ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜 作:ミサ2
【盗賊】カミラ
【商人】ダリア
【武闘家】メイリン
【ロマリアの御者】マルコ
【旅の僧侶】ソナム
ロマリアでの翌朝。
四人は並んで宿屋を出た。温かい食事に心地よいベッド、そしてダリアが調合してくれた薬草のおかげで、動くのには支障がないくらいにまで回復できた。
「マルコの家に寄ってみない?」
歩き出しながら、マナがふと思いついたように提案した。
「そうね」
カミラも頷き、一行はロマリア城下の門の近くにあるマルコの家へと向かった。
「おはようございます、マルコ」
「ボンジョルノ〜!」
アンナが明るく迎え入れ、奥からマルコも顔を出した。
住み慣れた自宅での休息と温かい食事が何よりの薬になったのだろう、マルコは昨日までの衰弱ぶりからは、かなり元気を取り戻しているように見えた。それは、同じ部屋で静養していたソナムも同様だった。
「だいぶ良さそうね」
カミラが声をかけると、マルコは白い歯を見せて笑った。
「ああ、おかげさまで、この通りさ! ほんと、あんたたちのおかげだよ。どれだけ感謝してもしきれないくらいだ」
「ソナムもね」
マナが視線を向けると、若い僧侶は穏やかに微笑み、静かに頭を下げた。
「はい、本当にありがとうございました」
「ところで……これからまた、シャンパーニの塔に向かおうと思うんだけど」
マナが何気なく告げた言葉に、マルコは驚きのあまり目を丸くした。
「えっ! ま、また行くのかぁ!?」
非常に意外そうな、信じられないといった風な、裏返った声を上げる。
「本気かよ。あんな目にあったばかりなのに……」
「うん……だけど、これは王様から私たちが頼まれた仕事だからね」
マナの真っ直ぐな言葉に、マルコは返す言葉を失ったようだったが、やがて神妙な面持ちで頷いた。
「そうかぁ……なら、本当に気をつけてな」
「ありがとう」
カミラはここで、一歩前に出てマルコを見つめた。
「マルコに、少し教えてほしいんだけど」
「どうした?」
「私たち、最上階でカンダタたちとやり合ってる最中に、落とし穴に落とされたのよ」
「ああ」
「それで下の階に落ちて、そこでマルコたちに会ったんだけどね」
「うん、そうだな。あそこは確かに五階だった」
「だから聞きたいの。そういう落とし穴とか、あいつらが仕掛けている罠について、何か知らない?」
「あぁ……そういうことか」
マルコは納得したように表情を引き締め、何かを手繰り寄せるようにじっと宙を見つめ始めた。
「俺も詳しくは知らない。ただ、荷を運ばされた時に、最上階の床には近づくなって何度か言われた。よく見ると、石の継ぎ目が少し違う場所がある」
マルコは記憶を呼び覚ますように、眉の間に皺を寄せた。
「その他にも、隠し扉や隠し部屋みたいなのもあの塔にはありそうだったが、俺もよくわからないな」
「しかしな……」と、マルコはそこで一度言葉を切り、声を少し潜めてカミラたちに顔を近づけた。
「四階の奥に、妙に人を近づけさせない場所があったな。俺たち捕虜は、荷を運ばされても手前で止められた」
「……人を近づけさせない場所、ね」
カミラはダリアと視線を交わした。
「ソナムはどう思う?」
マナが隣で静かに耳を傾けていた若い僧侶へと水を向けた。
「あいにく私も、はっきりとしたことは言えません」
ソナムはすまなそうに眉を下げて、両手を合わせた。
「私は、怪我人が出た際にホイミに呼ばれるだけでしたから。塔の中を自由に歩けたわけではありません」
「私も、四階へは入れてもらえませんでした。ただ……怪我人を運ぶ場所ではなかったと思います」
「わかったわ。どうもありがとう」
カミラはマルコの言葉を頭に入れながら、短く礼を言った。収穫はあった。
「ほかに何かカンダタや、その部下について知っていることはない? あの幹部四人も強烈だったけども」
「うん、あの四人な……」
マルコは腕を組み、忌々しげに鼻を鳴らした。
「あの中じゃ、『先生』と呼ばれてる槍使いが一番まともだったな。なんでカンダタなんかに仕えてるのかと思うくらい、筋の通った男だったよ」
「三本指ってのはプライドが高かった。目つきの鋭い、細身の投げ手がいただろ?」
「うん」
カミラは、あの鋭い眼光を思い出しながら頷いた。
「だけど、最もクレイジーなのは『犬』って呼ばれてるロープ使いさ。アイツはヤバいね」
「どうヤバいの?」
身を乗り出したカミラに対し、マルコは少し顔を曇らせ、言葉を濁した。
「女だろうが子どもだろうが、遊び道具のようにな……逃げる相手を追い詰めて縛るのが好きなんだ。あいつは仕事でやってるんじゃない。捕まえた相手が怯えるのを見て笑うんだ」
その言葉に、部屋の空気が一気に冷え込む。カミラは鞭の柄を無意識に強く握りしめた。ただの悪党というだけでは片付けられない、歪んだ狂気がその男には宿っているらしい。
「ソナムからは何かない?」
マナが問いかけると、それまで控えていたソナムが意を決したように顔を上げた。
「あの、マナさん」
「はい」
「私でよければ、あの塔まで一緒に行きます。私のホイミでよければ使ってください」
「塔まで?」
マナが驚いて聞き返すと、ソナムは真剣な眼差しで頷いた。
「中まで入るのは……正直、足がすくみます。でも、入口までならご一緒できます。そこでホイミして私はキメラの翼で帰りますので」
「そんなにしてくれるの?」
マナの瞳に感謝の色が浮かんだ。だが、カミラは冷静だった。自分たちの命がかかっているのだ。
彼女は首を横に振る。
「気持ちはありがたい。でも、塔までの道にも魔物が出るのよ。あなたを守りながら進む余裕は、今の私たちにはないわ」
ソナムは悔しそうに唇を結んだ。
「……そう、ですね」
「でも、四階の話は助かった」
マナが柔らかく言った。
「そしてお気持ちも、すごく嬉しかったわ」
ソナムは静かに合掌し頭を下げた。
「では……どうか、ご無事で」
マナたちは、マルコの家を辞去した。
玄関の外まで、マルコ夫妻とソナムが出てきてくれた。三人は、彼女たちの姿が見えなくなるまで見送っていた。
その視線を背に、ロマリアの賑やかな通りを歩いていく。
ダリアが荷物の紐を締め直しながら、マナへ視線を向けた。
「じゃ、カザーブね。マナ、ここでルーラできる?」
「うん。だけど……もう一箇所、先に寄ってもいい?」
歩みを止めたマナが、悪戯っぽく微笑みながら懐に手を差し入れた。
「どこへ?」
カミラが尋ねると、マナは指先で挟んだ小さな輝きをみんなに見せた。
朝の光を浴びて鈍くきらめいたのは、独特の紋章が刻まれた小さなガラス片――ちいさなメダルだった。
「あ、メダルのおじさんのところね!」
ダリアが声を弾ませる。
「そう。道中でまた少し溜まったから、行ってみない?」
「そうね」
カミラも頷いた。
あの風変わりな紳士のところなら、何か役に立つものと交換できるかもしれない。今は、少しの戦力でも欲しかった。
「じゃあ、そこでメダルを渡したあと、改めてカザーブへ飛べばいいしね」
メイリンがそう言うと、一同はマナを中心に距離を縮めた。
マナが静かに目を閉じ、呪文を唱え始める。再びあの浮遊感が彼女たちを包み込み、ロマリアの街並みが一瞬で目の前からかき消えていった。
浮遊感が収まると同時に、目の前の景色がロマリアの石畳から、見慣れたアリアハンの城門へと切り替わった。
ここを旅立ってからまだ数日しか経っていないはずなのに、城下町を吹く風が、随分と懐かしく感じられる。
一行はそのままアリアハン城下町の住宅街へと歩みを進め、目的の古びた邸宅の扉を叩いた。
「こんにちは」
マナが声をかけると、奥からあのしっかりとした装いの紳士が顔を出した。
「おお、こんにちは。きみたちか。どうぞ」
メダルおじさんの自宅内に通された一行は、勧められるままに中へと進む。マナが道具袋から、道中で見つけてコツコツと溜めてきた小さなメダルを取り出し、テーブルの上のトレーに並べた。
「どうもありがとう。きみたちのように世界中を回る冒険者に協力してもらえるのはありがたいよ。……よし、今回の品物を持ってきますね」
おじさんは満足そうにメダルを回収すると、そそくさと部屋の奥へ入っていった。
しばらくして、小さな木箱を大事そうに両手で抱えて戻ってくる。
「はい、これが今回の品物だ。きみたちにちょうど良いと思ってるよ」
ーーーーー
手渡された報酬を受け取り、マナたちはメダルおじさんの家をあとにしていた。
静かな通りに出るとすぐに、四人は誰からともなく足を止め、互いに顔を見合わせた。
「……ねぇ……」
メイリンがひどく複雑な、何とも言えない表情で口を開く。
「うん……」
カミラもまた、渋い声を漏らすしかなかった。
「やっぱりあのおじさん、変態なんじゃないの!?」
メイリンが毒付いた。
「変態というより、価値基準が独特なのよ」
「……」
マナは真っ赤になって俯き、返す言葉もないようだった。
それもそのはず、箱の中に収まっているのは、黒い革帯と細い留め具でできた、どう見ても脚に巻くための装飾具――ガーターベルトだった。大人の女性が身につける艶めかしい下着の一つだ。
「たしかに、モノは良いものよ。良い皮を使ってるし、縫製も申し分なかったわ」
受け取ったガーターベルトの質感を、ダリアが商人目線で冷静な評価を下した。
「そうね……。幸い、その場で着けて見せろとも言われなかったしね」
カミラはため息混じりに言った。もしそんなことを要求されていたら、今頃あの邸宅の主は鞭で縛り上げられていたところだ。実用的な性能はあるらしいが、いかんせん形状が特殊すぎる。
「これ、ほんとに冒険に役立つ品なの?」
「おじさん、すごく真面目な顔で渡してきたよね」
「真面目だったわね」
「留め具も頑丈だし。たぶん、防御力も少し上がる」
「問題は、守り以外の何かを失いそうなところね」
カミラがぼそりと言った。
「尊厳とか?」
メイリンが言う。
「言わないで……」
マナが小さく呻いた。
しかも、メダルおじさんは最後に余計なことまで言っていた。
『これを着けると、足さばきが良くなるし、鎧などの防具による下腹部のムレも減らせる。なにより、これを身につけた女性は妙に自信満々になるらしい。俗に言う、セクシーギャルの加護です』
あの時の、おじさんの一点の曇りもない笑顔を思い出し、カミラは額に手を当てた。
「俗に言う、ってなにそれ」
「聞いたことないよね」
メイリンが真顔で返す。
「で、これ誰が着けるの??」
その一言で、空気が止まった。
カミラとダリアは、示し合わせたわけでもないのに、視線を同じ方向へと動かした。
「……やっぱりマナじゃないの?」
カミラが当然のように指さすと、マナは目を丸くして自分の胸元を指さした。
「わ、私!?」
「王様に頼まれたの私だしね、って、昨日言ってたじゃない」
「それとこれとは別だよ!」
「別じゃないわ」
ダリアが冷静に言い切った。
「責任者が装備するのは自然よ」
「その理屈、今だけ急に強引じゃない!?」
マナが必死に抗議する。
「じゃあ、メイリン。あの『犬』と対峙することになるから。足さばきが良くなったほうがいいし」
「いや、気になって逆に動きが悪くなるわ……」
「そうよ、メイリンって一番色気に遠いじゃん」
ダリアが即座にツッコミを入れ、メイリンが「ちょっと!」と口を尖らせた。だが、ダリアの言葉にも一理ある。普段から動きやすさ重視の道着をまとっているメイリンに、この艶めかしい革のガーターベルトは、確かにミスマッチが過ぎるかもしれない。
「じゃあカミラは?」とマナが矛先をこちらに向けてくる。
「カミラだと、ハマりすぎるでしょ。冗談抜きで似合いすぎて、別の意味で目のやり場に困るわ」
ダリアの冷静な分析に、カミラは呆れたように肩をすくめた。自分に回ってこないのは幸いだが、そんな理由で除外されるのも、それはそれで複雑な気分だ。
「……じ、じゃあ……私……今夜の宿屋で……着けてみようかな」
逃げ場をなくしたマナが、顔を真っ赤に染めながら、蚊の鳴くような声でようやく妥協案を口にした。
「えっ! 着けるなら、今でしょ! シャンパーニに向けて!」
メイリンがすかさず声を上げ、ダリアも深く頷いた。
これから向かうのは、昨日の今日で再戦を挑むシャンパーニの塔。昨日の惨敗を受けて、装備の恩恵は一刻も早く得ておくべきなのは間違いない。
「ど、どこで着けるの?」
「あ、ここアリアハンだから、マナの実家があるじゃん」
「実家……無理ですって! もしお母さんに見られたら……」
マナは箱を抱えて、真っ赤な顔でうつむいた。
カミラは、思わず笑いをこらえた。
昨日までの暗い塔。落とし穴。縄。礫。カンダタの笑い声。
それらは、まだ胸の奥に残っている。
けれど今だけは、四人の間に少しだけ、肩の力の抜けた風が吹いていた。