ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜 作:ミサ2
【盗賊】カミラ
「なんで私なの…?」
カミラは自分でも驚いていた。口から出た言葉の響きに、苦い後悔が混じる。
聞くんじゃなかった。この手の話は、一度懐に入れてしまえば最後だ。
マナは少しだけ首を傾けた。
「盗賊でしょ、あなた」
「……あんた、見かけによらず、穏やかじゃないわね…」
カミラは表情一つ動かさなかった。だが、その内側では鋭い驚愕が走っていた。
自分では、完璧に気配を殺し、正体を伏せているつもりだった。鍵束は上着の内ポケットに収め、ナイフは背中側のベルトに差し、上着の裾で隠してある。唯一、指先の切れた手袋だけは出ていたが、それだけを根拠に「盗賊」と断じるのは、並の観察眼ではない。
「……どこを見て、そう思ったの?」
「目つきと、座り方」
マナは迷いなく答えた。
「入り口から一番遠い隅の席に腰を下ろして、ずっと部屋全体を見ていたから」
カミラは、わずかに言葉を飲み込んだ。
「……よく見てたのね」
「見ればわかるわ」
マナはあっさりと言ってのけた。その目は、獲物を値踏みするような厭らしさではなく、ただ事実を確認するような、淡々とした眼差しだった。さらに、追撃するように言葉を継ぐ。
「これまで何度か街であなたを見かけていたから。こうして近くで話してみて、確信したの」
カミラは静止したまま、石のように表情を固めていた。
が、冷たい汗が背筋を伝う。
何度も見られていた。それも、裏の稼業を見抜かれた状態でだ。迂闊だった、とカミラは己の未熟を呪った。こんな年若い娘に、いとも容易く本性を見透かされていたとは。そして何より、同じ酒場に何度も顔を出すという、盗賊としてあるまじき「習慣」を読まれていたことが、何よりも屈辱であり、恐怖だった。
ただ、この子が衛兵の回し者であるとも思えなかった。
カミラは椅子の背もたれに体を預け、強く腕を組んだ。
「私は南欧――遠い異国から流れてここまで来た。アリアハンに義理はないし、世界を救う理由もない。あなたのお父上とも、何の縁もないわ」
マナは反論せず、黙ってカミラの話を聞いていた。
「なんで私が、魔王討伐なんかに付き合わないといけないの」
沈黙が落ちた。酒場の喧騒だけが、二人の間の隙間を埋めていく。
マナはしばらく考えるような仕草を見せ、それから、ごく真剣な表情をカミラに向けた。
「……わからない」
「は?」
「なんで、って言われたら、わからない。あなたには付き合う義務はないし」
カミラは拍子抜けして、思わず身体の力を抜いた。
「じゃあ――」
「でも」
マナは言葉を継いだ。
「私はあなたに来てほしいと思ってる」
予想外な答えに、カミラは毒気を抜かれた気がした。
「――それで、なんで私なの?」
もう一度、カミラは同じ質問をした。
マナは少し考える素振りを見せてから、静かに口を開いた。
「私には、できないことだから」
「できないこと?」
「盗賊として生きること」
マナの瞳は、どこまでも澄んでいた。
「私には無理だと思う。隠れて、騙して、奪って……そうやって死線を潜り抜けてきた人は、私とは全然生き方が違う。所作も違う。さっきあなたがこの酒場のすべてを観察していた、あの目。私には、ああいう目はできないの」
「……私の稼業を馬鹿にしてるの?」
カミラの声に、わずかに棘が混じる。
マナはふたたび首を傾けた。
「してない」
間髪入れぬ返答だった。言い訳でも、取り繕った謝罪でもない。ただ、事実を事実として差し出しただけ。
カミラはマナの瞳をじっと覗き込んだ。そこには蔑みの色も、軽蔑の影も、どこにもなかった。嘘をついている様子もない。
この娘は、本気で、心からそう思っているのだ。
「もし、私には到底生きられないような絶望的な状況になったとしても、あなたなら、きっと生きていける。きっと帰ってこれる。父とは違ってね…」 マナは一瞬、視線を宙に漂わせて続けた。
「そういう人が、この旅にはどうしても必要だと思ったから」
カミラは返す言葉を失った。
馬鹿にされたわけではない。安っぽい同情を向けられたわけでもない。
ただ、自分がこれまで泥水を啜りながら生き抜いてきた「時間」そのものを、飾らない言葉で肯定された。ただ、それだけだった。それだけのことなのに、カミラは喉の奥が詰まったような感覚に陥り、視線を逸らした。
手元のビールを一口、喉に流し込む。
ひどくぬるかった。
「……正気とも思えない旅ね」
ようやく絞り出したカミラの言葉に、マナは屈託なくにっと笑った。
「よく言われる」
「……なんでそんな旅に出ようと思うの?」
嫌味のつもりだった。そんな無謀な話に誰が乗るのか、正気なのか。そういう響きを滲ませたつもりだ。
しかしマナは、責められたとも思わなかったようで、ふっと視線を斜め上へと泳がせた。その瞬間、店内の怒鳴り声や食器の触れ合う騒音が、カミラの耳から遠のいた気がした。
「父が行ったから」
静かな声だった。
カミラは、次に繋げるべき否定の言葉を失った。
「私が生まれてすぐ、旅立ったの。魔王を倒しに。そのまま……戦いの最中に火山に落ちて死んだって」
「……」
「会ったことも、ない。顔も知らない。声も知らない」
マナはそこで一度言葉を切ると、ふたたびカミラに顔を向けた。それは無理に作った笑顔ではなく、ごく自然に、いつもの「のんき」な彼女に戻ったような顔だ。
「でも、行かなきゃと思った。なんでかはうまく言えないけど」
カミラは黙って、マナの瞳を見つめた。
会ったことも、ない。
その言葉が、胸の奥の、自分でも忘れていた場所に刺さった。
自分には関係のない話だ。そう言い聞かせたはずなのに、カミラの脳裏には、一度も見たことのない自分の父親の輪郭がかすかに浮かんでいた。
自分も父を知らない。母は何も話さなかったし、カミラも聞かなかった。
いや。
カミラは頭を振って、余計な感傷を振り払った。今それを考える必要はない。
「……条件がある」
自分でも唐突だとは思ったが、他にこの沈黙を破る言葉が見つからなかった。
マナが、不思議そうに目を瞬かせる。
「条件?」