ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜 作:ミサ2
【盗賊】カミラ
【商人】ダリア
【武闘家】メイリン
翌朝には、身体の重さもほとんど消えていた。温かい食事とシャワー、柔らかなベッドのおかげだろう。マナのホイミとダリアの薬草も、しっかり効いたに違いない。
宿屋の主人は四人を地下の出入り口まで見送ってくれた。
地下特有の湿った空気の中で、主人は相変わらず穏やかな顔をしている。
「では、ご達者で。良き旅を」
「お世話になりました」
マナが頭を下げる。その横で、メイリンは腰の袋へ手を伸ばしかけていた。
「じゃあ、帰ろっか」
キメラの翼を取り出そうとしたところで、主人がふと思い出したように口を開く。
「そういえば、その『とうぞくのかぎ』があるなら、この地下道を通って、アリアハン城の地下まで直接戻ることもできますよ。キメラの翼を使わなくても」
主人は、薄暗い通路の奥を指差した。冷たい闇が、その先で静かに口を開けている。
「えっ、そうなの?」
マナが目を丸くする。
「行ってみる?」
その言葉に反応したのはメイリンだった。
「地下道か……。こういう場所でしか戦えない魔物とか、いそうよね」
拳を軽く握りながら、目を細める。
「ちょっと気にはなるなぁ」
ダリアも通路の奥へ視線を向けた。
「古い地下道なら、昔は避難路や交易路だった可能性もあるわね。物資庫くらい残ってても不思議じゃないわ」
そう言ってから、小さく肩をすくめる。
「それに、新たな装備も揃えたいよねー。掘り出し物が一つでもあれば儲けもの……」
二人の様子を見ながら、カミラは小さく息を吐いた。
(……ほんと、この二人は)
だが今回は、軽く流す気にはなれなかった。カミラは暗い通路の先へ目を向けたまま、はっきりと言う。
「私は反対」 三人の視線が集まる。
「地下道へ入ったら、キメラの翼は使えない。もし奥で強敵に出会っても、逃げ場はないわ」
湿った空気が、妙に重く感じられた。
「一昨日の洞窟だって、かなり危なかったのよ。補給もなしに、本当に続いてるかわからない地下道へ入るなんて、自殺行為に近いわ」
メイリンも、さすがに言い返さなかった。一昨日、自分たちがどれだけ神経を張り詰めて洞窟を進んでいたか、忘れてはいないのだろう。
ダリアが肩をすくめる。
「まあ、カミラの言うことは正しいわね」
それでも、商人らしく未練がましい視線だけは地下道へ残している。
最後に、三人の視線はマナへ向いた。自然と、この場の判断が彼女へ委ねられていた。
マナは暗闇をじっと見つめたまま、小さく息を吐く。
「……お父さんも、この地下道を通って旅をしてたのかな」
その呟きに、カミラはわずかに身構えた。
オルテガの足跡を追いたい。
その気持ちが、マナの中にあることくらい分かっている。
だが、マナはやがて小さく笑って首を振った。「ううん。やっぱり、やめとく」
「え?」 メイリンが声を漏らす。
「お父さんはお父さんだし、私は私だもんね」
そう言って、マナはメイリンのほうを見た。
「それに……今はちょっと楽に帰りたいな。早くお母さんの顔も見たいし」
その言葉を聞いて、カミラは胸の奥で静かに力を抜いた。もしここでマナが「行く」と言えば、自分は止め切れなかったかもしれない。
だからこそ、少し救われた気がした。
「決まりね。じゃあ、地上へ出ましょう」
カミラは先頭に立ち、階段を上り始める。背後では、メイリンがまだ少しだけ未練ありげに地下道を振り返っていた。カミラは小さく息を吐き、地上へ続く階段を見上げる。
生きて帰る。
今は、それを大切にしたかった。
ーーーーー
塔の外へ出ると、朝の光が眩しかった。
「じゃ、帰ろう」
メイリンが腰の袋からキメラの翼を取り出し、投げ上げる。白い羽根が頭上で大きく羽ばたき、次の瞬間、視界が白く染まった。
浮遊感が収まると、カミラの足はすでにアリアハン城下の見慣れた石畳を踏みしめていた。
潮風の匂いは消え、代わりに人の声と馬車の音が押し寄せてくる。一気に活気ある街の喧騒へ引き戻された。
「これからどうするの?」
荷物を背負い直しながらカミラが尋ねると、マナが少し申し訳なさそうに笑った。
「ちょっと寄りたい所があるんだけどね。その前に、実家に顔出してもいい?」
「お母上に会うんでしょ? もちろんいいわよ」
ダリアが鷹揚に頷き、四人はまずマナの実家へ向かった。
数日前に泊まったことがあるメイリンは慣れた様子で敷居を跨いだ。
マナは出迎えてくれた母親へ旅の無事を報告した。
「母さん、こちらはカミラ。それから、ダリアよ」
紹介され、カミラは少し居心地悪そうに頭を下げた。裏街道を生きてきた自分が、勇者の母親とまともに挨拶を交わす日が来るなど、少し前なら想像もしなかった。だが、母親はそんなカミラにも穏やかに微笑み、「どうぞ、仲良くしてあげてくださいね」と柔らかな声を返してくる。
その笑顔に妙な落ち着かなさを覚えながら、四人は早々に実家をあとにした。
次にマナが向かったのは、城下でも比較的裕福な家々が並ぶ一角だった。
そこそこ立派な一軒家の門をくぐり、声をかけると、奥から五十代ほどの品の良い男が現れる。
「おや、マナさん。お久しぶりです」
「おはようございます、メダルおじさん」 その呼び名に、カミラは思わず眉を動かした。
「今日はどうしました?」
「少し集まったから、持ってきましたよ」
その瞬間、男の目の色が変わった。
「おお……! 本当ですか!」
男は四人を慌ただしく応接室へ通した。手入れの行き届いた室内には、奇妙なほど几帳面な空気が漂っている。男は奥から、黒いフェルトを敷いた木製のトレーを恭しく抱えて戻ってきた。
「さあ、ぜひ」
マナが懐の袋へ手を入れると、カラカラ、と乾いた音が鳴る。マナは、取り出した小さなガラス片のようなものをひとつずつトレーへ並べていった。
カミラは目を細める。
紋章らしき刻印はあるものの、形も大きさも不揃いで、お世辞にも高価な宝石には見えない。
「す、素晴らしい……!」
男は顔を近づけ、まるで秘宝でも前にしたかのように声を震わせた。その熱狂ぶりに、カミラは思わず少し引いた目でマナを見る。
だが当の本人は、「そう?」と他人事のように首を傾げている。
「では、お約束の品を」
男が奥から持ってきたのは、鋭い棘の並んだ革製の鞭だった。いかにも扱いづらそうだが、作りは妙に精巧で、縫製も丁寧である。ただの安物には見えなかった。マナはそれを両手で受け取った。カミラは納得できず、隣のダリアへ小声で耳打ちする。
「……ねえ。マナって、あんなのいつ集めてたの?」
「そういえば、ときどき拾っては懐へ放り込んでたわね」
「そんなに価値ある物なの?」
「まさか」
ダリアはトレーの上を一瞥し、小さく首を振った。
「では、また集まりましたらぜひお持ちください」
「はい。また見つけたら持ってきますね」
男に見送られ、四人は邸宅をあとにした。
通りへ出た途端、カミラはたまらずマナの前へ回り込む。
「マナ、今の何だったの?」
「メダルおじさん?」 マナは不思議そうに瞬きをした。
「なんかね、ああいうの集めるの好きなんだって。それで、まとめて持っていくと珍しい物と交換してくれるの」
そう言って、今手に入れたばかりの鞭を差し出してくる。
「はい、カミラ。これ、あなたに」
「えっ、私に?」
受け取った鞭は、見た目以上にしっくり手へ馴染んだ。
「へえ、それかなり良い武器じゃない?」 メイリンが感心したように覗き込む。
カミラは半信半疑のまま、鞭の棘へ指先でそっと触れた。ちくり、と小さな痛みが走る。確かに、作りは本物だった。
カミラは隣を歩くダリアへ顔を向ける。
「ねえダリア。あれって、本当に価値の無いものなの?」
ダリアは肩をすくめた。
「私の目から見れば、ただのガラクタね。売り物になるような代物じゃないわ。子どものおもちゃにもならないんじゃない?」
そう言いながらも、どこか感心したように続ける。
「でも、ああいう“価値の無い物”を集めたがる人間は、稀にいるのよ。酔狂な取引ね、まったく……」
あきれ半分、感心半分。そんな顔で、ダリアは屋敷を振り返った。
誰かにとってはガラクタが、別の誰かにとっては、これほど目を輝かせる宝物になる。
世の中は、思っていたよりずっと、人それぞれの理屈で動いているらしい。
カミラは小さく頭を振り、鞭を腰のベルトへ引っ掛けた。
前を歩く三人の背中が、午前の石畳の向こうへ離れていく。
カミラは少しだけ歩調を早め、そのあとに続いた。
【作者コメント】
ドラクエの『ちいさなメダル』をどう表現しようかと思案しました。(笑)