今は昔、竹取の翁といふもの有りける   作:何もかんもダルい

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お気に入り700件超とどえらい数字で見てもらえて感謝感激雨アラモードな今日この頃ですわ!

俵のターンを書くとき原曲であるバンプのrayとMiliのSAIKAIをヘビロテしてるせいでなんか湿度が急上昇するんですわよね。
なんか脳内CV的に拳銃じゃなくて短刀構えてそうな方の声が混じり始めてる今日この頃でしてよ()


翁は戸惑い彷徨っている

「タケトリさま、タケトリさま。どうか見守られますよう」

 

 父のその声は、驚くほど静かだった。

 毎日、朝日を浴びながら祠のような社へ音もなく拝む。

 いつも物静かではあるが、殊更に静謐で、隣に立っているというのに木立ちと勘違いしてしまうほどだった。

 

 タケトリさま、と。

 実家の土着信仰には、そう呼ばれる存在がいる。

 御神体は失われ、社は小さく、ふとした時に忘れ去られてしまいそうな、そんな神様。

 

 纏う呪い(のろい/まじない)は縁切り。

 いわゆる神社のような祟りやそれに類する力をもって全てを引き裂いていくようなものではなく、病、事故、あるいは祟りといったものとの繋がりを刃の如く両断する。

 

 願えば最後という点は変わらない。如何に悔いようとも断たれた縁は繋がらない。

 病や不運により繋がっていた縁も、切って欲しいと願った時点で諸共に容赦なく切り裂かれる。

 

 ゆえに御利益でも祟りでもなく、呪い。

 ただ現実として空想を具現する説明不能。

 

 結果訪れるのは、人生の再出発。

 縁切りに至るまでの全てを失い、もう一度縁を結ぶ道の到来。

 タケトリさまは縁を切り捨てるのみ。結び直す縁も、結び直す方法も、願った者が自ら探さねばならない。

 

 因習村と謗られても何も言えないが、ご利益や祟りといったものを己の行いの言い訳にすることを一切合切許さない、ある意味で極めて冷徹で無慈悲な神格を祀る場所だった。

 

 ただ終わりと始まりの一点に現れ。

 その前とそこから先は当人が選んだものだと、縁を断つ冷たさをもって示す存在。

 それがタケトリさま。

 

 集落に移住した者は、永住を決意した時点でタケトリさまへ挨拶に行くことを勧められる。

 縁を切るか否かではない。その集落は、タケトリさまこそが土地の本来の持ち主であるが故。

 

 それら僅かに残る伝承のとおりであるのなら、タケトリさまの正体は時代を外れた剣豪か何かであったのだろう。

 正体を探る術はもはやないため、全て想像でしかないが。

 

 そこはそういう場所だった。

 世間から断たれることを対価に、己が身に関わる悪因悪果を断つ。

 

 足を踏み入れ根を張れば、誰もが絶縁を直感する。

 俺の育った集落は、そういう場所だった。

 

「おまえ は」

 

 そして、俺は知ったのだ。

 

「いずれ かえる さだめ か」

 

 タケトリさまは、実在するのだと。

 

 

「まだまだ足りない! どうすればいいのだー!」

 

 せっかく芦花にスタイリングしてもらった髪で、レジャーシートの上でゴロゴロ暴れ回る宇宙人。

 好奇心と即断即決で爆走しまくった結果、この短期間でなんと3桁前半まで順位を叩き上げたのだ。

 素直に凄いとは思う。認めがたいけれどこのまま配信者としてもちゃんと食っていけるだろう。認めがたいけれど。

 

「ゆ゛ゔじょゔじだい゛ぃ~~~~!!」

「かぐや、暴れないでよ」

 

 かぐや、芦花、真実と共に私たちは今海にいる。かぐやのやつはいつの間にやら芦花と水着を買いに行っていたらしく、美容インフルエンサーの目利きとあって地上の太陽みたいな眩しさを誇っている。

 が、その第二のお天道様はさっきからギラギラ照らしては雲に隠れるという器用な反復横跳びを繰り返していた。

 

「俵も一緒に来ればよかったのに……」

「まだごねるか……仕方ないでしょ、女子四人に混じるなんて流石のあいつも肩身狭いって」

 

 俵の奴は朝からツクヨミに潜っている。初日から今日に至るまでKASSEN漬けでまともな観光をしていなかったらしく、せっかくだから時間を掛けて回ってみたいと言っていた。

 この間の言い分からしてボディーガードとしてでも付いてくるかと思っていたのだが、まさかのかぐやの駄々こねを全力拒否。あんまりに強情なものだから後から事情を聴いてみると、「傍に居たら遊ぶどころじゃなくなるだろ」とのこと。実際に話してる段階でもう尋常じゃないくらいピリついていたので納得するしかなかった。

 

 ……やっぱり、無理にでも事情聴いた方が良いのかな。あのパニックに近い反応は絶対におかしい。トラウマなんて言葉で片付けて良いんだろうか。

 

「かぐやちゃんはお兄ちゃん大好きだねー」

「配信であれだけハリセン食らっても抱き付いたり肩車したりしてるよね」

「いやぁ~愛の鞭には逆らえないのです」

「調子のいいことを……」

 

 かぐやの配信が軌道に乗り出してからは俵が出資しなくても良くなり、しかし一度始めたものを適当に終わらせるのは矜持が許さなかったのか。結局あいつは自分で稼いだ分のふじゅ~を家賃や生活費に充てているらしい。そこで遊びとかに使うって発想が二の次になるあたりがなんとも奴らしいというか。

 

 結果として今までよりバイトを詰める必要がなくなり、余暇の時間も増えてかぐやに構う頻度も増えた。だからと言って私達に何かあるわけではないが、かぐやは嬉しそうだった。

 そういえば、初めてスマコンを着けた時に言っていた違和感はもう治ったのだろうか。あんな変な感覚がするなんて症例聞いたことが無いから、そこだけはちょっと不安だ。

 

「それにしても、こないだの歌配信良かったよねー」

「ね。歌だけじゃなくてゲームも上手い」

「まぁね、天っ才、歌姫ですから!」

 

 分かりやすく鼻延ばしちゃって。まあ今は外付け安全装置があるからそうそう暴走しない安心感があるけど、あんまり甘やかさないで欲しい。

 ただでさえ鬼札であるおねがい攻撃を連打されて裏方対談なんていうものをやったんだから。狐の着ぐるみと狼面が字幕でギリ分かるくらいの声でぼそぼそ喋ってるだけの動画の何が面白いんだか。

 

「オリジナル曲も良かったよね。あれ、彩葉がつくったんじゃないの?」

「彩葉、可愛い上に天才すぎ~」

 

 調子こきまくり姫のかぐやに半眼を向けていると、友人達から思わぬ誉め言葉。思わず目を逸らして、眩しい太陽からも逃げるためにスポーツサングラスを掛ける。

 

「あ、あれは、昔に作ったやつだから……」

 

 かぐやのお願いを跳ね除けきれずに俵の抜刀切り抜きへBGMを付けた事もある。奴は妹(偽)からのベタ褒めには抗えなかった(抗う労力を計算して諦めたのかもしれない)のか苦虫を10匹は噛み潰した顔でGOサインを出していた。

 同じ穴の狢ってああいうことを言うんだなとこっちまで複雑な心境になったのは記憶に新しい。ちくしょう、顔の良さを使いこなしおって。

 

「なんかもう手遅れな気もするけど、あれ以上はもう出ないからね!」

「そんなのやだー! 一緒出て! 新曲も作ってー! 伴奏もして―!」

「俵が散々出てるでしょーが! そんで要求付け足すな!」

「あれを出てるって言っていいのかな」

「無言で背後で正座してるだけなんだよね……ハリセン腰に佩いて」

 

 おのれ駄々っ子になりおって。そう思っていると急に静かになり、上目遣いでこっちを見つめてくる。

 まずい、来る。

 

「……ねぇ、彩葉。このままじゃ、優勝できない……」

 

 そうら来たぞ、憐れな声でやって来たぞ。

 潤んだ瞳でこっちを見つめて超必殺技(ウルト)出してきたぞ。

 

「俵との約束、ダメにしちゃう……かぐやの事助けて……? 彩葉に演奏して欲しい……」

 

 対処法なんて簡単簡単。

 ダメです。無理。絶対嫌。どれか一つ言えば良いんだから。

 

 ほら言いなさい酒寄彩葉。そら三、二、一。

 

「…………時間が、空いてたらね」

 

 はい直撃。だめでした。何故。

 

「よしゃあー! もっともっと配信するぞぉ!!」

「ちょろはー」

「ちょろはだねぇ」

 

 ――――頼みごとなんて簡単にすることやない。憐れまれていいんか、彩葉。

 

 はいはい。お母さんは直で食らったこと無いからそういうこと……

 

「……?」

 

 あれ、今……

 

「彩葉、明るくなったよね」

 

 くすくすと笑っていた真実から声を掛けられて、引っ掛かった何かが霧散する。

 顔を向けてみれば、二人そろって優しい目を向けていた。

 

「俵もだけどさ。彩葉も、突然ふって居なくなっちゃいそうだったもん」

「そ、そんなに?」

「そうだよ、目を離したらあっという間に消えちゃいそうだった」

 

 眉根を下げた芦花から追撃が飛んでくる。

 あいつの危うさは間近で見てきたからよくわかる。けれど、私までそんな風に見られていたとは。

 たしかに今日だってちょっとばかり疲れて寝不足なのを押し殺して遊びに来ているけど、そんな急に消えたりなんてしない。あいつでもあるまいし。

 

「……大げさだって。あいつほどじゃないよ」

「へぇ?」

「ほぅ?」

「えっ、何、何その目は」

 

 ぼそりと呟いた言葉に目敏く反応した二人に詰め寄られる。今何か失言をしてしまっただろうか。

 

「あいつほど、なんて言えるほどお互いの事情に理解があると」

「い、いや、そういう訳じゃ……」

「かぐやちゃんが発端だって何となく分かってはいるけど、妬けちゃうなぁ~? どんな魔法、使ったの?」

 

 複雑そうな二人の表情に反応が思わず遅れる。思ったよりもでっかく墓穴を掘ったかもしれない。

 

――――ま、ちっと考えてみるわ

 

 例の話は返答を濁されて終わったが、事実上の同棲のお誘いみたいなものだ。向こうだって考える時間くらい欲しいだろう。

 

 これでも自分で自分の言動がだいぶアレだったという自覚はあるのだ。我が事ながら惚れたわけでもない異性と同居を提案するなど果たしてどう説明したもんか。ほんの1ヶ月ほど前の私が聞かされても「何を言ってるんだお前は」とツッコミを入れる自信しかない。

 

 二人を納得させる理屈をああでもないこうでもないと頭の中でこねくり回していると、かぐやが絶叫しながらこっちに駆け寄って来る。

 

「彩葉ー! 俵がカニいじめるぅー!!」

「は?」

 

 なんのこっちゃと怪訝な顔をしながら突き出されたスマホの画面を見れば。

 

――――カニいっぱいいた!

――――塩茹でにするといい()

 

「あいつに自慢したかぐやの負けでしょ」

 

 しかも誤字ってるし。どんだけ不慣れなんだ。

 思い返せばあいつがSNSの類使ってるところ見た事ないな、と今更に気付かされる。友人相手にすら電話か口頭だった覚えがある。

 

 これまで使う必要もなかったものを、わざわざかぐやのために使い始めたのだろうか。だとしたら随分と溺愛してるなぁと思う。

 

 ちくしょーなんて叫びながらカニを集めて遊んでるかぐやを見つめて、ふと。

 

「……あいつにとっては、かぐやはいつまでも小さな子のままなんだ」

 

 ガキンチョだのお姫様だのと茶化すが、それは裏を返せばあいつの目にはそう映っているという事。

 

 見た目はもう私達と同年代でも、俵にとってはあの三連休の不思議なお子様のままなんだろう。

 だから何されたって無反応だし、やたらに距離が近いこともある。

 そして、だからこそ心配で、不安で、気が立って仕方が無いのかもしれない。あいつ自身の問題も多分にあるんだろうけど、私でもあの時くらいの小さな子があちこち走り回ったり配信やりたいなんて言ったら真面目な顔で止めたり注意したりしただろうし。

 

 ぽつりと溢れた言葉を拾うように、芦花と真実が語り掛けてくる。

 

「可愛くて仕方ないんだねぇ」

「この間の焦り方見てれば分かるよ。大切なんだって」

 

 大切、か。

 でも、だとしても、あれは。

 

「そうだと、いいね」

 

 あの憔悴の仕方は、やっぱりおかしい。

 かぐやだけならまだわかる。あいつにとってはまだ他人に近い芦花や真実にまで同じような感情を抱くのは、流石に常軌を逸してる。

 

「あいつの目に、かぐやは……ちゃんと映ってるのかな」

 

 あのアースアイには、一体誰が映ってしまっているのだろうか。

 私の目には、かぐやはちゃんと映せているのだろうか。

 

 

「……はぁ」

 

 ツクヨミのとある建造物、その屋根の上。

 ささくれ立った精神のまま、掴めないヘドロを叩きつけるかのように()()()()を戦い抜いた俵がそこにいた。

 

 どうにか無理矢理下げたはいいが未だ喉を焼く溜飲を落ち着けようと、本来の目的であったはずの観光に赴くも上手く気は晴れず。

 果てに一人になれる場所を探して辿り着いたのが、傾斜を描く瓦の上だった。

 

 ――――刃物を握る意味を、お前は誰よりも考えろ

 

「っせぇ、分かってんだよ……」

 

 狼面を外し、菅笠も仕舞い、何の遮蔽物もないまま屋根瓦を目にする。

 脳裏を過るのは子守歌代わりの憎悪。俵にとって母親の言葉は、正論でなくとも間違っていたことなど一つもない羅針盤だった。

 

 連戦の大半はこれまでの魅せる戦いなど一つもない荒れたもの。抜き身の大太刀を無茶苦茶に振るって相手の急所を一つ残らず切り裂くという怒りを体現したような振る舞い。

 剣戟に没頭すればするほど五感は思い出したかのように肉を切り裂く感触を俵へ一方的に伝えてきて、相手はそんな戦いぶりを笑いながら受け入れる。

 

 ふと気が付けば、全ての感触は幻覚のようにゲームへと立ち返っている。それが余計に質の悪いバグのように精神を蝕む。

 

 ――――すっげぇ

 ――――あんな戦い方もできるんだ

 ――――怖いけど格好いい

 

「……あぁ、くそっ!」

 

 耳朶を打つ称賛の声は、間違いなくほんの数舜前に自分に滅多切りにされた者達からの言葉。怒りも恨みもない純粋な称賛は思考をどんどん悪い方向へ引き摺っていく。

 そして、そうやってズタズタになった相手と手に伝わる不快な感覚に歪な快感を覚えている自分が居ることに気付いてしまう。

 

 戦うことは作業だと感じる癖に、人を斬り刻むことを楽しいと思う猟奇性。子供が好奇心のままに虫を解体するそれよりも更に一歩踏み込んだ性。

 真面目にやろうと自分を律さないと、そうやって痛めつけるようなやり方に泥酔しそうになる。

 

――――お前の血の半分は、屑だ

 

「分かってる、分かってる!」

 

 どこにも居ない母親の声に、荒れながら反論する。

 

――――私に似たら、許さない

 

「似れたらどんだけ楽だったろうな……」

 

 否、それはもう反論の体を成していない。

 頭の中を延々と反響する思い出に独り言を帰すことで、無理矢理にもう一度沈めようとしているだけだ。

 

 今の今まで足元を見ていた視線を、ようやく上げる。

 この世のものとは思えない眠らずの常夜がそこにある。暗く、夜明けは遠いというのに賑やかで、誰もが夢を見るために訪れることのできる場所。

 太陽が沈んで尚、煌めきの消えない世界。

 

「綺麗だな、ほんと」

 

 俵にとって、夜とは暗くて静かなものだった。

 暗闇には脅威が潜み、迂闊な事をすれば二度と帰って来れない。

 そんな根源的恐怖を覆すようなツクヨミの街並み。それは強烈な違和感をもたらす世界であると同時に、不思議な安心感を与える光景であった。

 

「お隣、よろしくて?」

 

 俵の背後から声が掛かる。

 しゃなりと音がしそうな優雅な立ち振る舞いで、人影が降り立つ。

 

「……月見、ヤチヨ」

「はーい、ツクヨミ管理人の月見ヤチヨでーす。楽しんでるかにゃ?」

 

 ツクヨミのユーザーであれば誰もが知る8000歳のAIライバー。常夜の世界の創造者がそこにいた。

 少年が向ける視線に力はない。感情の高まりで与えられるふじゅ~を逆に徴収されてしまいそうなほどに消沈した声が、どうにか相手を認識していることを伝える。

 

 視線が自分から摩天楼へと戻ったことを返答と捉え、慣れた所作で俵の隣へと足を揃え丁寧に腰を下ろすヤチヨ。

 横目で俵の表情を確認すると、そのまま彼と同じ方向を向く。

 

「ツクヨミはどう? 気に入ってくれた?」

「あぁ……まぁ、いいとこだ。何もしなくたって、こうして眺めてるだけでも気晴らしになる」

「それは良かった……とは、あんまり言えないかな?」

 

 悩み事か、と。憂うように、案じる視線が俵へ刺さる。

 話してみないかと覗き込む白銀の微笑みから、金色は顔面ごと視線を逸らした。

 

 夏の夜のように温く、人々の喧騒や街の隆盛が纏めて吹き付けてくるような夜風。

 誰にも感じることのできない、俵だけが知るツクヨミの温度。

 

 それはヤチヨにとっても同じで、彼が感じる異常は管理者として認識しながらも修正が出来ていなかった。

 解析不能、原理不明、再現性は存在しない。一方で、彼女はこれでいいと納得し断言する。

 あまりにも長い長い時の中で、たった2か月。それが彼女に許された、ツクヨミで兄のような存在に会える時間の()()だから。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな内心をおくびにも出すことはなく、月見ヤチヨはあくまでもツクヨミユーザー(かみがみ)すべてに平等な存在として振る舞う。

 

「これでも結構いろんなお悩み相談を聞いてきた高性能AIだからね、ヤッチョにどどーんと任せてみて欲しいのです」

「……いいよ、話してどうにかなる話題じゃねぇから」

「どうにもならなくても、他人に話すだけで楽になることってあると思うなぁ?」

「……」

「キミのお悩み、聞いてみたいなぁ……?」

 

 じぃ、と。ヤチヨの笑みは容赦なく俵を刺す。

 吐かせるぞとでも言わんばかりの貼り付けた笑顔へと変化して、未だ顔を逸らす金の狼に圧を掛け続ける。

 

 最後にはそれに屈し、ツクヨミで今最も重かろうという溜息を長く吐き出して視線を海色の瞳へと向けた。

 

 ――――何で一緒に海来てくれないのー!?

 ――――行ってみれば絶対楽しいよー?

 ――――……じぃーーーー……

 ――――かぐや、俵と一緒に海行きたいなぁ……?

 

「じっと顔見ちゃって、どうしちゃったのかな?」

「別に何でもねぇよ。うちのお姫様と変なトコ似てると思っただけだ」

 

 全く同じというわけではない。けれどどこか似ている。

 自分の顔の良さを計算に入れて、相手が折れる角度を知っているかのような絶妙な詰め方をしてくるそのやり口に、俵はひどく見覚えがあった。

 

 多少のやり返しの意図を含ませて放った言葉はしかし。

 

「――――っ」

 

 泣きそうな、胸を打たれたようなその表情。

 既視感がノイズのように俵を侵食して、そんな訳がないと思考を打ち切る。思わず頭を撫でそうになった手を強引に止める。

 

「冗談だ。流石にあの我儘放題なガキンチョと一緒にすんのは失礼だったな、悪ぃ」

「……大丈夫、ヤッチョだってやりたい放題シロアマダイな歌姫ですから♪」

「何だそりゃ、適当言ってねぇか?」

 

 明らかに無理に笑ったと分かるその仕草を、俵は追及しなかった。

 自分が明かしてもいないのに相手にばかり踏み込むべきでないと自制したから。

 

 だが、一度感じた違和感は消えてはくれず。嫌な引っ掛かりを覚えたまま会話は続けられる。

 互いに距離を測りかねたまま、表層だけは気心が知れた仲のように。

 

「我儘、付き合うの疲れちゃったりしたのかな?」

「お生憎様、疲れはするけど楽しませて貰ってる」

 

 呆れたような、擦れたような口調とは裏腹に、瞳に浮かぶ感情は酷く穏やかだった。

 自分一人だったら触れもしなかっただろうツクヨミという世界。あるいは、配信という多くの人に自分が見られる世界。

 

 隔絶した場所で育ち、外に出て偏見に晒され、研ぐしかなかった心の刃。

 振り抜くことを躊躇おうとも、突き付けることは躊躇わなかった生活。

 

――――一緒にやろ! そんでハッピーエンド行こ!

――――気に入ったんなら、一生近くで眺めとけば?

 

 それを知ってか知らずか鞘から抜かせようともしない太陽のような笑顔と、見せつける刃へ踏み込んできた月明かりのような少女。

 

「あのガキンチョの出鱈目に付き合うのは、まぁ、悪くねぇ」

 

 幸せかどうかは、彼自身分からない。決めたくないというのが本音だった。

 今の生活こそ幸せだと認めてしまえば、集落で過ごした思い出の全てを不幸だと思ってしまう気がするから。

 憎悪を滾らせ呪いを吐きながらも俵優助の親であり続けた母への尊敬を、上書きしてしまう気がしたから。

 

――――よくも、そんな言葉を吐けたものだな……!

 

 致命的に間違えた選択肢。傷になった思い出へと毒のように沁みてくる優しい日々。

 望郷の念が日に日に薄れていく。

 帰りたい、けれど帰れないと口にした言葉が、あっという間に掠れていく。

 

「悪くねぇ、けど……()()な」

 

 帰ると口にした言葉を反故にした時。帰りたいと思わなくなった時。母への尊敬すら、自分は忘れ去って消し去るのではないか。

 それが、俵はひたすらに怖かった。

 

「……うん、それなら今日は貴方のお姫様の代わりに、ヤチヨに少し付き合って欲しいのです!」

 

 痛ましいものを見るかのように目を細め、次いでヤチヨは両手で俵の片手を包む。

 

 感じた既視感を振り払うように。あるいは、見過ごしたものを悔いるように。その想いにすら蓋をして、この一瞬を最高にするために、月見ヤチヨは立ち上がる。

 

「それならって何だよ、脈絡ねぇぞ?」

「はいはい、そーゆーの良いから! 面白いもの、いっぱい教えるからね!」

「へいへい、どうせ今日は観光の予定だったしな。お願いするわ」

 

 俵の脳裏を再び過る既視感。

 視界の端を揺れた白い髪が、一瞬金色に染まったように錯覚する。

 “どうせこっちの話聞いてか聞かずか強引に引っ張るんだろうな”と、誰かに重ねた感想を抱く。

 

 それを他人の空似だと投げ捨てて、少女に続くように屋根から飛び降りた。




???「――――は? ヤチヨに直で人生相談? しかもツクヨミ観光ツアー? は??????」

――――次回、開廷☆
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