ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜 作:ミサ2
【盗賊】カミラ
【商人】ダリア
【武闘家】メイリン
その夜。
宿屋の部屋が静かになっても、カミラはなかなか寝付けなかった。
窓の外では、まだロマリアの街の喧騒が遠く続いている。酒場帰りらしい笑い声。馬車の車輪の音。どこかで鳴る楽器の音色。
アリアハンよりずっと大きな街だった。
カミラはベッドへ仰向けになったまま、小さく息を吐く。
部屋の反対側では、マナたちもまだ眠っていないらしかった。誰も喋らないが、寝返りを打つ気配だけが時折聞こえる。
カンダタ。
その名前が、ずっと頭から離れなかった。
盗賊団。
十人、二十人。
傭兵崩れ。
シャンパーニの塔。
そういう連中が拠点にする場所なんて、ろくなものではない。
見張り。
逃げ道。
挟み撃ち。
夜襲。
頭の中へ、嫌な想像ばかり浮かんでくる。
(……最悪だわ)
カミラは片腕で目を覆った。
魔物相手なら、まだ単純なのだ。
襲ってくる。
倒す。
生き残る。
だが、人間は違う。
逃げるふりをして誘い込むこともある。
騙してくることもある。
降参し油断を引き出してから刺すことだってある。
そして――女を捕まえた後、どう扱うかも。
カミラはゆっくり目を閉じた。
昔、南の街道沿いで見た馬車を思い出す。
焼かれた荷台。
転がっていた死体。
泣いていた女。
あれをやったのがカンダタ一味だったかどうかまでは知らない。けれど、盗賊団なんて大抵は似たようなものだ。
「……」
寝返りを打つ。
こんな話、本当はマナたちへ全部説明したくはなかった。
特にマナ。
あの真っ直ぐな目が、少し曇るのを見るのは、妙に気分が悪かった。だが、それでも言わずにはいられなかった。
自分たちは、もうアリアハンの外にいる。キャタピラーとの戦いだけでも、それは嫌というほど分かった。
この先は、
もっと強い魔物がいる。
もっと狡い人間がいる。
もっと酷いことだって起こる。
それが、海の向こうの世界なのだ。
ふと、隣のベッドを見る。
マナは天井を見上げたまま、まだ起きていた。薄暗い部屋の中で、その横顔だけがぼんやり見える。
たぶん、考えているのだろう。
行くか。
行かないか。
カミラは小さく息を吐いた。
(……あんた、本当に行く気なんでしょうね)
その時だった。
「……カミラ?」
暗がりの向こうから、小さな声がした。
マナだった。
「なによ」
「まだ起きてたんだ」
「そっちこそ」
少し沈黙が落ちる。
やがてマナが、ぽつりと言った。
「……怖いよね」
カミラは答えなかった。
だが、その沈黙だけで十分だったのかもしれない。
マナも、それ以上は聞いてこなかった。
部屋の外では、遠くでまた誰かの笑い声が響いていた。
ーーーーー
翌朝。
宿屋の窓から差し込む陽光で、カミラはゆっくり目を覚ました。
外の通りからは、もう馬車の音や人々の話し声が聞こえてきていた。
身体を起こすと、マナはすでに起きていた。窓際へ立ち、朝の街を静かに見下ろしている。メイリンとダリアも、まだ眠そうだったが、起き上がってこちらを見ていた。
「おはよう」
誰ともなく挨拶の声をかけたが、昨夜の話の空気が、まだ部屋の中へ残っている。
洗面をしたりして朝の身支度を始めた頃、マナが振り返った。
「……カンダタのことなんだけど」
その声には、昨夜より迷いが少なかった。
「私は、やっぱり行くべきだと思う」
カミラは黙って聞いていた。
「カミラの言ってたこと、たぶん全部正しいんだと思う。他国の問題だし、“悪い人を倒して終わり”っていう単純な話でもないんだよね」
カミラは目を細めた。一晩かけて、ちゃんと考えたのだろう。
「でも、それでも放っておけない。旅人が襲われてるって聞いて、知らないふりをして先へ進むのは嫌なの。たぶん、この先も、そういうことは何度もあると思うから」マナは真っ直ぐにこちらを見て言う。
メイリンが強く頷いた。「うん。私も行く」
ダリアは肩をすくめる。「私は昨日と同じ。危険だけど、受ける価値はあると思ってる」
そこでマナは、一瞬だけ言葉を止めた。
「……でも、カミラに無理強いすることはできない」
部屋が静まり返る。
「だけど……私は、一緒に来てほしいと思ってる」
三人とも、黙ってこちらを見ていた。
カミラはしばらく答えなかった。
やれやれ、と心の中でつぶやく。昨夜の時点で、もう分かっていた。この三人だけで行かせるのは危ない。メイリンは真正面から突っ込む。マナは人を信じすぎる。盗賊相手なら、なおさらだった。
「ほんと、危なっかしいわね……」 呆れたように言う。
「ちゃんと準備して、絶対に無茶しないなら」
カミラは指を一本立てた。
「まず情報集め。地形、人数、逃げ道。正面から突っ込むなんて論外。少しでも危ないと思ったら撤退。いい?」
「うん」
マナが素直に頷く。その返事を見て、カミラは小さく息を吐いた。
「……あんたたちだけで行かせられるわけないでしょ」
メイリンの顔が明るくなる。マナも、ほっとしたように肩の力を抜いた。
カミラはベッドから立ち上がり、腰のナイフへ手を添えた。
「盗賊のやり口なら、私が一番分かるしね」
ダリアが小さく笑った。
「頼もしいじゃない」
カミラは鼻を鳴らして他所を向いた。
ーーーーー
宿を出ると一番にロマリア城へ出向き、衛兵に取り次いでもらい、小広間に通されて大臣と会った。
マナは、まっすぐ大臣を見た。
「カンダタ討伐の件、承ります」
一瞬、大臣の表情が明るくなる。
「おお……!」 その声には、露骨な安堵が混じっていた。
「よくぞ決断してくださいました。ロマリア王も、さぞお喜びになりましょう」 大臣は深く頷く。
「王家の宝を奪われたままでは、国の威信にも関わります。どうか、お力をお貸しくだされ」
そう言うと、大臣は小袋を差し出した。
「これは支度金にございます。どうぞ、装備や旅支度へお使いくだされ」
「ありがとうございます。王様によろしくお伝えください」
城を辞去し、朝の光が差し込む石畳の通りへ出たところで、案の定ダリアが口を開く。
「しかし、王家の宝を取り戻す征伐隊への支度金が、たった百ゴールドとはねぇ。大国ロマリアにしては渋いわ」
カミラは呆れたように息を吐いた。
「……あんた、王家の支度金にまで文句言うのね」
だがダリアは気にも留めない。
「で、この百ゴールドからも10%手数料はもらっていいよね?」
カミラは思わず額を押さえた。
「……ほんと、ぶれないわね」
ーーーーー
ダリアは城を出たあと、まず冒険者ギルドへ向かうと言う。
「カンダタ相手に今の装備じゃ心許ないわ。薬草も補充したいし、投げナイフも買い足したい。だったら先に換金よ」
ダリアは当然みたいに言った。
「倒したモンスターの素材、結構たまってるでしょ。あれ、荷物になるだけだもの」
商売人らしい理屈だった。カミラにも異論はない。どうせシャンパーニの塔へ向かうなら、少しでも情報は欲しかった。ギルドなら、腕自慢も噂好きも集まる。カンダタについて何か聞ける可能性はある。幸い、ロマリアの冒険者ギルドの場所なら覚えていた。
四年前、この街にいた頃に何度か前を通ったことがある。当時のカミラにとって、ああいう場所は縁のない世界だった。昼間から堂々と剣を提げ、依頼書の前で騒いでいる連中を、路地の陰から眺める側だったのだ。
「こっち」 カミラが先頭に立ち、石畳の通りを抜けていく。
やがて見えてきた建物を見上げ、マナが小さく声を漏らした。
「大きい……」 アリアハンのギルドとは比べ物にならなかった。
二階まで吹き抜けになった広間には、朝だというのに大勢の冒険者がひしめいている。壁一面の掲示板には依頼書が何重にも貼られ、その前では怒鳴り声混じりの押し合いまで起きていた。
革鎧の軋む音。酒臭い笑い声。金貨の触れ合う硬い音。
湿った熱気の中へ踏み込んだ瞬間、鉄と汗と革の匂いが鼻を打つ。
ダリアは物怖じする様子もなく、そのまま受付へ向かった。
「換金お願い。あと、良い武器屋と道具屋、この辺りで流通してる投げナイフの相場も知りたいんだけど」 早速、職員相手に交渉を始めている。
カミラたちは少し離れた木椅子へ腰を下ろした。椅子は古く、座るたびにぎしりと鳴った。
待っている間、カミラはぼんやりと広間を眺める。斧を背負った大男。僧侶風の女。傷だらけの老兵。誰もが一癖ありそうだった。
その中で、一人の男がこちらへ歩いてくる。
「Ehi! お嬢さん方だけのパーティとは珍しいね」 軽い調子だった。
年齢は二十代後半くらいか。腰のロングソードは使い込まれているが、靴は新しい。旅慣れている割に、妙に身なりへ気を遣っている男だった。
カミラは椅子に座ったまま視線だけを上げた。
「そお?」
「ああ。しかも強そうだ」
「ありがと」
そっけなく返しても、男は気にした様子もなく笑っている。
「俺はダンテ。旅の剣士ってやつさ」
そう名乗ると、男は受付の方へ目を向けた。
「あのエキゾチックなお姉さんもお仲間?」
ダリアはまだ職員相手に何かまくしたてている。職員のほうが少し押され気味に見えた。
カミラは男へ視線を戻した。
「で、旅の剣士さんはナンパ目的? それとも別のご用件が?」
「手厳しいなぁ」 ダンテは肩をすくめる。
「まあ、美人なお姉さん方と朝のエスプレッソってのも悪くないけどさ。ロマリアは仕事が多い。剣一本でも食っていける」
広間を見渡すその目は、思ったより真面目だった。
「ただなぁ」
少し声を潜める。
「大口の依頼ってのは、四人以上じゃないと受けられなかったりする。俺、一人なんだよ」
「それで?」
「よかったら組まない?」
旅の剣士、か。
カミラは男を改めて観察した。防具はそこそこ。剣も安物じゃない。だが、紋章も従者もいない。どこかへ仕えている匂いがなかった。
こういう流れ者は、案外、街の兵士より生々しい情報を持っていることがある。
「あいにくね」
カミラは少し口元を歪めた。
「私たちも今、大きな依頼を抱えてるの」
「へぇ〜? どんな案件?」 案の定、ダンテは食いついた。
「この子が、王様から直接受けた依頼」
顎で示されたマナは、少しだけ目を瞬かせた。
ダンテは驚いたように目を丸くする。
「Pero〜! ロマリア王直々に!? やるじゃん!」
感心したようにマナを見たあと、彼はさらに声を落とした。
「……で、内容は?」
カミラは男の目を見たまま答える。
「カンダタの討伐」
その瞬間、ダンテの表情から軽薄さが消えた。
「オッディーオ……!」
息を呑み、本気で顔をこわばらせる。