ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜 作:ミサ2
【盗賊】カミラ
【商人】ダリア
【武闘家】メイリン
階段を登りきった先、最上階の重い扉を押し開けたカミラたちの目に飛び込んできたのは、意外すぎる光景だった。
そこには、荒々しい魔物の姿も、古の罠もなかった。ただ、埃の舞う柔らかな光が差し込む一室で、一人の老人が椅子に座ったまま、静かに眠りについていた。
四人は顔を見合わせた。戸惑いながらもマナがそっと声をかける。
「…あの、おじいさん?」
その声に弾かれたように、老人がゆっくりと顔を上げた。
「おお、やっと来たようじゃな。そうか、マナというのか」
寝ぼけ眼をこすりながら発せられたその言葉に、カミラは思わず背筋に冷たいものが走るのを感じた。なぜ、初対面の若者の名を知っている。
「わしは幾度となく、お前に鍵を渡す夢を見ていた」
「…えっ、私?」
老人は、まるで親しい知人にでも接するように穏やかに語り続ける。
「だからお前に、この『とうぞくのかぎ』を渡そう。受け取ってくれ」
マナは戸惑ったように両手を差し出した。古びた鍵が、その手のひらに静かに乗せられる。カミラは隣で、その鍵を凝視した。
どういうことだ。予知夢?
たかだか夢を見たというだけの理由で、この希少な鍵を譲るというのか。
「何度も渡す夢を見たから、渡す?」とダリアは小さくつぶやいて首をかしげた。
カミラは短剣を腰の鞘に収めきれず、警戒の色を隠さずに部屋の隅々まで視線を走らせた。メイリンも部屋の入り口近くに立ったまま、老人から目を離していない。
この老人は何者なのか。本当にただの隠者なのか、それとも。
「夢を見たから渡す」という、あまりにも浮世離れした理屈。
自分たちはこの最上階に辿り着くまで、洞窟で血を流し、魔物と戦い、火傷まで負った。その果てに得た答えが、「夢を見ていたから」の一言だけなのか。
カミラは窓の外に広がるアリアハンの大地を、複雑な思いで眺めた。
どうにも腑に落ちない。
だが、老人の瞳には狂気も悪意も感じられない。ただ、長い間待ち続けていた役目をようやく果たせたという、深い安堵の色だけがそこにはあった。
マナは、リアクションに困った様子で両手の上に鍵を乗せている。
伝説の勇者の娘。
その存在が、人の夢にまで触れるものなのか。
カミラにはわからなかった。
「では、ゆくがよい、マナよ。わしは夢の続きを見るとしよう」
(ちょ、ちょっと……! 夢の続きを見るって……)
再び眠りへ戻ろうとする老人へ向けて、カミラはあえて冷ややかな声を投げた。
「……随分と気楽な隠居生活ね。こんな塔の上で寝て待ってるだけなんて」
老人の肩が、わずかに揺れた。
「気楽、か……」
掠れた声が、静かな部屋へ落ちる。
「そう見えたのなら、ただの居眠り老人としては上出来じゃな。わしの芝居もそろそろ板に付いてきた頃かの」
老人はゆっくりと椅子を回し、マナの手にある『とうぞくのかぎ』へ視線を向けた。
「その鍵はな、使う者によっては、多くの人を不幸にする」
皺だらけの指先が、静かに鍵を示す。
「だから、わしはここで待っておった。己の欲のためではなく、誰かのために扉を開こうとする者をな。邪の者の手に渡らぬようにの」
カミラは思わず、部屋の隅へ目を向けた。積み上げられた古びた書物。使い込まれた机。油の尽きかけたランプ。
そうなのか……この老人は、本当に何十年もここで待っていたのか。魔物からも、人間からも、この鍵を遠ざけながら。
「あんた……ここで、どれくらい過ごしたのよ」
「さあな」
老人はかすかに笑った。
「数えるのをやめてからは、夢と現の境も曖昧じゃ」
その濁った瞳が、マナを見つめる。
「だが、ようやく来た。夢に出てきた、真っ直ぐな目をした娘がな」
マナは戸惑ったように鍵を見下ろしていた。
老人は静かに頷く。
「守り、待ち、託す。それだけが、わしの役目じゃった」
そして深く椅子へ身を沈めた。
「その鍵はもう“宝”ではない。お前さんたちが進むための、ただの道具として使うがよい」
重責から解放されたような、穏やかな声だった。
カミラは何も言えなかった。
この老人は、自分の人生そのものを使って、誰かがここへ辿り着く日を待ち続けていたのだ。
マナの手の中で、『とうぞくのかぎ』が鈍く光る。その小さな鍵が、先ほどまでとは違う重みを帯びて感じられた。
カミラは部屋を出る直前、一度だけ振り返る。
老人はもう目を閉じていた。
まるで、本当に長い夢を見終えた者のように。