ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜 作:ミサ2
【盗賊】カミラ
【商人】ダリア
「森の中よりも、なるべく草原を選んで進むわよ」
カミラは周囲を警戒しながら、前を歩く二人に声をかけた。
「そのほうが視界が開けるし、モンスターも少ないから」
マナが短く頷き、三人はアリアハンの城下を出てしばらく進む。やがて街道を外れて青々とした草原へと足を踏み入れた。
朝の光に照らされた草原は、一見すると穏やかそのものだった。 風が低く草を揺らし、遠くの山並みが淡く霞んでいる。 旅の始まりとしては、悪くない景色だ。 カミラはそう自分に言い聞かせたが、その平穏は長くは続かなかった。
最初のモンスターが姿を現したのは、それから間もなくのことだ。
草むらの奥から、どす黒い影が弾かれたように飛び出した。 オオカラスだ。 通常のカラスの三倍はあろうかという巨躯に、赤く濁った憎悪の瞳。 開かれた嘴からは、獲物を威嚇するような低い唸り声が漏れ出ている。 カミラが咄嗟に短剣を抜いた時には、すでにマナが前へ躍り出ていた。
鋭い剣閃が空を切り、オオカラスの羽根を散らす。 敵が怯んだその一瞬の隙を逃さず、カミラが横から短剣を深く突き立てた。 泥を吐くようなうめき声を上げ、黒い巨体が沈む。
勝った…!
静寂。
三人とも、しばらく動かなかった。
カミラは荒い息のまま、自分たちの顔を順に見た。
――私たちは生きている。
たったそれだけの事実が、妙に現実味を帯びて胸に残った。
良い。初めての戦闘で、少なくともみんな体は動いている。
しかし、そんな手応えにも浸る暇はない。
草原の窪みから、今度はスライムの群れが湧き出してきた。 一匹ではない。 ぷるぷると不気味に震えながら、四方八方から包囲するように迫ってくる。 見た目は滑稽だが、いかんせん数が多い。 カミラが一匹を蹴り飛ばした隙に、冷たい粘液が足首へ絡みつく。別の一匹が彼女の足首に噛みついたのだ。薄い皮膚を通して、じわりと嫌な痛みが走る。
「くっ……!」
カミラが足を激しく振り、スライムを草むらへと吹き飛ばす。 すぐに体勢を立て直したが、自覚した以上に体力が削られているのが分かった。
マナは懸命に剣を振るっていた。 幼い頃からの訓練が体に染み付いているのだろう、その動きには確かな基本がある。 剣筋が美しい。だが、訓練と実戦は別物だ。 命を奪う踏み込みに、どこか迷いのような躊躇いが見える。
ダリアは両手にナイフを構え、迫りくる粘体の群れを捌いていた。 見かけによらず、その一撃は重い。 しかし、スライムが群れをなして押し寄せると、どうしても後手に回ってしまう。 一匹を仕留めている間に、別の影が死角から滲み寄ってくるのだ。
「ダリア、後ろ!」
カミラの叫びに、ダリアが間一髪で振り返りナイフを構え直した。
最後の一匹を仕留め終えた頃には、三人とも肩を上下させ、荒い息をついていた。
ところが草原の洗礼はまだ終わらない。 次に姿を現したのはオオアリクイだった。
森の縁から這い出てきた巨大な影。 長い鼻先を不気味にくねらせながら、飛びかかるように距離を詰めてくる。 マナが剣を構え、カミラも短剣を握り直す。
戦いには、勝った。
けれど、その勝ち方は決して手放しで喜べるものではなかった。
三人の動きが、完全にばらばらだった。 マナが正面から斬りかかり、カミラが援護のために横へ回り込もうとした瞬間、ダリアが同じ方向に動いた。 あわや衝突しかけ、二人とも一瞬だけ動きが止まってしまう。
その隙をオオアリクイの尾が薙ぎ払い、カミラの脇腹を鋭く掠めた。
「っ……」
致命傷ではない。 けれども、そこには確かな痛みが残った。
オオアリクイが地に伏した後、草原にはただ風の音だけが響き、三人はしばらく黙って立ち尽くしていた。
「火力が足りないわね」
ダリアが、誰に言うでもなくぽつりと溢した。
カミラも全く同じことを考えていた。 街道沿いの雑魚敵相手に、これほどまで消耗していては話にならない。 ナジミの塔の中には、これよりも遥かに手強いモンスターが潜んでいるはずだ。 今の三人では、塔の門を潜る前に力尽きるだろう。
マナは黙ったまま、剣に付着した青い体液を拭っていた。 いつものんきな表情は影を潜め、何かを静かに、深く考えているような顔をしていた。
このままでは、ナジミの塔には辿り着けない。
三人の誰もが、それを口にはしなかった。 だが、草原に吹き抜ける風の中で、その冷酷な事実を三人とも感じているに違いなかった。
戦いは、執拗に続いた。
草原を西へ進むにつれ、モンスターは明らかに増えていった。スライムの群れをようやく片付けたと思えば、次は空からオオカラスが二羽、鋭い嘴を向けて急降下してくる。それを追い払っても、息をつく間もなく草むらから別の何かが這い出てくる。
消耗していくのは体力だけではない。カミラの最大の懸念は、薬草の残数だった。
戦いのたびに、彼女は密かに袋の中を確かめた。三つ、二つ、そして一つ。マナの腕に深めの裂傷ができた時、ついに最後の一つを使い切った。
「もう少し先へ進みましょう」
止まるべきだと言おうとしたカミラを制するように、マナが言った。
「キメラの翼があるから大丈夫よ」
カミラは何も言い返さなかった。この娘は「大丈夫」という言葉を、恐ろしいほど軽く使う。だが、治療手段を失った今、独断で引き返すリスクを冒すよりは、リーダーの判断に乗るしかなかった。
三人はさらに西へと足を進めた。
やがて草原が途切れ、地面に岩が混じり始める。風に混じって、かすかな潮の匂いが鼻腔をくすぐった。足元が少しずつ傾斜を描いていき、視界が唐突に開けた。
海だった。
青く、どこまでも広大な海が、眼下に広がっていた。打ち寄せる波が岩に砕け、白い飛沫が激しく舞い上がっている。カミラは思わず足を止めた。
脳裏に、かつて過ごしたイタリアの海が重なる。子供の頃、ロマの仲間たちと過ごした海辺の記憶。あの頃の海も、これと同じ、深く透き通った色をしていた。
だが、今は感傷に浸っている場合ではなかった。
海の向こう、水平線の手前に一つの島が浮かんでいた。
緑に覆われた小島。その中央に、細く高い塔の影が見える。
遠い海風の中に、ようやく探していたものが姿を現していた。
あれが、ナジミの塔。
カミラは目を細めて距離を測った。……遠い。船がなければ到底渡りきれない距離だ。ここからどうやってあの島へ辿り着けというのか。
「あれが目的地ね」
マナが、相変わらずのんきな声を上げた。
「……どうやって渡るつもり?」
ダリアが現実的な問いを投げかける。マナは少しだけ考える仕草を見せ、それからあっさりと言ってのけた。
「じゃあ、キメラの翼で一旦帰りましょう」
カミラは無言でマナを見た。ダリアもまた、呆れたような視線を彼女に固定している。
マナの言うとおりだ。反論はできない。今の満身創痍な三人では、島へ渡る手段もなければ、塔の試練を突破する余力もない。仕切り直しは妥当な判断だ。頭ではわかっている。だが、死に物狂いでここまで辿り着き、ただ塔を眺めただけで引き返すというのは、なんとも言えない敗北感が腹の底に溜まった。
マナは二人の渋い顔を見回すと、いたずらっぽく小さく笑った。
「また来ればいいわ」
ただそれだけを言い残し、彼女は鞄からキメラの翼を取り出した。
勢いよく上空へと放り投げられた翼が、空中で大きく広がり、眩い光を放つ。視界が白く塗り潰されたと思った瞬間、足元から景色が剥がれ落ちた。
浮遊感に胃が浮き、次の瞬間に硬い石畳の感触が足の裏に返ってきた。
気づけば、三人はアリアハンの城門の前に立っていた。
ナジミの塔には辿り着けなかった。
そんな強い挫折感をカミラはおぼえずにいられなかった。