今は昔、竹取の翁といふもの有りける   作:何もかんもダルい

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気が付けばもう10万文字も目前ですのね~なんて思いながらプロット確認したんですの。

……まだ1/3弱あるのはなにごと??

あ、お気に入り900件オーバー有難うございますわ!

そしてかぐや誕生日おめでとうございます!!


タケトリの翁といふもの、ありける。

「――――ただいま」

「おかえり、母さん」

 

 狭くて木の匂いが満ちる場所。山小屋めいた古ぼけた木造。

 薄暗くて、あまり日の入らない部屋の中。それでも月明かりが照らしていた日々。

 

 向けられる憎悪が俺をすり抜ける。

 俺の中に潜んだ赤色を睨んでいる。

 

「安藤のおっさんが鶏くれたから、ぜんぶまとめて鍋にぶち込んでる」

「そうか」

「皮は冷凍しといた。母さん、脂苦手だろ」

「……ああ」

 

 壊れて囁くことしかできない喉で、小さく返される。

 綺麗な声だったと、親父は言っていた。

 

「ただいま、優助君」

「おかえり、親父」

 

 玄関から差し込む夕日で、上着をオレンジ色に染めながら帰って来た壮年の男。

 

 膝に手をついて、目線を合わせながら髪を撫でる手。

 眼鏡の奥で、一度たりとも揺らぐことのなかった光。

 

 いつからか父親と呼ぶようになった他人。

 

「これ、お土産。地元のお守りなんだそうだ」

「またお守りかよ。そろそろ御利益の大渋滞で神様だの精霊様だのに怒られそうなんだけど」

「持っているだけならタダだろう?」

 

 人差し指と中指を揃えて伸ばし、こめかみあたりから弾くように振る。

 癖みたいなその手振りは、本人が老いてなお美形だから様になっていた。

 

 溜め息を吐きながら、母は新しいお守りを睨む。

 守ってもらえなかった人。あらゆる夢想を灼かれた人。

 誰かへの期待を、一度は捨ててしまった人。

 

「当てにするな、そんなもの」

「親父が言ってたろ、持ってるだけならタダって」

「……」

「俺だってマジで信じてるわけじゃねぇし。第一、そんなのが居るんだったら母さんは……」

「やめろ」

 

 止められても尚浮かぶ、忘れることなど出来ない記憶。

 

 どうしても街に行く用事があった後の、帰り道。

 母の、何もかもを敵だと思っているような瞳。

 

 周りから聞こえてくる、色を揶揄する声。

 背を向ける母へ投げかけられる、濁った音。 

 

 振り返ることも、足を止めることもなく。

 その全てを押し込めて、俺と手を繋いでいた。

 

 集落に居る間は、母が周囲へ抱く敵意は全て肩透かしになる。それだけでもありがたい環境だと思っていた。

 けれど、母自身はどうだったのだろうか。

 

 都会に憧れ、都会に傷つけられ、涙の全てをそこに置いて山奥へ帰ってきた人。

 

 どれだけ惨めだったのだろうか。どれほど絶望したのだろうか。

 母がこの集落へ帰って来た時、俺はまだ母の腕に抱かれていた。当時の写真は残っておらず、誰もが口を噤むから分かる訳などないのだけれど、考えずにはいられなかった。

 

「あぁ? 俵のガキじゃないかい。優理はどうした」

「風邪引いちまって。どうした?」

「竹取のバカが急に果物寄越せなんてほざくからコンポート持ってきたんだよ。何のこったと思えば……」

「あぁ……親父、そういうとこあるよな」

「ったく……貸し1って言っときな」

「高ぇ酒だろ? 適当に親父のとこから持ってくよ。せめて大事に飲んでくれや」

 

 家に帰ればいつも出されていた暖かい食事。

 いつからか俺が作るようになった。

 母さんの指は、いつも絆創膏だらけで、傷痕だらけだった。

 

「いよぅ優助! お袋はどうだ」

「足挫いちまってな。んで、親父が母さん用の余所行きの服見繕って欲しいって」

「おういいぜ、何着でも仕立ててやる」

「1着で良いってさ。それ以上作ったら送り返すとよ」

「……遠慮しなくていいってのになァ、まるで頼りもしねぇんだからよぉ」

「あんたのは余計なお世話っつうんだよ、ったく……」

 

 集落に一つだけのランドリー。洗濯は皆そこを使っていた。

 縫い物も、いつしか自分でやるようになった。

 母の指先にはいつも赤色が滲んでいた。

 

「やぁ、優助」

「姐さん、夜更けに悪ぃな」

「構わないさ、病人に電気を触らせるわけにもいかない……優理は?」

「さっきやっと寝た。頭痛で昨日から寝れてなかったんだよ」

「あぁ……気圧か。薬も効かなかったみたいだね」

「最近はもう飲むのも諦めたってさ。黙って寝込む方がマシだと」

「はは、ある意味合理的かもな……仕事前に一服しとく」

「一服とか言いながら4本も5本も吸うの止めろよな」

 

 轟く雷鳴、窓を叩く豪雨。

 たった一度だけ、子守唄を歌ってくれた。

 いつまでも、いつまでもその歌だけは覚えている。

 

「……お前は、私より……上手く()()だろうな」

「前にも言ってたな」

「お前のそれは、己を見つめていない。相手を視ている」

「それが刀を持つってことなんじゃねぇのかよ」

「違う。お前のそれは、包丁や鋏と変わらん。捌くことしか、断つことしか、考えていない」

 

 一瞬で引き抜かれる刃は、鋭くて、綺麗で。

 抜刀という動作を武芸へと昇華した姿が、そこにあった。

 

「おまえこそが、あるいは……」

「何だよ」

「……何でもない」

「いや、逆に気になるだろ」

 

 俺を見るたび、滾るのは恨み。

 どれほど凝縮されようとも、一度たりともぶつけられることのなかった憎しみ。

 ただの一度も手を上げず。ただ一言も、罵らなかった。

 その代わり、一言だけ。

 

「私に、似るな」

 

 祈るように、呪うように。

 それだけを、ぽつりと溢した。

 

 

 集落で一番背の高いおっさんは、布を扱わせれば天才だった。

 視線の鋭いおばさんは、植物の事は視れば分かる人だった。

 優しい物言いの爺さんは、肉と動物に真摯だった。

 いつも白いシャツを着ている男は、俺の首根っこを掴んで勉強を叩き込んだ。

 集落の一番外周に住んでいる姐さんは、機械なら何でも直せた。

 

 それぞれに尊敬できる部分があって。

 それぞれに、ああ、だから独り(ダメ)なんだと思う部分があって。

 どれ一人取ってもただの子供にも分かるくらい親にも教師や師匠にも向いていなかったし、割とろくでなしの部類だった。反面教師にした事の方が多い。でも、必ず何か一つ、集落の中だろうと外だろうと食っていける技能を持っていて、そこだけは素直に凄いと思えた。

 

 それは、母さんには無いものだった。

 何でもそれなりに出来たけれど、それ以上に何もかもが俺に追い越されてしまうほど不器用で、それでも努力を諦めない人だった。

 

「お前の血は、半分が屑だ」

「ああ」

「だが……その半分で、お前とあの屑を見間違えることは、ない」

 

 想像も出来ないほどの恨みと憎しみを募らせながらも、ただの一度も俺へとそれをぶつけることの無かった母。

 自分が子供を憎むだろうと分かって尚、生まれくる命の無罪を諦めなかった人。

 そんな人を、尊敬しない日は無かった。

 

 けれど、だからこそ。

 思い上がってしまったんだ。

 

 こんな日々に縋る自分は、何なのかと。

 

 何にも縋ることなく、怨嗟だけを柱にしてただ一人立ってきた母。

 そんな風に立つことのできない自分は何なのかと。

 

 誰も頼ることなく、こんな静かで穏やかな場所を一度は飛び出して、どす黒い荒波のような世界で生きた母。

 そんな風に生きていけない、この場所でなければ生きることも出来ない自分は何なんだと。

 

 母がそうしてきたように、この集落から切り離されてしまっても生きていけると示さなければ、()()()()じゃないか。

 

 

 

「……『母さんみたいになりたい』。そう、言っちまった」

 

 吐き出された母親への想いに、何も言えなかった。

 17歳で俵を産んで――――その前は濁していた。きっと本当に碌でもないんだろう――――独りで育てて、その背を見て俵が抱いてしまった想いに、口出しなんてできるわけなかった。

 

 俵のお母さんは、最初は自分一人で子供を育て切るつもりだったらしい。けれど、今の義理のお父さんがそれを見かね、無理やりにでも連れ帰ったのだと語る。

 

 私が赤ちゃんを拾ったって聞いた時。あの飄々とした顔の下に、どれほどの思いを隠していたのか。

 一人飛び出したかぐやに、どれほどの焦りを覚えたのか。

 今もまだどこか遠い出来事みたいに感じている私たちに、いったいどれだけ気を揉んでいたんだろうか。

 

「そうしたらあとはもう理屈もクソもねぇ大喧嘩。売り言葉に買い言葉、頭に血が上りすぎて何言ったか碌に覚えてねぇくらいに言い合った。最終的にやれるもんならやってみろっつって、ほとんど家出の勢いで飛び出してきたってワケ」

「……その割に、上手くやってたね」

「やるしか無かったんだよ。半端晒してぶっ倒れた日にゃバカ丸出しどころの騒ぎじゃねぇし、いざとなれば伝手でも仕送りでも……親父からのヤツ以外だけど、全部使った」

「何でお父さんのだけ」

「送られてくる額が気ィ狂ってて使いたくなかったんだよ! スマコンだけでも現金換算24万だぞ!?……ま、電話する度に、思い知らされたんだけどな」

 

 憧れは、しょせん憧れだった。その言葉が、刃物みたいに心臓にぐさりと来た。

 どう頑張ったって、何をどうしたって、母親と同じにはなれないのだと。

 

「……でも、それって当たり前じゃない? 俵は俵でお母さんとは違うじゃん」

「そうだな。けど、そん時はそう思えなかったんだよ。同じようになれるって思ってた」

 

 首を傾げるかぐやの純朴すぎる疑問に、困ったようにあいつは笑う。

 同じ道を辿れば対等になれるって、信じて。だから必死にその背中を追いかけようとして。

 でも、それは――――

 

「考えてみりゃ当たり前の話だ。死ぬほど苦労したってどんなバカでも分かる道に、何の苦労もしてこなかった鼻たれがアホな夢見て足踏み出そうとしてんだから。俺が母さんの立場でもキレて散々ボロクソ言うだろうし、最悪ぶん殴るぜ、そんなの」

 

 やめてと言いかけてぐっとこらえる。あくまでも俵は自分の話をしてるだけだ。

 でも痛い。苦しいよ。耳から入った音が、胸の奥の柔らかい場所をめった刺しにしてくる。

 母と対等になりたくて、認めてほしくて、ずっと頑張ってきた自分。今まで張り通してきた意地が間違ってるって言われたみたいで、悲しくなる。そうじゃないって頭で分かってても、心が勝手にひび割れる。

 

「彩葉、どこか痛いの?」

「……ううん、なんでもない」

 

 嘘。なんでもなくなんて、ない。

 必死に食い縛ってないと、今にもみっともなく泣いてしまいそうだ。

 だから、なんとか誤魔化そうとして、口を開く。

 

「実家に居たら死ぬかも、っていうのは……」

「……あの場所にいたら、俺は自分で生きていけなくなるような気がしてた。誰かに養われて、支えられて守られてばかりで、放り出された時に生きていけなくなるかもしれねぇって……ずっと、怖かった」

「で、でもでも、かぐやだって彩葉とか、芦花とか、真実とか、みんなに助けてもらってるよ?」

「それでいいんだよ、本当は」

 

 ぐりぐりとかき回すようにかぐやの髪を撫でる俵。実際かぐやは結構な勢いで人を頼る。頼りっぱなしでもある。でも、それを笠に着るようなことはしない。仮に打算が有っても、利用してやろうみたいな底意地の悪い打算ではかぐやは動かないし、そもそもしない。

 だから皆惹かれるし、協力したくなる。キラキラのかぐや姫に手を引っ張られちゃう。

 

「ちゃんと助けてもらったらお礼言えてるだろ、お前。彩葉の伴奏を褒められたら自分の事みたいに喜ぶけど、だからって自分の功績にゃしねぇだろ」

「……? だって、演奏上手いのは彩葉じゃん。かぐやが伴奏して欲しいのは彩葉から一緒に来てって言ったんだもん」

「だから、それでいいんだ」

 

 納得してるんだかいないんだか、すごく微妙そうな顔で頭を撫でられている。憮然とした表情は次第にこそばゆそうに変わっていって、終いには自分から俵の手に頭を押し付けていた。

 

「……でも、そっか。怖いよね」

 

 守られている間はいいだろう。でも、その後は?

 もしも、もしも――――ある日突然、居なくなってしまったら?

 置いて行かれた自分に何が出来るの?

 

 誰かを失う前に、誰かが遠くへ行く前に、俵は感づいてしまったんだろう。

 自分は独りで生きていけないんだと。対等になるには何かが足りないままなのだと。

 

「俺はダメだった。何にもできなくて惨めったらしく死んでいく自分しか想像できなかった。家を出るまで、集落で独りになった自分がくたばる姿しか考えられなかった」

 

 ――――こっちもこっちで、親元に居たら間違いなくくたばるから全部テメェでやると家出てきたクチでな。

 

 それが、あの日の言葉の正体。言葉の全てが過去形で、選択への自嘲だった。

 口を突いて出てしまった、一人で立ってきた人への言葉。取り消せない後悔へのせめてもの対抗心。

 

「お母さん、凄いよね」

 

 母は誰よりも強くて正しくて完璧だった。

 そんな母と比べたら、欠けてるのは私。

 だから同じ道を行こうとした。同じ道を、同じように辿って、そうして初めて対等になれるんだとずっと思ってた。

 

 自然と零れ落ちていた身の上話。死んじゃったお父さん、出て行ってしまったお兄ちゃん、変わってしまった母、そして、母の正しさに潰されそうになった私。

 

「それで、私一人で学費も生活費も賄うなら、って言って、ようやく折り合い付いたんだよね」

「……それでっていうけどさ、みんなそんなことしてなくない?」

 

 何それと言いたげなかぐやに横目を向ければ、眉を顰めて文句ありまくりですと顔全体で表現していた。

 その姿がなんでか可笑しくて、ちょっとだけ気が楽になる。

 

「最初にここで目を覚ました時の事、よく覚えてる。何にもないし誰も頼れないけど、自分の力で生きるんだって思ったらめっちゃ力沸いてきた」

「……はは、それで今日まで意地張り通してんのがすげぇよ、お前」

「お母さんはそのくらい平気でやって来たわけだし。私だってできるって思ったんだ」

「意外と限界ギリでも踏ん張れる理由があったんじゃねぇの? それこそお前の親父さんとかさ」

「……そう、かもね」

 

 力のない笑いを漏らして、今度は俵が半眼で見てくる。アースアイには少しだけ活力が戻ってきていた。

 でも、思えたんだよ。やっとここからだって。静かな部屋で、清々しい朝だったのを覚えてる。

 

「いやいやいや、なんかラッキーみたいな顔してるけど絶対おかしいって! 宇宙人調べでも彩葉のお母さん激ヤバおかしいって!!」

 

 それは、まあ。

 私だって他人から聞かされたらそう思うだろう。

 でも、だって。

 

「かぐやには――――」

「ま、そーだろうな」

 

 ぬいぐるみに爪を沈ませながら開こうとした口は、俵が先に声を発したことで封じられた。

 

「でもよ、しょうがねぇんだよ。かぐや。人間ってのはヤバい生き方した奴に憧れるようにできちまってんの」

「うえぇー……?」

 

 納得いかないとばかりに漏らした声。私も正直納得はしてないけど、反論できるだけの余裕も言葉も無かった。

 

「砂利の代わりに釘ぶちまけて、茨のトゲが剃刀になったような道一人で歩いてきたもんだから、それ以外の歩き方分かんねぇんだよ。んでもってそういう道歩く前提で物言うもんだから、話聞く相手からすりゃ他の道なんて在って無いようなもん……そりゃ頭のおかしい親にも見えちまう」

「……分かったように言うじゃん」

「境遇も環境もまるでちげぇけど、何となく分かっちまうんだよ」

 

 一人で全てを背負って歩いてきた私の母。

 一人で命を背負おうとし続けた俵のお母さん。

 それがちゃんと出来たか出来なかったかは些細な問題で。誰もが一目で分かるような茨の道だったから、それをそっくりそのまま辿れたら……なんて、考えてしまう。考えてしまった。

 

「母さんだってそうだ。俺を捨てるか、あるいは俺のせいだって言ってりゃ、もう少し楽に生きられただろうにな」

 

 諦めたような言い方は妙な確信に満ちていて。

 星月夜はいつの間にか潤んで、目尻が赤くなっていた。

 

「顔も見たくねぇクソ野郎にどんどん似てくるテメェの子供。必死で親やってるはずの自分より何でもできるようになっていく、世の中舐めたクソガキ。恨めしかったろうソイツに一度も当たり散らすことなく、自分の力で立って、頑張って歩いてた……真似なんざ、ハナっからできる訳がなかった」

 

 凄いと思う道を歩いてきたから、同じ道を辿って、認めてほしくて。

 でも、全部その通りになんて、できなくて。

 だって、親は親で、子供は子供。親子である時点で、結局同じではないのだから。

 

 考えてみれば当たり前。でも、だけど。

 じゃあ、なんでそうしようとしたのともう一度考えたら、今度こそもうダメで。

 

「……かぐや、飯よそってやれよ」

「ぅえ、でも……」

「いいから、ほれ。ただでさえ熱出てんのに腹減って余計に気滅入ってんだよ」

 

 零れ落ちる涙は、もう止まってくれなかった。

 熱でぼんやりした肌の感覚すら焼く塩水は、どれだけ拭っても後から後から溢れてくる。

 

「……キツいよな、帰れねぇって」

 

 家へ、じゃない。

 あの頃へ。

 起きてしまったことは変えられないから、覚悟するしか無くて。

 でも、今はちょっとしんどかった。

 

 俵は、かぐやがご飯を運んで来るまで私の頭を撫でていた。なんにも言わずに、手櫛を通していた。

 

 

「今日のメニューはネギ味噌生姜と卵おじや。まず鰹節と細かく切ったネギとおろししょうがを――――」

 

 持ってきたご飯は、吹きこぼれかけるくらいに熱されて白い湯気をこれでもかと立ち昇らせている。

 そして長い、めっちゃ長い。おなかぐるぐる鳴ってる。早く食べたいよ。病人にする解説じゃないって。

 

「卵は二個入ってるよ。アツアツだからふーふーして食べてね」

「……あちっ」

 

 ようやくだと口に運べば警告通りにすごく熱い卵おじや。

 でも、その熱さすら心地よく感じるくらい、美味しくて。

 

「おいしい」

「でーしょぉぉぉぉぉう?」

「くどいくどい」

「かぐやにあーんして貰わなくて良いのか?」

「うるせー、たたくぞ」

 

 くどいくらいの笑顔と謎のポーズを決めるかぐや。横から挟まれた煽りに憎まれ口を叩けば、いつもみたいにへらへら笑う俵。

 悪乗りしたかぐやが本当に匙に掬ったおじやを冷まして食べさせようとしてきて、あんまりにしつこいから観念すれば何がそんなに嬉しいのか器を持ったまんま小躍りする。

 それがなんか釈然としなくて、悔し紛れに口だけ開けてひな鳥みたいに待つ。早く食べさせてと催促すれば今度はどぎまぎしながら匙を差し出してきて、それに俵がまた笑って煽ってくる。

 

 部屋の中だっていうのに雨上がりの空みたいになったな、なんて。そんな悠長なことを考えてしまうのも、熱に浮かされていたからだったんだろう。

 

 

 

 病院だけは何となく行きたくなくて、すったもんだの末に薬を飲んで横になるという形に収まってしばし。

 何となく空気も明るくなって、けれどバイトも勉強も休み――――かぐやに泣きながらテキストを取り上げられた――――ということで手持無沙汰で。ずっと気になっていた些細な事を突っ込んでみることにした。

 

「俵のいた集落ってさ、他に子供っていたの?」

「…………………………あー……」

「何その反応」

 

 過去一番長い溜めと、分かりづらい全力の拒否だった。ものすごい嫌そうな顔をしてる。

 ああでもない、こうでもないと全力で頭を捻った後、本当に渋々という感じで口を開く。

 

「……俺、たまに動画で拝んで頭下げてたろ」

「………………………ちょ、っと待ってね。やっぱり聞きたくないかもしれない」

 

 いや、いやいや。

 いやいやいやいやいや。

 

 ンなこたぁないでしょ。いくらかぐやとかいう実例が居るからって、まさか他にもそんなこと。

 ちょっと思っちゃったことはあるよ? いわゆる因習村そのまんまみたいなところだよなぁ、って。でもまさか本当に居る訳。

 

「ごめん、やっぱやめ――――」

「俺には見えてんだよ、あれ……だいたいかぐやと同じくらいの背丈の女子」

 

 遮るには遅すぎた。

 かつての私なら鼻で笑っていたかもしれないけれど、かぐやという実例が居るせいでもう否定できない。

 

 ものすごく真面目な顔で、俵は空を見上げていた。

 今は見えない、そこに在るはずの物を探すような目だった。

 

「俺のいた集落に、タケトリさまっつう縁切りの神様が居た。初めて神社に挨拶行ったときに、そいつがいたんだ。俺はタケトリさまだと思ってるけど、実際は分からねぇ。喋らねぇしこっちを少し遠くから見てるだけだから、別の何かなのかもしれねぇ。けど、確かにそこにいる」

「……」

「見えるし、触れるし、歩けば足音だってする。風上にそいつが居たら青い香水みたいな匂いもした。そんで……」

 

 あの集落に置いてきた、と。

 悔いの残る声で、そうつぶやいた。

 

「一緒に行こうとか言わなかったの?」

「言えねぇよ。考えてみろ、縁切りの神様だぞ。それも与太なんかじゃねぇ、実績あるガチの土地神だ。そんなのを半端な気持ちで連れ出して、縁の中に置いて……足元にむき出しの日本刀転がしとくようなもんだ、そんなの」

 

 かぐやの悲しそうな声色は、エアコンの冷気に散らされた。

 宥めるかのように、俵は笑いながら思い出話に花を咲かせる。

 

「そう泣きそうな顔すんなって。『全部やりきったら帰る』って指切げんまんで約束までしてんだ、無碍にしてるわけじゃねぇ」

「随分親し気じゃない」

「同年代……なのかは分からんけど、見た目的に年の近い遊び相手がソイツだけだったからな。山だの川だの行く時はいつも探して連れ出してた」

「思ってたより距離感近かった……!?」

 

 縁切りの神様と過ごした幼少期って物凄い経歴過ぎる。かぐやが居なかったら私だって絶対信じてない。そりゃあ切り出すのも躊躇する。

 あまりにもファンタジー過ぎてちょっと興味がわいてきた。それはかぐやも同じだったようで、目をきらきらさせている。

 

「かぐやと同じくらいって言ってたけどさ、見た目とかどうだったの」

「……」

「おうコラ黙んな、きりきり吐け」

「いつから尋問会になったんだよ」

「かぐやも聞きたい!!」

 

 まさかとは思うがかぐやに似てたりするんじゃなかろうな。

 見た目までそうだったとしたらいよいよ第二のかぐや姫疑惑だ。

 

 嫌だ、聞かせて、嫌だとかぐやと理屈なんてあったもんじゃない押し問答を繰り広げる俵。最近では少なくなった全力の駄々こねと最近もちょいちょいやってるお願い超必殺技(ウルト)を駆使して全力で壁際に追い詰められ、10分は粘ってようやく奴は観念する。

 

「……ヤチヨ」

「ヤチヨ? なんでヤチヨ??」

 

 目を逸らしながらぽつりと溢された言葉に、今度はこっちが過剰反応する番だった。だって脈絡が無さすぎる。見た目の話だとしたら、それは――――

 

 

――――見た目だけなら好みなのは――――

 

 

「……」

「……」

「…………」

「……あんた、まさか」

 

 過った言葉に嫌な符合が発生し始めた。

 外見の好みで言うなら、って、まさか、まさか。

 

「……似てんだよ、髪の色。白い髪に、薄桃色の……インナーカラーだっけ? あと顔。青じゃなくて金色の目だったけどな」

「……ぶー」

「……えっと」

「だから言いたくなかったんだよ、あぁクソ……!」

 

 極めて珍しく赤みを帯びた顔面を手で覆い、全力で視線を此方から逸らす。その挙動は思春期男子としてはある意味健全なもので、ついでに言えば女子に囲まれても平常運転出来てた理由も何となく察しがついて。

 

「昔の女の面影見てケツ追っかけてたんか、あんた」

「ちげーし!! 似てんなとは思ったけどお前じゃねぇんだからケツ追っかけてねぇし!!!」

「私だってケツだけ追っかけてるわけじゃないわぁ!! こちとら魂の推しやぞこの野郎!!!」

「かぐやのことだけ推して~~!! ヤチヨばっか見ないで~~~~!!!」

 

熱出してることも忘れて胸倉掴んで壁ドン。

ついでにかぐやも俵の両肩掴んで壁ドン。

トドメにお隣さんから久しぶりの壁ドンを食らった。ごめんなさい。

 

 

 

 

 かくして、歯車は動き出した――――

 

「…………」

「なんか言えよ抜け駆け野郎」

「ごめんな、ほんまごめん。今回ばっかりはちょーっと擁護できへんからなスケコマシ

「ぬるっと声色変えんな」

 

――――と、言うには些かコメディな空気で。

 

 旅装の狼面は味方のはずの二人に武器でごすごすと背中を小突かれている。

 肩を並べた頼れるはずの友人たちはギリギリ味方をしてくれてはいるものの、心情としてはだいぶ敵に近かった。

 

「判決ッ」

有罪(ギルティ)っ!」

「なんでそっちに付いてんだよ……!」

 

 かぐやと彩葉を通じて知り合ったはずの芦花と真実(ふたり)は、対面でがるがると唸っている。心なしか武装が常よりも鋭い。まさか物理的に研いだわけではあるまいなと俵は冷や汗をかく。

 彼は今すぐにでもログアウトして逃げたい気分だった。だが、目を開ければそこで待っているのがほんの数瞬前にヤチヨカップ優勝を飾った二人であることは自明の理。よしんば彼が自宅でログインしていたとしても翌日辺りに詰められるのが目に見えているので逃げられない。

 

『それでは! 「わらDと愉快な仲間たち」によるエキシビションマッチ、開幕ですっ!』

『即興で登録したそうなんですが、わらDを除く5名で相談した結果らしいですね』

 

 ルールは3vs3のSENGOKU。

 その中に一人だけ、誰も見たことのない少女のアバターが混じっている。

 

 俵が装着しているものと全く同じ狼面に、十二単をモチーフに白一色に漂白された和風衣装。

 武装は俵が使う大太刀と瓜二つ。俵のそれが鞘に笹の葉模様が刻まれているのに対し、彼女のソレには(かや)の葉の模様があしらわれている。

 

 髪の色は白に薄桃のインナーカラー。

 眉の上と頬のあたりで切り揃えたいわゆる姫カットの前髪に、腰を隠すほどに長く伸びた後ろ髪。

 それら全て、俵の記憶の中に居る姿そのままで。

 

「――――来ちゃった♡」

「――――来ないで☆」

 

 背後から突き刺さる念、真正面から飛ばされる念、そして観客席から飛んでくる念。

 心なしか遠方から飛ばされている気のする念。

 そして、彼が初めて聞いた少女(タケトリさま)の声はやけに情念に溢れていて。

 

 今だけは、全力の縁切りを所望したい気分だった。




俵「タケトリさま、タケトリさま、時々山行くたびに顔合わせてましたよねタケトリさま。何をどうやってツクヨミに来たんですかタケトリさま」

???(ニッコリ)
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ダークソウルの世界から抜け出せた主人公が掲示板を使って愉快な仲間たちと共にハッピーエンドのため奮闘する話。▼


総合評価:860/評価:7.8/連載:8話/更新日時:2026年07月10日(金) 12:00 小説情報


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