ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜 作:ミサ2
【盗賊】カミラ
待ち合わせ場所に指定されたのは、広場の一角だった。
カミラは約束の時刻より、いくらか早く着いた。特別に気合を入れていたわけではない。ただ宿で目が覚めてしまったら、じっとしているのが落ち着かなくて体が動いていた。我ながら、こういうところは妙に真面目な性分だと思う。自由を好んでいたくせに、約束の時間だけはきっちり守っていた母譲りだ。
しばらくして、雑踏の向こうからマナが現れた。昨夜と同じ、鮮やかな赤いマントに、使い込まれた剣と盾。ただ、今朝はその背に旅の荷物を背負っていた。
マナはカミラの姿を見つけると、意外そうに少し目を丸くした。
「ちゃんと来てくれたんだ」
「そりゃあ来るさ。来ないとでも思った?」
カミラは鼻を鳴らした。
「正直、ちょっとね」
「失礼ね」
カミラが眉を上げると、マナは悪びれずに笑った。すまないと言ってはいるが、その響きからは謝罪の色など微塵も感じられない。
「せっかくの八万ゴールド分の仕事だからね。忘れるわけないでしょ」
「命懸けのね」
「それはお互い様でしょ」
二人は言葉を交わしながら、並んで歩き始めた。朝のアリアハンはまだ眠りの中にあるように静かで、磨かれた石畳が朝露に濡れて、鈍い光を跳ね返していた。
「これからどうするの?」
「仲間探しね」
歩調を合わせながら、マナが当然のように言った。
「二人じゃ、さすがに魔王を倒すなんて無理だしな」
「そうね。……アテはあるの?」
「アテはない」
カミラは歩きながら、マナの横顔を盗み見るように観察した。
「じゃあ、どうやって?」
「必要な人材がいそうな所へ、とりあえず行ってみる」
「ほう」
カミラはそれ以上、追求するのをやめた。
アテもなく、ただ必要な場所へ行く。
行き当たりばったりもいいところだ。普通なら溜息の一つも出そうなものだが、隣を歩くマナの口ぶりには、不思議と迷いの欠片もなかった。根拠のない自信なのか、それとも自分の直感を信じ切っているのか。
カミラにはまだ、その正体がわからなかった。
市場は朝から活気に満ちていた。
アリアハンの城下において、これほど多様な人種と欲望が交差する場所は他にない。カミラは人混みの隙間を縫うように歩きながら、無意識のうちに視線を走らせていた。誰がどこを見て、どの懐に隙があるか。それは、考えずとも体が動くほどに染み付いた習慣だった。
香辛料の鼻を突く匂いが漂う一角を抜けると、重厚な金属の匂いが混じり始めた。武器屋だ。
軒先に並んだ剣や槍、手斧といった刃物の群れが、朝の鋭い光を撥ね返している。マナがふいと足を止めた。
「いい剣ね」
マナは、並んだ剣から一本の剣を手に取ると、軽くその場で振った。無愛想な店主が「おい」と文句を言いかけたが、彼女の真剣な瞳の光を見るなり、口を噤んだ。
カミラはその横で、隣の防具屋に目をやった。
並んでいるのは革鎧や鎖帷子、鈍く光る盾。自分の装備を見下ろせば、まだ実用には耐えるものの、随分とくたびれて見える。三万ゴールド分の装備。その約束を思い出し、カミラは内心で少しだけ気分を浮き立たせた。
武器屋の隣には雑貨屋が並び、店先にはロープや松明、薬草が雑多に積まれていた。
旅支度の匂いだ。冒険者の必需品が並ぶ店舗が続いた。
食料品店の店先で、マナがふたたび足を止めた。彼女は山積みにされた干し肉の一つを手に取ると、鼻先で匂いを確かめ、また静かに棚へ戻した。
「買わないの?」
カミラが尋ねると、マナは前を向いたまま答えた。
「まだいい」
「旅の食料は早めに揃えた方がいいわよ。鮮度のいいものから無くなるから」
「わかってる」とマナは言った。「でも、今日はまだ旅立たない」
カミラはわずかに歩調を緩めた。今日ではないのなら、彼女は何を探してここを歩いているのか。
市場の奥へ進むにつれ、熱気と人の密度はさらに増していった。
南の島々から来たのであろう褐色の肌の男たちが鮮やかな色彩の布を広げている。甘ったるい香の煙が流れてくる。東方の商人たちが焚いている香か。
それらはカミラにとって、それはひどく見覚えのある光景だった。
香辛料と汗、獣脂と煙。
かつて身を置いていたロマのコミュニティも、常にこんな匂いがしていた。雑多で、騒がしく、怒鳴り声と笑い声が、絶え間なく飛び交っていた。どこか猛々しいほどに生き生きとした空気。
隣を歩くマナは、子供のようにきょろきょろと周囲を見回している。
「楽しそうね」
カミラが皮肉を込めて言うと、マナは弾んだ声で返した。
「市場、好きなの。いろんな人がいるから」
市場の一角に、ひときわ大きな人だかりができていた。
そこだけ空気の色が違う。異国風の天幕が張られ、鮮やかな色彩の布や、鼻を突くほど強烈なエスニックハーブの匂い、そして鈍い光を放つ装飾品が所狭しと並べられている。その中心で、浅黒い肌をした女が、朗々とした声を張り上げていた。
整った目鼻立ちの女だった。くすんだ紅色の布を頭からゆるく被り、生成りの上衣に、青いベストを重ねている。足首で絞ったゆったりした布のズボン。腰には使い込まれた革の鞄を提げていた。華やかに笑っているが、その目は集まった客の顔と懐具合を一人ずつ測っているようだった。
「さあさあ、見てください、この盾! どんな鋭い槍でも、どんな剛剣でも、絶対に貫くことはできません! 鉄壁の守りを約束する、世界に二つとない最高の盾です!」
その威勢のいい声に誘われるように、次々と人が集まってくる。カミラも自然と足を止めていた。隣に立つマナも、興味深そうに目を輝かせている。
女は畳み掛けるように、今度は隣に立てかけてあった長槍をひったくるように手に取った。手首の腕輪が、しゃらりと鳴る。
「そして、この槍! どんな盾も、どんな重厚な鎧も、一突きで必ず貫く! この槍の前に、防げるものなど何一つ存在しません!」
見物客から、ざわざわと歓声が上がった。
だが、その熱狂を切り裂くように、人だかりの後ろから一本の太い腕がぬっと挙がった。
「ちょっと待て」
野太い、地を這うような声だった。
騒がしかった周囲が、一瞬でしんと静まり返る。
「その槍で、その盾を突いたら、一体どうなるんだ」
重苦しい静寂が落ちた。
女は槍を握ったまま、一瞬だけ石像のように固まった。観衆の視線が女に突き刺さる。
……が、彼女はすぐに、挑戦的な笑みをその唇に浮かべた。
「お武家様、ご来店ありがとうございます。商売人が自分の商品を最高だと言わずに、一体何を言うんです? 槍を売るときには最高に鋭いと言い、盾を売るときには最高に硬いと言う。それが客への最低限の礼儀ってもんですよ」
女は槍の穂先を戦士の方へと軽く向け、よどみない口調で続けた。耳元の飾りが、小さく揺れる。
「それにですね、この槍と盾、お武家様がお買い上げになった瞬間、それはもうお武家様のもの。この二つが戦場でぶつかり合うことなど、万に一つもございません。この槍は『敵国の盾』を貫くためのものだし、この盾は『敵国の槍』を防ぐためのもの。身内同士で争わせるなんて、そんな無粋なことはなさらないでしょう?
毎度お買い上げ、ありがとうございます!」
戦士が不機嫌そうに眉をひそめた。
「俺はまだ、買うなんて一言も言っていないだろうが!」
「またまた、お武家様ったら!」
女はひらひらと手を振り、おどけたように肩をすくめた。
「戦いに勝つのも人ですし、敗れるのも、また人でございますからね。毎度お買い上げ、ありがとうございます!」
どっと、先ほどよりも大きな笑い声が弾けた。戦士は顔を真っ赤にしながらも、どこか毒気を抜かれたような様子で、困ったように頭を掻いている。
カミラは、気づけば声を立てて笑っていた。隣を見ると、マナも可笑しそうに肩を揺らしている。
「……あの女」
マナが、短く言った。
「ええ」
カミラも、頷いて答えた。
二人は示し合わせたわけでもなく、自然に顔を見合わせた。