「縁」を視る近界民、ボーダー隊員になる   作:白豆男爵

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神代結人②

俺は玉狛支部に用意された自室で一人端末を見つめていた。

ギアジェスで支給された、近界間でも通信を可能にする情報端末。

その端末の画面には、ただ一つの簡素な通知が届いていた。

 

「帰還命令、か...」

 

最高評議会発行、撤回権限なし。

ギアジェス軍規に基づく強制帰還命令。

ここまで遠くに送り込んだ上、俺は上層部に嫌われているから島流しにされたものだと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。

まだあいつらに人の情が残っていたのか、それとも──

 

「これを取り返すのが目的か...」

 

俺はそう呟きながら手元のグングニルに視線を落とす。

グングニルはギアジェスに残る数少ない国宝級戦力だ。

上層部が俺を惜しむはずがない。惜しむとすれば、この槍の方だ。

俺一人が抱えるには強大すぎる力。でも、これを手放すつもりはない。

もし俺からグングニルを奪おうというのならその時は...

 

「結人くん、ご飯できたよー?」

 

直後、ノックを挟み、宇佐美の声がドアの奥から聞こえる。

どうやら飯の時間らしい。

 

「悪い、すぐに行く」

 

俺は端末の電源を落とし、席を立つ。

ギアジェスに戻るべきなのか。

変わってしまったあの場所を、まだ故郷と呼んでいいのか。

答えはまだ出なかった。

 


 

「あれ、結人くん、あんまりお腹空いてなかった?」

「ん?ああ、すまん。ちょっと考え事してただけだ」

 

どうやら飯を食べる手が止まっていたらしい。

いかんいかん、まだこいつらに悟られるわけにはいかない。

 

「何か悩み事か?」

「俺たちでよければ相談乗りますよ?」

「いや、大丈夫。ありがとう、レイジさん、京介」

 

自分のことくらい、自分で結論を出したい。

そう思った俺は帰還命令のことを隠し通すことにした。

元々そうやって生きてきた。

任務も判断も、最後に決めるのはいつだって自分だった。

だから、何も問題はない。今まで通りだ。

そう、自分に言い聞かせる。

 

「ごちそうさま、今日も美味かった」

「う、うん。ならよかったけど...」

 

ここに小南がいたらまた突っかかってきたんだろうな。

今は防衛任務で居ないが。

俺は席を立ち、自室へと戻っていく。

その瞬間、迅が俺に視線を向けているような気がした。

 

(いや、気のせいか...)

 


 

私はいつも通りの訓練を終え、本部を歩いていた。

この前神代さんにやっとお礼を言えてモヤモヤが晴れたからか、最近は調子がいい。

個人ランク戦も勝ち続きでポイントが増えている。

それに、あれから神代さんは時々B級のランク戦を見に来るため、私も一緒に見るようになった。

神代さんの考察は的確で、よく勉強になる。

あれもネイバーとしての経験故なのだろうか。

 

そう思っていると、廊下の向こう側から見覚えのある人影がこちらに歩いてきていた。

 

「迅さん」

「やあ黒江。調子どう?」

「別に、普通です」

「相変わらずだね~」

 

迅さんは笑いながらそう言う。

そっちこそ、相変わらず飄々としてるというか、掴みどころがないというか...

 

「それでさ、今暇?」

「今ですか?まあ、訓練終わったので暇ですけど...」

「じゃあさ、ちょっと頼まれてくれない?」

「頼み事...ですか?」

 

私がそう聞き返すと迅さんはうんうんと頷く。

正直この人の頼みごとなんて意図しかないだろうから怪しい。

そう思っていると、迅さんは頼みごとの内容を話し出す。

 

「玉狛にいる結人の様子を見てきて欲しいんだ」

「神代さんの?」

「そうそう」

「何かあったんですか?」

 

私がそう尋ねると、迅さんは珍しく真面目な顔で告げる。

 

「あいつは今、一人で悩んでる」

「神代さんが...?」

 

思わず胸がざわつく。

確かに、最近本部で何度か見かけた時は、どこか考え込んでいるようにも見えた。

気になってはいたが、今はそれ以上に気になることがあった。

 

「何で私に話したんですか?」

「玉狛の皆じゃダメなんだ。今のあいつには、多分黒江が必要だ」

「え?」

「...なんてね」

 

迅さんはそう言って私をはぐらかす。

私はそれ以上は聞かなかった。

きっと迅さんなりの理由があるのだろう。

 

「...ありがとうございます」

 

私はそれだけ言って走り出した。

 

(何で私かは分からない。でも、私が神代さんの力になれるのなら...!)

 

そう思うと、玉狛へと向かう足が速くなった。

 


 

黒江の姿が角の向こうに消える。

俺は一人廊下に残り、小さく息を吐いた。

 

「これで少しはマシな未来になるかな」

 

そう呟いて窓から三門市を見下ろす。

俺には未来が見える。だが、未来を選ぶのは本人だ。

 

「結人も、黒江も...誰だってね」

 

俺に出来ることは、みんなの選択肢を良いものに出来るように導くことだけだ。

 


 

やがてたどり着いたその場所のドアをノックする。

すると間もなく眼鏡をかけた女性が出てきた。

 

「はーい。...えっと、確か...」

「加古隊の黒江双葉です。神代さんに用事があって...」

 


 

俺は屋上で一人黄昏ていた。

その手にグングニルを握りしめながら。

 

「...俺はどうしたらいい?」

 

もちろん、返事は返ってこない。

あれからずっと悩んでいる。

強制帰還命令に逆らえばどうなるか、知らないわけじゃない。

もしかしたら玉狛の皆にも被害が及ぶかもしれない。

だからこそ、帰るべきだと分かっている。けれど...

 

「貰いすぎちゃったみたいだな...」

 

前までなら何とも思わなかっただろうに、今はもう、ここでの生活を手放したくないと思ってしまった。

すると突然、屋上の扉が開く。

俺が振り返るとそこには...

 

「黒江?なんでここに...」

 

そう思った俺の脳裏に、迅の顔がよぎる。

この前のあの視線といい...

 

(あいつの差し金か...余計な事を)

 

「少し、お話しませんか?」

 

そう言って黒江は俺の隣に腰を下ろす。

 

「神代さん、最近元気ないですよね」

「そうか?気のせいだろ」

「誤魔化さないでください。ここ最近も、今も、一人で抱え込んでる表情してます」

「...参ったな」

 

そこまでお見通しとは、俺はポーカーフェイスが下手らしい。

 

「そのトリガー...」

「ん?ああ、これか」

「悩みの種はそれですか?」

「相変わらず鋭いな」

「そうでもないです」

 

しばしの沈黙が訪れる。

黒江はきっと、俺が話すのを待っている。

なぜかは分からない。

でも、黒江になら話してもいいと、この瞬間だけはそう思った。

 

「俺には、幼馴染がいたんだ」

「幼馴染?」

「エイルっていってな、誰にでも分け隔てなく優しいやつだった。俺は平民だったけど、エイルはオーディン王家の出身で、第一王女のエイルは国内の格差を無くすために日々奔走していた」

「へぇ、なんだか神代さんみたいですね」

「そうか?」

「だって神代さんは、私のこと無計画に助けてくれたじゃないですか」

 

黒江はそう言って、少し笑った。

 

「確かに、エイルなら同じ選択をしただろうな。でも、その優しさは同時に、上流貴族の反感を買った。弱小国家のギアジェスは、国内よりも国外に目を向けるべきだと」

「でも、その人たちなりの理由もあったんですよね?」

「そう、国を守るためには仕方ないことだ」

「...私はエイルさんの考え方の方が好きです」

「そう言ってくれるなら、きっとエイルも喜ぶ。...もちろん、その両派閥は相容れることなく、政争に発展した」

 

俺は無意識に、グングニルを握りしめる。

 

「そしてエイルは死んだ」

「!?」

「トリオン能力の高いあいつは自ら指揮をとって前線に立ち、抵抗した。俺もエイルの護衛として戦った」

 

俺は自分の拳を握りしめる。

 

「でも、勝てなかった...守れなかったんだ...!」

「神代さん...」

「そして残されたのが、この槍...黒き槍(グングニル)だ」

 

俺はそう言いながらグングニルに視線を落とす。

黒江も、グングニルに視線を向ける。

 

「ブラックトリガー...」

「そう、エイルがその命と引き換えに作ったものだ。そして、最後に俺に託した。『あなたならきっと、正しいことに使ってくれる』ってな...」

「だから神代さんにとって大切なものなんですね、その槍」

「まあな。でも力だけで政争は勝てなかった。結局、ギアジェスの王政は反対派にのみ込まれたんだ。俺は新王政で偵察員として動くことになった。そして...」

 

俺は懐から情報端末を取り出し、黒江に見せる。

 

「帰還、命令...?それって...」

「そうだ。あいつらは俺にギアジェスへの帰還を命じた。いずれこのときが来るってわかってた。でも、決めれないんだ」

 

俺が今まで生きてきた中で、ここまで悩んだのは初めてだった。

だからこそ、いつまで経っても決めることができずにいた。

 

「...神代さんはどうしたいんですか?」

「...分からないな。帰れば、俺とエイルの故郷に戻れる。でも、今のギアジェスは俺たちが守ろうとした国じゃない。ここに残れば玉狛のみんなと、黒江と一緒にいられる。でも、それは故郷を見捨てることになるかもしれない」

 

俺の言葉に黒江はしばし悩む素振りを見せ、言葉を発する。

 

「私には、神代さんが帰るべきかどうかは分かりません。でもそこは、神代さんとエイルさんの故郷ですから。だから、神代さんが帰りたいというのなら、私は止めません」

 

俺はそんな予想外の言葉に思わず黒江の方を見て、無意識に肩を落とす。

少し、意外だった。黒江なら俺のことを引き止めると思っていたから。

 

「...引き止めないんだな」

「引き止めたい気持ちはあります。でも、それを言ってしまったら神代さんを困らせてしまうじゃないですか。だから言いません」

「...」

「でも、これだけは言っておきます」

 

黒江はそう、一拍を置いた。

 

「たとえ神代さんが帰ったとしても、神代さんが助けてくれたことを、私は忘れません」

「黒江...」

「だから神代さんがどこにいても...」

 

黒江はそう言って、少し微笑んだ。

 

「私にとって神代さんは、ずっと恩人です」

「...そうか」

 

その言葉を聞いて、心の中の霧が晴れたような気がした。

 

「じゃあ、言いたいことも言ったので私は帰ります」

「黒江」

 

俺は去ろうとした黒江を呼び止める。

 

「なんですか?」

「...話してよかった」

「...はい」

 

黒江はそう返事をして、屋上を去っていった。

今ので、覚悟は決まった。

俺はその決意を胸に、玉狛の皆のもとへ向かった。

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