今は昔、竹取の翁といふもの有りける   作:何もかんもダルい

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 なんか想像以上に文字数がえらいことになって話数も嵩んでるんですけど、多分次か次々回あたりで表示を連載に切り替えると思いますわ。
 5話くらいで終わる終わるwとか思ってたらまーだ全然序盤ですの、えらいこっちゃ。


翁は常夜へ往く。

「お前仮病以外で学校休むんだな……」

「うっせぇ、俺だって必要な時に休むくらいするっつの! んで、ガキンチョは酒寄の奴についてったんだよな!?」

「間違いないと思う。なんか物陰伝いながら移動しとった」

「酒寄はどこ行きやがった!?」

「俺らが知るかよ!?」

 

 酒寄彩葉を探して学校に行った。そこまでは俵の耳に入っていたものの、それ以降が分からなかった。学校中を探しても少女の姿はなく、そもそも彩葉の姿すらない。

 真偽織り交ぜて教員や同級生に話してまで集めた情報によって友人と何処かへ行ったというところまでは掴んだものの、その後が分からない。焦りが転じた苛立ちで視野は極端に狭まり、まともな推理が出来る状態でもない。

 

「クッソ、落ち着け、アイツのダチって言やぁ、諌山と綾紬だよな……諌山って彼氏いたろ、なんか知ってたりしねぇか……!?」

「流石にどこにいるかまでは知らんで俺ら」

「でも二人ともインフルエンサーだったよなぁ。もしかしたらそこ絡みじゃね?」

 

 そんな友人のふとした一言に食いついた俵は、その肩を握り潰す勢いで掴む。ようやくつかんだ手がかりを逃すまいと表情は鬼気迫る。

 

「ジャンルは!?」

「え、た、たしか美容と、グルメ」

「美容、グルメ……この時間からダチ連れて飯食いながらエステなんざするわけねぇか? そもそも酒寄の奴が爪だの肌艶に興味あるとも思えねぇ、単純に洒落てて飯も映えて美味いとこ……!」

「しれっとクソ失礼な事言うやんお前」

「俵の中の酒寄さん像どうなってんだ……」

 

 素早くスマートフォンの地図アプリを起動し、直近の口コミの評価が良い場所を調べていく。

 ヒットしたのは3か所。そのうち2か所は放課後という時間に行くにはやや遠い場所であり、自然と一か所に絞られた。

 

「複合施設、最近できたカフェ、評価も新しいにしちゃ上々……当たって砕けてみるにゃいい塩梅か」

「その子一人で行っちまったんやろ? 早よ行ったれや」

「礼は後払いで良いぞ?」

「うっせぇ言わなくても払うわ守銭奴が! 悪ぃな!」

 

 再びの全力疾走。

 地図上の最短経路を強引に頭に叩き込み、人力で出しうる最高速で目的地へ駆ける。

 

「よっ、彩葉!」

 

 ……が、時すでに遅し。追いついた頃には胃袋にパンケーキを収めた後であった。それも許可なく勝手に貪った挙句、彩葉の友人達からも頂戴する始末。

 此処に来るまでほとんどの行いを許容していた俵にも堪忍袋の緒というものがあった。元を辿れば彼が気を抜いたせいというのはあるが、それを棚に上げる程度には今の俵には余裕が無かった。

 

「……っんの、クソガキが!」

「い゛っ!? いたいぃ~~!!」

 

 大股で近寄り、そのまま脳天へ落とされる拳骨。

 彩葉に家を追い出されそうになった時以上の衝撃に少女が呻き、そして泣き出すより先にその両肩を掴む手。星を写した瞳が星の散る瞳を正面から射抜き、心の裡を叩きつける。

 

「一人で飛び出すんじゃねぇ、お前攫われたらどうする気だったんだ! 二度と酒寄にも会えなくなるとこだったんだぞ!」

「うぅ、ごめんなさ――――」

「ごめんで済むならこんな走って追っかけてきてねぇんだよ!!!」

 

 ――――謝って済むなら、お前を追いかけていない

 

 頭上から降り注いだ言葉が、俵の耳の奥で響く。

 目印も何もなく帰り道の分からない街の中、薄暗い路地。刻み込まれて離れない孤独の恐怖、二度と帰れないかもしれないという絶望、それを覆い隠した安堵。

 

 ――――私に似たら許さないと、言ったはずだ

 

 そして、焼き付いたように何度も過った、憎悪の瞳。

 自分と同じ色で、自分よりも暗く濁った星月夜。

 

 鮮明に思い出したそれが、俵からそれ以上何かを言う気力をごっそりと抉り取った。

 

 

「…………一人でどっか行くな、マジで、頼むから、それ以外何したって笑って許してやるからさ……約束したっていいから、頼む……」

「……ごめんなさい」

「ほんっと、マジで心配したんだぞ、ばかやろう……」

 

 状況が飲み込めないという顔で唖然とする芦花と真実。かくいう私だって俵の焦り方が尋常じゃなくて困惑するしかない。

 いち早く復帰した芦花が、代表するように俵へ問い掛ける。

 

「俵、その子誰? 親戚の子?」

「……遠縁のな。あんまりにも世間慣れしてねぇドのつく自由人のバカタレだ」

「彩葉と何かあったの?」

「連休中たまさか会ってちょっと世話されてデロデロに懐いちまったワケ。お陰で酒寄んトコ行くっつって飛び出したのが一部始終」

「なんだ、可愛いじゃん」

「それで突っ走ったこっちの心労、ガチで察して欲しいんだが」

 

 するすると出てくる虚実入り混じったカバーストーリー。頭の回転凄いな。

 ただ、この場において一番して欲しくなかった「何処から来たのか」という致命的な問いが真実から繰り出された。

 

 この宇宙人が真面な言い訳なんて考えているはずがない。下手をすればそのまま月などと言いかねない。そこまで察したが故に、最速で思いついた手札を切る。

 

「つき――――」

「――――じ、築地から来たって言ってた!」

「わぁ、美味しいお鮨屋さん教えて~?」

「お名前は?」

「名前? 名前は、えーと……!」

 

 一発目に土壇場で対処するも、続いて芦花から放たれた二発目もまた致命的、そういえばこいつ名前ないじゃん……!

 

 視線を右往左往させると、偶然俵と目が合う。さてどうすると二人揃って悩み、浮かんだのは一つのお伽噺。

 

「かぐや、だよね!」

「……そーだ、かぐや。かぐや姫から取ってかぐや」

 

 はいそうですと頷けとばかりに睨みつければ、ただでさえくりくりとした垂れ目をさらに丸くして瞬かせる。

 次の瞬間には、かぐやはあの日にオムライスを食べた時以上に喜色満面という顔になっていて。

 

「かぐや? かぐや、かぐや……そっかぁ、かぐやかぁ……!」

 

 噛み締めるように、握り締めるように、自分の名前を何度も口にする。

 『名前は人生最初のプレゼント』。そんな言葉が浮かんで、けれどこれ以上なにか質問されたらたぶん誤魔化せないと直感が叫んでいて。

 それを察したかのように俵から助け船(いいわけ)が用意される。

 

「悪ぃ酒寄、ちっと用事ほっぽって来てんだわ。コイツの面倒頼めねぇか」

「分かった。……ごめん、芦花、真実、パンケーキありがと。後で埋め合わせする」

「すまん、諫山、綾紬。ダチとのパーティーに水差した。出来る範囲なら俺も何かしらするからよ」

 

 急いで食べるには勿体ないパンケーキを飲むように片付け、かぐやの手を取って歩き出す。途中震えたスマホを見ると、『弁明はお前ん家で』と書かれていた。

 律儀だなと思う一方、何で私のとこなんだとも思う。パッと思いつく理由としては男子の家に女子が訪れるのは外聞が悪いといったところか。逆でもまあまあ変わらないとは思うけど。

 

 でも、それよりもあの憔悴具合だ。

 今の今までかぐやのやらかしや駄々を大抵笑って流していたのに、深いトラウマでも突かれたみたいに半ば錯乱していた。

 

「かぐや、あんまりあいつに心配させないでよ」

「ごめんなさい……」

 

 さすがの自由奔放宇宙人も今回の叱責は応えたらしく、ちょっと可哀そうなくらいしょげていた。ぴんと立っていたアホ毛もなんだか萎びている。

 聞けば、私にあげたいものがあって思わず飛び出してしまったのだと。何をと聞いてもいつもの調子でおちゃらけながらはぐらかされる。

 

「俵に余計な迷惑かけてないでしょうね、つかその服どうしたのよ」

「買ってもらった!」

「意外と財布の紐緩いのかぁ……!?」

 

 頭を抱えた。あんな焦り方をして外聞構わず大声で叱り飛ばしていた手前、あんまり責めたくはないけど散財の勢いには流石に苦言を呈したい……! 私と生活条件同じはずじゃないの!?

 

 とにかく、何でもかんでも買ってもらって目をきらきらさせてるのは流石に倫理道徳的に不味い。そこだけでも叱らないと。

 

「あいつ、一人でどこか行かなきゃ別にいいみたいなこと言ったけどさ。ほんとは自分で稼いで買わないといけないんだよ。俵に心配かけたくないでしょ」

「はぁーい……」

 

 おや、と思った。

 拗ねたような言い方だが、目つきが少しだけ違う。不服でも誤魔化しでもなく、本気で反省している感じだった。

 下手にガミガミ言ってもこいつは笑って避けてしまう。自分のせいで誰かが辛い目に遭っている状況に直面する方が効くタイプなんだろうか。それはまた根っこが善良というかなんというか。

 

「ごめんなさい……」

「ぬぐぅ……」

 

 ……いや、でも、まぁ。

 赤ん坊からまだ三日だもんなぁ……

 あいつの言葉に乗るのだいぶ癪だけど倫理道徳もなにもないもんなぁ……習ってないもんなぁ……

 

「あ、でも銀行? か何かの数字弄ればウォレットの数字増やせるっぽかったよ、やる?」

「絶対ダメ、俵にガン詰めされるよ!」

「はいっ!!」

 

 前言撤回したい。道徳はともかく倫理はスパルタだろうがアイツの名前使おうが何だろうが早急に身に着けさせるべきだ。マジでヤバい……!

 

 

 アパートに帰ると、ちょうど俵と出くわした。片手にもったトートバッグから魔法瓶が頭を覗かせている。

 中身を聞くより先にとりあえず荷物を降ろさせてくれと言われ、部屋へ通す。

 

「ちょっと待って彩葉、先行かせて!」

「なっ、ちょっと何なの?」

 

 家主を押しのけて部屋へ入り、俵のトートバッグを受け取るかぐや。中身であるタッパーに詰まった料理を机の周囲に並べ、用意した皿へと移し替えていく。

 何事かと聞けば、俵の家のキッチンで今日の夕食を作っていたのだと。私が喜ぶかと思って頑張っていたと、いつもの調子であいつは笑っていた。

 

「どうせなら、かぐやが今日何してたか知ってから叱ってやれよ」

 

 これまで以上に疲れた顔でそう笑う俵に何も言えなくなる。

 そして、次の瞬間には別の意味で何も言えなくなった。

 

「生のトウモロコシから作ったポタージュに~新ごぼうとアスパラのカリカリサラダに~、トマト煮込みハンバーグ、ズッキーニのソテーをそ、え、て~♪」

「え、な、な……」

「あ、彩葉電子レンジ貸して~、温玉つくるね~」

 

 でも、いや、あの。思ってた夕食と違うんですけど。

 俵が持ってきた野菜入りチャーハンとかぶっちぎる勢いで凝りに凝った高級レストランみたいなのが出てきてるんですけど。

 

「俵あんたこれ幾ら使ったの!?」

「落ち着けって、処理はアイツが全部やったし肉はウチにあったやつ使ってっかから見た目よりは安く済んでる」

「アイツじゃない、かぐや~~!」

「へいへいかぐや様。とにかく、お前が思うほど高かねぇよ」

 

 そういう問題じゃない。かぐやが何でもかんでも買ってもらってる現状が問題なのに。そう言おうとして、横からかぐやの手でスプーンが口に突っ込まれる。

 見た目もそうだけど味まで最高。めちゃくちゃ旨い。ほっぺ落ちる……真実が一口目で最高点叩きつけるレベルなんですけど。

 

「何なのよ、旨いじゃないのよあんた……何なのよ、久しぶりの美味しいご飯で、喜びが身体に満ちていくじゃないのよ……」

「おいコラ俺のチャーハンは美味かねぇってか」

「俵も食べて!」

 

 私と同じようにしてハンバーグを突っ込まれ、咀嚼すること数回。

 一瞬目つきが緩んだかと思えば、そのまま四つん這いで床を叩き始めた。

 

「うっそだろ、あの下処理クソ面倒くせぇジビエでちゃんとクソうめぇハンバーグ作ってんじゃねぇか……俺のチャーハンとかあのクソマズパンケーキと同列だ……」

「ぶっ飛ばすぞおまえ」

 

 流れるようにこっち煽ってんじゃねーよこの野郎。ちゃんと食べたうえでクソマズ言ってるのが余計に腹立つなこいつ。

 というかジビエ? 今ジビエって言った?

 

「あんたジビエなんてどこに隠してたの」

「実家から送られてくんだよ。山奥過ぎて獣ばっかだから買うより狩る方がはえぇの」

「俵の実家マジでどこの魔境にあるのよ……」

 

 野草やらハーブやらの話といい文明に逆行しすぎてない? むしろその育ちで東京に適応できてるのかどうかちょっと心配になって来たんだけど。

 俵の来歴に疑問が山ほど浮かぶ一方で、食べる手は別の生き物みたいに止まってくれない。今日に至るまでうまく味を感じなかったような気すらしてるせいで涙すら出てくる。ごはん、おいしい……

 

「じゅるり……」

「腹減るんなら律儀に等分しなくていいっつの。ハナから自分の分だけ増やしとけ、作った奴の特権だ」

「はあぁぁ~~! 俵ありがと~!」

 

 しれっと自分のハンバーグを半分くらい切り分けてかぐやの皿へ移す俵。やめなさいよ、そういう小ズルい事教えるの。

 睨んでいれば「お前も腹減ってんのか」なんて言ってさらに自分の取り分減らそうとしてきやがる。そんなに私が欠食児童に見えてんのかこの野郎!

 

「あんなクソマズパンケーキがレシピに突っ込まれてる時点でお前の飯に関する自己評価一ッッッッ切信用してねぇかんな?」

 

 ぐうの音も出なかった。

 

 

「……あのさぁ、マジでここじゃ匿えないよ? 私も俵も親に無理言って独り暮らしさせて貰ってるんだからさ……聞いてんの?」

 

 食後にかぐやが自分で調合したというハーブティーまで出され、お腹も心も温かく溶かされてしまったような気分で敷物と化すこと暫し。なにやら楽しそうに私のノートPCを叩いているかぐやの姿を見て、浮かぶのは憎まれ口じゃなく彼女の身の上の心配で。

 

「はいっ、ここでこう、タカタカタカタカッ、ターン! もういっちょ、タカタカタカタカッ、ターン!」

 

 キーボードに指を走らせて暗号みたいなコードの羅列を叩き込んでいく姿はなにやら妙に楽し気で、切ない既視感を覚えさせる。私にも、あんな風に何かをしていた頃があったような、無かったような……

 胸を締め付けるようなそれを振り払うように寝っ転がったまま俵の方を見れば、奴も心なしか満足そうにしながら手のひら大の機械二つを弄っていた。

 というか、めちゃくちゃ見覚えがある。私も愛用してる物体だ。

 

「それスマコンでしょ? なんで二つも持ってんの」

「こっち来るときに親父が荷物に忍び込ませてたんだよ。送り先ミスっただの何だのグダグダ言って返品受け付けねぇし、俺は俺でコレ使ったことねぇし」

「マジで?」

 

 このご時世にスマコンを使ったこともない奴なんているんだ。

 ということはツクヨミに行ったこともない……ヤチヨのライブを見る楽しみも知らない……!?

 

「あんたいったいどんな地獄を生きてるの……!?」

「悪ぅござんしたねアナログ人間で。学校のタブレットだって扱いに四苦八苦してんだこちとら……ともかく、ウチで埃被らせとくくらいならかぐやにやっちまっても良いかってな」

「またそうやって甘やかす……」

 

 一度調子に乗ると後が大変なんだから。倫理観の欠如は学ばせればいいとしても、やっぱりこの調子だと貢がれ癖みたいな悪い癖が付きそうで心配なのに。

 

「今日みたいに一人で飛び出されるくらいなら、コレ着けて引き籠られる方が万倍マシだ」

 

 吐き出そうとした愚痴は、その一言ですべて飲み込まされてしまった。俵にとってかぐやが一人で外に出るというのは、想像以上に古傷に触れる行動だったらしい。

 吐き捨てるような言い方と淀んだ星月夜。視線の先のかぐや姫をこれ以上危ない目に遭わせるかと、言外に籠った感情はあまりにも鋭くて、重かった。

 

「ハッキリ言やぁ、お前にだって同じこと言えるぞ酒寄。お前だけじゃねぇ、諌山も、綾紬も……お前らが一人で外に出てるってだけで、腹に溶けた鉛でも突っ込まれたみたいな気分になる。赤の他人だってのに、逐一安全確認したくなるくらいしんどいんだよ」

「……俵、本当に何があったの」

 

 かぐやを叱り飛ばした時も相当だったが、今の様子も尋常じゃない。気が付けば首筋に冷や汗が伝っていて、スマコンを持っていない方の手指で床を叩きまくっている。

 

「言えねぇ。言いたくねぇ。愉快な話でもねぇ」

「……そっか」

「出来れば金払ってでもセキュリティしっかりしたトコに引っ越させてぇくらいだ。いつまでも背筋がヒリつきやがる」

 

 心配されてるんだなと思う一方、明確に刻まれた断崖のような一線があまりにも胸に痛かった。私だって母との話とか、父のこととか、言ってないことはたくさんあるからお互い様なんだろうけど。

 

「それでも、言ってくれないんだね」

「お前らは知らなくていい話だ」

 

 ―――――あんたにはまだ分らん

 

 まるで違うはずの二人が、どうしてか重なって見えて。

 少しでも自分に似てると思った境遇が、実態はまるで違うんだと叩きつけられたみたいで、ひどく切なかった。

 

「……あのさ。今朝のこと……ごめん」 

「今朝? なんかあったか?」

「だから、急に怒って、勝手にすればとか言って。殆ど八つ当たりだったじゃん」

 

 勝手に動いた口による謝罪は、心の苦しさから少しでも楽になりたかったからなのだろう。でも、それは結局叶わなかった。

 ああそれね、とまるで興味もない棒読みでそっぽを向く俵。表情は無そのもので、本当に心底どうでも良さそう。

 

「誰だってやることなすこと気に障る時はあんだろ。んなもんいちいち気にしねぇっつの」

「でもさ、三連休あれだけ世話になっといて――――」

「できたぁ!」

 

 湿っぽい空気がヒマワリみたいなはつらつとした声に吹き飛ばされた。

 パソコンの弄り方からして遂にサイバー犯罪にでも手を出したかと戦々恐々で視線を向ければ、かぐやの手にあったのは卵型をした携帯ゲーム機。昔に兄から貰ってそのまま仕舞ってあったのを勝手に持ち出したのだろう。

 

「これ! 犬DOGE! これでいつも一緒だって、ふっふぅ~~~~!」

「ご機嫌この上ねぇな」

「てか、一生住む気かよこの宇宙人」

「だって、他にどこに行けばいいの? 捕まったらかぐやちゃん解剖されちゃうかも~」

「ウチにでも来るか? つっても俺の部屋じゃなくてもっとつまんねぇ、スマホの電波もギリのド田舎通り越した山奥だが」

「いいじゃない、リアル竹取物語って感じで」

「つまんなそう~~~~」

「よぅしクマの撒き餌にでもしちゃおっかな~~~~??」

「あっウソウソウソごめんなさい!」

 

 先ほどまでの様子が何だったのかというくらいにわちゃわちゃしている俵とかぐや。

 たった数日で現代文明に染まり切ったコイツが俵の言う電波ギリの魔境にどれだけ耐えられるかは謎だけど、末恐ろしい学習能力と好奇心の合わせ技で案外すぐに適応してしまうのかもしれない。

 ちなみに私は無理だ、ヤチヨから引き離されたら生きていけない。

 

 というか帰れよ、月に。そうツッコミを入れるも自分で弄り回した犬DOGEとやらに夢中で聞いているんだかいないんだか。

 追い出そうにもかぐやを拾った日に張った意地が邪魔してくるし、それ以前に、まあ。

 

「じゃあ、迎え来るまでね」

 

 こんな自由型宇宙人、放り出す訳にもいかないし。

 そう思って身体を起こしながら吐いた言葉に、かぐやはゲーム機から顔を上げた。

 

「いいの!?」

「一、目立たない! 二、許可なく外出ない! 三、私の邪魔しない――――」

「四、外出る時は独りにならずにどこ行くのかちゃんと言う」

「第二項に付きなし! とにかく、これ守れるならうち居ていいよ」

「……と、友達作るのは」

「第一項に抵触」

「カフェとか、遊びにとか……」

「第二項」

「一緒にどこか行っちゃダメなの……?」

「第三項抵触。ちなみに俵と行くのも第一項に付きなし。これ以上迷惑かけんな」

 

 犬DOGEを握り締めたかぐやが露骨に青ざめて、バッドエンドまっしぐらなんて言ってくる。おまけに人の部屋の事映えないだのつまんないだのほざきよる。本当に追い出して山奥に連行してやろうか。

 最後にはいつもの如く全力駄々タイムが始まる。それでお願い聞いてくれるなんて思ったら大間違いだからね。

 

 そう思っていると、俵が今の今まで弄っていたスマコンをかぐやに投げ渡した。

 

「ツクヨミってのは誰でも遊べるバーチャル空間なんだろ? 全員覆面状態で第一項はクリア、部屋ン中で完結するから第二項もOK、そんでもってコレで遊んでる間は一人遊びで酒寄の邪魔でもないので第三項にも抵触無し。なんだ、万事解決じゃねぇの」

「ぬぐ……」

 

 なんだか久々な気のする正論もどき攻撃。おのれ、こういう時に口の回る。

 反論しようと頭で言葉をこねくり回していると、8時半を知らせるアラーム。結局今日も予習をしないままじゃないか。

 さっさとツクヨミへ行こうとすると、何かを察したのかかぐやが最速でしがみ付いてくる。何処へ行くの、また置いてくの、なんて好奇心と寂しさの同居した幼心みたいな言葉を接着剤に全力で付いて来ようとしている。今日の握手券付きヤチヨミニライブ、せっかく抽選を潜り抜けた先で得た幸福だというのに……

 

 と、ふと思いつく。居るじゃん、かぐやが余計な事しないようにしておけるブレーキ役。アクセルに転じる可能性も無きにしも非ずだけど、居ないよりは間違いなくマシ。

 

「……四、俵と一緒ならツクヨミ内に限り自由行動を許す」

「俺かよ、酒寄(テメェ)が面倒見ろや」

「私だって暇なら付き合うけど、あんたと一緒ならかぐやも滅多な事しないでしょ。一人であれこれやらせて変な事件起こされるよりマシ!」

 

 有無を言わせないつもりで指を差し、スマコンの着け方を教える。基本はコンタクトレンズと同じだけど、俵もかぐやもお世話になったことはないので緊張していた。

 かぐやが私の手を握ってきて、もう片方の手で俵の手を握っている。うきうきワクワクと擬音が聞こえてきそうなかぐやとは対照的に、俵はなんか苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

「何、スマコン合わなかった?」

「……いや、なんつーの? 逆っつーか、しっくり来すぎてキモい。目ん玉がもう二つ増えたみてぇだ」

「なんじゃそりゃ」

 

 訳の分からない感想を漏らしていた。人生で初めてのコンタクトレンズだし、慣れ切った私や好奇心を抑えられないかぐやと違って異物感が強いのかもしれない。けれど、こればっかりは慣れてもらうしかないだろう。私じゃどうにもできないし、かぐやを一人にするわけにもいかないし。

 

「あ、そうだ。五、食事は定額制」

「増えた!?」

「今言う事かよそれ」

 

 最後の忠告を告げ、せーので私たちは電子の世界へと潜っていった。

 

 

 

 

 沈みゆく()()。視界を覆い尽くす虚空の海。

 VR技術そのものに疎く、この手の技術を体験したこと自体が今この瞬間こそが初めてだった俵。

 世界が切り替わるような感覚から始まり、彼はあまりにも敏感にあらゆる情報を拾い上げていた。

 

 自分が電子そのものと一体化し、人体から意識だけがコンバートされたようなその体感。プログラミング言語はさっぱりだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と意味不明の直感を働かせる脳内。

 端的に言えば、今の俵は混乱の最中にあった。

 

「――――太陽が沈んで、夜がやってきます

 

 地平線まで続く終わりなき水鏡。満天の星空を支えるかのような巨大な鳥居。地に星図を描くかのような無数の灯篭。

 眼前に現れた月見ヤチヨを完全に無視して、俵は水面に触れる。

 

()()()」 

 

 体を起こし、灯篭の一つを緩く蹴飛ばして他の灯篭へとピンボールのように当てる。それらはさも当然のように()()()()()()()()()()。それが一切のエラーも警告も吐かない。

 

 本当に別世界へ来たみたいだ、などと言葉を漏らし、ツクヨミという技術の結晶に感嘆の声を漏らす俵。

 当然、それが意味する異常に彼が気付くことはない。初めて見る物の正常を知らない子供が、異常に触れたとしてそれに気付けるだろうか。

 

「……っと、やべ。あんま遊んでると怒られるか」

「ふふ、満足したかにゃ?」

 

 そうしてヤチヨとようやく向き合う俵。

 彼女は俵の子供じみた行動を穏やかな目つきで見守っていた。

 

「時間かけて悪かったな。チュートリアル、ってのがあるんだろ?」

「うんうん、セオリーはちゃんと守るタイプで関心関心(よきかな)――――出かける前に、その恰好じゃあつまらない!

 

 俵の眼前に現れるウィンドウ。髪型や服装から始まり、自分自身を自在に作り上げることのできる映し鏡が広がる。

 顔立ちに関しては俵は大して弄らなかった。髪と瞳は彼としては絶対に変える訳には行かなかったが、軽く目つきを変え獣耳を付けるだけでも現実と随分雰囲気が変わったため、これでいいかと納得。

 服装は江戸時代の旅装をモチーフにし、靴をコンバットブーツに、帯を太いバックルベルトに変えることで現代風に仕立てる。最後にアクセサリで見つけた三角錐型の菅笠を被れば、中々にそれらしい姿のアバターが顕現する。

 

 それまでの俵優助は一旦身を潜め、和風の旅装に身を包んだ狼獣人「わら()」がそこに立っていた。

 

「こんなもんか?」

「うんうん、ナイスセンス! それじゃあ――――行ってらっしゃい!」

 

 白くて細い、それでいて()()()手に導かれ、俵は常夜の国へと飛び込んでいく。

 

「――――やっと会えたね」

 

 か細い言葉は、駆ける足が跳ね上げた水飛沫に搔き消されて旅人には届かなかった。




Tips
 俵実家は中山間地の限界集落の端っこにある。電波はギリギリ通じるので文明から隔離されることはなかったが、最新技術にはかなり疎い。俵は上京して初めてモバイルバッテリーなるものを実際に手に取った。
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