ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜 作:ミサ2
【盗賊】カミラ
【商人】ダリア
【武闘家】メイリン
昼の光が少し傾きだした頃、周囲には切り立った岩場が増えてきた。潮騒の音が一段と大きく響くようになる。足元を慎重に確かめながら進んでいくと、やがて岩壁にぽっかりと開いた巨大な口が姿を現した。
洞窟だ。
暗く、深く、底知れない闇の中から、冷たい空気が這い出すように漏れてくる。カミラは入口の前に立ち、その深淵をじっと見つめた。ナジミの塔へ至る道は、この先にある。
「やっと着いた……」
マナが安堵の声を漏らした。
「うん、しかもほぼノーミスじゃない?」
ダリアも同意する。一昨日はあれだけぼろぼろにやられていたのに、今日はマナとダリアに少しの傷ができた程度だった。薬草で十分に回復できる範囲だ。
「すごくない!? 私たち、強くなってる……のかも!」
マナの弾んだ声に、カミラは何も言わなかったが否定もしなかった。今日ここまで順調に来られたのは、メイリンが加わったことが大きい。彼女の提案したフォーメーションが効いているのはもちろんだが、何より最初の一撃が早い。彼女は敵モンスターが現れる前に察知し、姿が見えた時にはすでに拳や蹴りが入っている。後手を踏まなくなった分、マナとダリアも余裕を持って二の矢を撃てるし、その二人を見てカミラも取りこぼしなく仕上げを担うことができている。
しかし、これからが本当の試練だろう。
「入る前に、少し休もう」
マナが洞窟の入口を見上げたまま言った。
「薬草の数も確認しておきましょう」
ダリアが鞄を下ろす。
「それと、洞窟の中ではキメラの翼は使えないわ」
カミラは暗い口の奥を見た。
「そうね、中に入ったら、飛んで逃げる手はないからね」
絶対に生きて出てこなければいけない。
カミラはマナへ向き直った。
「マナ、洞窟で戦ったことはある?」
「ないわ。夜戦の訓練はしてきたけども」
「そうよね。わかってると思うけど、もうここは訓練じゃないから。敵は本気で私たちを殺しに来る」
「……うん」
マナの顔から、のんきな色が消えた。
「洞窟の入り口に立つと、空気が動いているのがわかるでしょ?」
カミラの言葉に、マナは目を閉じて集中し、やがて目を開いた。
「ほんとだ……! これって、向こう側にも出入口があるってことね?」
「そう思ってしまいそうだけど、そうとも限らないのよ。気圧の変化や水の流れ、いろんな要因で空気は流れるから。途中で落盤して人が通れないこともあるし、足元に大穴が空いていることもある」
マナが静かに頷く。
少しの休憩のあと、マナが出発の声をかけた。カミラはマナを見て言った。
「ここから先は、私が先頭でいい?」
「うん。カミラに任せる」
「じゃあ、マナ、ダリア、メイリンの順でついてきて」
誰も異論は唱えなかった。仕事柄、夜目が利くカミラが先頭に立ち、全方向からの殺気を察知できるメイリンをしんがりに据える。それが適任だろう。
ダリアは、腰の革袋から、小ぶりの青銅製カンテラを取り出した。油の残量を指先で確かめ、火打石で芯へ火を移す。
四人は洞窟へと踏み込んだ。
カンテラの橙色の灯りが揺れ、四人の顔を淡く照らした。一歩踏み込むごとに、背後の陽光はあっけなく遮られ、世界が色彩を失っていく。洞窟の闇は単なる光の欠如ではなく、生き物のように肌にまとわりつき、体温と方向感覚をじわじわと削り取っていく実体を持った「何か」だった。
「……何も見えないわね」
後ろを歩くダリアの声が、やけに大きく壁に反響した。マナの剣の鞘が岩に当たる小さな音さえ、この静寂の中では鋭い警告音のように響く。
「マナ、目が暗さに慣れてくるから、よく見てみて」
「うん、薄っすらと見えてる」
「でしょ? わずかに石や水滴も反射するから。少しの光があるだけでも、慣れればかなり先まで見ることができる」
そこは、完全な無光の世界ではない。岩肌に淡く光る苔が点在し、それが深海のような深い紺色の闇を作っている。だが、その微かな光は、かえって闇の深さをも強調する。
「……あ、だめ」
カミラは小声で言った。
「カンテラばっかり見ないで」
「え?」
「光源を直で見ると、闇が見えなくなるから」
「…ほんとだ。わかった」
さらに小声で付け足す。
「剣は大振りしないでね」
「えっ!」
カミラは前を向いたまま釘を刺した。
「大振りすると、岩か味方に当たるから。突き中心で。」
「わかった…」
「それか、縦方向に小さく振ること。それだけ守って」
返事はなかったが、後ろの三人の気配が引き締まったのがわかった。
カミラは壁に指先を這わせ、意識を耳と肌に集中させた。
入り口付近の潮風は消え、代わりに肺にまとわりつくような、古く湿った土の匂いが漂い始める。空気は一歩進むごとに重く、冷たくなっていく。自分の足音が、数秒遅れて後ろからついてくるような錯覚に陥り、どこか遠くで滴り落ちる水音が誰かの囁き声のように聞こえた。
闇は一色ではない。濃い闇と、さらに深い闇。カミラは壁の凹凸をわずかな影の濃淡として捉え、道の「奥行き」を測り取っていく。
(……あっちに、道が続いてる)
不意に、マナが立ち止まった。
「どうしたの?」
「……ううん。なんとなく、あっちから変な音が聞こえた気がして」
マナが指差したのは、カミラが感じ取っていた風の動きとは逆の方向だった。
引き返すための呪文はない。四人はただ、互いの呼吸音だけを道標に進む。カミラが答えようとした瞬間、しんがりのメイリンが鋭い気配を放ち、小さな声で全員を制した。
「待って」
メイリンの体から、ぴりりとした緊張感が放たれる。彼女は武闘家として、闇の中に混じる殺気を捉えていた。
「……何か来る。1、2、3……3〜4匹ね」
マナが剣を抜く金属音が響く。カミラも短剣の柄を握り直した。
見えないからこそ、敵がどこから飛び出してくるかわからない恐怖がある。だが、メイリンが「敵」を捉え、カミラが「足場の崩れ」を察知した。
「左の壁際、少し窪んでるわ。そこを背にしなさい」
カミラの低い指示に従い、三人が素早く動く。
闇の中で、いくつもの小さな足音が近づいてくるのが聞こえた。カミラは目を凝らし、闇の揺らぎを凝視した。
ナジミの塔への試練は、すでに始まっていた。