ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜 作:ミサ2
【盗賊】カミラ
【商人】ダリア
【武闘家】メイリン
マナたち一行は、アリアハンを立つと、レーベの村で魔法の玉を受け取り、小さな祠から誘いの洞窟へ足を踏み入れた。
洞窟内で、何度か魔物を退けながら進むと、やがて洞窟最奥に、奇妙な光景が現れる。
カミラは思わず足を止めた。
広い空洞の中央。
床一面へ刻まれた巨大な紋様が、青白く淡い光を放っている。
光は静かに揺れ、中心部はゆっくりと渦を巻いていた。
まるで水面のようにも、
呼吸する生き物のようにも見える。
「……これが、旅の扉」
マナが小さく呟く。
近づくだけで、足元が妙に落ち着かない。空気そのものが揺れているようだった。
「これに入れば、海の向こうまで行けるってことね」 マナが振り返る。
「みんな、準備はいい?」
メイリンは口元を吊り上げ、
ダリアは黙って荷物を背負い直した。
カミラは最後に一度だけ、背後の暗い洞窟を振り返る。アリアハンから続いていた道は、ここで途切れていた。
「ええ。いつでも」
マナが最初に光の渦の中へ踏み込む。
一瞬で、その姿が白い光へ飲み込まれた。
「うわ、本当に消えた……」
ダリアが半ば呆れたように呟き、
続いてメイリンも迷いなく飛び込んでいく。
カミラは小さく息を吐いた。
そして、自分も渦の中へ足を踏み入れる。
刹那。
世界が左右にぐにゃりと歪んだ。
床も壁も、光の紋様も、白い糸のように引き伸ばされて流れていく。
身体が浮いたわけではない。けれど、足元の感覚だけがすっと消えた。
次の一歩を踏み出したつもりだった。
白い歪みがほどけた時、カミラの足は硬い石床を踏みしめていた。
めまいに似た感覚をやり過ごしながら辺りを見回すと、そこはひっそりとした、石造りの小さな部屋だった。
「みんな、いるわね?」
すぐにマナが全員の姿を確認する。カミラは小さく頷き、衣服についた埃を払った。
「うん……ここは?」
「ここも旅の扉ね。とにかく出てみましょう」
マナに続いて部屋の隅にある鉄の扉を開けると、上へと続く階段が伸びていた。
薄暗い階段を上りきった途端、眩しい初夏の陽光が目に飛び込んでくる。四人が這い出たのは、青々と茂る林の中だった。
「地下だったんだ……」
メイリンが目を細めて木々の隙間を仰ぎ見る。ダリアは周囲の空気を吸い込みながら呟いた。
「ここは、どこなの? 空気の匂いが違うわ。もうアリアハン領内ではないよね?」
「まったくわかんないわ」
マナも流石に勝手がわからないようで、とにかく林を抜けて歩き始めた。
木立を抜けると、なだらかな丘の向こうに、大きな城壁とそれに守られた賑やかな城下町が見えてきた。アリアハンよりもさらに規模の大きそうなその街並みを見て、マナが声を弾ませる。
「行ってみましょう」
三人が歩き出す中、カミラはその景色が近づくにつれて、地面に足が張り付いたように動けなくなった。見覚えのある城壁の形、独特な屋根の並び。
「……えっ……!?」
思わず声が漏れていた。三人が足を止めてカミラを振り返る。
「……ここって……ロマリア??」
「カミラ、知ってるの?」
マナが不思議そうに目を丸くした。カミラは喉の奥につかえていた息を吐き出すようにして、小さく頷いた。
「……うん……私の生まれ故郷の近く」
「え! そうなんだ〜。カミラはこの辺りの生まれなのね」
メイリンが顔をほころばせると、ダリアが現実的な疑問を口にする。
「じゃあ、ご実家があったりするの? 少し寄っていく?」
「いえ……私、ロマの民なのよ」
「ロマ?」
「そう。馬車で移動しながら暮らす一族。だから、“実家”ってのはないの」
「へぇ〜! じゃあ、馬車がおうちのような?」
マナの素朴な問いに、カミラは少しだけ視線を落とした。
「そんな感じね。物心ついた時には、もう馬車で移動するような生活だったから」
「カミラのママは、今も移動生活を?」
メイリンが悪気のない顔で尋ねてきたので、カミラは自嘲気味な笑みを浮かべて返した。
「母親はもう死んだわ。私が十三歳の頃にね」
「……そうなのね」
急にしんみりとした空気が流れそうになり、カミラはわざと軽い調子で付け足した。
「うん、お酒とタバコと博打、みたいな人だったからねぇ。医者に見せる習慣なんてないし」
「そっか……」
マナはそれ以上何も尋ねず、ただカミラの言葉を静かに聞いていた。
ロマの一団を離れて、もう何年にもなる。今さら誰がどこにいるのかも分からないし、知りたいとも思わなかった。
ダリアが話題を戻すようにして言う。
「それで、ロマリアにも来てたのね?」
「……そうね、子どもの頃にしばらくいたわ。四年くらい前にも少しいたかな……」
ロマリアの全景を見つめていると、当時の記憶がカミラの脳裏に嫌でも蘇ってきた。
四年前にも、この街に少しいた。
その頃のカミラは、もうロマのコミュニティーをとうに離れ、盗賊を生業として生きていた。
三ヶ月ほど滞在し、いくつかの『仕事』をこなし、足がつく前にまた他所へ流れた。
まさか、勇者の仲間として、正面の城門から堂々とこの街へ戻ってくることになるなんて。あの頃のカミラであれば、鼻で笑って一蹴していただろう。
カミラは腰のナイフとトゲの鞭の感触を確かめ、落ち着かない気持ちを誤魔化すように、前を歩く三人の背中を追いかけた。
ーーーー
遠くに見えていたロマリアの城下町が、いよいよはっきり見える距離まで近づいた頃だった。
「ん! 来るよっ!」
先頭を歩いていたメイリンが鋭く叫び、身構える。
直後、足元へ不穏な振動が伝わった。街道の土を撥ね飛ばしながら、巨大な芋虫のような魔物が這い出してくる。丸々と太ったキャタピラーが二匹、うねりながらこちらへ突進してきた。
カミラは間髪入れず、腰のトゲの鞭を抜き放つ。
鞭が空気を裂き、鋭い破裂音が響いた。
二匹まとめて捉える。
確かな手応え。
だが、止まらない。
「えっ――」
肉を深く裂かれながらも、キャタピラーは勢いを殺さず突っ込んできた。
メイリンの拳と、マナの剣が同時に叩き込まれる。
ぶよぶよした巨体が大きく歪み、ようやく突進が止まった。
――硬い。
しかも重い。
アリアハン周辺の魔物なら、初手の迎撃で動きが止まったはずだった。
だが、キャタピラーは激しくのたうつと、直後にはもう反撃へ転じてくる。
巨体を大きくうねらせ、そのまま猛烈な体当たりを叩き込んだ。
「くっ……!」
「いったっ!!」
鈍い衝撃音。
マナとメイリンの身体が後ろへ弾かれる。
二人の顔が苦痛に歪んだ。
重い。
これまで戦ってきたオオガラスやオオアリクイとは、まるで違う。
そこへダリアが素早く回り込み、大型ナイフを突き立てようとした。
だが、その瞬間。
キャタピラーの皮膚が鈍く光る。
ぶよぶよとしていた表面が、見る間に張りを帯びていった。
(スクルト……!?)
カミラは息を呑んだ。
守りを固める呪文。
直後、ダリアの追撃が浅く滑る。
刃は通った。だが、明らかに手応えが違う。
「ちょっと、嘘でしょ……!」
ダリアが顔をしかめる。
それなのに、相手の攻撃の重さはまるで変わらない。
堅く、しぶとく、何より一撃が重い。
「はああッ!」
メイリンが気迫の蹴りで押し込み、カミラも左手のナイフを滑り込ませる。
硬化した皮膚の隙間。
柔らかい部分だけを狙って突き刺す。
マナとダリアも続いた。
四人で波状攻撃を浴びせ続け、ようやくキャタピラーの巨体が地面へ崩れ落ちる。
泥のような緑色の体液が、街道へべたりと広がった。
勝った。
だが、全員が浅くない傷を負っていた。
カミラは荒い息を吐き、額の汗を拭う。
「つ、強くない? アリアハンの周りとは全然違う……」
メイリンが打たれた肩を押さえながら呟く。ダリアもナイフの汚れを拭い、苦々しく頷いた。
「そうね。堅さもしぶとさも、一段上だわ」
カミラはロマリア城門へ視線を向けた。
海の向こうへ来たのだ。
その実感が、打たれた腕の痛みと一緒に、じわじわと身体へ染み込んでくる。
「みんな、ちょっと待って。ホイミするね」
マナの声と同時に、温かな光が身体を撫でる。
ズキズキと疼いていた痛みが、嘘みたいに引いていった。