ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜   作:ミサ2

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【勇者】マナ
【盗賊】カミラ
【商人】ダリア
【武闘家】メイリン


【第39話】捕虜か罠か

 冷たい石の床に叩きつけられた衝撃が、全身を激しく揺さぶった。

 落とし穴に落とされたのだ。

 

「くぅっ……」

 肺から空気が押し出され、カミラはしばらく浅い呼吸を繰り返すことしかできなかった。

 周囲は完全な闇に包まれている。

「マナ……いる?」

 震える声で問いかけると、すぐ近くから「うん」と短い返事があった。

「ダリアとメイリンは?」

「いるよ」

「……ここ」

 二人の声も、暗闇の端から聞こえてくる。

 ようやく目が慣れてくると、ぼんやりとした輪郭で仲間たちが床に横たわっているのが見えた。

 

「カンテラ、火をつけるよ」

 ダリアが座ったまま手探りで火を灯すと、小さな炎が周囲の闇を押し返した。

 

「とりあえず……みんないるね」

 マナが身を起こしながら、全員の姿を確認する。

 カミラは右膝に走る鋭い痛みに顔を歪めた。

「動ける?」

「私は足を挫いたみたい……」

 マナが眉をひそめ、自分の足首を庇うように押さえた。

「ダリアとメイリンは?」

「私は平気」

「私も」

 二人はすでに立ち上がり、周囲を警戒し始めていた。

 

「マナ、ホイミできるでしょ?」

 カミラが促すと、マナは深く頷いた。

「うん」

「まずは自分にしな。あんたが動けないと話にならないから」

 マナが両手を重ねると、掌がぼんやりと温かな光を放った。挫いた足の痛みと動きを確かめてから、マナはカミラへ向き直る。

「次はカミラね。その右膝、痛むでしょ」

「そうね……お願い」

 マナの魔法が膝の痛みを和らげていく。

 その温かさを感じながら、カミラは重い口を開いた。

「あまりゆっくりしてられないわ。あの『犬』って捕縛手が追ってくるかもしれない……」

「うん……ここはどこ?」

 

 マナの言葉に、カミラはふと妙な感覚に捉われた。

 頭の奥が、かすかに熱い。

(え……フローミ?)

 まだ知らない呪文の感覚が、なぜか確かな形を持って頭の中に流れ込んでくる。

「ここは……シャンパーニの塔の五階部分ね」

「わかるの?」

「うん……今、フローミが使えた」

「そうなの!?」

 驚きに目を見開くマナたちを制して、カミラは周囲を睨んだ。

「それより今は動かないと」

「そうね」

 ダリアがカンテラを高くかざすと、奥へ続く長い通路が照らし出された。

 

「向こうに進めそう」

「うん。犬の気配に気をつけて」

 それぞれが散らばった武器を拾い上げ、痛む体に鞭打って立ち上がった。

 だが、一行を支配していたのは重い沈黙だった。

 カンダタたちの強さと、あまりに巧妙な罠。ほとんど何もできずの完敗だ。

 自分たちの力不足を突きつけられた。

 

「……うん、撤退しよう」

 歩きながら、マナが重苦しく口を開いた。

 誰も反論しなかった。

 今は生き延びて、この塔を脱出することが優先だった。

 

 しばらく進んだ時、通路の先から微かな人の気配がした。

 一同の間に緊張が走る。カミラは即座に腰の短剣に手をかけた。

 

「……おい……あんたたち……助けてくれ……」

 

 聞こえてきたのは、消え入りそうな、擦り切れた男の声だった。

 通路の一角に設けられた小部屋へカンテラの光を向けると、そこには二人の男が転がっていた。

 

 手足をきつく縛られ、その表情には著しい衰弱の色が浮かんでいる。

 

「誰? あんたたちは」

 ダリアが警戒を解かずに問いかけた。

 男の一人が、光を避けるように顔を背けながら、途切れ途切れに声を漏らす。

「……マルコ、だ。ロマリアの……御者を、してた」

 男は喘ぐような呼吸を繰り返し、絞り出すように言葉を繋ぐ。

「……カンダタに襲われて……それから、ずっと……ここで、荷運びを……」

 

 男は力なく項垂れ、隣で泥のように横たわる若い男に視線をやった。

「……この、兄ちゃんは、ソナム……僧侶だ。あいつら……こいつの魔法を、無理やり……」

 そこまで言うのが限界だったのか、男は激しく咳き込み、そのまま黙り込んだ。

 

 カミラは短剣の柄を握ったまま、立ち尽くした。

 どれほどの間、こんな場所に閉じ込められていたのか。

 助けなければ、とは思う。

 けれど、自分たちの身体だってボロボロだ。この二人を連れて、あの化け物じみた連中から逃げ切れるのか。

 カミラは隣のマナを盗み見た。

 マナは青ざめた顔で捕虜を見つめたまま、固まっている。

 

 沈黙が長く感じられた。

 

「……マナ」

 ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど低く、頼りなかった。

 しかし答えるより先にマナは捕虜の二人へ歩み寄り、視線を落として問いかけた。

「……ホイミが使えるの?」

 ソナムと呼ばれた若い男は、虚ろな目をゆっくりとマナに向け、重い瞼を震わせた。

「……ああ……だけど、今は……無理だ……」

「魔力切れ?」

「……そう、だ」

 ソナムは力なく吐き出し、そのまま首を垂れた。

 カミラは短剣を握ったまま、二人の男をじっと見つめた。

 

 話していることは本当かもしれない。

 だが、罠かもしれない。

 カンダタの連中なら、弱った捕虜を装わせて、背中から刺すくらいのことはやりかねない。

 連れて行けば、足手まといにもなる。

 嫌な汗が背中を伝った。

 

「どうする?」

 ダリアが短く、鋭く問いかけてきた。

 その声に、カミラは即答できなかった。

 

「……罠かもしれない」

 ようやく出た声は、自分でも嫌になるほど冷たかった。

 マナが、わずかに唇を噛む。

「でも、置いていったら……次に助けに来られるか分からないよ」

 その言葉に、誰もすぐには返せなかった。

 ダリアが小さく息を吐いた。

「助けるなら条件付きね。武器は持たせない。足は解いていい。けど、手は縛ったまま。歩ける方は歩かせる。無理な方は担ぐ」

 

「担げる」

 メイリンが短く言った。

「一人なら」

 

 カミラはソナムとマルコを見た。

 (連れていくべきなのか……)

 それでも、ここに置いていく理由を探す方が、もう苦しかった。

 

 マナが顔を上げた。

「連れていこう」

 その声は小さかった。けれど、はっきりしていた。

 

 カミラは短剣を握り直した。

「……わかった。でも、妙な動きをしたら、すぐに斬る。いいね」

「も、もちろんだ。俺たちはカンダタの仲間じゃない……ただの捕虜さ……」

「それと、薬草はまだ使わせないわ」

 ダリアが冷静に口を挟んだ。

「歩けるかどうかを見てから。こっちの薬草も残り少ないの」

「……ああ……連れ出して、くれるなら、それで、いい」

 マルコが、かすれた声で続けた。

「出口への道なら……わかる。俺が案内……する」

 

 ダリアが男たちの足の縄をナイフで切った。立たせてみると、ソナムの方は膝に力が入らず、すぐに崩れかけた。

「こっちは私が背負う」

 メイリンが短く言い、ソナムを背に担いだ。

 

 「そこを真っ直ぐ進んで……右だ」

 マルコが弱々しい声で、それでも確かに通路の先を指差した。

「突き当たりを右へ……そのほうが魔物が少ない」

 一行は、男の案内どおりに薄暗い塔の内部を慎重に進んでいく。

 カミラはマルコの背中から目を離さなかった。

(もしこの男が、本当にカンダタとグルだったら……)

 この先に、あの気配の薄い犬や、ほかの手下たちが網を張って待ち伏せしているのではないか。

 カミラは、短剣の柄を握る手に自然と力がこもる。

 

 けれど、その懸念に反して、通路を進むにつれて周囲の闇は少しずつ薄れていった。

 石壁の隙間から、外の光が差し込んでいる。

 

 やがて、行く手に古びた木の扉が見えた。

「……あそこ?」

 マナが小さく言った。

 マルコが力なく頷く。

「あの向こうだ……外に出られる」

 

 カミラは息を呑んだ。それでも、扉の下から漏れる光は本物だった。

 

 メイリンがソナムを支えたまま周囲に目を配る。ダリアがマルコの肩を支え、マナは剣を握り直した。

 

 カミラは扉の取っ手に手をかけ、そっと押し開いた。

風が入り込む。草と土と、陽の匂い。

 

 そこは、塔の三階部分に張り出したベランダだった。

 

 外の光が眩しい。下には草地が広がり、その向こうに森が見える。さっきまで息苦しい石の中にいたせいか、吹き抜ける風だけで胸の奥が少し軽くなった。

 

「私、ルーラできるかも」

 眩しそうに空を見上げていたマナが、ふとそんな言葉を漏らした。

「え! ほんとに?」

 カミラは思わず声を上げた。

 ジャンナやダンテが使っていた、あの呪文を。

 今のマナが。

「うん……ちょっとみんな寄って」

 マナの表情は真剣だった。

 カミラたち四人と、衰弱した男二人。その場にいる全員が、吸い寄せられるようにマナの周囲へ身を寄せた。

「離れないで」

 

 マナが静かに目を閉じ、呪文を唱え始める。

 足裏から床の感触が消え、風が耳元で鳴る。

カミラは反射的に、隣のダリアの袖を掴んだ。

視界が白く弾ける。

 

 そして――

 

 土と草と、人の暮らす街の匂いが鼻先をかすめた。足裏に、硬い地面の感触が戻った。

 

 カミラはよろめきながら目を開けた。

 

 目の前には、ロマリアの城壁があった。

 城下へ入る大きな門。その前の石畳。見慣れた兵士たちの姿。

 

 戻ってきたのだ。

「……全員、いる?」

 カミラは弾かれたように周囲を見回した。

 マナがいる。

 メイリンがいる。

 ダリアがいる。

 マルコも、ソナムも、倒れ込んではいるが息をしている。

 誰も欠けていなかった。

 そのことが分かった途端、膝から力が抜けそうになった。

 

 助かったんだ。

 

 マナがその場に膝をつき、荒く息を吐いた。

「できた……」

 

 塔の中の闇。落とし穴。犬の縄。三本指の礫。カンダタの笑い声。

 

 それらは、まだ身体の奥にこびりついている。

 それでも、今は風が吹いていた。

 ロマリアの門前の風だ。

 

 カミラはそこでようやく、短剣の柄から手を離した。

 

 「こ、ここ……ロマリアだ……! 俺、帰れたんだっ!」

 門前の見慣れた石畳を踏みしめ、マルコが震える声で叫んだ。その瞳からは大粒の涙が溢れ出している。

「ありがとう……本当にありがとう。あんたたちは……命の恩人、だ!」

 何度も何度も頭を下げるマルコを見て、マナはようやくほっとしたように笑った。

「よかった……。家まで送るよ。歩ける?」

「ああ、ほんとすまないね。門から歩いて十五分ほどだ」

 マルコが涙を拭いながら指差す方向を確認すると、マナは隣でまだぐったりとしている若い僧侶へと向き直った。

「うん。じゃあ、このお坊さんにホイミかけるね」

「できるの?」

 カミラが思わずマナの顔を覗き込む。彼女の魔力はもう底を突きかけているはずだった。

「うん、ギリギリ一回かな」

 マナは小さく息を整えると、ソナムの傷ついた身体へそっと両手をかざした。

 淡い光が優しく彼を包み込む。歩くことさえままならないほど衰弱していたソナム。青白かった顔にわずかに血の気が戻った。呼吸も、少しだけ深くなる。

「……ああ……どうもありがとう、ございます」

 ソナムは自分の両手を見つめ、それからマナに向けて合掌し、深々と頭を下げた。

「こんなにもしていただいて……」

「マルコにはもうホイミはできないけれども、あとで私が薬草を使ってあげる」

 ダリアが道具袋に手をかけながら、マルコに声をかける。

「いいのかい?」

「うん、あんたの案内のおかげで脱出できたからね。薬草も節約できた。そのお礼」

 ダリアの言葉に、マルコは顔を火照らせて嬉しそうに身を乗り出した。

「あんたたちも怪我してるだろ。うちで休んでってくれ。家内も歓迎するはずさ。泊まってくれてもいい」

 

 まだ身体は衰弱しているはずなのに、我が街へ生還できた喜びが勝っているのか、マルコの口調はすっかり饒舌になっていた。

「いいえ、私たちは宿屋に泊まるから」

 カミラが代表して断ると、マルコは少し残念そうにしながらも、隣の僧侶を振り返った。

「そうか。じゃあ、ソナムは泊まってくれ」

「といっても、俺んち、どうなってるのか……久しぶりすぎてな」

 苦笑いするマルコを真ん中に挟み、一行はゆっくりとロマリアの城下町を歩き出した。

 

 賑やかな街並みと、昼下がりの穏やかな空気。こうして無事に帰ってこられた安堵感は、確かにカミラの胸にもあった。

 けれど、カミラは腰の鞭にそっと触れ、小さく奥歯を噛み締めた。

 なんとか生還できたとはいえ、自分たちはあの塔で完敗したのだ。王からの依頼であるカンダタの討伐も、盗まれた金の冠の奪還も、どちらも何一つ成し遂げられていない。その冷厳な事実が、カミラの胸に重くのしかかっていた。

 

 

 やがて、通りの先に古びているが手入れの行き届いた一軒の家が見えてきた。

 柔らかな午後の光が差し込む庭先で、一人の女性が忙しそうに洗濯物を取り込んでいる。

「アンナ!!」

 マルコが張り裂けんばかりの声で叫んだ。

 その声に、女性の手がピタリと止まる。驚きのあまり、抱えようとしていた白い洗濯物が、ひらりと乾いた地面に滑り落ちた。

「あんた……っ!」

 女性は取り落とした荷物にも目もくれず走り出してきた。マルコもまた、もつれる足を必死に前に出し、二人は激しく抱き合い、互いの存在を確かめ合うように腕を回した。

「帰ってきたんだね」

「ああ……心配かけてすまない」

「生きてたのね……ほんとに」

 言葉が涙で遮られ、二人はただただ泣きながら、互いの名前を呼び合っている。

 カミラは少し離れた場所から、その光景を黙って見つめていた。胸の奥に、ほんの少しだけ熱いものが滲んだ。

 

連れてきてよかった。

 

そう思ってしまったことにカミラは少しだけ目を伏せた。

 

「こちらのお嬢さん方に助けてもらってな」

 マルコが涙を拭いながら、誇らしげにカミラたちを振り返った。

 妻のアンナは、涙に濡れた顔のまま、胸の前で両手を握りしめ、何度も何度もお礼を言った。

「そうなの! 本当に、本当にありがとうございました」

 

 盗賊に向かって、そんな顔で礼を言うものじゃない。

 カミラはそう思いながら、少し肩をすくめた。

 気恥ずかしさはあった。それでも、アンナの涙に濡れた笑顔へ、静かに微笑みを返した。

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