ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜 作:ミサ2
【盗賊】カミラ
【商人】ダリア
【武闘家】メイリン
「……冗談でしょ? 誰がこんな塔の地下まで泊まりに来るのよ」
カミラが呆れたように呟くと、隣でダリアが目を細めた。
「いいえ、カミラ。これは天才よ」
「ん?」
「命からがら洞窟を抜けてきた旅人が、金を払ってでも横になりたい場所でしょう? 私なら通常の三倍は取るわね」
「そんな発想ある……? 商魂ってやつね」
だが言われてみれば、その通りだ。
塔を目指す旅人にとって、この場所は中継地点であり、補給地であり、命綱でもある。
問題は――こんな魔物だらけの塔の地下で営業していることだった。
「ちょうどよかったよね〜! みんな泊まるよね?」
マナはすでに泊まる気満々だった。
もうすぐ夕方だ。傷の具合を考えても、一泊したほうがいいのは確かだ。
「……ここの主人、絶対まともじゃないわよね」と小声でカミラはダリアにつぶやいた。
「ちょうど四人部屋が空いてるよ」
主人が絶妙な間で言う。
「はい、泊まりますー!」
マナが即答した。
⸻
客室の中は質素だが、驚くほど清潔だった。
暖炉では薪が静かに爆ぜ、部屋には干したハーブの穏やかな香りが漂っている。宿の主人は、妙に人の良い笑みを浮かべたまま、湯気の立つスープ皿をテーブルへ並べた。
「洞窟越え、ご苦労様。温まるよ」
主人が去ったとき、メイリンが小さく囁いた。
「……カミラ、これ、どう思う?」
武闘家としての勘が、この状況をまだ危険だと告げているのだろう。
カミラはスープ皿へ顔を近づけ、静かに鼻を鳴らした。
玉ねぎ、豆、干し肉。煮込まれた油の匂い。薬草酒の類も微かに混じっている。
だが――妙な甘さも、舌が痺れるような刺激臭もない。
「毒草系の匂いはしないわね。眠り薬もたぶん入ってない」
「“たぶん”なのね……」
「完全に断言できる毒なんて、逆に三流よ」
カミラが肩をすくめると、今度はダリアが木匙で具材を掬い上げた。
商人らしい目が、スープの色合い、油の浮き方、干し肉の質、器の傷具合を素早く見ていく。
「……粗悪品は使ってないわね。保存状態も悪くない」
さらに、ダリアは器の縁へ軽く触れた。
「変な呪いの気配もない。少なくとも、旅人を嵌める類の店ではなさそう」
「そんな宿が存在する前提で話すのやめてくれる?」
「塔の地下よ?」
ダリアは真顔だった。
メイリンはなお警戒を解いていなかったが、二人の判断を聞き、ようやく小さく息を吐いた。
その横で、マナは遠慮なくスープを口へ運ぶ。
「あ、おいしい」
「だから早いってば……」
「大丈夫ってことね?」とメイリン。
カミラは呆れながらも、ようやく木匙を手に取った。
温かなスープが喉を落ちていく。
じわじわと温かみが全身に広がるにつれて、張り詰めていた緊張が、ゆっくりとほどけていくのがわかった。
暖炉の火が静かに揺れている。
上階に魔物がいる。
それなのに今だけは、不思議なくらい穏やかな夜だった。
ーーーーーー
あんなに怪しんでいたのが嘘のように、目覚めた時の体は驚くほど軽かった。
暖かい食事と清潔な寝床。そしてダリアの薬草治療のおかげだろう。昨日まで熱を持っていた傷も、かなり痛みが引いている。
(……やっぱり、ただの商人じゃないわね)
四人が身支度を整え、宿を出ようとした時だった。
「もうご出発なさいますか」
初老の主人が、穏やかな声で呼び止めた。
その視線が、ふとマナのところで止まる。
「……お嬢さん、そろそろ、のようですな」
「そろそろ?」
マナが首を傾げる。
だが主人は、それ以上は語らなかった。
「私はここで二十年、旅人を見送ってきましたのでな」
柔和な笑みを浮かべたまま、主人は深く一礼した。
「皆様のご武運を」
⸻
朝でも昼でも塔の中は薄暗い。上階へ進むにつれ、空気はさらに淀んでいった。
フロッガー程度なら、もはや敵ではない。メイリンが崩し、マナとダリアが追い込み、カミラが仕留める。
連携は、すでに身体へ染み込み始めていた。
だが――
次の階へ踏み込んだ瞬間、白い霧が視界を覆った。
「マヌーサ……!?」
じんめんちょうだった。
視界が歪む。距離感が狂う。
マナの剣は空を切り、ダリアのナイフは石壁に弾かれた。
その中で、メイリンだけは迷わなかった。
霧の向こうにある“気配”だけを頼りに、鋭い蹴りを叩き込む。
じんめんちょうは砕け散った。
⸻
さらに上階へ足を踏み入れた時だった。
「来る!」
メイリンが跳ぶ。
闇の中から現れた黒ローブの人影――まほうつかい。
彼女の拳が届くより早く、その指先から火の玉が放たれた。
「っ、あぁ……!」
炎がメイリンの肩を焼く。
メイリンは苦悶の表情のまま、かがんで足払いを放つ。体勢を崩したまほうつかいへ、ダリアの大型ナイフが突き刺さった。
「メイリン!」
駆け寄ったカミラは息を呑む。
肩の皮膚が赤黒く爛れ、酷い火傷になっていた。焦げた臭いが広がる。
あのメイリンが、声を殺しきれずに苦痛を漏らしている。
「…ぐ……不覚をとった…」
「大丈夫?」 駆け寄るマナ。
(……まずい)
いろんな攻撃呪文を使う敵が、この先もいるなら。
メイリン抜きで塔を進むのは無謀かもしれない。
「動ける?」
「なんとか…」
「宿へ戻る?」
「……いえ、まだ大丈夫…」
その時だった。
メイリンの肩へ触れていたマナの手が、淡く光り始めた。
「え……?」
マナ自身が、呆然と自分の手を見つめている。
「ホ……イミ……」
マナの口から漏れた言葉に呼応するように、光が強まっていく。
淡い輝きがメイリンの肩を包み込み、赤黒く爛れていた皮膚が、みるみるうちに塞がっていった。
「えっ……」
カミラは思わず息を呑んだ。
「今、ホイミって言ったわよね……?」
問われたマナ自身が、一番戸惑っている顔をしていた。
「……うん。なんか、急に頭に浮かんできたの」
「メイリン、どう?」
「……痛みが消えてる」
メイリンは信じられないものを見るような顔で、自分の肩に触れ、ぐるぐると回した。さっきまで焼け爛れていたはずの皮膚は、うっすら赤みを残すだけになっている。
「すごいじゃない! 本当に回復呪文だわ!僧侶みたい!」
ダリアが目を輝かせた。
カミラは改めてマナを見た。
オルテガの娘。
勇者。
その言葉が、ようやく現実味を持って胸へ落ちてくる。
(……本当に、特別な子なんだ)
「これなら薬草を節約できるわね。このままバラモスの所まで一気に走れるよ!
ほらマナ、私の傷もお願い」
ダリアが軽い調子で腕を差し出す。
マナは頷き、再び手をかざした。
温かな光が滲み、ダリアの傷もたちまち塞がっていく。
だが、術が終わった直後だった。
マナの表情が、ふっと曇る。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「なんか……減ってる感じがする」
「減ってる?」
マナは困ったように胸元へ手を当てた。
「力っていうか……自分の中の何かを使ってる感じ。減っていく。これ、何回もは無理かも」
ダリアが小さく頷く。
「魔法の力の源、みたいなものか。魔法には限界があるって聞くものね。どんな高名な魔法使いでも、無限には使えないって」
「マナ、あと何回くらい使えそう?」
「……三回ぐらい、かな」
指を折って数えるマナを見て、カミラは短く息を吐いた。
無敵になったわけじゃない。そんなに甘くはない。
それでも。
「十分よ」
ダリアが力強く言った。
「薬草もまだある。ホイミ三回あれば、最上階まで届くわ」
「うん。行けるよ」
マナが笑う。
カミラも静かに頷いた。
行ける。確信に近いその思いが、薄暗い塔の中で、消えることのない小さな灯火のように四人の行く手を照らしていた。