金髪のギャルいかぐや姫をお出迎えして少しばかり。垂れた兎耳をぴこぴこ動かして口をあんぐりと開けながらツクヨミの光景に見惚れている
何時まで経っても来ないどこぞの煽り魔へ軽いメッセージを飛ばしてカフェで待つ。味がしないことにかぐやがぶーたれていたりしたが、そんなもん天才科学者でもなければ無理だろう。でもなる早で実装して欲しい。
ふと、背後から低い声が掛かる。
「あーそこのお二人さん、ちっと人を探してるんだが」
「んえ、かぐやのこと?」
「あぁ? お前かぐやか?」
菅笠に旅装の狼。名前は『わら』。言い方からして間違いなく俵だ。私はともかくかぐやの名前は見えてるはずだけど、まさか本名でログインしてるとは思わなかったのだろう。かなり本気で驚いている。ネット弱者も流石にその辺の匿名文化は知ってたか。
というか凄いな、アバターが無駄にしっくりくる。下手したら現実の方よりぴったりだぞこいつ。
「俵とかぐやの髪お揃いだ~!」
「金髪狼の旅人って、属性盛り過ぎでしょ」
「知らねぇよそんなん、金髪は地毛そのまんまだっつの。つーかそっちこそ主人公感たっぷりのツラしてんじゃねぇか、狐の楽師様かぁ?」
「うっさい、いちいち煽んな~~。ほら、時間だから行くよ」
傍にいるかぐやと俵の様子を後回しにするくらいテンションが昂ってくる。だって本当に待ち焦がれたのだ。何度も何度も抽選に落ちて、諦めずに応募して、ようやく当選して指折り数えたのだから。
「ねぇ俵~」
「ツクヨミに居るときは“わら”な。本名で呼ぶのはルール違反だ」
「ん、わら……はなんで彩葉、じゃない、いろ……がこんなワクワクしてるか知ってる?」
「知らね、まぁ大方予想は付くがな。悪い話じゃねぇだろうからついてってみな」
かぐやは本名そのまんまなのどうすんだと思ったが、突っ込むだけ野暮か。仮に調べられたところでかぐやの戸籍はないんだから答えには辿り着けないだろう。存在そのものがルール違反みたいなもんだし。
それはそうと
『キタキタキタキター! これが無いとツクヨミの夜は始まらない、本日もヤチヨミニライブの時間だぁぁ――――!』
そうこうしているうちに会場へと到着。MC担当であるライバー、忠犬オタ公による自らの興奮と熱狂を乗せた鬨の声が会場全ての熱を巻き上げて轟かせていく。
まだカウントダウン中だというのにボルテージは上がりっぱなしだ。かく言う私も変な笑いが込み上げるのを止められない。
「こりゃすげぇな、噎せ返りそうだ……かぐや、こっち来い」
「おぉー……おぉー……?」
5、4、3と会場と生中継の合唱が完璧に一致する。
最後の0が叫ばれた瞬間――――熱気は弾けた。
『ヤオヨロー!神々のみんな~、今日も最高だったー?』
鳥居の上から掛けられる声。涼し気なカラーリングとは真反対に、火照りそうなくらいの熱量をツクヨミ中から巻き上げる歌姫が、今、目の前に居るんだ。
「よーし、今宵も皆を誘っちゃうよ☆ Let's go on a trip!」
「ぐす、ヤチヨぉ……」
「うわぁ……」
「ねーたわ、た……俵ー、なんで彩葉泣いてるの?」
「放っといてやれ、今あいつ世界一の幸せ者だから」
気が付けば、私は涙を流していたらしい。かぐやの声で我に返るけれど、指も喉も震えっぱなしだ、今日まで諦めなくてよかった。生きててよかった……!
曲が終わって尚冷めやらぬ歓声。それに混じり、一番近くからゆっくりとした拍手が聞こえてくる。
ふと見れば、かぐやを肩車している俵が優しい目でヤチヨに感動を伝えていた。
「ライブの善し悪しは分からんが、こんだけの人間を感動させるってのは……素直にすげぇな、月見ヤチヨ」
「そうよね、そうだよねぇ……!」
見た目で言えば好みと言っていただけあって話の分かる男だ。普段のムカつく態度も今だけは全部まとめて水に流せる。
……ん?
「あんたなんでかぐや肩車してんの」
「さっきから兎みてぇにぴょんぴょんしてて見づらそうだったんでな」
「すんごい見やすかった!」
は?
つまりかぐやは一人だけ特等席でヤチヨを鑑賞出来たってこと? なにそれうらやましすぎて狂いそう。
「次のライブは私も肩車しなさい」
「テメェ自分の歳考えろ、同級生にやったら痴漢だろうがボケ!!」
「やだー! 俵の肩はかぐやの!!」
「オメェはオメェで頭の上で暴れんな、振り落とすぞ!」
うるさい私にも特等席でヤチヨを感じさせろこの野郎! 体格で言えば同じだからいけるやろ!
俵の胸倉を掴んで揺さぶっていると、ヤチヨが感謝感激とぴょんぴょん跳ねてから告知に入る。かわいい。女神。
何と、新規登録者数が期間累計1位となったライバーとのコラボライブが行われるんだとか。思わず大声で叫んだ私に困惑する二人にこれがどれだけ歴史的な事なのかと語って聞かせれば、かぐやが一緒にやろうなんて言い出してくる。
だが、こういうのは大抵誰とやるか最初から決まっているんだ。私らみたいなモブとやる訳ない。
例えばそう、今ツクヨミのライバーでもトップを走る――――
「お?」
「何だありゃ、牛車を虎が引いてんぞ」
思い浮かべた相手がそのまま突っ込んできた。黒鬼――――ブラックオニキス。帝アキラ率いるプロゲーマーチームが、屋形を切り裂きながら現れる。
「よう子ウサギ共、お前らの帝様が来たぜ!」
アイドルとしても活動する3人が間近に現れたことで、悲鳴にも似た歓声が上がる。指を鳴らせば映像がジャックされ、ロゴのあとに続くように実績やスポンサー。多分だけど事前に許可を取っての乱入だろう。そういう所は
「へぇ、随分キメてんじゃねぇの。子兎だってよかぐや」
「かぐやは子うさぎじゃなーいー!」
物陰代わりにした俵がかぐやに足で首を絞められている。バーチャルだというのに苦しそうな声を出しているのはどういうことか、まさかリアルで肩車してる?
「――――俺たちに優勝して欲しいよな? 底なしの夢を、見せてやるぜ!」
キメたセリフにキメポーズ、再び大爆発する歓声。
誰もが疑わない。優勝は黒鬼で、ヤチヨと黒鬼のコラボライブの予告なのだと。
そういう運命なら、と当のヤチヨも否定まではしない。
――――ただ一人を除いて。
そんな様に納得できない宇宙人が、ここにいた。
「ヤぁぁぁぁぁチぃぃぃぃぃヨぉぉぉぉぉ――――!!!!」
遠からん者は何とやら。俵に肩車したまま、会場全てを平らに均さんという勢いで叩きつけた挑戦状。
誰もが振り向き、注目し、そして次の文言を待ってしまう。
「かぐやがヤチヨカップ優勝する! そんで絶対コラボライブする! いろむぎゃっ!?」
「人の頭上で音響爆弾炸裂させるバカがどこに居んだバァカ! 耳逝ったかと思ったぞ!?」
轟音に耐えかねた俵の全力ヘドバンで頭から振り落とされたかぐやは潰れたカエルみたいな声を出していた。
目立たないという私との約束を全力でブッチした絶叫、周囲の注目はそんなかぐやだけじゃなくかぐやを振り落とした俵にも向いていた。
「髪色同じだね」
「兄妹なのかな」
「お兄ちゃん大変そう」
お兄ちゃん、兄妹という言葉に心がささくれ立つのを感じる。
心の底に蓋をしていたものが顔を見せてきたせいで、首筋がちりちりと痛むような錯覚すらある。
あいつがお兄ちゃん。アバターもそうだけど、しっくりくる。そして、しっくりくるからこそ気に食わない。
何で、とか、どうして、とか。そんな理屈を並べられないくらいに曖昧。
ほとんど初対面から喧嘩腰になるくらい、兎にも角にもこいつが気に入らない。
こんな奴が、お兄ちゃんなんて――――
――――一緒にハッピーになって、めでたししちゃお~♪
――――ま、この世に生まれた時点でバッドエンドだろ
かぐやがライバーになると言い残してログアウト、俵はツクヨミを散策すると言って何処かに行った。
必然、この場に残るのは私だけ。かぐや達に構ってる間は沈んでいたものがここぞとばかりに浮き上がってくる。ヤチヨの可愛い声色に重なるように、鉛の剃刀みたいな言葉が切り込んでくる。
「浮かない顔。どうしたの?」
両手をヤチヨに優しく握られながら、上目遣いでそう聞かれた。うわ、チビヤチヨが間近。可愛、死。
違うそうじゃない。推しがすぐそこにいるだけじゃなくてレア現象まで起きてるせいで頭の中ぐるぐるだけど、思い出したあいつの一言が冷や水をぶっ掛けてギリギリ冷静にしてくる。
「その、私、いつもヤチヨに支えられて、でも暗くて長くて寒いトンネルの中にいるみたいで……ヤチヨがいるから何とか耐えれてるのに、隣を歩いてる奴が、何の支えも無くて寒くて凍えそうなのにずっと笑ってるのが、なんか、凄く、ムカついて……」
たどたどしい言葉の羅列は支離滅裂で、何言ってんだか自分でも分かったもんじゃない。
でも、言葉にしたことで少しだけ、本当に少しだけ分かったこともある。
まだ時間はあるよ、なんて言って、ヤチヨが続きを促してくれた。覗き込む目も声色もすごく優しくて、なんだか泣きそう。耐えろ彩葉、推しの前でどこに出しても恥ずかしい顔すんじゃない。
「……いろいろ、世話焼いてもらった同級生がいるんです。でも、そいつのことが凄くムカついて、やることなすこと全部気に障って……」
「ついつい、悪態ついていい相手だーって、甘えちゃう?」
「……はい」
私は母を追いかけないといけないのに。母は独りで立ってきたのに。
あいつが居ると、いつの間にかあいつに全部八つ当たりしてしまう。抑えきれない鬱憤とか、日ごろの微かな不満とか、全部あいつのせいにしたくなってしまう。
私は独りで立たないといけないのに。いつの間にかあいつに寄りかかってしまう。
「……
怖い。こんなにも気持ちを逆立たせてくる俵優助という同級生を、怖いと思ってしまう。
それがまたムカついて、あいつの全てに反発する原動力になる。
そんな風に堂々巡りしていると、ヤチヨはこほん、とわざとらしく咳払い。尊い。
むかーしむかし、なんて芝居がかった言い方から口火を切った。
「独りぼっちのウミウシは、竹で出来た髪飾りを大事に大事に握り締めていました。大事に、大事にしすぎて、歩いている間にボロボロになって崩れてしまっているのにも気づかずに。悲しくて辛くてたまらなくなった時、髪飾りをくれた人の事を思い出すのです」
小首を傾げて、ちりんと髪飾りが揺れる。そこには竹細工で出来た繭玉みたいな鈴がついていて、ころん、ちりんとくぐもった優しい音を立てる。
「『形はいつかなくなる。声はいつか忘れる。全部なくなっても、感じた想いだけは絶対に忘れない。だから大丈夫』って。その言葉を信じて歩き続け、ウミウシはいつしか人になり、月を見守るためにツクヨミを作りましたとさ……なーんて、ツクヨミ誕生秘話なのでした~☆ 皆には内緒だよ?」
「ヤチヨ……」
「怖いって感じることも、ムカつくーって思うことも、いつかきっと、前に進む力になるよ。だから大丈夫。怖いと思うことを、怖がらないで」
目を伏せて憂いを込めたかと思えば、次の瞬間にはいつもの優しい笑顔に戻っていた。
こんな話は何処でも聞いたことが無い。きっとヤチヨが即興で作ってくれたんだろう。私が湿っぽい顔をしているから、元気づけようとして。それが余計に泣けてくる。
「よしよし、真面目さんだもんね。考えすぎちゃったか」
そんな風に言いながら、ヤチヨが少しだけ背伸びをして頭を撫でてきた。
……頭を撫でてきた?
頭を!?!?! 撫でて!?!??!?!?!?!?
「あ、ひゅ、ぉ、や、ヤチ……!!」
「よしよーし、がんばりやさんだ♪ いつも来てくれてありがとうね~」
いつも!!?!??!
推しに、推しに、認知されとる!!!!
うち今宇宙一の幸せもんになっとるんとちゃうんか……!?
あかん、無理や、限界や、いくら推しが神様やからってこれ以上もろうたら逝ってまう……!!
「きょっ、きょ今日はありがとうございました! ししっし失礼しまひゅ!!」
頭を下げて、ログアウト。
すぐそこに先んじてログアウトしたかぐやが居たので悶えて転がる事だけは避けつつ、爆発しそうな感情を抑えることに必死だった。
その後、髪の色を七色にあれこれ変えて最終的に俵によく似た金色にしていたり、あんまりにもあんまりな初配信をぶちかましたりと短時間でとんでもないことをしているかぐやに愕然とすることになるとは、この瞬間の多幸感に支配された私は知らなかった。
◇
「よう、そこのキミ。ちょっと話さない?」
ツクヨミの中でも比較的人気のない路地。菅笠に旅装束のアバターが、この常夜の街では有名この上ない鬼角の帝に捕まる。
菅笠、つまりは俵。振り向きざま、いつもの調子で飄々と――――
「――――あ?」
――――とは、ならなかった。
ライブ中、ひいては彩葉やかぐやに見せていた感情豊かな姿は何だったのかという程に、その表情は殺気立っている。
「おいおい落ち着けって。何も物騒な事しようってんじゃない。ただ本当に、少し話がしたいだけで……」
「それがテメェを疑わねぇ理由になんのかよ」
三白眼と化したアースアイが、菅笠に半ば隠されることでさらなる気迫を演出する。俵自身それを狙ったわけではないが、見る者が見れば腰を抜かしかねない不良の風体だ。
「別に、おたくがトッププロだから疑ってるわけじゃねぇよ。人目避けるだけならまだしも、ツレ二人でファン撒いてどっかにやってまでこっちを追っかけて、一言目にゃお話だぁ? 随分気色悪ィストーカーもいたもんだな」
彩葉にも引いた断崖の一線を、これ以上ないほどに押し広げて眼前に敷設する俵。光を失った瞳は皮肉にも彼の母親によく似ていた。
「……こりゃ、先にネタバラシした方が良いか」
これ以上嫌疑を広げるのは不味いと判断した帝アキラは、即座に情報開示を選択。“帝アキラ”を被ったまま、その裏の素顔を覗かせる。
「初めましてだな。酒寄彩葉の兄だ」
「……マジか」
一瞬の素顔だけで、俵もまたこれまでの派手な言動がパフォーマンスの一環であると察する。ライバー、ひいては配信という文化にあまり深く触れてこなかった彼にとって、演劇のように役そのものを身に纏うというのは目から鱗だった。
帝アキラとしての軽い口調を崩さないまま、酒寄朝日は真剣な目で俵に問う。
「んで、ウチの妹とどんな関係?」
「関係……ねぇ。強いて言うならウチのガキンチョが酒寄のことあんまりに気に入ってベタベタのデロ甘になって、俺まで引きずられてアイツの家行かされるくらいだ。見たろ、俺の頭の上ででっけぇ声張り上げて音響テロしてんの」
「あぁ、あの子。彩葉ああいうタイプに甘そうだよなぁ」
「さっすがお兄ちゃん、お見通し。……んで、それはいいんだけど小麦粉と水混ぜて焼いた物体を飯って言い張るのだけは止めさせろよ。マジで有り得ねぇぞアイツの食生活」
「いや何それ知らん、何してんだ彩葉のヤツ」
俵が何かを隠しているとは帝も見抜いている。ただし、まさか拾ってきた宇宙人を養育しているなどとは当然分かる筈もなく、俵の家族関係が複雑であったのだろうと推察する程度に留まった。
「ま、ガキンチョが飯作るのにハマったっぽいから、実験台がてらまともな飯も食うようになるだろ。総じて多分問題ないぜ。多分、な」
「ふーん……」
疑念は晴れない。兄として、妹のそばにに同年代の異性が居るというのは案じる要素にはなりうる。
先ほど見せた強烈な警戒心。自身の妹と居た時にはまるで出していなかった、殺意にも似たそれを躊躇いなく叩きつけてきたことに関して言いたいことはいくらでもある。
だが、それはそれでこれはこれ。微かに見えた妹の様子から、本当に危ういのかはこれから知ればいいと踏ん切りを付ける。
せっかくのツクヨミ初心者に
「……ま、いいでしょ。ところで……えーっと? わら君で良いか、時間ある?」
「何とでも。リアルの方知りたきゃさか……いろに聞いといてくれ。時間は……ま、大丈夫だろ」
「オッケー、そんじゃ、お兄さんとちょっと遊んでかない?」
今回帝アキラが誘ったのは後者。まずは試しに戦い方、キャラの動かし方を学んでみようというチュートリアルの時間を作っていた。
「……武器、か」
知る者が知れば羨望で狂うかもしれないトップライバーからの直々の教授。だが、俵の表情はまったく冴えない。
対戦ゲーム、つまりは直に戦うという事。初ログインから五感を十全に感じ取るという異常こそ平常であった俵にとって、武器は振るうにも振るわれるにも抵抗を感じざるを得ない。
「どうした、もしかしてこういうゲーム初めてか?」
「……まぁ、な。いかんせんパソコンもねぇ電波ギリの家で育ったからよ、あんま馴染み無いんだわ」
「どんな地獄だ……?」
「妹と同じこと言ってんな」
俵が手に持つのは長大な日本刀、俗に大太刀に分類されるもの。帝から幾らかの武器を提示され、アドバイス通り“使ってみたい”を基準に選定したものだ。
「それにしても刀とはねぇ。リアルでやってたのか」
「居合道をな。母親が……つっても、合ってなくて俺はすぐ辞めちまったんだが」
「へぇ、そりゃまた」
――――お前はもう、やるな
俵の脳裏に過るその一言。自分から練習用の居合刀を取り上げて言い放ったそれに、彼が傷つかなかったと言えば嘘になる。
だが、居合道というものそれ自体が肌に合っていなかったのは事実だった。
「……何つーかな、もどかしいんだよ。剣を持っててそれを抜かなきゃいけねぇって想定なのに、悠長に礼儀作法やってる場合かよ、って」
「いつの時代駆け抜けてきたら武道にそんな感想出るんだよ」
怪訝な顔をする帝に対し、俵はあくまでも心底不思議そうな顔をするばかり。しかし格好つけている訳でもなく本気でそう思っていると理解すると、帝は早速攻撃を開始する。
帝の装備は金棒、短機関銃、片手剣の三形態を持つ仕込み武器。警戒するべきはその三種を使いこなす技量なのだが、俵はといえばおっかなびっくりで金棒を避けたり鞘で受けたりを繰り返すばかり。剣を抜くどころか反撃するという思考すらない。
帝もそれらを使い分ける以前の問題だとばかりに軽く小突くように金棒を振るうのみに留める。
「ほれ、ほれ。反撃しないとHP無くなっちゃうぞ」
「いや、ンなこと、言ったって……!」
俵にとって、ツクヨミの世界は現実と同じように五感を感じる場所だ。斬られれば痛いし、殴られても撃たれても当然痛い。その思い込みがあるからこそ踏ん切りが付かない。
鞘で殴られれば痛かろう。抜いた刃で斬られればどうなるか想像だにしたくない。だというのに向こうは当たり前のような顔で棍棒を振るってくる。
うっかり戦場にでも来てしまったかのような心持で、ひたすらに受けては避け続ける。
このまま何の面白みもなく1ゲージ先取かとなったところで、遂に受け損ねた打撃が側頭部にクリーンヒット。
「……あん?」
「どうした?」
視界が横転したことで衝撃を身構えるが、しかしそれは何時まで経っても来ない。金属塊で頭を殴り飛ばされたというのに痛みは欠片ほどしかない。
思わず傷口があるであろう場所に手を当てれば、ダメージエフェクトの花びらが散るばかり。
「痛くねぇ」
「いや、マジで痛い方が問題だろ」
考えてみればそれはそうかと納得する俵。武器を向け合うゲームで武器を振るいたくなくなる要素など追加しては、そもそもゲームになりはしない。きっとKASSENはそういう調整が為されているのだろうと一人勝手に納得して、数ミリほど残った自身のHPに目を向けた。
2本先取、今回は間違いなく取られる。相手はトッププロ、加減した状態であっても勝てる訳も無し。
「ちっとボケてたみたいだ、悪ぃ」
「いいって、そういうのも初心者あるあ――――」
故にこそ、
そう意識を切り替えた瞬間、帝は瞠目する。
「……あー、
――――こいつ、俺の事殺す気だ。
そんな思考が過ってしまうほど、眼前の初心者の目はまさしく真剣だった。
「一個聞きたいんだけどよ。ふじゅ~ってのは、勝っても負けても入って来るもんなのか」
「FUSHIが言ってたろ? 心を動かせば貰えるってな。だから俺らはマジでやるし、ガチで演る」
「なるほど、そりゃプロだ」
ただ戦うだけでは足りない。
心を掴んで、魅せる必要がある。
何より、今の俵にはそうする動機がある。
――――かぐやがヤチヨカップ優勝する! そんで絶対コラボライブする!
「妹分が人気者なりてぇっつってんだ。心ばかりでも、兄貴面するなら軍資金くらいくれてやりたいだろ」
「はっ、いいねぇそういうの!」
不敵に笑った俵。配信者として火が点いた帝は、こんな面白いものを独占するのは勿体ないと配信画面を起動した。
◇
「……で、なんじゃこりゃ」
「……で、なによこれ」
俵は手に持ったスマホから不協和音を垂れ流しながら、私は私で物騒な音を自分のスマホから響かせながら、ほとんど同じセリフを吐く。
私があくせくとバイトに励み、そして夏休みの計画を立てていた間に、この野郎はといえばKASSENに入り浸っていたらしい。それも配信をしながら。
配信を開始してから終了するまで一切喋らず、顔も菅笠のアバターに更に狼っぽいお面まで被って隠している。
相手に礼儀正しく「お願いします」「ありがとうございました」だけ喋って、それ以外は大太刀を抜き放つ音くらいしか響かない、つまりは居合以外の攻撃を使わない。勝っても負けても絶対に居合以外でダメージエフェクトを発生させない。
最初こそ舐めプだの何だのと笑われていたが、全ての対戦でそれを貫いていれば文句を言うアカウントも減っていく。
あの黒鬼と比べればあんまりにもあんまりだが、その妙なストイックさが刺さる層があったらしい。ぼちぼちのフォロワー数とぼちぼちのふじゅ~を稼いでいた。
「あんた配信者なんて興味あったの?」
「軍資金作るにゃもってこいだったんでな」
何のだよという一言はとっ散らかった部屋の空気に消えていく。かぐやがライバーをやると決意して小道具を買い込んだはいいものの、そういえば出費の出どころが不明だった。まさかこいつか。覆面を徹底してるとはいえバイトと二足の草鞋でよくも……
「あんただって暇じゃないでしょ、あんまりかぐやの事甘やかすのも……」
「別に甘やかしてるつもりはねぇよ。軍資金っつったって微々たるもんだし、何より
――――どうせ目指すなら一番やないとあかん
まただ。またこいつに母の断片が過る。ああくそ、こういうところが腹立つんだ。
こっちはこいつと関わる度に背中が遠ざかるみたいで怖いのに、こいつは何でもないかのように私を先回りして母の側へあっさり歩いていくような気分になる。
そうやって思い出させて来るくせに、当の本人は母とは似ても似つかないくらいのらりくらりと躱してくる。それが余計にむかむかする。
分かってる、分かってるんだ。こいつと母が違うなんてことくらい。私が勝手にこいつに対抗意識持ってるだけってことくらい。でも、そんな風に見えてしまうことがどうしようもなく悔しい。
そんな私の内心なんて知らない俵は、腰に片手を当ててため息交じりに口を開く。
その様は、まるで本当にかぐやの兄か何かになったみたいだった。
「大した額稼いでるわけじゃねぇから無駄遣いはすんなって言い含めたし、まぁ大丈夫だろ。かぐやのやつ、そこんとこ妙に器用だし……作曲のセンスはひっでぇみてぇだが」
それはまっっったく否定できない。ジングルだと言い張った曲はホラーゲームか何かのような歪な旋律で、聞く側を不安にさせまくる出来栄えだった。
ただ、無いのは作曲のセンスだけで歌う側の才能は相当だと思う。弾いてみてよと言われて半ば自棄でキーボードを鳴らしてみれば、即興で歌詞を作り上げて綺麗な声で歌いあげて見せた。
「そして好みの顔と声で褒めちぎられ全力のおねだり攻撃をされ、あわれ酒寄彩葉は沼に堕とされましたとさ」
「ぶっ飛ばすぞ」
事実なんだけど。実際にKO食らってるんだけど。
ああもう、こいつに言われるとほんっと無条件で腹が立つ!
ちなみにこの後、俵の居合剣術に惚れ込んだかぐやによる
ちょっとスカッとした。
俵母「こいつ現実で刃物持ったら不味い人種だ」(作法めちゃくちゃのまま抜刀・納刀が完璧になった息子を見ながら)
俵「痛いんだったらそりゃ刃物なんて使えないよな」(痛覚無いと分かった瞬間スイッチオン)