ドラクエ3 〜女子だけのパーティで魔王に挑んでみた〜   作:ミサ2

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【勇者】マナ
【盗賊】カミラ
【商人】ダリア


【第9話】木杭を打つ音

 アリアハンの城門をくぐり、住み慣れた街並みが視界に入ると、カミラは無意識のうちに深い溜息を吐き出していた。

 足の裏に伝わる石畳の確かな感触、夕闇に混じる煮炊きの匂い、そして遠くから響く人々の生活の音。つい今朝まで当たり前だったはずの景色が、今は妙に尊く、ありがたいものに感じられる。

 正直なところ、五体満足で戻れたことにひどく安堵していた。もちろん、口にすることはないけれど。

 

「……で、どうするつもり?」

 カミラがマナへ問いかけると、横からダリアが遮るように言葉を挟んだ。

「やっぱり、決定的に火力が足りないわね。ここはいかつい戦士でも一人、雇い入れたほうがいいんじゃないかしら?」

 カミラも全く同意見だった。今日の草原での無様な立ち回りで、その事実は痛いほど思い知らされている。

 だが、マナは少しの間沈黙した後、静かに首を振った。

「いえ……戦士は装備品だけで出費がかさみすぎるわ。私たちだって、もっとまともな装備を揃えていかなきゃいけないもの」

「そりゃあ、そうだろうけども……」

 ダリアは言いかけて、ふと口を噤んだ。

 反論できない、とカミラにも分かっていた。屈強な戦士を加えれば、前衛を任せられる。カミラも、ダリアも、今よりずっと動きやすくなるはずだ。けれど、重厚な鎧に兜、盾に剣。一から揃えるとなれば、今の三人の財布事情では早々に底を突く。マナの判断は、意外なほど現実を見ていた。

 

「今日は一旦休みましょう」

 マナが、二人の顔を見渡して言った。

「旅の傷をそれぞれ癒して、また明日集まりましょ」

「明日は、どうするの?」

 カミラの問いに、マナは少しだけ首を傾けた。

「うん……一人、心当たりがあるの」

「仲間のアテがあるっていうのね?」

「アテってほどじゃないけど」

 マナは困ったように笑い、少しだけ視線を泳がせた。

「一人、声をかけてみようかな……って思う人がいるの。まあ、それは明日ね!」

 それだけ言い残すと、マナは城下の方へと軽快に歩き始め、振り返ることはなかった。

 何か深い考えがあるのか、それとも何も考えていないのか、カミラには、やはり最後まで読み取ることができない。

 気づけば、隣にはダリアが呆れたように立っていた。

「……不思議な娘ね、あの子」

「そうね」

 カミラは短く答えた。

 それ以上、二人は言葉を交わさなかった。

 その日はそこで解散となった。マナは城下にある自宅へ戻ると言い、ダリアは馴染みの宿へ向かった。カミラもまた、昨日と同じ安宿へと足を向けた。

 

 部屋に入り、背負っていた荷物を床に下ろした途端、泥のような疲れがどっと押し寄せてきた。ベッドの端に腰を下ろし、脇腹の傷にそっと指を這わせてみる。オオアリクイの尾に掠められた痕だ。傷自体は浅いが、じくじくと脈打つような痛みが引かない。

 カミラはそのまま、仰向けに倒れ込んで天井を見上げた。

 マナが言っていた「心当たり」という言葉だけが妙に耳に残っていた。一体どんな人間を連れてくるつもりなのか。またあの市場でのダリアの時のように、いきなり本題を突き付けて強引に連れてくるのだろうか。

「……まあ、明日になればわかることか」

 カミラは独り言をこぼし、ゆっくりと瞼を閉じた。考えたところで、今の自分にできることは何もない。それでも、明日を待つしかないという事実だけが、妙に落ち着かなかった。

 

ーーーーーーー

 

(※ドラクエ3の原作世界にはギルドは存在しませんが、

この物語においては便宜上、冒険者ギルドを出します。)

 

 城の門の前には、朝から二人の衛兵が槍を携えて不動の姿勢で立っていた。

 カミラは待ち合わせ場所に足を踏み入れるなり、落ち着かないような、心地の悪さを覚えた。盗賊という生業に身を置く者にとって、衛兵ほど近づきたくない相手はいない。今は魔王討伐の旅に出ている。少なくとも、今日ここで咎められるようなことはしていない。それでも、向けられる視線が刺さるように気になり、無意識のうちに己の手元を確かめてしまう。

 対照的にマナは、そんなカミラの機微など気にも留めない様子で、門の前に堂々と立っていた。衛兵たちはマナの姿を認めると、揃って軽く頭を下げた。オルテガの娘という名は、この城下では思った以上に重いらしい。

 そこへ、ダリアが少し遅れて現れた。大きな商人鞄を肩にかけ、昨日と変わらぬ刺繍入りのベストを纏っている。昨日の草原での傷については、おくびにも出さない平然とした佇まいだった。

「まずはギルドへ行って、これまでの戦績を換金しましょう」

 マナが二人の顔を見て言った。

「ダリア、よろしくね」

「任せて」

 ダリアは短く、自信に満ちた声で応じた。

 

 城下の冒険者ギルドは、大通りから一本入った薄暗い路地にひっそりと構えていた。看板には、剣と盾が交差した重厚な紋章が刻まれている。扉を開けると、独特の埃っぽさと鉄の匂いが鼻を突いた。カウンターの奥で受付の男が顔を上げた。その背後の壁には、各地で報告されたモンスターの情報が隙間なく貼り出されている。

 ダリアは周囲を一瞥しただけでカウンターへ進み、昨日の戦闘で剥ぎ取った魔物の素材や討伐の証明品を次々と取り出した。

 受付の男はそれらを一つずつ検め、短く値を告げていく。

「この爪は欠けているな。少し落ちる」

「欠けているのは先だけよ。根元は綺麗に残っているし、対の片方も揃っている。半端物として扱うには無理があるわ」

 ダリアの声は穏やかだった。

 受付の男は一瞬だけ黙った。

それから素材を裏返し、先ほどより少し高い金額を告げ直した。

 鍵をこじ開けるわけでも、懐に手を入れるわけでもない。それなのに、ダリアは相手の手元から金貨を引き出していく。

 カミラには細かい相場までは分からない。ただ、最後に革袋へ落ちた金貨の音だけは、思っていたよりずっと重かった。

 ダリアは受け取った金貨をその場で数え、総額をマナに示した。その上で、契約どおりの手数料だけを自分の財布へ収める。残りをもう一度数え直し、袋の口紐を締めてマナへ差し出した。

「……思ったより少ないわね」

 金貨の詰まった袋をマナへ差し出しながら、ダリアが不満げに零した。

「まだ始まったばかりだから」

 マナはさして気にする風もなく、あっさりと答えた。

 

 

 ギルドを後にすると、マナは大通りをはずれて、街の外れへと向かった。

 城下の喧騒が次第に遠のき、整然とした石畳が途切れて剥き出しの土の道に変わる。その先に、一軒の大きな民家が見えてきた。

 いや、民家と呼ぶには少しばかり異質な構えだった。建物自体は質素な木造の平屋だが、手入れの行き届いた庭には砂が敷き詰められ、何本もの木製の杭が等間隔に突き立っている。そして門の脇には、ひときわ目を引く縦長の大きな看板が掲げられていた。そこに記されているのは、カミラの知る文字とは異なる、東洋の力強い墨跡だ。

 

「ここは……?」

 カミラが訝しげに尋ねた。

「道場、っていうのかな。稽古場というか、訓練場みたいなものよ」

「こんな場所が、アリアハンに?」

「遠い異国から来た人が開いたみたい」

 マナは門をくぐり、振り返りもせず庭へと足を踏み入れた。カミラとダリアは顔を見合わせ、戸惑いを隠せないままその後に続いた。

 庭に入るなり、鋭い音が空気を震わせた。

 規則正しく、かつ重みのある打撃音。拳が木を打つ音、そして短く鋭い呼気。

 砂の敷かれた庭の中央に、小柄な一人の女がいた。

 彼女は木製の杭に向かい、一心不乱に拳を打ち込み続けている。一定のリズムを刻み、淡々と、しかし苛烈に。額を伝う汗が顎の先から砂の上へと落ちる。

 

 年齢はマナと同じくらいか、あるいは少し年下だろうか。黒髪を赤い紐で後ろに束ね、深い緑色の道着に、赤い帯が映えていた。

 三人が踏み込んできた気配を察したのか、女はぴたりと動きを止めた。

 ゆっくりと、こちらを振り返る。

 切れ長の鋭い瞳が、三人の姿を順番に捉えた。とくに警戒している様子もない。その目には、そんな余計な感情の揺れがまるでなかった。

 

 女は何も言わずに、ただ、拳についた砂を静かに払っていた。

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