ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜 作:ミサ2
【盗賊】カミラ
【商人】ダリア
【武闘家】メイリン
「マナはあとどれくらい魔力は残ってる?」
薄暗い階段を上りながら、カミラは前を行くマナの背中に問いかけた。
「ホイミ六回とメラ三回分ぐらいはあるよ」
振り返ったマナが、指を折りながら健気に微笑む。
「それだけあれば十分ね。まだ薬草もあるし」
カミラは道具袋の重みを確かめ、少しだけ安堵した。
さらに上の階へ上がると、行く手を阻むように新たな魔物が姿を現した。
おぞましい斑点模様を持つ毒イモムシが二匹。さらに、不気味に傘を揺らすおばけきのこが一匹。
毒イモムシは、先日から苦戦を強いられていたキャタピラーによく似たフォルムをしていた。
(スクルトで固められる前に叩く!)
カミラたちは一斉に敵へ向かって踏み込んだ。その間合いに入った途端、毒イモムシが不気味な口を大きく膨らませた。
(まず――)
ブシュ〜〜ッ!
湿った音とともに、紫がかった毒々しい霧が至近距離で弾ける。
カミラが咄嗟に腕で顔を覆う。しかし、鼻を突く悪臭が喉の奥に絡みついた。マナは青銅の盾をかざしていたため無事だったが、まともに霧を浴びたカミラ、メイリン、ダリアの三人は、目の奥がくらりと揺れ、胃の底が重く沈むような感覚に襲われた。
足元がふらつく。鞭を握る手に、思うような力が入らない。
さらに最悪なことに、間髪入れずにおばけきのこが傘を激しく震わせた。
白く甘ったるい霧が、ふわりと広がる。
甘い息だ。
先ほど盾で毒を防いだばかりのマナが、その白い霧をまともに吸い込んでしまう。
「あっ……」
マナの身体から不自然に力が抜けた。剣が床に落ちる。続けて、マナ自身もその場に崩れ、深い眠りに落ちてしまった。
(しまった!)
先に叩くべきは、あのきのこだった。
(これ以上眠らされたら全滅する……!)
カミラが毒の不快感に耐えながら鞭を構えた時、メイリンが弾かれたように飛び出した。鉄の爪が、鋭く振り抜かれる。
おばけきのこの肉厚な傘が、真っ二つに裂けた。厄介なきのこは、そのまま床に崩れ落ちる。
残るは毒イモムシ二匹。
警戒していたスクルトを唱える気配はない。だが、毒を受けた身体では、その鈍重な動きでさえ厄介だった。
一匹が身をよじって跳ねるように迫り、メイリンに体当たり。
「くっ……!」
メイリンが踏みとどまったところへ、カミラは歯を食いしばって鞭を走らせた。毒イモムシの動きが止まる。そこへダリアが大型ナイフを突き立てた。
もう一匹も、マナが眠っている間に暴れさせるわけにはいかない。カミラとダリアが左右から動きを抑え、メイリンの鉄の爪がその胴を裂いた。
周囲から敵の気配が消えた。
だが、本当の厄介さはそこからだ。
カミラが一歩踏み出した途端、胃の底から嫌な熱がせり上がった。
「っ……」
立っているだけなら、まだ耐えられる。だが、このまま歩けば、一歩ごとに身体の奥を削られていく。
三人は慌てて道具袋から毒消し草を掴み出した。カミラはその葉を口に含み、噛み潰す。特有の苦味が喉を通り過ぎると、胃の奥に沈んでいた重さが、少しずつほどけていった。
「毒消し草、こんなに役に立つとは思ってなかった……」
カミラは冷や汗を拭いながら、力なく地面に座り込んだ。
眠りから覚めたマナが、慌ててみんなの様子を確かめに駆け寄ってくる。
「みんな、大丈夫?」
「なんとかね」
カミラは荒い息を整えながら、手元の道具袋を見つめた。カザーブで買い込んだ毒消し草があってよかった。
「やっぱり備えが大切なんだよね」
ダリアが、そんな言葉をこぼした。
一息ついた一行は、さらに上の階へと足を進めていく。
しかし、塔はまだ休ませてくれなかった。
次の階に足を踏み入れた途端、ゆらゆらと蠢くギズモが四匹、宙から襲いかかってきた。
その全てが、同時に赤く発光する。
メラだ。
狭い通路に火球の雨が降り注ぐ。
「あっつい……!」
カミラがすぐさま鞭を振るい、一匹を叩いて霧散させる。マナが盾をかざし、メイリンが身をひねり、ダリアが鞄を抱えて身を低くする。それでも、避けきれなかった火球が肌を掠め、熱い痛みが走った。
メイリンとダリアが猛然と前へ出る。鉄の爪が霧を裂き、大型ナイフが赤く光るギズモを切り払う。カミラも鞭を振るい、残った一匹を床へ叩き落とした。
最後のギズモが消えたところへ、マナがすぐに駆け寄ってきた。
「ホイミするよ!」
マナは両手をかざし、呪文を唱えた。
温かい光が傷口を包み込み、メラの火傷がみるみるうちに癒えていく。
けれど、その人数分だけ、マナの魔力は確実に削られていた。
次の階へ上がった途端、鉄の擦れるような音が通路に響いた。
現れたのは、さまよう鎧だった。
一匹だけだ。
だが、その一歩が石の床を鳴らしただけで、カミラは思わず鞭を握る手に力を込めた。
大剣が振り下ろされる。
マナは青銅の盾で受けた。だが、受け止めたはずの腕ごと押し込まれ、靴底が床をこする。
「重っ……!」
カミラは横から鞭を走らせた。
しかし、鞭の先は厚い鎧の表面で硬い音を立てて弾かれる。メイリンの鉄の爪も、ダリアの大型ナイフも、まともには通らない。
毒でも眠りでもない。呪文でもない。
ただ、重い。硬い。押し返せない。
「隙間を狙って!」
ダリアの声に、全員の動きが変わった。マナが正面で剣を受け、カミラが鞭で腕の動きをずらす。メイリンとダリアが、装甲の継ぎ目へ攻撃を重ねる。
ようやく鉄の巨体が崩れ落ちた時には、誰の息も荒くなっていた。
金属の崩れ落ちる音が通路に響いた、その時だった。
「――っ、何者だ!」
通路の奥から、荒々しい男の声が響いた。
カミラがハッと視線を上げると、そこにはカンダタの部下らしき男たちが数人、血相を変えてこちらを睨みつけていた。
「おい、侵入者か! おカシラに知らせろ!」
男たちはカミラたちの姿を見るや否や、踵を返して上の階へと一目散に逃げ出していく。
(まずい!)
「逃がしちゃだめ!」
マナの声が飛ぶ。
「追うよ!」
メイリンが真っ先に通路へ飛び出した。カミラたちも一斉に後を追う。
だが、それを阻むように、通路の壁や天井の影から新たなモンスターたちが次々と這い出てくる。
カミラたちの行く手は、遮られてしまった。
「くそっ、邪魔だよ……!」
逃げていく部下たちの足音が遠ざかる。
カミラは迫り来る魔物に向けて、忌々しげに鞭を構え直した。
行く手を塞いでいた魔物たちをなんとか退け、マナたちは急ぎ足で上階への階段を駆け上がった。
しかし、すでにカンダタの手下の姿はどこにもない。追いつけなかった。今頃はもう、最上階の頭へ報告が渡っていると見ていい。
階段を上りきった先には、重厚な木製の大きな扉がそびえ立っていた。
ここが最上階だ。
扉の向こうから、いかにも凶悪な人間の気配がどろりと漂ってくる。カミラが隣のメイリンに視線を向けると、彼女もまた、ここが本拠地の最奥だと言わんばかりに険しい表情で頷き返した。
カミラは扉の気配を気にかけながら、マナへ小声で耳打ちした。
「ここだよね……?」
「うん。そうだと思う」
マナも声を潜め、ゴクリと唾を呑み込む。
「ちょっと、確認しとこう」
ダリアが少し扉から距離を取り、手招きしながら小声で言った。一行は一度扉の前を離れ、円陣を組むようにして現状の戦力を確認し合う。
「薬草は全部で残り五つね。マナ、残りの魔力はどれくらい?」
ダリアの問いに、マナは少し目を伏せて、自分の内側を確かめるように息を整えた。
「ホイミが二回と、メラが二回ぐらい……。でも、ホイミだけなら三回はできそう」
「じゃあ、ここからメラはなし。ホイミだけに残しておいて」
カミラが判断を下すと、マナは真剣な面持ちで頷いた。ダリアが道具袋から手際よく薬草を取り出す。
「今のうちに、回復できるところは薬草で済ませましょう」
先ほどの戦闘で傷を負っていたメイリンとダリアが、その葉を傷口に当てて手早くダメージを治した。
これでカンダタとの決戦に向けた回復手段は、マナのホイミが三回と、残る薬草が三つ。決して余裕があるとは言えない。それでも、やるしかなかった。
「じゃあ、みんな! 行くよ」
マナが静かに告げ、大扉の取っ手に手をかけた。
重い音を立てて扉が開け放たれ、四人は一斉に部屋へと踏み込んだ。
部屋の奥の真ん中、ふんぞり返るようにして座っている男がいた。
座っているだけで大きい。浅黒く汚れた肌、岩のような肩、革ベルトが食い込むほどの分厚い胸板。剥き出しの腹には硬く割れた筋肉が浮いていた。
乱雑に束ねた長髪の奥で、ぎらついた目がカミラたちを見据えている。
無精髭に覆われた口元が、ゆっくりと歪んだ。
カンダタだ。
「久しぶりの侵入者だ。お嬢ちゃん達、よくここまで来られたな。ほめてやる」
カンダタは立ち上がり、傍に立てかけてあった重厚な大斧を掴み取る。下卑た笑みを浮かべてカミラたちをねめつけた。
「だがな、俺様を捕まえることなどできん! お前ら、行け!」
カンダタの鋭い号令とともに、部屋の左右から四人の手下がぎらついた武器を構えて前に出てきた。
いつもの形だ。
素早いメイリンが先に走り、カミラが鞭で援護する。その隙に、マナとダリアが左右から崩す——はずだった。
凄まじい衝撃音が、部屋に響く。
突撃したメイリンの身体が、中央で弾き飛ばされた。大盾を持った大男だ。
「壁、先生、頼むぜ」
カンダタの声が飛ぶ。
大盾が、メイリンの前に壁のようにせり出した。
同時に、長柄の槍を構えた痩せた男が、マナの進路を塞いだ。
メイリンがもう一度踏み込む。だが、巨大な分厚い盾がぬっと前へ出るだけで、間合いが潰される。蹴りも、鉄の爪も、届かない。届く前に、体ごと押し返される。
マナも近づけない。剣では到底届かない間合いから、鋭い突きが何度も繰り出される。マナはその切っ先を払うだけで精一杯になり、防戦一方に追い込まれていく。
この前衛二人が強烈だ。攻め手がそこで止まる。
カミラが加勢しようと鞭を大きく振るおうとした、その時だった。
頭上から、鋭い風切り音とともに無数の石礫が激しく降り注いできた。
左壁際の高い足場。そこに、痩せた男がしゃがみ込んでいた。片手には石礫。
「そうだ、三本指。後ろの二人を釘付けにしろ」
カンダタの野太い声が響く。
ダリアもまた、前衛の大盾男の威圧感と、上から降ってくる礫の雨に阻まれ、大型ナイフを振るえる距離にどうしても入れずにいた。
(こいつら、強い……!)
カミラは腕で頭部を庇いながら、歯噛みした。これまでの有象無象の連中とは違う。
ただ乱暴なだけではない。役割がある。連携がある。こちらの動きを潰すための布陣がある。
「ハハハ! お嬢ちゃん達、そんなもんか」
余裕たっぷりに高笑いするカンダタの声が耳障りに響く。
石礫が邪魔だ。
あれを黙らせない限り、後ろの自分たちも動けない。
カミラは礫の軌道を見極め、鋭く足を踏み出した。そいつとの距離を詰め、鞭の射程に捉えようと果敢に近づいていく。
当然のように、男の手から容赦なく二の矢、三の矢のごとく礫が放たれた。風を切り裂いて迫る石の塊を、カミラは上体を僅かに反らしてなんとかかわす。標的までは、あと数歩。
その時だった。
カミラの背後から、一筋の鋭い銀光が走った。
ダリアの投げナイフだ。
カミラに気を取られていた三本指は、反応が遅れた。刃が左肩に突き刺さる。
「ぐあっ……!」
男が苦悶の声を上げ、投擲の構えが大きく崩れた。
ダリアが、不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「飛び道具はあんたの専売じゃあないよ」
形勢が動いたと思った、その時だった。床を転がる影が、不意にダリアの足首を強く掴んだ。
「えっ……!?」
ダリアが息を呑んだ次の瞬間には、激しく床へ引き倒されていた。ほとんど同時に、太い縄が彼女の上半身へ絡みつき、腕ごと胴を締め上げていく。
「はい、お嬢ちゃん、捕まえた。ヘッヘッヘ〜」
物陰から這い出てきたのは、異様なほど気配の薄い男だった。男はすかさず、身動きの取れないダリアを軽々と肩へ担ぎ上げる。
「犬、でかしたぞ! ガハハ!」
部屋の奥から、カンダタの濁った哄笑が響き渡った。
「は、放せ……っ!」
ダリアが必死に身をよじって抵抗する。だが、男の腕はびくともしない。
「放すわけないだろ」