ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜   作:ミサ2

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【勇者】マナ
【盗賊】カミラ
【商人】ダリア
【武闘家】メイリン

【旅の剣士】ダンテ(男性)
【旅の剣士】ジャンナ(女性)


【第35話】シャンパーニの塔への道

 早朝のカザーブは、まだ薄い冷気に包まれていた。

 宿屋を出たカミラたちは、ジャンナを先頭に町外れまで歩いてきている。ダンテは見送りだと言いながら、結局ここまでついて来ていた。

 

「あんたたち、分かってるとは思うけど、もう一度確認しとくよ」

 町の出口で、ジャンナが足を止め、カミラたちを振り返った。

 宿屋を出てここまで歩いてくる間、ずっと押し黙っていた彼女が、真っ直ぐに指を一本立てる。

「塔が見えるところまで。半日だけだよ。それ以上は案内しない」

 カミラはその指先をじっと見つめた。

 ジャンナはさらにもう一本、指を重ねた。

「それと、私が戻るって言ったら、そこで案内は終わり。引き留めないこと。いいわね」

 

 そして最後に、念を押すようにきつく腕を組み、カミラたちを順番に見据える。

「私のことは、最初から戦力として数えるんじゃないよ」

 

 張り詰めた沈黙が、朝の空気の中に広がっていく。

 それは冷たい言葉ではなかった。命のやり取りに入る前に、互いの線を引いておく。カミラには、その意味がよく分かった。

 だが、マナはその突き放すような言葉を拒むことなく、真っ直ぐに受け止めていた。背筋をぴんと伸ばし、ジャンナを見て頷く。

「はい。ありがとうございます。よろしくお願いします」

 ジャンナは、そのあまりに純粋な謝辞に当てられたのか、わずかに視線を斜め上へ逸らした。

「……礼なら、生きて帰ってから言いな」

 そのぶっきらぼうな物言いに、横で見ていたダンテが楽しげに声を上げた。

「よかったな、シニョリーナたち。頼もしい姐さんだ」

 それから、からかうようにジャンナへ目を向ける。

 ジャンナは横目で受け止めた。

「未来ある若者のため、なんだろ?」

 ダンテはこらえきれずに笑った。

「言うねぇ」

 ジャンナは小さく鼻を鳴らし、歩き出した。

 

「……それと」

 少しだけ間を置いて、最後に振り返る。

「危ないと思ったら、すぐに引き返すこと。必ずだよ」

 

 ジャンナはそう言って、再びシャンパーニの塔へと続く道を歩き始めた。

 

ーーーー

 

 カザーブを出て、塔へ続く道をしばらく進んだ頃だった。

 

「っ! 来るよ!」

 

 並んで歩いていたメイリンが、鋭く声を張り上げて身構えた。

 カミラは即座に視線を走らせる。

 行く手の草むらが、不自然に揺れていた。木陰から、体に不気味な人の顔を浮かべたじんめんちょうが二匹、ふわりと姿を現す。その下から、腐臭を漂わせるアニマルゾンビが一匹。さらに、太く這いずるキャタピラーが二匹。

 計五匹。

 

 カミラが鞭の柄へ手をかけた時には、メイリンはもう間合いに入っていた。

 速い。

 鉄の爪が、アニマルゾンビの腐った肉を裂く。鈍い音が響き、魔物の体が大きく仰け反った。

 

 カミラもすでに動いていた。

 腰からトゲの鞭を引き抜き、大きく一閃。鋭いトゲが、マヌーサを唱えようとしていたじんめんちょう二匹をまとめて薙ぎ払った。

 二匹の羽ばたきが地面へ叩き落とされ、そのまま動かなくなった。

 

 その向こうで、メイリンの一撃を受けたアニマルゾンビが、腐った足をもつれさせていた。

 

 ダリアが踏み込む。

 大型ナイフがアニマルゾンビの急所へ深く沈み、腐った体がぐらりと崩れた。

 

 これで三匹。

 

 残るは、前衛のキャタピラー二匹だ。

 マナが剣を構えて踏み込んだ。青銅の盾を前に出し、果敢に斬りかかる。刃は入ったが、浅い。分厚い皮に阻まれ、致命傷には遠い。

 もう一匹のキャタピラーが狂暴に身をよじり、マナへ向かって体当たり。

「ぐっ……」

 マナの体が押し込まれる。

 それでも、左腕の盾がその重い一撃を受け止めていた。

 

 その陰から、メイリンが飛び出す。

 鉄の爪が、キャタピラーの分厚い皮を嫌な音を立てて引き裂く。続いてダリアが刃を突き立て、巨体が地面へ崩れ落ちた。

 残るは一匹。

 そのキャタピラーが、追い詰められたように巨体を硬直させた。

 直後、全身が嫌に鈍く光り始める。

(きた……スクルト!)

 反応するより先に、カミラの体が動いていた。

 低く身を沈め、魔物の視界の外へ回り込む。キャタピラーが気配に反応し、ぎちりと身をよじった。

 

 気づかれた。だが、遅い。

 

 手元でギラリと光ったのは、毒針だった。

 カミラは迷わず、硬い皮の継ぎ目へそれを突き立てる。一瞬、手元に嫌な抵抗があった。針先が止まる。カミラは奥歯を噛み、さらに押し込んだ。次の瞬間、針が肉の奥へ沈んだ。

 キャタピラーは大きく痙攣し、鈍い光を散らしながら、力なく地面に崩れ落ちた。

 

 周囲に、ふっと静寂が戻る。

 

 カミラは毒針を引き抜き、息を吐いた。指先に、まだ硬い皮を突いた感触が残っている。

 

 振り返ると、ジャンナは少し離れた場所で抜き身の剣を下げたまま、倒れた魔物たちを見ていた。

 周囲の草むらへ一度視線を走らせ、それからようやく口元を緩め、剣を鞘に収めた。

「これくらいの魔物なら、もう遅れは取らないみたいだね」

 感心したような声だった。

「連携もいいね。面倒な呪文持ちから潰して、硬い相手には無理をしない。いい判断だよ」

 それから、ジャンナはメイリンへ視線を向けた。

「メイリン、鉄の爪の感触はどうだい?」

 メイリンは自分の拳を見下ろした。鉄の爪を、何度かゆっくりと握り直す。

「はい……ちゃんと、通りました」

 短い答えだった。けれど、その声には昨日までの迷いが少し薄れていた。

 ジャンナは満足そうに頷いた。

「なら、悪くない買い物だったね」

 

 旅の道案内を引き受ける条件として、あれほどはっきりと境界線を引いていたジャンナが、自分たちの動きをきちんと見ている。

 カミラは鞭を巻き取りながら、その言葉を黙って聞いていた。

 

 魔物たちを退けると、一行は再び街道を進み始めた。

 朝の冷気は少しずつ薄れ、草の葉に残っていた露も陽に照らされて小さく光っている。だが、道の先に広がる空気は、決して穏やかではなかった。

 ジャンナは先導して歩いた。けれど、ただ真っ直ぐ道を進んでいるわけではない。ときおり立ち止まり、周囲の地形や木立の陰、道の曲がり方を確かめるように視線を走らせる。

 カミラはその後ろ姿を見ながら、黙って歩いていた。

 この女は、ただ強いだけではない。

 道を知っている。危ない場所を知っている。何より、危なさの匂いを知っている。

 

 しばらく進んだところで、ジャンナがふいに片手を上げた。

「あそこに岩山が見えるだろ?」

 彼女が顎で示した先に、低い岩山が見えた。街道からは少し外れた位置にあり、裏手には木々が濃く集まっている。

「あの裏も、カンダタ一味の狩り場になってる」

 ジャンナの声は低かった。

「知ってる者は、まず通らない。荷馬車なら遠回りしてでも避ける。旅慣れた連中も、あの陰には入らないね」

 マナが真剣な顔で岩山を見つめる。

「見た目は、普通の道に見えます」

「だから危ないのさ」

 ジャンナは短く言った。

「見た目からして危ない道なら、誰だって避ける。ああいう連中が狙うのは、普通に見える場所だよ」

 カミラは思わず、昨夜聞いたダンテの言葉を思い出した。

 相手が一番弱い時だけを狙って出てくる。 逃げ道を先に潰す。人数で囲う。人質を取る。

 ジャンナはそこで街道を少し外れ、草の薄い斜面へ足を向けた。

「こっちを行くよ」

 ダリアが周囲を見回しながら眉をひそめる。

「道じゃないわね」

「道じゃないから使うんだよ」

 ジャンナは振り返りもせずに答えた。

「向こうは見張られてる。こっちは見張る価値がない。そういう場所を拾って進むの」

 その言葉に、カミラは小さく息を呑んだ。

 道を選ぶ、というのは、ただ近い道や歩きやすい道を選ぶことではないのだ。

 

 歩きながらも、魔物は何度か現れた。じんめんちょう、キャタピラー、アルミラージなどの魔物たち。だが、ここまで四人の連携は悪くなかった。メイリンが気配を拾い、まず先制。そしてマナが前に出る。カミラが鞭で群れを散らし、ダリアが確実に仕留める。カミラは時折、毒針の位置を指先で確かめた。

 ジャンナは約束どおり、戦いに加わることはなかった。ただ、周囲への警戒だけは切らしていないようだった。魔物の気配が近づくたび、剣に手をかけ、時には抜刀する。だが、四人で対処できると見ると、それ以上は踏み込まなかった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 やがて木立の少ない場所へ出ると、ジャンナは歩調を少し緩めた。

「あんたたち、強くはなってきてる」

 その言い方は褒め言葉にしては淡々としていた。

「けど、旅は強さだけじゃ続かない」

 マナが顔を上げる。

「どういうことですか?」

「旅して生きていくには、コツがいる。たとえば、初めての町に入った時」

 ジャンナは前を向いたまま言った。

「近づいてきた男にいきなり道を聞くんじゃないよ。そんなことしたら、無防備が丸出しだからね。聞くなら、店の女将か、年配の商人か、教会の人間。できれば、誰かの目がある場所でね」

 カミラは黙って耳を傾けた。

「宿を取る時も同じ。安いからって、奥まった部屋に飛びつかない。階段と出口の位置を見る。窓が開くかも見る。夜中に誰かが廊下を歩く音がした時、自分が逃げられるかを考える」

 ダリアが感心したように目を細める。

「ずいぶん実務的ね」

「実務だからね」

 ジャンナはあっさり返した。

「風呂もそう。ひとりで奥へ行かない。脱いだ服と武器を、自分の手が届かない場所に置かない。湯気で視界が悪くなる場所なら、なおさら気をつける」

 メイリンが少しだけ顔を曇らせた。

「そこまで……?」

「そこまで」

 ジャンナは迷いなく言った。

「女の旅はね、油断した時に面倒が寄ってくるの」

 カミラは、横を歩くマナとメイリンをちらりと見た。マナは困ったように眉を寄せ、メイリンは黙ってジャンナの背中を見ている。

「面倒ってのは、やってきてから斬るより、寄せつけない方が早いんだよ。こっちがちゃんと備えてるって分かると、悪いヤツらも案外、近寄れないものさ」

 それから、少し声を低くする。

「悪党だけじゃない。親切そうな顔をした男、やけに馴れ馴れしい男、やたら酒をすすめる男、こっちの荷物を持ちたがる男。そういうのは、ひとまず疑っていい」

 マナは困ったように目を伏せた。

「でも、本当に親切な人もいますよね」

「いるよ」

 ジャンナは少しだけ声を和らげた。

「だから見分けるんだよ。親切な人間は、断られても怒らない。急がせない。人目のない場所へ連れて行こうとしない」

 

 マナはどこか釈然としないように、小さく口をつぐんだ。

 ジャンナはその横顔をちらりと見た。

「……納得いかないって顔だね」

 

 少しだけ間を置いて、続ける。

「私だって、女ばかりがこんなこと気をつけなきゃならないなんて、おかしいと思うよ。本当なら、そんなところにつけ込む連中が悪い」

 その声には、怒りとも諦めともつかない苦さが滲んでいた。

「でも、平和な世になるのを待ってちゃ、生き残れない。だから備える。それだけさ」

 

 カミラはその言葉を、胸の奥で静かに反芻した。

 盗賊の世界にも、似たような感覚はあった。

 結論を急かす者。距離を詰めすぎる者。こちらに選ぶ時間を与えない者。そういう相手は、たいてい何か企みがある。

 ジャンナの言っていることは、優しさではなかった。 だが、冷たさでもなかった。

 生きて帰るための作法。

 昨日、ダンテが言ったことを、この女はもっと具体的に知っている。

 

「それと」

 ジャンナはふいに足を止めた。

 前方に細い沢があり、その向こうで道が二手に分かれている。右は踏み固められた道。左は少し遠回りに見える、石の多い細道だった。

「右は行かないよ」

 マナが右手の道を見る。

「こっちの方が、行きやすそうですけど」

「行きやすいよ」

 ジャンナは当然のように言った。

「だから張られる」

 それだけ言うと、彼女は左の細道へ進み始めた。

 カミラは右手の道を一度だけ見た。たしかに、歩きやすそうな道だった。黙ってジャンナの背中を追った。

 

 道を知るというのは、地図を覚えることではない。 どこで待たれ、どこで囲まれ、どこならまだ逃げられるかを知ることなのだ。

 

 シャンパーニの塔は、まだ見えない。カミラはただ、ジャンナの背中を見失わないよう歩いた。

 ジャンナが教えてくれているのは、塔への行き方だけではない。

 そこまで生きて辿り着くための、歩き方そのものだった。




【作者コメント】
女子パーティがジャンナ姉さんからいろいろ教えてもらってます。
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