ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜 作:ミサ2
【盗賊】カミラ
【商人】ダリア
【武闘家】メイリン
ようやく最後のぐんたいガニ一匹が動きを止めた頃には、全員が負傷し、まともに声も出せないほど息を切らしていた。
「……か、勝てた……」
カミラは短剣を支えに、その場にどさりと両膝をつく。
ダリアがすぐにメイリンの元へ駆け寄った。
どうやら麻痺も解け始めているらしい。
全員の警戒が、完全に緩んだその時だった。
「――はい、動くな!」
林の薄暗い奥から、低く濁った男の声が響く。
カミラが顔を上げるより早く、黒い影が走った。気づいた時には、一人の男がマナの背後へ音もなく回り込み、その細い首筋へギラリと光るナイフを突きつけていた。
さらに二人、別の茂みから現れた男たちが、カミラたちを囲うようにじりじりと距離を詰めてくる。
「ラリホー……」
マナを拘束した男が、低く呪文を呟いた。
(しまったっ!!)
マナは一瞬だけ両目を見開いたが、その瞼は強烈な睡魔に耐えられないようにして間もなく落ちた。マナの膝から、がくりと力が抜ける。
男は眠ったマナを器用に抱え込み、そのまま素早く後ろへ飛び退いた。
「はい、勝負ありね」
男の口元が、下卑た笑みに歪む。
「動くなよ。このお嬢ちゃんの顔がどうなってもいいなら別だけど?」
冷たいナイフの切っ先が、眠るマナの柔らかな頬へ軽く触れた。
「こういうのを漁夫の利って言うのかな」
ラリホー使いの男が、勝ち誇ったように喉を鳴らす。
「普通なら、持ち物全部置いて行け、って話なんだけどな」
男の視線が、地面へ膝をつくカミラたちの身体をねっとりと舐め回した。
「ほんとに……女ばっかりなんだな」
「動くな! 両膝は付いたまま! 立ち上がるんじゃねぇ!」
カミラに迫ってきた赤いバンダナを巻いた男が、早口にまくし立てた。
「武器を捨てろ! 早く!」
ダリアとメイリンを制する大柄の男が、山刀を突きつけ、怒声をかぶせた。
「早くしろ!!」
「その短剣もだ、姉ちゃん」
カミラは応じなかった。
すると、ラリホー男が眠ったマナの頬へさらにナイフを押し当てる。肌に、うっすらと赤い線が浮き出た。
「聞こえなかった?」
人質を取られている以上、従うしかない。カミラとダリアは両膝を付いたまま、手にしていた武器を地面へ落とした。
カミラは動かなかった。
――いや、動けなかった。
激闘を終えたばかりの脚の傷が、熱を持ってドクドクと脈打っている。長時間の連戦で、腕も鉛のように重い。メイリンは麻痺から戻ったばかりで、ダリアも肩で激しく息をしている。そして何より、マナを取られた。
眠らされた勇者の娘を、男は片腕で抱え込んだまま、首筋へぴったりとナイフを添えている。
距離はある。バンダナ男にも牽制されている。今飛び込んでも、絶対に間に合わない。
カミラは視線だけを周囲に走らせた。
敵は三人。
ラリホー使いの、灰色のフードを被った痩せ型の男が一人。マナを人質に取っている、おそらくリーダー格だ。
自分に迫るのは、赤いバンダナを頭に巻いた男。男にしては小柄だが、両手に短剣を持ち、まるで獲物を見つけた肉食獣のような前傾姿勢で威圧してくる。
もう一人は、禿頭の大柄な男。ダリアとメイリンに迫り、大きな山刀をかざしている。分厚い体には鎖帷子を着込んでいた。
そして、林道の左右を完全に押さえられている。逃げ道もない。自分たちは完全に狩られていた。
――だから言ったのに。
ギルドを見張られていても不思議じゃない、と。自分は警戒していた。それでも、このザマだ。カミラは奥歯を血が滲むほど噛み締める。盗賊のやり口なら、自分が一番よく知っているはずだったのに。
「へぇー」
ラリホー使いの灰色フードの男が、腕の中の顔を覗き込む。
「こうして見ると、かなり上玉じゃん」
「こっちの東洋娘もな」
禿頭の大柄の男が、麻痺から回復しきっていないメイリンを舐めるように見た。
ダリアが毅然と言う。
「……マナを放しなさい」
「おっと、動くなって」
ナイフの切っ先が、マナの首筋へピリッと軽く食い込む。
カミラの全身が恐怖で強張った。
「放すわけないだろ。こっちも命懸けなんだよ。変な真似されたら困るわけ」
灰色フードの男はニヤついたまま、マナの腰袋を乱暴に探り始めた。
「おっ、キメラの翼まで持ってる」
男が、マナの腰袋から翼を引っ張り出す。
カミラの背筋が冷える。
「やめ――」
言い終わる前に、男は薄笑いを浮かべたまま、その翼を地面へ叩きつけた。
乾いた音が響き、美しい羽根が無惨に折れる。
「逃げ道は先に潰しとかないとな」
男がそれを靴先で踏みにじった。
「逃げ道なんて残すと思うか? ハハ!」
赤いバンダナの男が、下品に同調して笑う。
「ほんと装備も悪くねぇな」
「ロマリア帰りか? 景気良さそうじゃん」
男たちの視線が、今度はカミラたち自身へ向いた。値踏みするような目。荷物だけじゃない、もっと別のものまで計算している目だ。
最悪だ――昨夜に宿屋で想定した最悪の事態が、こんな場所で起こってしまうなんて。
カミラは低く息を吐く。この手の男たちの思考は嫌というほど知っている。金になるものは何でも奪う。金、装備、そして――女もだ。
「装備外せ」
赤いバンダナの男が言う。
「金も全部だ。薬草も置け」
大柄の男が言った。
「逆らうなよ。別に殺したいわけじゃねぇんだから」
灰色フードの男が冷たく告げた。
禿頭の大柄な男の視線が、メイリンの動けない脚を眺める。
「……こいつ、まだ痺れてんな」
赤いバンダナの男が笑った。
「運ぶの楽そうじゃん」
「大人しくしてれば傷もつけない」
灰色フードの男が言う。
「顔は綺麗な方が高く売れるからな」
三人が、ねっとりとした下卑た笑いを漏らした。
「さあ、縛れ。姉ちゃんたちは動くなよ。この眠ってるお嬢ちゃんのお顔を無事にしたければな」
灰色フードの男が指示すると、禿頭の大柄な男が不敵な笑みを浮かべて縄を取り出し、ダリアへと迫る。
「待ちなさい」
ダリアが低く口を開いた。
「その子には手を出さないほうがいいわよ」
「……何が言いたい?」
灰色フードの男が目を細める。だが、マナの首筋へ添えられたナイフは微かにも下がらない。
ダリアはそれを見極めた上で、静かに続けた。
「まず確認だけど、あんたたち、カンダタの配下なんでしょ?」
三人の男が、一瞬だけ互いに視線を交わした。カミラはその不自然な小さな間を見逃さなかった。図星だ。
「……だったら何だ?」
「だったら話が早いわ」
ダリアは平然と肩をすくめてみせる。
「私たちは、そのカンダタに会いに行こうとしてるの」
男たちの空気が変わった。さっきまでの露骨に下卑た笑いが、少しだけ薄れる。
「ほぉ?……何しに?」
「カンダタを討伐しによ」
灰色フードの男は、今度は鼻で笑った。
「カンダタ様を? 退治するって?」
「そう、その子は勇者の娘なのよ」
「……勇者の娘?」
マナを拘束した男が、怪訝そうに眉をひそめた。
「そうよ」
ダリアはどこまでも平然と頷く。
「その子、伝説の勇者の娘」
三人の男が、再び視線を交わす。先ほどまでの軽薄だった空気が、明確に引き締まった。
だが、次の瞬間。
「だったら尚更じゃねぇか」
灰色フードの男が、ギラリとした目でニヤリと笑った。
「カンダタ様に差し出しゃ、大手柄だ」
カミラの背筋が凍りつく。やはりそう来るか、と最悪の展開を予想した。
しかし、ダリアは微塵も慌てなかった。
「ええ。だから言ってるの」
男たちが不審そうに眉を寄せる。
「“あんたたちが勝手に手を出す案件じゃない”ってね」
「……は?」
ダリアは冷ややかに鼻で笑った。
「あなたたちがカンダタに示したいのは、“勇者の娘を捕まえた”って成果でしょ?」
男たちの顔を、一人ずつ確実に見据えていく。
「なのに、あんたたちがここで勝手に傷モノにしたり殺したりしたら、その手柄どうなるの?」
重い沈黙が流れた。男たちの表情から、さっきまでの下卑た笑みが完全に消え去る。
効いている?
ダリアは容赦なく言葉を重ねる。
「ちゃんと生きたまま連れて行けば、報酬も違うんじゃない?」
灰色フードの男が、わずかに目を細めてダリアを凝視した。
「……お前、妙に分かってるな」
「商売人だからね。人が何に金を払うかくらい、見るわよ」
カミラは横目でダリアの横顔を盗み見た。
この女――。この絶体絶命の状況で、あの凶悪な盗賊団相手に剥き出しの取引を仕掛けているのか。
「それに」
ダリアは冷徹に続けた。
「カンダタが勝手な真似をした部下をどう扱うかくらい、あんたたちの方がよく知ってるんじゃない?」
三人の男たちが完全に黙り込む。
カミラは、そこで初めてダリアの狙いを理解した。ダリアは決して、“正しさ”や“命乞い”で説得しているんじゃない。盗賊特有の「欲」と「損得」、その心理の歪みそのものを利用して、どうにか活路を見出そうと綱渡りをしているのだ。
「お姉ちゃん、よう分かってんなぁ」
灰色フードの男が、ふっと感心したみたいに笑った。
「たしかに、勇者の娘を生きたまま連れて行けば、俺たちも褒められるかもしれねぇ」
だが、男の視線は再び、眠ったマナの顔を舐めるように動いた。
「……だがな」
その口元が、ゆっくりと残酷に歪んでいく。
「カンダタ様に献上するにしても、売り飛ばすにしても、まずは味見してからだろ?」
カミラの背筋に、冷たい戦慄が走る。
「この勇者のお嬢様のお顔が多少傷つこうが、腕の一本なくなろうが、カンダタ様には大した問題じゃねぇ」
男は、マナの顎を乱暴な手つきで掴み上げた。
「生きてりゃ、それでいいんだからな」
灰色フードの男はニヤリと笑う。
「姉ちゃん、時間稼ぎは失敗だったな」
ダメだ――。
カミラの奥歯が、ぎり、と鳴った。視界の奥が、怒りでじわりと赤く染まりかける。こいつらをここで殺すしかない。
一歩踏み込もうとした、その直後だった。
「おっと、動くなよ」
灰色フードの男の声が鋭く響く。
同時に、カミラへと張り付いていた赤いバンダナの男が、恐るべき反応速度で一気に間合いを詰めてきた。冷たい短剣の切っ先が、カミラの喉元へと完璧に突きつけられる。
「怖ぇ怖ぇ」
男が楽しげに笑う。
「今、飛び込もうとしたろ? お姉ちゃん」
完全に動きを見抜かれていた。カミラは身体を強張らせて動きを止める。
灰色フードの男も、さらに警戒を強めていた。眠ったマナを半ば肉の盾みたいに抱え込み、首筋へ押し当てたナイフへさらにぐっと力を込める。
「ダメだぜ。そういう目」
男が低く笑った。
「こっちも何人も狩ってきてんだからよ」
カミラの背筋へ、再び冷たい汗が伝う。
本当に慣れている。脅しじゃない。この連中、躊躇なくやる。それで生きてきたヤツらだ。
絶望的だ……。
それでも、一か八か突っ込むしかない――。
私のこの手は、足は、動くのか。
【作者コメント】
マナたちの最大のピンチ!
ラリホーをこうやって使うのは反則ですよね…
カミラたちは勝てるのか。