「縁」を視る近界民、ボーダー隊員になる   作:白豆男爵

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黒き槍

夕方。

訓練を終えた私は自室のベッドに寝転がっていた。

天井を見上げながら、今日の出来事を思い返す。

正確には──あの日の出来事を。

 

『えっと、大丈夫かい?』

「...」

 

脳裏に浮かぶのは、一人の青年。

黒い槍を持った...恐らく近界民。

私を助けた人物。

名前も、どこの国の人なのかも、分かることはほとんどない。

 

「また考えてる...」

 

誰にも届かない言葉をぽつりと呟く。

何度考えても答えは出ない。

あの人は何故私を助けたのだろう。

敵だったはずなのに。近界民だったはずなのに。

それなのにあの時、私を助けてくれた。

 

「普通なら見捨てるよね...」

 

ボーダーのトリガーにはベイルアウトがある。

倒されても、命を落とすわけじゃない。

わざわざ正体が露見する危険を冒してまで助ける必要なんてない。

きっとあの人はあの一件でボーダーに目をつけられてしまっただろう。

それなのにあの人は槍を投げた。

 

「変な人...」

 

思わず笑ってしまう。

本当に変だ。

私ならきっと、あんな風には動けない。

助けなきゃと思っても、本当に体が動くかは別の話だ。

 

『双葉!』

「っ!」

 

そして同時に思い出す。あの時の自分を。

背後から迫ってきた大量のモールモッド。

油断していてシールドも間に合わず、何もできなかった自分。

敵であるはずの近界民に助けられた自分。

黒い槍が空を裂き、轟音と共に大量のモールモッドが吹き飛んだあの瞬間の光景は、今でも鮮明に思い出せる。

 

「悔しい...」

 

ぎゅっとシーツを握る。

私は守られる側じゃない。

誰かを守るためにボーダーに入った。それなのに、結局助けられた。

それも近界民に。

 

「もっと強くならなきゃ」

 

私はそう呟いてベッドから身体を起こす。

ランク戦、訓練。やることはたくさんある。

強くならなければならない。

次は誰かに助けられるんじゃなくて、自分が助ける側になるために。

 

「でも...」

 

顔を上げ、窓の外を見る。

夕焼けが街を赤く染めていた。

 

「あの人、今何してるんだろ」

 

ふと、零れた言葉。我ながらおかしいと思う。

会ったのは一度だけで、しかも相手は近界民。

それでも気になってしまう。

あの時手を差し伸べてくれたあの人からは確かな優しさを感じたから。

名前くらい、聞いておけばよかった。

まあ、そもそも聞く暇なんてなかったのだけれど。

 

「また会えるかな」

 

そんなことを考えて、私は慌てて首を振った。

 

「いやいやいや!」

 

何考えてるんだ私は。近界民なんだから会えるわけない。

そう自分に言い聞かせる。

だけど。

胸の奥には妙な予感が残っていた。

 

──また会う気がする。

 

そんな気がしていた。

 


 

玉狛支部に来て翌日、俺は迅に呼び出されて仮想訓練室という場所に足を運んでいた。

 

「よう、来たなリーヴ」

「で?迅に呼ばれてきたわけだが...」

 

その部屋にはレイジさんと小南もいた。

京介はバイト、宇佐美は部屋の外でこの部屋のコントロールだ。

ホログラムでほぼ実戦のような戦闘訓練が出来るとは、玄界の技術も侮れない。

 

「ここで何をするんだ?」

「実は城戸司令たちに頼まれてね。ブラックトリガーの性能を見せて欲しいんだ」

「は?あんたのトリガー、ブラックトリガーなの?」

「そうだが、ブラックトリガーの性能か...」

 

まあ、黒江を助けた時にどんなものかは大方知られている。

教えても今更こちらが損をするようなことはないだろう。

それに...

 

「全員が扱えるほど簡単な武器でもないしな」

「そんなに難しいトリガーなのか?」

「難しいと言うより...いや、見てもらったほうが早いですね」

 

そう言って俺は懐からトリガーを取り出す。

玄界に来てからは二度目の起動だな。

 

「トリガー、起動(オン)

 

トリガーを起動し、俺の身体はトリオン体に換装される。

黒を基調としたシンプルな服装にマントを羽織り、その手には黒い槍が顕現する。

 

「へぇ、槍なんだ。陽介が見たら喜びそうね」

「その陽介とやらも槍使いなのか?まあ、槍使いが期待するような性能じゃないと思うけど」

「まあまあ、とりあえず見せてみてよ」

「宇佐美、バムスターを...そうだな、三体ほど並べてくれ」

『はいは~い』

 

俺の要望に応え、宇佐美は手際よくホログラムのバムスターを出現させる。

俺はある程度の距離を取り、槍をバムスターに向かって構える。

 

「もしかして、投げるの!?」

「バムスターはそこそこ固いぞ?」

「いいから見ててよ」

 

迅はあの記録映像を見ているからかレイジさんと小南よりも冷静だ。

 

「じゃあ、いくぞ...ふっ!」

 

俺は左足を前に踏み込み、右手で握っている槍を思いっきり投擲した。

瞬間、槍は閃光を纏って加速し、バムスター三体を一瞬にして貫いた。

勢い余って壁に刺さった槍が部屋全体を揺らす。

 

「これが俺のブラックトリガー、黒き槍(グングニル)だ」

「「「...」」」

 

しばしの沈黙が訪れる。

そしてその静寂を破ったのは小南だった。

 

「何よ今の!?」

「いやー、生の迫力は違うね〜」

「バムスター三体を一撃か...しかもこれだけ離れた状態で」

 

小南と迅は驚きしか出ていないのに対し、レイジさんは冷静に今の一撃を分析している。

 

「まあな。グングニルは投擲距離に比例して威力が上がる」

「つまり、遠くに投げるほど強くなるってこと?」

「そういうことだ」

「かなり強力だな」

「遠距離は、な。当然欠点もある」

 

俺はそう言いながら壁に刺さった槍を指差す。

槍は振動を始め、壁から抜け始める。

 

「自動で戻ってくるのか」

「何よ、便利じゃない」

「よく見てみろ。遅いだろ?」

 

そう、この自動帰還機能。

便利だが、すぐに戻ってくるわけではない。

ボーダーのトリガーで例えるなら、弾トリガーよりは確実に遅いだろう。

 

「当然、武器の再生成も出来ない」

「なるほど。戻ってくるまで本体が無防備になるということか」

「レイジさんの言う通りです。だからこのトリガーは超遠距離向きだし、使い手を選ぶ」

「強い分、弱点もハッキリしてるってわけね。スナイパーみたいなものかしら?」

「確かに外したら終わりという点では同じかもな。でも決定的に違う点がある」

 

手元に戻ってきた槍を掴み、俺はそう前置きを置いてから語る。

いかにこの武器の扱いが難しいかを。

 

「いつ、どこに向かって、どう投げるのが最適なのか。投げた後、回収までをどうやり過ごすのか。無防備の状態で撤退に最適なルートはどれなのか。そもそも安全に投擲し続けられるポジションはどこなのか。近寄られたときの槍の基礎的な戦い方もあるし、槍自体は中の上くらいの性能しかない。ありとあらゆる要素が求められることを加味した上で、使い手を選ぶってことだ」

「なるほどね、偵察員として優れた観察眼を持ったリーヴだからこそ使いこなせるってわけだ」

「確かに、性能だけ見ればかなり強力だが、使いこなせるかは別問題だな」

「狙撃手は撃った後も武器が残るだろ?俺は外した瞬間から丸腰だ」

「ふーん、要は近づかれたら終わりってことでしょ?」

 

小南は腕を組みながら言う。

 

「理論上はな。実際に近づかれた時どうするかは、また別の話だ」

「へぇ?」

 

小南の目が細くなる。

 

「つまりまだ何かあるってこと?」

「さあ?どうだろうな」

「じゃああたしが試してあげる!栞!」

『はいは~い、仮想戦闘モードね』

【仮想戦闘モード、オン】

 

そのシステ厶音声が響くと、部屋全体が市街地のような景色に切り替わる。

それと同時に小南は高速で俺に接近し、攻撃を仕掛けてくる。

 

「唐突だな、おい!」

「あら、負けた時の言い訳?」

「まさか、俺が勝つさっ!」

 

俺は槍を振り回して距離を取り、投擲体制に入る。

しかし、小南はその隙を見逃さない。

 

「メテオラ!」

「っ!?」

 

小南が放った弾トリガーは俺の周囲の家屋を爆破する。

俺はその瓦礫から逃れるため、投擲を中断してバックステップ。

もちろん小南はそれを見てさらに距離を詰めようとする。

 

「...一か八か!」

「っ!?」

 

俺はそこに目掛けて即座にグングニルを投擲。

若干驚きつつも小南はその攻撃を躱し、こちらに向かってくる。

 

「無防備になったわね!」

 

小南が手斧同士を近付けると連結し、大斧に変化。

俺に向かってそれを振り下ろそうとする。

 

(これなら当たる!)

 

次の瞬間、小南の背後から帰還中のグングニルが飛来する。

端で見ていた迅とレイジさんも驚きの表情を見せる。

 

(戻る槍を攻撃に...!?)

(帰還機能を逆手に取ったのか!)

「っ!?」

 

しかし小南はそれに反応し、大斧でグングニルを弾いた。

 

「なっ!?」

(不意打ちを弾くかよ普通!?)

「ハァッ!」

 

もちろん、その攻撃を防ぐ手段がない俺はなす術なくその斧に真っ二つにされた。

 

 

「避けるまでは読めてたんだがな...まさか弾いてくるとは思わなかった」

 

俺はその結果に肩を落とす。

小南のやつ、どんな反射神経してんだ?

 

「まさか戻ってくる槍をそのまま攻撃に使うとは思わなかったわ。ま、あたしにかかれば余裕だけど?」

「いや、元々小南が有利な戦闘だった。実戦ではどうなるか分からないぞ。開始距離によってはリーヴが圧倒していたかもしれない」

「わ、分かってるわよそれくらい!」

「いやー、いいもの見せてもらったよ。城戸司令たちにもいい報告ができそうだ。」

 

迅は笑いながらそう告げた。

 

「報告?」

「ああ。ブラックトリガーの性能と、リーヴが味方として頼もしいってこと」

「頼もしい、ね...」

「間違ってないだろ?」

 

迅の言葉に、レイジさんも小南も否定しなかった。

その様子を見て、俺は小さく肩を竦める。

 

(まあ、悪くないか)

 

玄界に来てまだ二日。

それでも、この場所は少しだけ居心地が良くなっていた。

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