ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜 作:ミサ2
【盗賊】カミラ
【商人】ダリア
【武闘家】メイリン
【ロマリアの御者】マルコ(カンダタの元捕虜)
【旅の僧侶】ソナム(カンダタの元捕虜)
マルコの自宅へと招かれ、一同はこじんまりとした居間に腰を下ろした。
ダリアは道具袋から薬草を取り出すと、手早くすり潰し、マルコの傷口に当てた。残りを口に含ませると、強ばっていた彼の顔が少しずつ緩んでいく。
「何から何まで、本当にありがとう」
痛みが引いて随分と楽になったのか、マルコがしみじみと頭を下げる。
「いえいえ」
ダリアは少し照れくさそうに笑って応えた。
アンナがお礼にお茶でも、と慌てて準備を始めようとしたが、マナたちはそれを丁重に断って辞去することにした。礼を受け止めるだけの余力すら、もう残っていなかった。
マルコ宅をあとにすると、マルコ夫妻と、いくらか顔色の良くなったソナムの三人が、いつまでも名残惜しそうに玄関前に見送りに出てきていた。
カミラたちはその視線を背中に受けながら歩き去ったが、自然と口数は少なくなった。いつも通りに賑やかなロマリアの大通りを歩きながら、たぶん、みんな同じことを考えている。
あれは、撤退だった。しかも、完敗の末の。
奈落の底へ落とされて、逃げて帰ってきたのだ。生きて戻った。しかし勝ったわけではない。その事実だけが、ロマリアの明るい通りの中で妙に重かった。
「どこの宿にする?」
沈黙を払うように、ダリアが声をかけてきた。努めていつも通りのトーンを保とうとしているのが、かえってつらい。
「んん……どこでもいいけど。先日も泊まった宿屋でいいんじゃない?」
メイリンが気だるげに髪をかき上げながら提案する。
「そうね」
カミラも短く同意し、一行は以前利用した見知った宿屋へと向かった。
受付で手続きを済ませ、割り当てられた部屋に入った途端、緊張の糸が切れたようにそれぞれがベッドや椅子になだれ込んだ。
「はあ……疲れたわー」
ダリアが大きく息を吐き出しながら、ベッドにごろりと横たわる。
「うん……なんとか帰ってこれたね」
マナが静かに微笑みながら、椅子の背もたれに身を預けた。
「……うん」
カミラは壁に身を寄せ、自分の両手を見つめながら短く応じた。まだあの塔の暗闇の感触が肌に残っている。
「そういえば、マナはルーラも?」
メイリンがふと思い出したように、ベッドの端に腰掛けながらマナを見た。
「そうだったね」
ダリアも上半身を起こしてマナを見つめる。
「回復魔法に攻撃魔法に移動魔法、あなたもう何でもありじゃん」
ダリアが感心半分、呆れ半分といった様子で言うと、マナは少し困ったように眉を下げて、悪戯っぽく笑った。
「伝説の勇者の娘だからねぇ。オルテガ様もホイミやルーラぐらいは使えたんじゃないの?」
カミラがそう言うと、マナは首をかしげた。
「どうなんだろ」
オルテガの武勇伝は国中に知れ渡っているが、その勇者がどんな呪文を使いこなしていたかまでは、話に聞いたことはない。
「それに、カミラもよ。フローミって」
マナの言葉に、今度は一斉にカミラへと集まった。
「……うん、自分でも驚いた」
カミラは素直に頷いた。あの窮地の最中、頭の中にすうっと意識の格子が広がり、自分が塔の何階にいるのかが確信として分かったあの瞬間。思い返しても不思議な感覚だった。
「マナを見ててもだし、カミラもだけど、やっぱりあんなふうにピンチになると、魔法って発現するものなのかな」
ダリアの素朴な疑問に、マナは首を小さく横に振った。
「いや〜、よくわかんない」
当事者であるマナ自身も、理屈で引き出した力ではないのだろう。
カミラは再び自分の掌に視線を落とした。
負けた。それは変わらない。
けれど、何も残らなかったわけでもない。
マナはルーラを使った。自分も、フローミを覚えた。
それでカンダタに届くのかは、まだ分からない。
夕暮れの宿屋の部屋に、静かな時間が流れていた。
「まずは、ごはんにしない?」
お腹の虫をなだめるように、ダリアがふっと表情を緩めて提案した。
「うん、あたし、早くお風呂にも入りたい」
メイリンがベッドの上で伸びをしながら、自分の服の袖を嫌そうに見つめる。
「メイリンはお風呂好きねぇ」
マナがくすくすと笑うと、メイリンは心底うんざりしたといった様子で口を尖らせた。
「あんな埃だらけの塔にいたんだよ? お風呂かシャワーには入るでしょ……」
埃を被り、奈落の底にまで落とされたのだ。言われてみれば、カミラも肌にまとわりつく汚れがずっと気になっていた。
「そうね、先に入っておいで」
ダリアが立ち上がり、自分の荷物から空になった薬草の袋を取り出した。
「その間に私は薬草買ってくるわ。もう二つしか残ってないし」
今日の怪我を今夜のうちに癒すためには、薬草は人数分ほしい。ダリアの言葉に、カミラも小さく頷いて財布の紐を確かめた。
「じゃあ、お先します」
メイリンは嬉しそうに湯帷子を引っ掴むと、軽い足取りで部屋に備え付けられた浴室へと向かっていった。
「残りの薬草、薬湯にしたら?」
道具袋を整理していたダリアが、ふと思いついたように言った。
「どうせ今から買い足しに行くんだし、残った二つは使っちゃえばいい」
カミラは思わず頷いた。こういうところは、本当に抜け目がない。
「メイリンの疲れも少しは和らぐでしょ?」
ダリアはそう言うなり、手際よく薬草を掴んで浴室のドアを軽く叩いた。
「メイリン、これお湯に入れて使いなよ!」と声をかけると、中から「わー、ありがと!」と嬉しそうな声が返ってくる。
間もなくして、浴室のドアの隙間から、薬草特有のほんのりとした青い香りが部屋の中に漂ってきた。湯気と共に広がるその香りに、カミラも少しだけ肩の力が抜けるのを感じる。
「じゃあ、私は薬草を買いに行ってくるね。カミラとマナ、留守番よろしく」
ダリアは空になった袋を肩にかけ、部屋を出ていった。
順番に湯を使い、しっかりと身を清めたあと、四人は宿屋のダイニングへ降りて夕食を摂った。
温かい食事を胃に収め、再び客室へと上がってくる頃には、カミラもようやく人心地がついていた。張り詰めていた身体の強張りが、少しずつ解けていくのが分かる。
めいめいがベッドや椅子に腰掛け、部屋に静かな時間が流れ始めた頃、マナが重い口を開いた。
「みんな、お疲れのところだとは思うけど……」
その先、マナが何を口にしようとしているのか、カミラには痛いほど分かった。
「今日は負けだったね」
誰も否定しなかった。否定できるはずもなかった。
「そうね。いつもの形を、見事に破られた……」
ダリアが膝の上に視線を落としながら、ため息まじりにぽつりと言った。
「たぶん、塔の中での戦いを見られてたんだと思う」
メイリンが悔しそうに唇を噛む。自分たちの戦い方や癖を、あらかじめカンダタの連中に把握されていたのではないか。そうでなければ、あの流れるような連携に説明がつかない。
「あの前衛二人は強烈だった」
マナが思い返すように呟くと、ダリアも頷いた。
「うん。小山みたいな男だったね」
「……あんなに大きいと、何もさせてもらえなかった。まともに攻撃してくるというより、ただ押し返してくるだけなのに」
メイリンは、自分の拳を見つめた。
「マナ、あの槍使いも手強かったでしょ?」
「うん……正直、向こうのほうが上だと思った。私はぜんぜん通用しなかった」
「一番厄介なのは、あの捕縛手よ」
ダリアが自分の腕をさすりながら、顔をしかめた。
「気づいた時には、もうグルグル巻きにされてて。あれは本当に危なかった」
一瞬の隙に自由を奪われた恐怖は、まだ記憶に新しい。
「あの投擲手も曲者よ。私もマナも食らったけど。離れた所から正確に援護してくる。あいつのせいで、こちらは全部後手に回らされた」
カミラは、まだ鈍く痛むような気がする右膝に触れた。
前を塞がれ、上から削られ、下から捕まえに来る。
思い返すほど、よく組まれた布陣だった。
封じ込められた末の完敗だ。
誰も、すぐには次の言葉を出せなかった。
沈黙を破ったのは、ダリアだった。
「で、どうする?」