ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜   作:ミサ2

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【勇者】マナ
【盗賊】カミラ
【商人】ダリア
【武闘家】メイリン


【第20話】鍵を持つ者として

 塔の外に出ると、カミラは眩しさに目を細めた。

 西日に照らされた海がやけに光っていて、長く暗いところにいたせいで少し目がチカチカする。岬の洞窟を抜けてきた時はそれどころじゃなかったけれど、こうして見るとこの島も、案外悪くない景色をしていた。

 腕に残っている魔物の返り血の感触や、あの老人の妙に含みのある話を、潮風がまとめて洗い流していくような気がした。

 

「ねえ、これからどうする? キメラの翼を使えば、すぐアリアハンだけど」

 メイリンが腰の袋へ手を伸ばしかけたところで、カミラは軽く手を上げた。

「……ねえ、少し休んでいかない? 今アリアハンへ戻ったら、またすぐ騒がしくなりそうだし」

 三人がこちらを見る。

 カミラは肩をすくめて続けた。

「それに、あそこのスープも悪くなかったしね」

 マナも小さく顔を上げる。

「うん……私も、ちょっと落ち着きたいかも」

「賛成。あそこの食事は悪くなかったわ」

 ダリアも荷物を背負い直した。

 四人は再び、地下の宿屋へ続く階段を下りていった。

 

 扉を開けると、例の香草が混じった煮込みの匂いが流れてくる。その匂いを吸い込みながら、カミラはようやく少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。

「おや……無事にお戻りですな。おつかれさま」

 カウンターの奥で顔を上げた初老の主人は、驚く風でもなく、ただ当然のようにそこにいた。

「はい、おかげで、なんとかね。

あの……夕食だけでも食べて帰ろうかと思って。泊まりじゃなくても、大丈夫?」

「ああ、もちろんですとも。

ちょうどスープが仕上がったところでしてな。客室で休んでいてくだされ。あの四人部屋は、今日も空いておりますよ」

 昨夜泊まった客室へ通された。

「……ん、おや、お嬢さん、ついにお目覚めのようですな」とマナへ目を留めて言う宿の主人。

「えっ!?」

「それって、ホイミのことなんじゃないの?」とダリアが言う。

 

 客室へ入ると、カミラは木の椅子へ深く腰を下ろした。

 外の眩しすぎる景色も、塔の中で手に入れた鍵の重みも、今はまだ胸の奥でうまく整理できそうになかった。

 やがて運ばれてきた器から、白い湯気が立ち上る。

 香草と肉の匂いが、じんわりと冷えた身体へ染み込んでくるのを感じながら、カミラはようやく、張り詰めていた奥歯の力を抜くことができた。

 

「……生き返るわね、これ」

 ダリアが匙を揺らしながら、満足そうに息を吐く。

「ほんとほんと。なんか塔の中、ずっと空気重かったし」

 メイリンも湯気越しに肩を回し、ようやく顔をほころばせた。

 マナは両手で器を包み込みながら、小さく「おいしい……」と呟く。

 その声を聞いて、カミラも笑いが出てきた。

 

「ねえ、今日もう帰るのやめない?」

 メイリンが椅子へ背中を預けながら言う。

「さすがに疲れたわ。あたし、なんか急にお風呂入りたくなってきた」

「風呂じゃなくてシャワーね」

 ダリアが即座に突っ込む。

「こんな地下宿に立派な浴場なんかあるわけないでしょ」

「細かいなあ、もう」

 そんなやり取りに、マナもようやく声を漏らして笑った。

 さっきまで地下室で見せていた張りつめた表情が、少しだけ和らいでいる。

「まあ、急いで戻る理由もないしね」

 カミラはスープを口へ運びながら言った。

「今日はここで泊まって、明日の朝アリアハンへ戻る?」

「賛成」

 ダリアが即答する。

「もう今日は動きたくないわ〜」

 その言葉に、四人の間へ小さな笑いが広がった。

 

 ひとしきり食事が進み、卓上の湯気も少し落ち着いてきた頃だった。

 木のスプーンが皿に当たる音が、静かになった客室に妙に明瞭に響いている。

 

 ふと見ると、マナが手元の袋――『とうぞくのかぎ』が収められている辺りを、どこか所在なげに見つめていた。その視線に気づいたのか、メイリンが口を開いた。

「マナ、鍵のこと、やっぱり気になるの?」

 マナはスプーンを置き、少しだけ肩を落とした。

「……うん。そうね、やっぱり人がかけた鍵を勝手に開けちゃっていいのか、ってのは気になるわ」

「まぁね。だけどね、マナ。さっきの塔の上のおじいさんも言ってたじゃない。この鍵をマナが取りに来るのを待っていたって」

 メイリンが、天井の先にある塔の上層を指差すようにして言った。ダリアもそれに頷き、壁に立てかけられたマナの剣と盾に目をやる。

「あんたのお父上、オルテガ様だって、こうやって旅の途中にある扉を開けて、先へ進んでいったんでしょう?」

「そうなんだけども……。勇者だから、魔王を倒すためだからって、何をしてもいいってことにはならないと思うの」

 マナの言葉は静かだったが、そこには譲れない一線があるようだった。

 

 ダリアは組んだ腕を解き、卓に肘をつく。

「ねえ、マナ。道具って、それを使う者次第だと思わない? その剣も、このナイフも……火だって魔法だって、格闘術も、キメラの翼でさえ、なんだって悪用はできるのよ。私は武器商人だから常々思うんだけど、結局、それをどう使うかが大切なんじゃないかしら」

 マナは黙ってダリアの言葉を聞いていたが、やがて、隣に座っているカミラへ視線を向けた。

「……でもさ」

 その声に、カミラは不意を突かれて目を瞬かせた。

「カミラでも、この鍵を悪いことに使いたくなることってあるのかな?」

 一瞬、言葉を詰まらせた。

 盗賊として生きてきた過去を思えば、いくらでも適当な嘘で取り繕うことはできた。けれど、今のマナを前にして、そんな安っぽい嘘を口にする気にはなれなかった。

「……魔が刺すことは、誰にでもあるんじゃないかしら」

 カミラは自嘲気味に、けれど隠さずに言った。その隣で、マナもポツリと呟く。

「私だって、変なこと考えちゃう時あると思う。心が弱ってる時とか」

「え、マナでも?」

 メイリンが驚いた声を上げると、マナは苦笑いして返した。

「それは、そうよ。意外?」

「意外ねぇ!」

「だから少し怖いの。この鍵を持ってるのが」

 マナの切実な不安の告白に、誰も口を挟めなくなる。

 そんな沈黙が流れる中、ダリアがパン、と膝を叩いた。

「じゃあさ、もしもよ! マナでもカミラでも、この鍵を悪用しそうになった時は、私が全力で止めてあげる」

 力強いダリアの宣言に、カミラは思わず聞き返した。

「……本気?」

「もちろん。私たち商人に言わせれば、盗賊の鍵なんて危険物よ。それを盗賊のあんた一人に任せるなんて、それは信任じゃなくて放任だわ」

 さらに続けた。

「だから、もし私が欲に目が眩んでこの鍵を悪いことに使いそうになった時は、みんなが止めて。全力で」

 メイリンが小さく肩をすくめる。

「妙な約束ね、それ。でも、嫌いじゃないわ」

 そう言ったあと、メイリンは少しだけ真面目な顔になった。

「まあ、誰だって弱る時はあるものね」

 その言葉に、マナは小さく頷いた。

「うん……。一人だと、変な方向に行っちゃう時あるし。誰かがちゃんと見てくれて、止めてくれるって思えるのは、少し安心する」

 マナはかすかに笑った。

 その笑顔を、カミラはどこか眩しいような心地で見つめていた。

 

 今まで「誰かに止めてもらう」なんて発想は、これっぽっちも持ったことがなかった。盗賊として生きるなら、自分のケツは自分で拭くしかない。ずっと、そう思って生きてきたから。

 だが今は違う。もし自分が踏み外しそうになっても、全力で止めてくれる人間がいる。

 それはカミラにとって、ひどく落ち着かない感覚で――同時に、少しだけ温かかった。

 

「……でも、私はどうしよう。止められるのかな……」

 メイリンがぽつりと聞いた。

「私は、そういうの、ちょっと苦手かも。誰が悪いこと考えてるかなんて、わからないし」

「ううん。メイリンは、変だと思った時に『変』って言ってくれたらいいの」

 マナの答えに、メイリンは少しだけ考えてから頷いた。

「……わかった。それならたぶん、できる」

 

「じゃあ、先にシャワー使うわよ」

 ダリアが席を立つ。

「えっ、ずるい! あたしも早く入りたい!」

 客室に笑い声が広がった。

 

 カミラは、冷めかけたスープを最後の一口まで飲み干した。

 

 鍵の重みは消えない。けれど今は、それを一人で抱えているわけではなかった。

 もし踏み外しそうになったら、止めてくれる人間がいる。自分もまた、誰かを止める側に回るのだろう。この四人で分け合った「約束」が、鍵を持つための確かな拠り所になってくれる。

 そう思うと、カミラはようやく人心地つくことができた。




【作者コメント】
ドラクエの『倫理』って、気になりませんか。
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