ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜   作:ミサ2

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【勇者】マナ
【盗賊】カミラ
【商人】ダリア
【武闘家】メイリン



【第19話】カギの向こう側

 重厚な扉を背に、螺旋階段を下りる四人の足音が石壁に反響する。

 行きよりもいくらか軽くなったはずの足取りだったが、カミラはどこか、手に入れたばかりの『とうぞくのかぎ』の存在を、物理的な重さ以上に感じていた。

 

「なにはともあれ、盗賊の鍵は手に入ったし」 カミラは自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。

「うん。その鍵、本当にいろんな扉が開くの?」

 メイリンが、少しだけ声を弾ませて問いかける。

「この世のすべての扉が開くってわけでもないでしょうけども……。でも、これまで私たちを拒んでいた多くの扉が、これで開くはずよ」

「この塔の地下にも、たしか開かない赤い扉があったわね。帰り際にそこも開けてみようか」

 ダリアの提案は、冒険者として至極まっとうなものだった。

 だが、カミラは隣を歩くマナが、不自然なほど静かなことに気づいて足を止めた。窓から差し込む午後の光が、彼女の横顔を寂しげに照らしている。

「どうしたの?」

 カミラの問いに、マナは迷うように視線を泳がせ、それからポツリと漏らした。

「うん……そんなに勝手に開けちゃっていいのかなって」

 その場に、奇妙な沈黙が降りた。メイリンもダリアも、掛けるべき言葉を見つけられずに顔を見合わせる。

「だってさ、その扉をちゃんと鍵かけた人がいるわけでしょ? その人の気持ちとか考えるとね……」

 

 カミラは、何も言えなかった。

 盗賊として、あるいは裏街道を歩む者として生きてきた年月の中で、そんな感傷を抱いたことは一度としてない。鍵のかかった扉の向こうには、必ず価値のある何かが隠されている。それをいかに鮮やかに、迅速に手に入れるか。カミラの世界は、それだけで完結していた。

 扉に鍵をかけた人間の、拒絶の意志。守りたかった秘密。あるいは、二度と開けたくないという悲しみ。

 そんな「人の気持ち」など、考える必要がなかった――。

 

(……いいえ。考えないようにしていただけね)

 カミラは自嘲気味に、心の中でそう呟いた。

 扉の向こうには、いつだって誰かの暮らしがあった。鍵を開けるたび、それを暴いてきたのだと今さらながら思った。マナの抱いた素朴な疑問は、カミラが「プロ」として覆い隠してきた罪悪感の蓋を、いとも容易く押し上げてしまった。

 

 マナは、本当に真っ直ぐだ。

 誰かが閉ざした扉を開けることそのものに、こんなふうに立ち止まれる。マナにとってこの鍵は、ただ行ける場所を増やすための便利な道具ではないのだろう。

 誰かの大切な場所を暴いてしまうもの――そんなふうに見えているのかもしれなかった。

 

 カミラは短剣の柄に触れ、指先に伝わる冷たい感触で、乱れかけた心を落ち着かせようとした。

 

ーーーー

 

 塔の地下深く。

 湿った冷気が足元にまとわりつく暗がりの中で、その扉は静かに佇んでいた。赤く塗られた木肌は、経年変化でひどく色褪せ、表面には細かな亀裂が幾筋も走っている。

 マナは『とうぞくのかぎ』を握りしめたまま、その前で立ち止まった。マナの視線が、鍵穴と扉の向こう側を交互に彷徨っているのがわかる。

「……ほんとに、いいのかな? けど、開けないと先には進めないし……」

 マナが絞り出すように言った。その声は、静まり返った石廊下に小さく反響した。誰かの意志で閉ざされたものを、自分たちの都合で暴くことへの抵抗。その純粋すぎる迷いに、カミラはふっと視線を落とした。

「……うん、マナ。この扉を見たところ、もう何年も、いや、何十年も誰も開けていないみたいなんだよね」

 カミラは指先で扉の角をなぞった。指先に、厚く積もった埃の感触が伝わる。

「もうここに鍵をかけた人の気持ちがどんなだったかは、わからない。拒絶だったのか、それとも別の何かだったのか……。これだけ長い間、放置されてると、もうね」

 カミラはマナの瞳を真っ直ぐに見つめ、少しだけ声を和らげた。

 

「だから……開けてから、私たちで判断しましょう。もし中を見て、開けておくべきじゃないと思ったら、その時はまた私たちで鍵を閉めて、そのままにしておく。それでどうかしら?」

 マナはしばらくの間、黙って扉を見つめていた。

「……うん、そうね。この扉が、このまま忘れ去られてしまうのも、なんだか寂しい気がするしね」とつぶやき、納得したように二度頷く。

 マナは鍵を差し込み、ゆっくりと回した。

 重い音を立てて扉は開いた。殺風景な小部屋の中央に、それはあった。一台の机。その机の上には古びた質素な木箱。マナが近づきゆっくりと木箱の蓋を開けると、中には「木の帽子」と一粒の「タネ」が収められていた。

 

「ダリア、これは何?」

 カミラの問いに、ダリアが目を細めて中を覗き込む。

「木の帽子ね。無垢材でつくられたもので、軽くて見た目より頑丈よ。旅の駆け出しにはありがたい防具ね」

 そして今度は、タネを指先で摘まみ上げる。

「こっちは……素早さのタネ。食べた者の身のこなしを良くするって言われてる貴重な品ね」

 ダリアが感心したように息を漏らす横で、カミラは箱の底へ敷かれた布の上に、一枚の羊皮紙が置かれているのを見つけた。

 そこには、力強くもどこか優しい筆跡で、こう記されていた。

 

『ここの扉を開けし者の旅に役立つように』

 

 その一文を読み上げたとき、カミラの胸の奥で、張り詰めていた何かが静かに解けていった。

 

「……贈り物、だったんだね。贈り物、私たちへの」

 

 マナの声が、地下の静寂に優しく溶け込む。

 拒絶でも隠蔽でもなく、いつかここを訪れる誰かのために残されたもの。何十年も前の誰かの善意が、静かにそこに残っていたのだ。

 

 善意だった。それは分かった。

 けれど、扉を開けるという行為の重みまで消えたわけではなかった。

 カミラは手の中の羊皮紙へ目を落とした。

「……これ、どうする?」

 マナの横顔を見ながら、カミラは尋ねた。

「うん……ちゃんと使おうよ」

 マナは木の帽子をそっと持ち上げた。「せっかく、残してくれたんだから」

 誰かが未来へ託したもの。

 その善意を、自分たちは確かに受け取ったのだ。

 

「……マナ、似合ってるよ」

 木の帽子を被ったマナは、「そう?」と少し照れくさそうに笑った。

 

 カミラは、羊皮紙を静かに箱へ戻した。

 

 そして四人は、薄暗い地下室をあとにした。

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