅した。

 

 

 例の粉水パンケーキをもったいないという理由で酒寄宅より持ち出し、俵宅のジャムで何とか食べきって暫し。少女にキッチンと調理器具の使い方を教え、彼女自身がタブレットを活用して作り方から何から何までを調べている間に俵も自身の作業へ手を付ける。

 

「俵? 何してるの?」

 

 ソースの煮える音が響く中、先程自分が居た部屋から響く何かの擦れる音に興味を持った少女が覗き込んでくる。

 室内にブルーシートを敷いて座り込む俵。その手元にあったのは、細く裂かれ整えられた竹ひごの山だった。

 

「竹細工。まぁちょっとした小遣い稼ぎだ」

 

 交互に置かれたかと思えば手早く、しかし竹ひごを割らないような力加減で編まれていく。

 作業は半ばだが、手元には既に編み上げられた幾つかのアクセサリーらしき品が置かれていた。

 

「そっち放っといていいのか?」

「あとハンバーグ煮込むだけだからだいじょぶ〜」

 

 視線を手元から逸らさないままに繰り広げられる会話。暫しののちにタブレットのタイマーの音目掛けて寄って行ったかと思えば、火を止める音の後に再び駆け寄る細い足音。

 沈黙を厭う質ではないものの、ただじっと見つけられるむず痒さに耐えかねて俵は口を開いた。

 

「手に職、って程でもねぇがな。こういうもんは案外売れるから生活の足しとしちゃ上等なんだわ」

「ほぇ〜」

「つーかお前、使った鍋とか洗ったか? それっぽい水音マジで聞こえてねぇんだけど」

「めんどくさーい」

「今やらねぇと余計めんどくさくなるぞ。手伝わねぇからな」

「はーい……」

 

 先程火を止めた時の機敏さは何だったのかというほどにダレた歩き方で再びキッチンへ向かう少女。途中食器を洗っているとは思えない歓声が上がっていたりしたが、俵は気にしなかった。

 

「終わった! 彩葉のとこ行ってくる!」

「場所知ってんのかー?」

「学校って調べたら出てきたからだいじょぶ!」

「迷子になんなよー」

「うぇーい」

 

 エプロンを脱ぐ音、服を着替える衣擦れの音。

 俵は気にしなかった。外出するなら当たり前だったからだ。

 

 靴を履く音、彩葉ーと名を呼ぶそこそこの大声。

 俵は気にしなかった。少女が酒寄彩葉にかなり懐いていることを理解していたからだ。

 

 扉が開き、そして閉じる音。

 俵は気にしなかった。家を出る時には必ず聞く音だったからだ。

 

 

「あ?」

 

 

 扉が閉じて数分。

 

 俵はようやく気づいた。

 今家を出て行ったのが誰なのか。

 

 

「いやいやいやいやいや待て待て待ておいガキンチョおいコラァ!?」

 

 俵に子育ての経験など当然無い。

 俵は気にしなさ過ぎた。




俵「俺一人で勝手にやっから」(全ギレ)
俵母「勝手にしろやこっちも勝手にやっから」(全ギレ)

俵「ンだよあの肉クソババア」(全ギレ)
俵母「害獣ばっかで冷凍庫入りきらねぇんだよ貢献しろ愚息」(全ギレ)

だいたいこんな家です。
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