ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜 作:ミサ2
首領:『カンダタ』
大盾の大男:『壁』
長柄の槍使い:『先生』
投擲手(石つぶて):『三本指』
捕縛手(鉤縄、ロープ):『犬』
(これが敵の本拠地を攻めるってことね……)
吸い込まれそうな暗闇の隠し階段を凝視しながら、カミラは奥歯を噛み締めた。
昨日と同じ場所で、同じように待っている。
どこかで自分たちは、そう決めつけていた。カンダタ側が圧勝したのだからと。
だが、そんなはずがない。
本拠地に踏み込まれ、玉座に迫られ、捕虜まで奪い返されたのだ。警戒の度合いを引き上げないはずがなかった。
これが十五年以上も君臨し続けている大盗賊カンダタの、一筋縄ではいかない狡猾さなのだろう。
「どうしようか……」
途方に暮れたように呟いたマナが、ハッとしたように顔を上げた。
同時に、カミラの脳裏にも閃きが走る。二人の頭に、ロマリアで聞いたマルコの言葉が完全に重なっていた。
『四階に、人を近づかせない場所がある』
「もしかして、四階ね……」
「うん、そう!」
マナが力強く応じ、四人は弾かれたように顔を見合わせた。
カミラは意識を集中させ、階層を知るための呪文を唱えた。
「フローミ」
脳内に響く魔力の残響を感じながら、カミラは皆を見据える。
「ここは六階で間違いないわ」
「じゃあ、二つ下ね」
ダリアが低く言った。
マナが頷く。
「行こう」
方針が決まると動きは早かった。四人は隠し扉をそっと閉じると、元来た道を戻るようにして、静まり返った塔の階段を慎重に駆け降りた。周囲の不意打ちを警戒しながら二層分を降り、通路の角に身を潜める。
「カミラ、ここが四階で間違いない?」
マナの囁き声に、カミラは再び小さく呪文を紡いだ。
「フローミ……ええ、ここは確かに四階よ」
「この階のどこかが怪しいわけね」
ダリアが周囲の壁や床に視線を走らせ、四人は四階のフロアの探索を開始した。石造りの冷たい廊下を進み、いくつかの扉を警戒しながら通り過ぎていく。
その時、突き当たりの角から唐突に声が響いた。
「い、いたぞーっ!」
昨日も見かけた、カンダタの手下の一人だった。男は悲鳴のような声を上げると、戦う素振りも見せずに慌てて廊下の奥へと姿を消した。
「こっちなの!?」
メイリンが素早く振り返り、カミラたちに視線で指示を仰ぐ。
確証は誰にもなかった。あの男の逃げ方自体が、またしても自分たちを誘い込むための罠である可能性は十分に考えられる。けれど、他に手がかりもない以上、ここで立ち止まっているわけにはいかなかった。
「追いましょう!」
マナの決断に弾かれ、四人は一斉に走り出した。逃げ去った手下の足音を頼りに、入り組んだ廊下を追いかける。
やがて、男が曲がった先には外へと通じる厚みのある扉が佇んでいた。
「この向こうに駆けていったみたいね」
「他にも隠し部屋などがなければね……」
「行くよ」
ダリアとメイリンが身構え、マナが扉の取っ手に手をかける。一気に押し開けると、眩しい午後の光とともに、吹き抜ける激しい風が四人の髪を揺らした。
扉の向こうは、塔の壁面をぐるりと取り巻くように作られた、回廊状の広いベランダだった。はるか下方に広がる緑の森を見下ろすその高所で、必死に走っていく手下の背中がはっきりと見えた。
マナたちも速度を落とさず、足早にその後を追う。
手下が回廊の角を回り込んで視界から消えた。カミラたちはその角の手前で一旦足を止め、武器を構えて呼吸を整える。
角の向こうから、風とは別の気配が流れてくる。
(人がいる……!)
しかも、一人や二人ではない。
カミラは鞭の柄を強く握り直し、張り詰めた空気の満ちる角の向こうへと、静かに視線を走らせた。
マナ、メイリン、ダリアも、顔を見合わせ、無言で頷いた。
次の呼吸で、四人は同時に角を踏み越えて突入した。
眩しい陽光のなかに浮かび上がったのは、昨日自分たちを奈落へと突き落としたあの忌々しい顔ぶれだ。
「おいおい! まったく、しつこいお姉ちゃん達だぜ」
正面に身を構えたカンダタが、苦々しげに吐き捨てる。
「ハッハッハ! 懲りない女どもだなぁ」
その傍らで幹部の男たちが下卑た笑い声を上げた。
「お前たち、やっちまえ!」
カンダタの号令が響く。その声に合わせて、前列から『壁』と呼ばれた大男がのっそりと進み出た。その隣では、『先生』が静かに槍を構える。
(来た!)
カミラが身構えると同時に、メイリンが大男へと向かって突っ走る。
大男――『壁』がメイリンを押し潰そうと巨大な盾を前面に押し出してきた。
大盾が彼女の体に当たると思われた瞬間、メイリンは鋭い踏み込みから一転、大きな跳躍で後ろへと跳び退いた。
虚をつかれたように、大男の太い首が傾き、彼女の小さな姿を目で追う。
その刹那、ダリアが放ったチェーンクロスが地を走った。先端の分銅が、無防備に晒された大男の左膝を外側から直撃する。
「ぐうっ……!」
巨体が顔をしかめた。
「もう一丁!」
ダリアは間髪入れずに鎖を引き、今度は頭上から大きく振りかぶった。大男は大盾を掲げてそれを受け止めようとする。
しかし、鎖は盾の上縁にかかり、分銅はその勢いのまま盾の裏側へと回り込んだ。
固い鉄の塊が、大男の頭を打ち据えた。
鈍い衝撃音とともに血が一筋流れ、大男が痛みでうつむく。
カミラは心の中で短く叫んだ。
(よし! 突進が止まった!)
「メイリン、犬を頼む!」
ダリアが短く叫び、鎖を引き戻す。
「まかせて!」
メイリンが『犬』の接近に備えた。
その一方、カミラは、『先生』と正面から対峙した。
向かい合うと、この槍使いの実力が嫌というほど伝わってくる。槍の穂先が、わずかに揺れるだけで間合いが削られるようだった。
だが、ここで気圧されるわけにはいかない。
カミラはすっと半身の構えを取り、長大な鞭をあえて背中側へと隠した。鞭の間合いを悟らせないためだ。
わずかな睨み合いのあと、カミラは一気に手首を振り切った。
鋭い風切り音とともに、無数のトゲが仕込まれた鞭が飛び出す。
顔面を捉えたはずの一撃だったが、先生は紙一重のところで、わずかに頭を反らせ、躱してみせた。
だが、カミラは外れた鞭の軌道を勢いそのままに、手首を返して相手の膝下を狙って薙ぎ払った。
今度は躱しきれない。トゲの鞭が、槍使いの左膝を浅く引き裂いた。
「……!」 先生の片眉が上がる。
(当たった!)
昨日とは違う。少なくとも、一方的に押し込まれてはいない。
(もう一度、足元へ!)
カミラは畳みかけるように鞭を奔らせた。
だが、先生は今度こそ読んでいた。すっと後ろへ引き、トゲの軌道を外す。
(なら、手元!)
返す鞭が槍を握る手を狙う。しかし鞭は袖をわずかに掠めたのみ。
先生はさらに半歩下がり、穂先を引いて距離を取り直した。
攻めきれない。
けれど、向こうも踏み込めない。
横目に映ったダリアは、さらにチェーンクロスを振るっていた。
鎖が大盾を巻くようにしなり、分銅が盾の縁を越えて、大男の肩や腕、脇腹を容赦なく何度も打ち据える。
「ぐっ……ぬうっ……!」
大男は歯を食いしばり、激痛を堪えるように肩を震わせた。だが、倒れない。盾だけは手放さず、なおも前へ出ようとしている。
(しぶとい……!)
カミラは舌打ちしたいのを堪え、視線を素早く巡らせた。
『三本指』は、回廊の欄干の上に立っていた。
(しめた。昨日より低い。それに、風もある)
昨日のように高い足場から一方的に投げ下ろしてくるわけではない。欄干の上は狭く、吹き抜ける風に髪がなびいている。あれでは足場も安定しないはずだ。
そこへ、マナが鉄の槍を構えて迫っていた。
三本指が石礫を放つ。鋭い音を立てて飛んできた石を、マナは青銅の盾で受け、丁寧に弾き、一歩ずつ踏み込む。
焦れているのは三本指の方だった。
彼の視線が、ちらちらとダリアへ流れている。ダリアの左手には、抜きかけた投げナイフがあった。昨日、三本指の肩を貫いた刃だ。
(効いてる……!)
マナの前進。ダリアの投げナイフ。二つを同時に見せられ、三本指は奥の欄干へとじりじり下がっていく。
だが、カミラが三本指へ意識を向けた、その一瞬だった。
槍の穂先が、鞭の軌道を掻い潜って滑り込んできた。
「っ!」
カミラは咄嗟に身を捻る。頬のすぐ横を、冷たい鉄の気配が走り抜けた。
先生だ。
(読まれた……!)
何度か打ち込むうちに、鞭の間合いも軌道も掴まれ始めている。
「んんんっ!」
カンダタの低い唸り声が、風の中に混じった。
(この槍使いの手と足さえ潰せればいい。倒せなくても、それが私の役目……!)
カミラは一度後ろへ跳び、鞭の間合いを作り直した。
足元へ。
手元へ。
トゲの鞭を走らせるたび、先生は半歩ずつ位置をずらして躱す。最初ほど、乱れない。
(まずい。読まれ始めてる……)
その時、カミラの背筋に冷たいものが走った。
(そういえば、犬は……?)
視界のどこにも、あの捕縛手の姿がない。掴む。倒す。縛る。それを一息でやってのける、最も警戒すべき相手のはずなのに。
メイリンも気づいていた。彼女は犬の気配を探るように、わずかに膝を沈めて構えている。
その時、背後の欄干の外側で、金具の擦れる音がした。
「後ろ!」
カミラが叫ぶより早く、黒い鉤が欄干の縁に噛みついた。
縄がぴんと張る。
その反動で、欄干の外側から人影が跳ね上がった。
犬だ。
鉤縄を支点に欄干を越えた男は、低い姿勢で回廊へ躍り出た。顔だけを上げる。
その手元で、太い縄が生き物のようにうねった。
カミラたちは後ろを取られた。挟撃だ。
「メイリン、任せた!」
「リャオジエ!(了解!)」
メイリンが鋭く踏み込み、飛び込んできた犬の前に立ちはだかった。
犬の縄が、蛇のように石床を走る。
メイリンはそれをかわし、一気に間合いを詰めた。低く構えた犬の顔を、メイリンの蹴りがかすめる。
続けて、鉄の爪が脇腹へ走った。
犬は身をひねり、欄干の手前まで跳び退いた。
「へえ……」
犬が歪んだ笑みを浮かべる。
「遊べそうだな、お嬢ちゃん」
「遊ばない」
メイリンの拳が、低く唸った。
「殴るだけ」
だが、犬に背後を取られた途端、回廊が急に狭くなったように感じられた。
その隙を逃さず、壁と先生が再びじりじりと前へ出てくる。
(なるほどね。外壁と欄干の間に押し込んで、前と後ろから潰すつもりか)
カンダタたちが、この場所を選んだ理由がようやく分かった。
(でも、鞭を使う私たちには、天井のないここはむしろ好都合よ!)
まだ三本指の礫はカミラやダリアには飛んでこない。
それが、今の均衡を辛うじて保っている理由だった。
しかし、その均衡も長くは続きそうになかった。
大男はチェーンクロスの痛みに耐え、再び盾を押し出し始めている。
ダリアの肩も、明らかに上下していた。あの重い鎖を振り続けるには、限界がある。
カミラの鞭も同じだった。
この槍使いはもう、最初のようには惑わされない。
穂先が、少しずつこちらの間合いへ戻ってくる。
「んんんっ……そうか」
カンダタが、低く唸った。
さっきまでの下卑た笑みが、消えている。
「女どもめ。昨日とは違うってわけか」
カンダタの眉間に皺が寄り、その右足が床を大きく踏み鳴らした。
「おいっ! お前ら、何をぐずぐずやってんだ!」
カンダタの怒号が、回廊に響く。
「壁! デカい図体して、そんな小娘に押されてんじゃねぇ!」
大男の肩が、びくりと揺れる。
「三本指! 投げナイフ一発で腰が引けてんじゃねぇか!」
その言葉に、欄干の上の三本指の目がぎらりと細くなった。
「犬! 遊んでる場合か! さっさと捕まえろ!」
その一言で、犬の薄笑いがさらに深くなる。
「先生、そんな鞭一本に随分と手こずってんなぁ! おいぼれたか!」
槍使いの顔つきが変わった。
「三本指! オメエだ! 何をチンタラしてやがる!」
さらにカンダタの檄が飛ぶ。
「その鈍足の槍女にビビってんのか! 壁と先生を援護しろ! お前の石が止まってるから押されてんだろうが!」
図星だった。
マナの槍。ダリアの投げナイフ。
二つに意識を割かれ、昨日のように前衛・後衛へ礫を降らせることができていない。それが今の戦況を作っている。
「……分かってるよ」
三本指が低く吐き捨て、改めてマナとの距離をとった。
マナの槍は、まだ届かない。
そう判断したのだろう。
欄干の上で、三本指の目が鋭く光る。カミラとダリアの方へ狙いを移した。
三本指は、腰の袋から石を掴み取り、振りかぶった。
(礫が来る……!)
カミラが身構えた、その時だった。
青銅の盾を構えたマナの左手に、小さな炎の光が灯った。
「メラ!」
小さな火球が、三本指の胸元へ一直線に走った。
「なっ――」
避ける暇はなかった。
火球は三本指の胸をまともに打ち、赤い炎が裸の胸元を焼いた。
「ぐああっ!」
悲鳴とともに、三本指の体が欄干の上で大きくのけぞる。欄干の内側へ崩れ落ち、肩から石床に叩きつけられた。石礫がばらばらとこぼれ、乾いた音を立てて回廊に散った。
「三本指!」
誰かが叫んだ。
投擲手は焼け爛れた胸元を押さえ、激しく咳き込みながら床にうずくまる。
身を起そうとした時、一条の光が走る。ダリアの投げナイフがその右肩に深く突き刺さった。
「ゔぐぐ……」 短いうめき声を上げて、三本指は回廊に倒れ込んだ。
敵たちの視線が三本指に移ったその時だった。
「メラ!」
再びマナの左手が火を噴いた。
火球は大盾男の左大腿を焼く。
「ぬぅおおおっ!」
熱さで大男の顔が激しく歪んだ。
その隙を、ダリアは逃さなかった。大型ナイフを焼けた太ももに突き立て、そのまま抉るように引く。
「うぐぅっ!」
大男の左膝が石床へ落ちた。
返す刃で、盾を持つ左の上腕を切り裂く。
大盾が、ガランと音を立てて回廊のゆかに落ちた。
【作者コメント】
序盤の佳境です!✨!