「縁」を視る近界民、ボーダー隊員になる   作:白豆男爵

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神代結人③

あの後俺は、玉狛の皆が集まったタイミングで帰還命令について打ち明けた。

 

「そんな大事なこと、何でもっと早く言わなかったのよ!?」

「そうだよ、言ってくれればよかったのに」

「いや、お前らに心配かけると思って...」

「まあでも、偵察員として来たなら、寧ろ帰還命令がこないほうがおかしいっすけどね」

「あっちの上層部に嫌われてるから、俺も島流し同然にここに行かされたと思ってたんだけどな...」

 

旧王政の勢力だからか、あいつらは俺のことが嫌いだ。

だが、ブラックトリガーを起動できるのが俺しかいないこと、ある程度部下として優秀なことを加味して俺を偵察員に置いていた。

だからこそ、もう帰還命令なんてこないと思っていたのだ。

 

「じゃあなんで本部とあんなややこしい取引してたのよ?普通に島流しにされましたって言えばよかったじゃない」

「バカ言え。そんな事したらネイバーとして排除されるに決まってるだろ。生き残るには国家の使節っていう立場が必要だったんだよ」

「賢明な判断だろう。現に、こうして本部の信頼を得ているわけだしな」

「でもギアジェスは帰還を命じてきた、ってわけですね」

 

京介の言葉に、部屋の空気が少しだけ重くなる。

みんなの視線が俺へ集まる。

当然だ。問題は帰還命令が来たことじゃなく、俺がどうするつもりなのかだ。

 

「それで結人くんはどうするの?」

 

宇佐美が静かに尋ねる。

俺は少しだけ目を閉じる。

黒江と話したことを思い出しながら。

 

『たとえ神代さんが帰ったとしても、神代さんが助けてくれたことを、私は忘れません』

 

あの言葉のおかげでようやく分かった。

俺が守りたかったものは何だったのか。

俺が帰りたかった場所はどこだったのか。

大事なのは場所そのものではなく、そこに何があるかだ。

 

「俺は──」

 

全員の顔を見渡す。

玉狛で過ごした日々、くだらないやり取り、皆で囲んだ食卓。

全部が頭をよぎる。

そして俺は、はっきりと言った。

 

「俺はギアジェスには戻らない。今のギアジェスは、エイルが守ろうとした国じゃない」

 

俺はグングニルを握りしめる。

思い返せば、エイルにあんな仕打ちをしていたやつらに黙って従っていた俺が馬鹿馬鹿しくなってきた。

あの国に未練は、もうない。

 

「それに、俺にはもう帰る場所がある」

 

俺は玉狛のみんなを見る。

 

「ここが、俺の居場所だ」

「結人くん...!」

「みんなのことを巻き込むかもしれない。だから先に謝っておく」

 

俺はそう言って、頭を下げようとした。

その瞬間──

 

「ふん!」

 

謝ろうとした俺に、小南のげんこつが炸裂する。

 

「いてっ!何すんだよ!」

「あんた、あたしたちを舐めてるの?何謝ってんのよ」

 

俺が頭を抱えながら見上げると、みんなが俺を見つめていた。

 

「お前が気に病む必要はない。俺たちも、お前と一緒に戦う。お前はもう客人じゃなく、俺たちの仲間だ」

「あたしたちは玉狛第一よ?戦いの心配なんていらないわ」

「結人は玉狛の一員だからな!」

「そうっすよ、頼ってください」

「...そういえば、そうだったな」

 

玉狛第一が最強部隊であることを、こいつらの優しさをすっかり忘れていた。

俺は思わず苦笑する。

どうや、難しく考える必要はなかったみたいだ。

後の問題は...

 

「ギアジェスの使者がいつ来るか...」

 

帰還命令を無視したとなれば、玄界まで追いかけて回収しに来る確率は高い。

そうなれば交戦は必至だろう。

そう思っていると、今まで黙っていた迅が口を開いた。

 

「ギアジェスの使者はもうすぐ来る。早ければ明後日。遅くても四日以内にね」

「おいちょっと待て」

 

俺は思わず立ち上がる。

 

「なんでもっと早く言わなかった?」

「聞かれなかったから?」

「そういう問題じゃないだろ!」

「まあ落ち着けって」

 

迅は苦笑しながら続ける。

 

「結人なら今の結論を出すと思って、もう上層部には話してあるよ」

「お前...」

 

俺が思わず叫ぶと、迅はケラケラと笑う。

 

「だって隠したままじゃもっと面倒になるだろ?」

「それはそうだが...!」

「安心しなよ。既に本部との会談は明日に組んであるから」

「...」

 

俺は頭を抱えた。

迅のやつに全部先回りされている。

俺が帰るって言ったらどうする気だったのだろう。

そう思えるほどには用意周到だった。

 


 

翌日、迅の言った通り本部との会談が俺を待ち受けていた。

最早見慣れた上層部の並び。

俺は迅と共に席へ着く。

 

「迅から大まかな話は聞いている」

 

城戸司令が静かに言った。

 

「君はギアジェスからの帰還命令を拒否するつもりだそうだな」

「はい」

 

俺はその問いに即答した。

もう迷いはない。

 

「理由は?」

「今のギアジェスは俺が守りたかった国じゃありません」

 

俺の言葉に、城戸司令の目が細くなる。

だが、俺は続けた。

 

「それに、俺はもう決めました」

 

俺は手元のグングニルを見つめ、その結論を話す。

 

「俺は、玄界に残ります」

「それはつまり、我々ボーダーを隠れ蓑にするということかね?」

 

俺の言葉に、根付さんが反応する。

 

「いえ、ギアジェスの使者が来たのなら、俺自身で対話して、けじめをつけます」

「ほう...」

「その後、もし俺が玄界に残れたのなら...ギアジェスの使節としてではなく、俺個人として、ボーダーに全面的に協力することを約束します」

「「「「「...!」」」」」

 

林道支部長以外の大人たちは、俺のその提案に目を見開いた。

 

(彼の言うことが本当なら、ボーダーはほぼ無条件でブラックトリガーと強力なトリガー使いを手に入れられるようなもの...!)

(もし彼を遠征に連れていければ、案内役だけでなく、戦力として非常に役に立つ!)

 

鬼怒田と根付はそう思いながら城戸へ視線を飛ばす。

しかし唐沢は少し否定的な意見のようだった。

 

「城戸司令、神代君を受け入れるということは、ギアジェスとの対立を招く可能性がありますが...」

「そうだな、唐沢君の言う通りだ」

 

城戸はしばし考えるそぶりを見せた後...

 

「君は理解しているか?」

 

城戸司令が静かに問う。

 

「ギアジェスとの対立が現実になれば、ボーダーは近界国家との外交問題を抱えることになる」

「...いいえ、ギアジェスとは恐らく、そのようなことにはならないと思います」

 

城戸指令は俺の言葉に対し、聞き返してくる。

 

「...根拠は?」

「ギアジェスは自分たちが敗走した国に対して、執拗に攻めてくることはありません。小国のギアジェスにとって、それが悪手だと理解しているからです」

「ここで一度追い払えば、攻めてくる可能性が低くなる、ということか?」

「そういうことです。たとえブラックトリガーが目的であっても、勝てない相手にわざわざ挑むほどギアジェスは愚かでもないでしょう」

「しかし神代君の話が事実であっても、それは彼個人の見解です。国家の意思を保証するものではありません」

 

唐沢さんの言う通り、これは俺個人の見解だ。

100%正しいとは言えない。

 

「それでも、参考にはなるはずです。あちらの意思が不明瞭な以上、推測をたてるしかありません」

「では、君はボーダーに何を求める?」

「俺を隊員として受け入れてください」

「それだけか?」

「はい。俺はもう、ここで生きていくと決めています。それ以外は要りません」

 

俺は迷うことなく答える。

この世界で生きる。それ以上は求めない。 

 

「神代君。君は自分が何を差し出しているのか理解しているか?」

「と、いうと?」

「君がボーダーに所属するということは、君のブラックトリガーもまたボーダーの戦力として扱われるということだ」

「ええ、分かっています」

「それでも構わないと?」

「グングニルは俺のものです。でも、仲間のためなら迷うことなく使います」

 

城戸指令は順を追って確認するように俺に質問する。

当然だ。この関係は、俺とボーダのこれからを左右する重要な決断なのだから。

 

「...君はもっと多くを要求できる立場だ」

「そうかもしれませんね」

「それでも、求めるのは居場所だけか」

「はい」

「そうか...諸君はどう思う」

 

城戸指令は周りの意見を求める。

 

「神代君が協力してくれるというのなら、我々も協力を惜しむ理由はないと、私は思う」

「しかし、ネイバーを受け入れたとなれば我々の三門市での立場が...」

「それに、もしこいつが裏切ったとなればどうするのだ!?」

「それはないでしょう。ギアジェスを裏切った今、わざわざこちらと対立する理由がない」

 

各々が意見を出し合い、しばしの静寂が訪れる。

そして、城戸指令が口を開く。

 

「最後の確認だ。君は、ボーダーの指揮に従えると、言い切れるか?」

「もちろんです」

「...いいだろう。今この瞬間を持ってリーヴ、いや、今は神代結人だったな。君個人との協力関係を締結することを約束しよう」

「...!ありがとうございます」

 

城戸司令はしばらく俺を見つめる。

そして静かに告げた。

 

「神代結人。君を、ボーダー隊員として迎え入れる」

 

ひとまずは、交渉に成功したらしい。

俺は少し強張っていた肩の力を抜く。

そんな俺に、林藤支部長が話しかける。

 

「結人。君がそう決めたなら、玉狛も歓迎するよ」

「そう言ってくれると嬉しいです」

「ただし、君にはギアジェスとの問題解決の後、正式な手順を踏んで入隊してもらう」

「ええ、それで構いません」

「さて...」

 

そして城戸指令は迅に向かって質問する。

 

「迅、ここ数日にかけてギアジェスの使者が来る可能性が高いのは間違いないな?」

「はい。というか、今のやり取りでほぼ確定しました。明日から数日の間に、確実にやって来るでしょう」

「ブラックトリガーは貴重な戦力。神代君とギアジェスが衝突する可能性は高いだろう。忍田君、本部防衛の態勢を整えておいてくれ」

「分かっています。既に警戒態勢についてB級中位以上の隊員には通達済みです」

 

さすがはボーダー。迅の根回しもあるとはいえ、迅速な対応だ。

本格的なボーダーの防衛は見たことがないが、頼りにさせてもらおう。

 

やがて会議室を出た俺は迅と会話する。

 

「大層な根回しをしてたみたいだな」

「でも、助かったでしょ?」

「否定できねえのが腹立つ...」

 

そんな俺を見て迅は笑う。

 

「結人、いい顔になったよ」

「そうか?黒江と、玉狛の皆のおかげかもな」

「うんうん」

「黒江を差し向けたのもお前なんだろ?全部見えてたのか?」

 

そんな俺の質問に、迅は少し真面目な顔をして答えた。

 

「いや、見えるのは可能性だけだ。未来を決めたのは、結人自身だよ」

 

迅はそう言って窓の方を見る。

 

「でも、結構危なかったんだよ?結人が最後まで決められない未来も見えてたからね」

「おい」

「だから安心したんだよ。結人が残る選択をしてくれたことをね」

 


 

そして、その日はすぐに訪れた。

 

【ゲート発生。ゲート発生。警戒区域内にゲートが発生します】

「あれは...」

「知ってるのか?」

 

レイジさんが俺に尋ねる。

忘れもしない、あの船は...

 

「ギアジェスの王国軍旗艦...ヴァルハラだ」

 

あれが来たということは、ギアジェスも恐らく...本気だ。

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