ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜   作:ミサ2

33 / 34
【勇者】マナ
【盗賊】カミラ
【商人】ダリア
【武闘家】メイリン

【旅の剣士】ダンテ(男性)
【旅の剣士】ジャンナ(女性)


【第33話】稽古をつけてください

 格子窓から差し込む夕陽が、いつの間にか赤さを増していた。

 

 カミラはカップの縁に唇をつけ、熱いお茶を喉に流し込む。

 じわじわと腹の底が温まっていく感覚を覚えて、ようやく、自分の体がまだここにあるのだと実感できた。

 あのまま盗賊たちに捕まっていれば、今頃自分たちがどうなっていたか。想像するだけで指先が冷たくなる。もう駄目だと覚悟したあの絶望から、まだそれほど時間は経っていない。この静かな場所にいることが、どこか現実のようには思えなかった。

 助かった。その強烈な安堵が全身の力をじわじわと抜いていく。

 だが同時に、あれほど疑っていた男に救われたという事実が、喉の奥に苦く残った。

 その上さらに、自分はジャンナに道案内を求めているのだ。随分と虫のいい話だ。だが、この二人の大人たちはそんな自分の厚かましい要求に応じようとしてくれている。

 

 ふと隣を見ると、お茶を飲み終えたメイリンがカップを置いたところだった。その膝の上で、彼女の拳が小さく握りしめられる。

 

「あ、あの……」

 それまで静かにやり取りを見守っていたメイリンが、不意に口を開いた。

 みんなの視線が、彼女へ集まる。

「ん?」

 ダンテが不思議そうに彼女を見た。

 メイリンは一瞬だけ視線を迷わせたが、すぐに顔を上げた。

「ダンテさん。よかったら、稽古をつけてくれませんか」

 ダンテは虚を突かれたように瞬きをした。

「……は?」

 間の抜けた声だった。

「今からか?」

「はい」

「なんでまた」

「明日が、本番だからです」

 メイリンは少しだけ目を伏せ、膝の上で拳を握った。

「もっと、強くなりたくて」

 部屋が静まり返る。

 ダンテはしばらくメイリンを見ていたが、やがてふっと可笑しそうに笑った。

「……若いっていいねぇ」

 参ったな、とでも言いたげに頭を掻く。

「人との稽古なんて、いつ以来だろ」

 横からジャンナが楽しげに口を挟んだ。

「いいんじゃないの? 未来ある若者のためなんだから」

「おいおい……」

 ダンテは苦笑を浮かべたまま立ち上がった。

「木剣なら、シュミットさんちの物置にあったかな」

 窓の外へ視線を向ける。

「もう日が落ちる。それまでの間だけだぞ」

 メイリンは深く、丁寧に頭を下げた。

「ありがとうございます!」

 

ーーーー

 

 ――シュミット家の裏庭。

 

 夕陽に照らされた土は、赤く乾いていた。何度も踏まれたのか、庭の中央だけが硬く平らになっている。

 その地面の上で、二人が立つ。

 ダンテは借り物の木剣を持って、三回ほど空中を切るような素振りをした。そして剣先を下に向け、メイリンに正対して立っている。木剣に両手を添えただけのような脱力した構えだ。

「いつでもいいよ」

 

 メイリンは一礼すると、右足を引き、重心を低く落とした。

 メイリンも静かな構えだった。

 けれど踏み込んだ足音は、鋭く土を叩いた。

 低い踏み込み。空気を裂く拳。返す足で放たれる、鋭い回し蹴り。

 メイリンの攻撃は止まらない。

 だが、庭に響くのは乾いた音ばかりだ。

 カン、カン、コン――。

 ダンテの木剣が、拳を、肘を、蹴り足を、ことごとく受け流していく。

 しかも、下がらない。

 半歩、また半歩。

 わずかに体の位置や向きを変えているだけなのに、メイリンの攻めはことごとく芯を外されていた。

 

 反撃はない。

 ただ、そこに立っている。

 なのに、近づくほどに届かない。

 壁際で見ていたカミラは、思わず目を細めた。

 

 強い。

 腕力でも、速さだけでもない。

 メイリンが踏み込む場所に、もう木剣が置かれている。拳が伸びる先に、刃筋がある。

 そう気づいた時だった。

 

 ダンテの木剣が、ふっと消えたように見えた。

 

 次に見えた時には、その先端がメイリンの首筋でぴたりと止まっていた。

 メイリンが凍りついたように固まる。

 片足が大きく流れている。いつ崩されたのか、カミラの位置からでも分からなかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「いい攻めだ」

 ダンテは静かに木剣を下ろした。

 メイリンは激しく上下する肩を抑え、懸命に呼吸を整える。

 

「……もう一本、いく?」

「は、はい! お願いします!」

 二人が再び距離を置く。

 

 今度は、メイリンの立ち方が変わっていた。

 すぐには踏み込まない。

 遠い間合いを取り、腰を落とさず、重心を後ろへ残す。前脚を軽く浮かせ、左右に揺れながら、ダンテの呼吸を測っている。

 庭から音が消えた。

 誰も喋らない。乾いた風だけが、二人の間を通り抜けていく。

 

「……じゃあ、行くよ」

 そう言って、彼は静かに一歩を踏み出した。

 

ーーーー

 

 結局、メイリンは日没までもたなかった。

 計四本。

 一本も取ることはできなかった。

 最後の方は肩を大きく上下させ、息を切らしていた。それでも泥臭く、何度も何度も構え直していた。

 ダンテは木剣をひょいと肩へ乗せ、軽く笑った。

「久しぶりに良い汗をかいた。お疲れさん」

 メイリンは流れる汗を拭いながら、深く、折れそうなほど頭を下げた。

「ど、どうもありがとうございました!」

 ダンテが軽く手を振って応える。

 

 すると、その傍らで静かに二人の立ち合いを見ていたジャンナが、不意にこちらを向いた。

「じゃあさ」

 カミラは顔を上げた。

「あなたも、少しやってみない?」

「……えっ」

 ジャンナは顎で庭の中央をしゃくってみせた。

「私とさ」

 カミラは思わず、自分を指差した。

「わ、私?」

「あなた、裏稼業の出でしょう?」

 ジャンナがいたずらっぽく、けれど鋭い目で笑う。

「こういう、人間同士の真正面からの戦いって、意外と少ないんじゃない?」

 彼女は手元の木剣をくるりと器用に回した。

「日の下で、面と向かってやり合うなんて経験はさ」

 カミラは返事に詰まった。

 図星だった。

 逃げる。騙す。背後を取る。

 狭い路地。灯りの届かない階段。先の見えない暗がり。

 そういう場所でのやり取りなら知っている。

 だが、こうして真正面から、相手の目を見て、堂々と構える。そんな戦いは、カミラの中にほとんどなかった。

「……はい」

 短く答え、ジャンナから木剣を受け取る。

「短刀の方が、使い慣れてるかしら?」

「はい……」

 カミラは木剣を短く持ち直し、ジャンナと向かい合った。

 

「私も対人稽古なんて久しぶりだわ。手柔らかに頼むわね」

 ジャンナは笑っていた。

 だが、構えた姿に隙はなかった。

 相手は正面にいる。

 距離も見えている。

 武器も、足も、肩の向きも見えている。

 だからこそ、やりにくい。

 

 

 三本。

 そのすべてを、ジャンナに取られた。

 速いわけではない。

 重いわけでもない。

 けれど、カミラが踏み込もうとする場所には、いつも半歩先にジャンナがいた。逃げようとすれば塞がれ、仕掛けようとすれば手首を斬られている。

 正面に立っているはずなのに、正面から戦わせてもらえない。

 

 三本目も、気づいた時には木剣の先が喉元に添えられていた。

 カミラは動かなかった。

 いや、動けなかった。

 喉に触れているのは、ただの木剣だ。それなのに、肌の奥が冷えた。

 

 ジャンナは静かに剣を下ろした。

「うん」

 満足そうに、少しだけ笑う。

「悪くないわ」

 カミラもゆっくりと木剣を下ろした。肩で激しく息をする。

 

 負けた。完敗だった。

 だが、これまでに経験したどんな負けとも違っていた。力で押し潰されたのではない。速さで置き去りにされたのでもない。自分が選んだと思った逃げ道も、仕掛ける場所も、全部、先に置かれていた。

 

 ジャンナが木剣を肩へ担ぎ、カミラの目を見つめた。

「あなたの生きてきた戦い方とは、少し勝手が違うでしょうけどね」

 その声は落ち着いていた。

「人間は、斬る前に癖が出るのよ」

 カミラは言葉を失った。

 まだ喉元に、木剣の先の感触が残っている気がした。

「……はい」

 ようやく、それだけを返す。

「ありがとうございました」

 ジャンナは満足げに一つ頷くと、空を見上げた。

 

 夕陽はもう山の端に消えかけ、辺りには紫色の黄昏が広がり始めている。

「さ」

 彼女は木剣を物置の中へ仕舞った。

「そろそろ宿屋へ行ったらどうだい?」

 そして、少しだけ柔らかく笑った。

「明日は早いわよ」

 

 木剣を片付け終えた頃だった。

「あ、あの……ダンテさん」

 メイリンが少し躊躇うように、けれど意を決した様子で声をかけた。

 汗を拭っていたダンテが、不思議そうに振り返る。

「俺?」

「はい」

 わずかな沈黙。カミラは少し離れた場所から、二人の様子を見ていた。

 メイリンは真っ直ぐにダンテを見上げた。

「私、もっと強くなりたいんです」

 ダンテは口を閉ざした。

 夕闇の迫る庭が、しんと静まり返る。

「どうすればいいですか?」

 メイリンの問いは、切実だった。

 ダンテはしばらく考え込んでいたが、やがてふっと息を吐いて笑った。

「……今でも、きみは十分強いと思うけどね」

 だが、メイリンは即座に首を振った。

「それじゃ、ダメなんです」

 短いが、譲れない決意の籠もった答えだった。

「んん……まぁな」

 ダンテは空を見上げた。一番星が微かに瞬き始めている。

「そう簡単に強くなれるなら、誰も苦労はしないさ。きみには才能もあるし、努力もしてる。それは見ていれば分かるよ」

 メイリンは黙って、一言も漏らさぬように耳を傾けていた。

「だから、今日一日でどうこうなる話じゃない。……ただ」

 

 そこでダンテは、ふと思案するように視線を横へ逃がした。

「この町の教会の裏に、墓地があるんだ」

 メイリンが顔を上げる。

「昔、この辺りで有名だった武闘家の墓があるらしい。熊を素手で倒したとか何とか」

 ダンテは軽く肩をすくめてみせた。

「まぁ、その手の伝説なんて半分は盛ってるだろうけどな」

 彼は可笑しそうに笑うと、少しだけ声を潜めた。

「墓参りくらい、行ってみたらどうだい?」

 メイリンが不思議そうに首を傾げる。

 

「御利益があるかもしれない。……まぁ、無いかもしれないけどな」

 メイリンはしばらくの間、真剣な面持ちで考え込んでいたが、やがて小さく、力強く頷いた。

「……行ってみます」




【作者コメント】
カザーブでのあのネタを、こうやって入れてみました。笑
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。