ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜 作:ミサ2
「条件?」
「報酬よ。盗賊はボランティアじゃない」
マナは一瞬だけきょとんとした。それから、またあの屈託のない笑顔を見せた。
「いくら?」
「いくらなら出せるの?」
カミラは腕を組んだまま、感情を削ぎ落とした声で問いかける。ようやくいつもの仕事ペースを取り戻してきた。
マナは少しの間だけ考えを巡らせるような素振りを見せたが、すぐにその真っ直ぐな瞳を戻した。
「私と一緒にバラモスを倒す旅に出てくれるなら、旅をしながら最高の装備を揃えてあげる。三万ゴールド分」
カミラはぴくりとも表情を動かさなかった。
だが、内心では目玉が飛び出るかと思うほどの衝撃を受けていた。
三万ゴールド。
盗賊として、一つの仕事でそれだけの額を手にしたことなど、一度もない。それどころか、見たことさえない金額だった。
だからこそ、この誘いに乗ってはいけない、とカミラは自分を律した。欲に目がくらみ、乗りたい気持ちが大きくなればなるほど、冷徹に、慎重にならなければならない。母から教わった数少ない、そして確実な処世術のひとつだった。
「じゃあ、その三万ゴールド分の装備品」
カミラは意識して声を落ち着かせ、一言ずつゆっくりと紡いだ。
「それに加えて、五万ゴールド分の現金。それでどうかしら」
マナがわずかに目を細めた。
「ふっかけたわね」
「私も命懸けだから」と、カミラはわざとらしく肩をすくめて見せる。
「これでも格安のつもりなんだけど?」
マナはしばらくの間、黙ってカミラを見つめていた。それは商談相手を値踏みするような厭らしい目ではない。金額を計算している顔にも見えない。
やがて、マナはひとつ、深く頷いた。
「いいわ」
あっさりとした返事だった。
「ただ、今すぐ払うことはできない。一緒に旅をする中で、そのお金は私たちが作っていくことになる」
マナはどこか楽しげに、少しだけ口の端を上げた。
「途中で持ち逃げされても困るしね。その条件で、来てくれるわね?」
カミラは僅かな間を置いて、マナの顔を見返した。
持ち逃げ、か。この「のんき」に見える娘は、——案外、甘くない。
「……いいわ」
カミラは、手元に残っていた最後のビールを飲み干した。
「カミラよ。盗賊の」
「知ってる」
マナはにっと笑い、当然のように言った。
ーーーーーー
安宿の部屋は狭かった。
使い込まれた木製のベッドとテーブル、そして小さな窓。それだけの部屋だ。
カミラはブーツを脱ぎ捨て、軋むベッドに腰を下ろした。腰の鍵束を外してテーブルに置き、護り刀であるナイフ1本を枕の下へ置く。もう1本はマットレスの下だ。金貨の袋と合わせて入れる。金属が触れ合う硬い音が、狭い室内で不自然なほど明瞭に響いた。
静かだった。
カミラは立ち上がり、小さな窓から外を眺めた。アリアハンの夜の街が、家々の灯りでぼんやりと光っている。その頼りない光の連なりを、彼女はしばらく無言で追っていた。
マナ。
その名前を、頭の中で静かに転がしてみた。
変な娘だ、と改めて思う。会ったことも、見たこともない父親の意志を継いで、魔王を倒しに行く。そんな話、普通なら鼻で笑い飛ばすか、世間知らずだと哀れむのが関の山だ。なのにカミラには、どちらもできなかった。
なぜだ。
――会ったことも、ない。
マナのあの言葉が、まだ胸の奥に居座っている。刺さったまま抜けない棘のように、呼吸をするたびに存在を主張してくる。
自分も父を知らない。その一点においては、マナと同じだ。
だが、決定的な違いがあった。マナには「オルテガ」という、誰もが知っている父親の名前がある。その名前が、彼女の旅を支える強固な背骨になっている。
カミラには、何もない。父親の顔どころか、名前すら知らない。母は最後まで、その話題に触れることを拒み通した。
『カミラ、あなたはちゃんと生きなさい。定職に就いて、真っ当に』
母の掠れた声が、湿った夜風に混じって蘇った。
真っ当に、か。
カミラは天井を見上げた。木目の節が、歪んだ顔のように見える。
ロマの民として生きた母。そんな母は酒臭い息で、何度も言い続けていた。流浪するのではなく、どこかに根を張って生きなさい、と。けれど、その母自身は最後までロマの共同体の中で生き、定職にも就かず、どこにも根を張ることはなかった。
その矛盾を、カミラは子供の頃から冷めた目で見つめてきた。だが、一度として責めたことはない。責められなかった。母がそう生きるしかなかった理由を、幼いながらに肌で感じ取っていたからだ。
結局、自分も同じだった。母の願いを裏切り、盗賊として流れ、今夜もこうして薄汚れた宿の一室にいる。
「……ごめんね、お母さん」
小さく零した言葉を、すぐに頭の中で打ち消した。謝ったところで、母はもうこの世にいない。
カミラはシーツに体を沈め、ゆっくりと目を閉じた。
明日からは、あの正気とは思えない旅が始まる。盗賊として磨いてきた小細工の数々が、世界を救うなんて大層な役回りに通じるかどうかも、見当がつかない。
ただ、マナのあの真っ直ぐな瞳が、瞼の裏に焼き付いて離れなかった。
見たことも、会ったこともない父親のために、その身を投げ出せる人間がこの世にいる。
カミラにはその理由が、まだわからない。
カミラは寝返りを打った。
マナの顔が、また脳裏に浮かぶ。
『あなたなら、生きて帰ってこれる』
『私はあなたに来てほしい』
——馬鹿みたい。
そう思ったのに、
なぜか口元だけがわずかに緩んだ。
窓の外で、夜を急ぐ風が鳴った。