ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜   作:ミサ2

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【勇者】マナ
【盗賊】カミラ


【第1話】アリアハンの夜、ルイーダの酒場で出会う

 ルイーダの酒場は、いつだって鼻をつく煙草と安酒の匂いに満ちている。

 カミラはいつものように隅のテーブルに陣取り、ぬるくなったビールの泡を眺めていた。紫のスカーフを深く巻き、上着の裏側には使い慣れた鍵束を忍ばせている。腰の後ろには細身のナイフ。革の手袋の指先を切り取った隙間から覗く指は、闇の中で音もなく仕事をするためにしなやかに鍛えられていた。それが彼女の飯の種だ。

 

 盗賊、それが彼女の生業であるが、今夜は仕事がなかった。

 

 別に困ってはいない、と自分に言い聞かせるように、カミラは残りのビールを喉に流し込んだ。市場で先週「失敬」した金貨が数枚、懐で眠っている。だが、動かなければ腕が鈍る。酒場の椅子に根を張るのは、彼女の性に合わなかった。アリアハンに流れ着いて1年が経つ。そろそろこの城下町での暮らしも潮時か。

 

 扉が開き、夜の湿った空気が流れ込んできたのはその時だ。

 最初に目に飛び込んできたのは、目が覚めるような鮮やかな赤のマントだった。

 それを纏うのは、カミラとさして変わらない年頃の若い女だ。だが、その佇まいはあまりに異質だった。アリアハンの街では珍しい、褐色に焼けた肌。それは南の海と太陽をそのまま肌の下に封じ込めてきたような、生命力に満ちた輝きを放っている。高く結い上げた黒髪の額には、翡翠の石を嵌めた飾り帯が勇ましく巻かれていた。

 

 そして、その目だ。

 

 濁った酒場の空気の中で、その瞳だけが妙に澄み渡っている。店内を一通り見回し、ゆっくりと歩く。カミラと視線がぶつかると、女の厚みのある唇が迷いなく動いた。

「ねえ、あなた」

 

 カミラは、自分に声をかけられたのだと気づくまで、一瞬遅れた。この酒場で、見知らぬ人間にこれほど屈託なく声をかけられたことなど一度もない。

「……私?」

「そう、あなた」

 女は返事も待たず、カミラの向かいの椅子に腰を下ろした。どすん、という遠慮のない振動がテーブルに伝わる。腰に下げた剣とシールドが椅子に当たって、がちゃりと硬い音を立てた。カミラはわずかに眉を上げた。

「私はマナっていうの」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 自ら名乗ったその女——マナは、至近距離から真っ直ぐにカミラを射抜いていた。

「仲間を探してるの」

 カミラは手元に残ったビールを口に含み、マナというその女を観察するようにじっくりと眺めた。

 装備は本物だ。剣の鞘には無数の細かい傷があり、盾の縁は使い込まれた形跡で削れている。決して飾り物ではない。だが、その目はまだ、本当の意味での世界の怖さを知らない色をしていた。

「…それで?」

「私と一緒に旅に出てくれない?」

「旅?」

「世界を救う旅」

 

 カミラは少しの間、沈黙した。冗談を言っているようには見えないが、あまりにも現実味のない言葉だ。

「……正気?」

 カミラが短く問うと、マナはにっと笑った。情熱的な、それでいてどこまでも屈託のない笑顔だった。

「わからない。でも行くよ」

 カミラは、わずかに開いたマナの口元と、その奥にある淀みのない視線を交互に見た。テーブルに置いた自分の指先を少しだけ動かし、それからもう一度、目の前の女を睨むように見据えた。

 

 マナは語り始めると、テーブルに肘をつき、無防備なほど身を乗り出してきた。

 オルテガの娘。その言葉が、カミラの耳の中でしばらく反響した。

 オルテガといえば、このアリアハンで知らない者はいない。魔王討伐を掲げて旅立ち、そのまま消息を絶った伝説の勇者。酒場の酔客たちが語り草にする、遠い時代の英雄譚だと思っていた。

 その娘が、今、目の前でビールも頼まずに座っている。

「王様に呼ばれてね」

 マナはそう言った。お城に呼ばれるなんて庶民には一生に一度もないことだか、彼女は緊張した様子もなく、むしろどこか面倒な役目を押し付けられたような響きさえあった。

 

「バラモスを倒してこいって」

「……王様に」

 カミラは繰り返した。

「うん」

「バラモスを」

「そう」

 カミラは思わず額に手を当てた。思考が追いつかない。

「魔王を、倒しに行けと」

「だから、仲間が必要なの」

「…それが私?」

 マナはあの濁りのない、澄んだ目でカミラを見た。なんの疑いも打算もない。まるで「一緒に市場へ行かない?」とでも誘うような気軽さで、死地への同行を求めている。

 カミラは一度、深く息を吸ってから吐き出した。

「お父上は」

 少し慎重に言葉を選びながら、カミラは聞いた。

「オルテガ様は、今は」

 マナの表情が、ほんの一瞬だけ揺れた。

「……魔王を追って旅に出て、それきり。ネクロゴンドの火山に落ちたって聞いたわ」

 仇、という言葉を、マナは口にしなかった。だが、その沈黙の重さが、カミラには伝わってきた。

 

 そうか。そういうことか。

 

 カミラは、マナの顔を改めて見た。その真っ直ぐな澄んだ目の奥に、何か別のものが沈んでいるのが見えた気がした。悲しみとも怒りとも違う、もっと静かで、長い時間をかけて澱(おり)のように積もってきたものだ。

 正気とも思えない旅だ。

 魔王討伐など、普通の人間が考えることじゃない。ましてや、こんな若い娘が一人で仲間を集めて、どこの誰とも知れない自分に声をかけている。

 カミラには関係のない話だ。盗賊の仕事は、自分の食い扶持を稼ぐことであって、世界を救うことじゃない。

 そう思った。

 思ったのだが。

「……なんで私なの?」

気づけば、カミラはそう聞き返していた。

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