ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜 作:ミサ2
【盗賊】カミラ
【商人】ダリア
細身の体躯だった。だが、その細さは華奢な令嬢のそれとは根本的に異なる。贅肉を極限まで削ぎ落とし、鋼のようなしなやかさを備えた、鍛え抜かれた細さだ。日焼けした肌に、アーモンド型の切れ長の瞳。
その瞳が、三人の姿を順番に捉えた。相手を見定めるような、だが落ち着いた眼差しだった。
誰も、口を開かなかった。
女もまた、何も語らない。
顎の先から汗が一粒、熱を帯びた砂の上に音もなく吸い込まれていった。
先に沈黙を破ったのは、女の方だった。
「どちら様?」
拒絶の色はない。ただ、真っ直ぐに問うてきた。
「マナと言います」
マナが一歩前に出て、相手の目を見据えた。
「メイリンさん、よね?」
女――メイリンは、マナの顔をしばらく無言で見つめていた。
「……そうだけど」
「よかった〜」
マナはいつもの、のんきな顔で微笑んだ。
「話を聞いてほしいことがあって、来たの」
メイリンの視線がマナから離れ、カミラ、そしてダリアへと移った。三人それぞれの佇まいを確認し、またマナへと戻ってくる。
「あなたたち、怪我をしてるわね」
カミラは思わず自分の腕に触れた。昨日の戦いで負った掠り傷だ。包帯を巻き、上着で隠していたつもりだった。だが、メイリンには怪我をしていることまで見抜かれていたらしい。
「少しね」
カミラが短く答えると、メイリンは「少し、ね」と、その言葉をなぞるように繰り返した。それ以上、追及するようなことはしなかった。
ふたたび、静寂が訪れる。
マナはその沈黙を苦にする様子もなく、メイリンを真っ直ぐに見つめ続けていた。
「旅をしているの」と、マナが切り出した。「仲間を探してる」
メイリンは特に驚く素振りも見せず、手ぬぐいで首筋の汗を拭いながら聞いていた。
「どんな旅?」
「バラモス討伐」
メイリンの手が、止まった。
ほんの一瞬。瞬きほどの短い時間だ。彼女はすぐに、また淡々と汗を拭う動作に戻った。
「……魔王を倒しに行くってこと?」
「そう」
「あなたたち三人で?」
「今は三人。あなたを入れて、四人にしたいの」
メイリンはカミラとダリアを、もう一度見つめた。カミラはその視線を真正面から受け止めた。隣のダリアは腕を組み、どこか涼しい顔で事の成り行きを眺めている。
「強いの?」
メイリンがカミラに聞いた。あまりに直接的な問いだった。
カミラは答えに詰まった。見栄を張るべきか、現実を語るべきか。
「昨日、ぼこぼこにされたわ」
結局、口から出たのはそれだった。
「モンスター相手にね」
メイリンの口の端が、微かに、本当に僅かだけ動いた。それが笑みだったのか、呆れだったのかは判別できない。
「正直ね」
「嘘をついても、死ぬ時に後悔するだけだから」
メイリンはしばらくの間、三人を交互に見回していた。やがて、彼女は静かに口を開く。
「……何のために、魔王を?」
「世界を守るため」
マナの答えは即座だった。
「綺麗事ね」
メイリンの突き放すような言葉にも、マナは傷ついた様子を見せなかった。
「そうかもしれない。でも、魔王がいる世の中のほうがいいと思う?」
メイリンは少しの間、沈黙した。
「……思わないけど」
「じゃあ、同じじゃない」
メイリンの瞳が、ふたたびマナからカミラ、そしてダリアへと動いた。
「あなたたちは? 何のために行くの」
「お金よ」
取り繕う理由もなかった。
「私も、似たようなものね」
ダリアも肩をすくめて同意する。
メイリンはその答えを噛み締めるように、深く腕を組んだ。
「人間が弱いのは、平和ボケしてるからでしょ」
独り言のような、冷ややかな響きだった。
「魔王が現れて、みんなが戦わざるを得なくなって、それで初めて本気になる。それではもう、遅いのよ」
誰も、何も言い返せなかった。
メイリンは腕を解き、背後の道場へと歩き出した。
「入って」
その背中が、三人を奥へと促していた。マナたち三人はメイリンの後に続いて道場の中へ入っていった。
『人間が弱いのは、平和ボケしてるから』
平和ボケ、か……。
カミラは奥歯を噛み締めた。そんなもの、自分には縁がなかった。ロマとして生まれ、明日をも知れぬ盗賊として泥を這うように生きてきた。それでも、その一言は無視できない棘となって胸に刺さった。
隣ではダリアも腕を組み、口をへの字に曲げている。明らかに不愉快だという色が隠せていない。だが、肝心のマナだけは、波立つこともなく平然としていた。彼女はただ真っ直ぐにメイリンを見据えている。反論も同意もせず、ただそこに在る。その強固な静けさに、カミラは一瞬、言葉を失った。
その時、道場の奥から重みのある足音が響いた。
引き戸が静かに開き、一人の男が姿を現した。五十を過ぎたあたりだろうか。白髪の混じった短髪に、深く陽に焼けた肌。大柄な体躯には無駄な肉がなく、一歩一歩の動きに練達の士特有の静かな凄みが宿っている。
「メイリン、朝からご客人か?」
響いたのは、意外なほど穏やかな声だった。
「はじめまして」
マナが一歩前に出る。
「マナと言います」
男の目が、マナを捉えた。その刹那、彼の動きは凍りついたように止まった。
「マナ……!?」
男の視線は、吸い寄せられるようにマナの身なりを追った。鮮やかな赤いマント、腰に提げた剣、そして背負った盾。
「そのマントと盾は……オルテガ様の……!?」
カミラは思わずマナを振り返った。メイリンもまた、弾かれたようにマナへと視線を向ける。
「はい」
マナの声は、どこまでも澄んでいた。
「父オルテガの一人娘、マナです」
男はしばらくの間、彫像のように動かなかった。その瞳は目の前の少女を見ているようでいて、もっと遠い、記憶の澱の中から何かを手繰り寄せようとしているようだった。やがて、彼は肺のすべてを空にするような深い溜息を吐いた。
「そうか……オルテガ様の御息女が……」
男はゆっくりと語り始めた。かつてオルテガがバラモス討伐へ旅立つ際、自分もお供する約束をしていたこと。しかし、その時すでに妻が子を身籠っていたこと。それを知ったオルテガは、頑として同行を許さなかった。「子が生まれるなら、そちらの方が大事だ」と。だから自分は、この地に残った。
なんとその時、妻の腹の中にいたのが、メイリンだったと言う。
「オルテガ様は……不幸にも火山へ落ち、志半ばで逝かれたと聞いている」
男の声が、わずかに沈んだ。道場を沈黙が支配する。外で木々が風に揺れる音だけが、やけに大きく聞こえた。
やがて、男はメイリンへ落ち着いた瞳を向けた。
「メイリン。私の代わりに、マナ殿に助力してくれぬか」
メイリンは何も答えず、ただ黙っていた。男は諭すように言葉を重ねる。
「本来なら、私自身がマナ殿にお供すべきところだ。しかし、なにぶんこんな体になってしまってな」
男はゆっくりと左足の裾をまくり上げた。
膝の下は、鈍い光を放つ義足だった。
カミラは息を呑んだ。いつ、どこで、どんな修羅場をくぐってそうなったのか。問うことなどできなかった。そんなことを許さぬ、重厚な沈黙がそこにはあった。
「足手まといにしかなりそうもない」
男は静かに裾を下ろした。
「しかしマナ殿、この娘、技量は未熟なれど、必ずやあなたの役に立つ。私が毎日、骨身を惜しまず仕込んでおるからな」
メイリンはその言葉を、伏せ目がちに聞いていた。そして決然と顔を上げて黙ってマナを見ていた。
「……はい。承知しました、父上」
メイリンは父に向かって深く頭を下げた。
やがて顔を上げると、その姿はもう、道場で父の教えを受ける娘のものではなかった。これから父のもとを離れ、マナの隣に立つ者の顔だった。
男は娘を見つめ、それからマナへと向き直る。
「しかし、無理は禁物だぞ。かのオルテガ様でさえ……あのようなことになられたのだ」
「はい。わかりました」
マナの返事を聞くと、男は一度奥へ下がり、すぐに戻ってきた。その手には、キメラの翼と薬草が握られていた。
「私からの、ささやかな餞別だ」
メイリンはそれを両手で受け取り、深く頭を下げた。男はそれを見届けると、マナに向かってわずかに口元を緩めた。
「ちょっと負けん気が強くて、男勝りな娘だがな」
その瞳には、父親としての苦笑いと、誇らしさが入り混じった色が浮かんでいた。
「マナ殿、娘を……メイリンを頼みますぞ」