ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜 作:ミサ2
【盗賊】カミラ
その店先に近づいたときには、先ほどの騒ぎはすっかり収まっていた。並べられた品物を眺める客が二、三人。商人の女は陳列台の後ろに立ち、手際よく布を畳んでいる。
マナはそのまま彼女へ歩み寄っていった。カミラは半歩後ろについていきながら、もう止める間もないのだと悟り、小さく息を吐き出した。
「ねえ」
マナが声をかけた。
女は畳んでいた布から顔を上げた。さっき悪客をナイフと鎖鎌で追い払ったとは思えないほど、涼しい顔をしていた。
「いらっしゃい。何をお探しで?」
「一緒に旅に出ない?」
カミラは内心で頭を抱えた。この娘は本当に、いつもこうだ。前置きも、相手の出方を伺う布石も何もない。いきなり本題を突きつけてくる。
女はしばらくの間、マナの顔を無言で見つめていた。やがて、静かに口を開く。
「どこへ?」
「世界中」
「なんのため?」
「バラモス討伐」
女の手が止まった。マナの瞳の奥まで覗き込み、冗談を言っているのかどうかを確かめるような目を向ける。だがマナは、いつもの「のんき」な顔のまま、真っ直ぐに立っていた。
「正気?」
「よく言われる」
マナのその言葉に、カミラは思わず昨夜の自分を思い出した。自分も全く同じことを聞いたし、全く同じ答えが返ってきたのだった。
「断る」
その女は短く切り捨て、ふたたび手元の布を畳み始めた。
「私は商人よ。命が惜しいし、割に合わない真似はしない主義なの」
「報酬は出るわ……それも、あんたの想像以上のね」
今度はカミラが口を開いた。
女の視線が、初めてマナを通り越してカミラへとゆっくり向けられる。カミラは口元だけで笑った。
「あんた、さっきの立ち回り……ただの店番じゃないでしょ。これだけの商才があって、こんな露店で一生終えるつもり? 旅に出れば、もっとでかい『商売』が転がってるわよ。この子が持ってるのは、王家直々の通行証。あんたなら、その価値がわかるでしょ」
「……名前は?」
「カミラ」とマナより一歩前へ出て名乗った。
「……私はダリア。その『想像以上の報酬』とやらの話、詳しく聞かせてもらおうじゃない」
ダリアと名乗った女は、今度は先ほどとは違い、差し出された条件の価値を冷徹に見積もる商人の目になっていた。
「一緒に来てくれるなら、総額二万ゴールド分の装備品を約束する。それに加えて、旅の中で手に入る戦利品や物資の取引、その取引総額の五パーセントを手数料としてあなたに渡すわ」
カミラは澱みなく続けた。
「それに、各地を回る中で仕入れの機会も生まれる。普通の商人じゃあ、逆立ちしたって足を踏み入れられないような場所にも行くことになるわよ」
ダリアは黙ってその条件を聞いていた。布を畳んでいた手は、いつの間にか止まっている。
「世界を、もっと見たいと思ったことはない?」
カミラがそう問いかけた瞬間、ダリアの目が微かに動いた。それは利益を追う商人の目とは違う、もっと個人的な、奥底に沈めていた何かが過ったように見えた。カミラの気のせいかもしれなかったが、どうしてもそうは思えなかった。
だが、その揺らぎはすぐに消えた。
「手数料が五パーセントじゃ、少なすぎるわね」
ダリアが、試すような口調で言った。
カミラは内心で「来た」と思った。断る気なら、条件の話には乗ってこない。
ダリアは今度はじろりとカミラを正面から見据えた。
「命を張って、荷運びまでさせようってんなら、随分と安く見積もられたものね」
ダリアが鼻で笑う。その態度は不遜だが、交渉が決裂したわけではないことをカミラは見抜いていた。商人が代案も出さずに鼻で笑うのは、もっと踏み込んだ条件を引き出すための「間」だ。
「安くはないはずよ」とカミラは動じずに返した。
「魔王討伐の旅で手に入るのは、その辺のゴロツキが持っているような代物じゃない。伝説級の遺物や、異国の秘宝……それを売りさばく役を任せる。五パーセントでも、あんたなら一生遊んで暮らせるだけの金に変えられるでしょ」
ダリアは唇の端をわずかに吊り上げた。
「……面白いことを言うじゃない。でも、皮算用で腹は膨らまないのよ」
ダリアは畳んでいた布を乱暴に台へ置くと、身を乗り出した。
「手数料は二十パーセント。それと、旅先での仕入れに関する決定権は私に持たせてもらう。あんたたちが何を目指そうと勝手だけど、私の商売の邪魔はさせない。それが条件よ」
「二十は出せない」
カミラは即座に、そして冷徹に言い放った。
「私たちも旅を続け、装備を整えていく必要があるの。十パーセント。そこが限界よ。それ以上なら、悪いけど他を当たるわ」
ダリアはカミラの瞳の奥をじっと覗き込んだ。それは商売敵の懐を探るような、鋭く、容赦のない目だった。しかしカミラも視線を逸らさず、一歩も引かずにその値踏みを受け止めた。
市場の喧騒の中で、二人だけの間にぴりりとした緊張が走る。
やがてダリアは、ふっと憑き物が落ちたように息を吐いた。
「……わかったわ。十パーセントで手を打ちましょう」
それから、彼女は皮肉げに口の端を少しだけ吊り上げた。
「本当はね、私たち武器商人にとっては、魔物が蔓延ってくれたほうが儲かるのよ。平和になっちゃ商売あがったりだわ。魔王バラモスには、もっと頑張ってもらいたいくらいよ」
その露悪的な物言いに、マナがわずかに眉をひそめた。カミラは何も言わず、ただ黙ってダリアの真意を待った。
「でも、その討伐の旅とやらに、私も行くわ」
言い捨てるようにそう告げると、ダリアは畳みかけだった布を、乱暴に台の下へと放り込んだ。
カミラは、ダリアの笑みを見つめた。
あんなタチの悪い客の股ぐらにナイフを投げる女だ。
その危険な商人を、旅の道連れにすると決めたのは自分たちだった。
この旅は、また一つ、後戻りのきかない形になった。