「この度はお忙しい中にご迷惑をおかけし申し訳ありません。よろしくお願いいたします」
「………おう」
私がぺこりと頭を下げると、毛利探偵が居心地悪そうにみじろぎした。
きっかけは、阿笠博士がイギリスで開かれた学会に出席することになったことだろうか。
当然だが、私にはパスポートなんて高尚なものはない。
戸籍もないし、住民票もない。
行政から見えない、国元に強制送還もできない問題児だ。
医療機関もニコニコ全額現金払いだ。
とはいえ、私ならば一人で十分暮らしていける。
中身が大人だし、アムピの記憶が故に生活能力もバッチリだ。
だがそれでも心配した阿笠博士が、毛利探偵に頼み込んで私を預けた。
一週間だけ、依頼料を払うので面倒を見てやってほしいと。
おそらく不明な点も多い私の体調を心配してのことだろう。
何かの急病で倒れてしまうとか、そういう不安に備えるためか。
過保護……ではあるんだが、それ以上に少々困った感じだ。
毛利探偵がコソッと蘭ちゃんに囁きかけた。
「このガキ、学校に行ってないんだろ?大丈夫なのかよ」
「阿笠博士が体調の問題で、安静にしてればいいって言ってたわよ」
「だがなぁ。なんか子供げのない感じだし…」
怪しまれていると言うより心配されているのだろう。
困った困った。
私の困惑を感じ取ったのか、コナン君がパタパタ慌ててやって来て私の手を取って子供のふりをした。
「わ、わぁい!空君だ!よろしくね!」
「はい。よろしくお願いいたします。ご迷惑にならないよう、家事などで手伝えることがありましたらお声がけください」
私の返答で余計に心配させてしまったらしい。
いや、子供らしい演技も不可能ではなかったが、コナン君を動揺させてしまうだろうし。
ずっと演技も辛いから素で行かせてもらったのだ。
灰原さん戦法である。
蘭ちゃんが私と目線を合わせて微笑んだ。
「ありがとう空君。でも、うちは大丈夫だからゆっくりしていって」
「……ありがとうございます、蘭さん」
優しい子だ。
気味が悪い子供だろうに、温かく迎えようとしてくれている。
毛利探偵がううむと考え込んだ。
「けどどうすっかな、依頼があれば遠出するが、このガキは連れてけねぇし。蘭と一緒に留守番させるか?」
「ご安心ください。僕は人混みが苦手なだけで、国内移動程度ならば問題ありません」
「そ、そうか」
毛利探偵はおっかなびっくりのようだ。
なんか距離を掴みかねている感じだ。
ガキらしくないのが悪いんだろうが、私もIQ下げたところでガキではないことは丸わかりだしな。
蘭ちゃんが私の手を引いて二階に連れていってくれる。
どうやら家の間取りとルール説明してくれるらしい。
「一つずつ丁寧に、こっちがトイレで、お風呂はこっちよ。一人でお風呂入れる?」と語りかけてくれた。
「問題ありません。歯ブラシや布団、箸等は僕も持参していますので、おそらく追加購入の必要のあるものは少ないでしょう」
「そっか。気遣ってくれてありがとう、空君。自分の家だと思ってもらっていいからね」
蘭ちゃんが笑って、優しく私を撫でてくれる。
人間出来過ぎてんのよ。女子高生の貫禄じゃないんだよな。
すかさずコナン君にヒソヒソと声をかけられる。
「おい、本当に大丈夫か?」
「単なる子供のように振る舞うのは…今更難しくはありますが。問題が表面化するには至らないかと」
「いやお前、表情硬いっつの」
緊張してるからやワレ。
新しい主要キャラに囲まれてめっちゃ緊張している私である。
あと地味にタバコの匂いがきつくてクラクラする。
すぐ慣れるだろうが、嗅覚の鋭い私には若干辛い環境だ。
「僕も少々緊張しているようです。もう力加減は問題ないはずですが、彼らを傷つけたくはありませんから」
「……努力家のオメーなら大丈夫だろ」
「それ以上に生活が心配です。家事も草むしりもできず、小説も持って来たもののみとなると。趣味と実益を兼ねて暗号作りでもしましょうか」
コナン君が梅干し食べたみたいな顔になった。
趣味の少なすぎる状況を心配しているのだろうが。
同時に、暗号作りが気になりすぎて突っ込めない、そんな複雑な心境を示している。
私はポツリと呟いた。
「967-OA2より通信。取引について詳細を送付する。時刻と場所はXK AV DT CB XK QC FC GL AL HC。鍵は海上交通路、オーバー」
「っ、二文字組ってことはプレイフェア暗号か?なら……あれ、復号できない」
「少し捻りを加えてみました。明日の昼までに答えをください」
「なるほど、上等じゃねぇか!」
コナン君はにわかに燃え上がったようだ。
私の肉体が数秒で考えてくれた暗号です。
たぶんコナンくんも直に解けるだろうが、彼の娯楽になってくれたなら幸いである。
私も知恵者ごっこができてとても楽しい。
蘭ちゃんがふと気づいたように私に振り返った。
「そうだ、空君はご飯で苦手なものってある?」
「ネギ類が少し。少量なら問題ありませんが、多少のアレルギーがあります」
「そっか。なら気をつけないと」
本当はアレルギーではなく、犬猫と同じで成分的な問題で貧血になるからだ。
人間の要素もあるためそこまで深刻な問題ではないと思われるが、アルコールと同じく非推奨なのは間違いない。
アボカドとチョコレートはうっかり私が食べて平気なことがわかっている。
まだらな状態は謎が多い。
さて、その夜はつつがなく、大きな問題も起きなかった。
持って来た布団に丸くなり、私はモゴついた。
なんとも丁寧にもてなしてくれて、夜ご飯もとてもおいしかった。
折りたたみ踏み台もあるから皿洗いぐらいするのに、コナンくんと遊んでてと言われるし。
いや、割られるかもしれないし、子供に皿は触られたくないだけかもしれないが。
なんとなく落ち着かない顔で、蘭ちゃんがウロウロしている。
下の階を気にしているような様子だ。
三階が居住区、二階が事務所になっているから、二階の事務所はすでに施錠されているはずだが。
「どうかされましたか」
「あ、ごめんね。心配させちゃって。ちょっと新一から電話が来ないなぁって思ってただけで」
「新一、というと阿笠邸の隣に住む高校生探偵ですね。親密な関係なのですか?」
「やだ!ただの幼馴染よ!でも、最近は学校にも来ないし、難事件だって言うけど、どうしてるだろうなって思って」
彼女は彼女で心配なのだろう。
トロピカルランドで急に別れて以降、連絡のつかない幼馴染が。
「きっとあなたを巻き込みたくないだけですよ。事件にはしばし危険も伴いますから」
「そう、なのかな?でも探偵って言ったって、私達まだ高校生なのに」
「見られたくない光景を見られてしまえば、相手が子供とて関係ありません。僕たちも実際、偶発的に死体を見て犯人に命を狙われました」
私の言葉に蘭ちゃんが顔色を変えた。
「大変!だとしたらすぐ助けに行かないと!」
「一人の方が身軽です。もちろん、貴女が犠牲になって工藤新一の身を生かすとなれば、話は簡単なのですが。工藤新一は、そうはしたくなかった。貴女が大切だった」
「………………っ」
蘭ちゃんが悲痛に俯く。
もしかしたら愛故に、心配故に連絡しないのかもしれない。
その可能性に気付いて心を痛めているのだ。
私は目を伏せて頭を下げた。
「申し訳ありません、踏み込みすぎました」
「いいの。でも、そっか。あいつも守りたいから、強がってるだけかもしれない。なら、私も元気に振る舞わないと、新一も心配するかな」
「ええ。貴女がいつも通りに振る舞うことが、非常時にある彼を勇気づけるかもしれません」
「そうね。ありがとう空君。すごく大人っぽい子だと思ってたけど、こんな相談までできるなんて」
私の頭を優しく撫でて、蘭ちゃんが微笑んだ。
ヒロイン力高めやなぁとニコニコするなど。
風呂上がりのコナン君が「んんん?」と訝しげ私をジト目で睨みつけてくる。
子供にまで嫉妬することないだろうに。
私は真顔でコナン君に囁きかけた。
「これは特段関係のない話ですが、オリジナルのタイプの女性は年上の包容力のある人です。つまり、僕の好みもそれに準じます」
「おう、キック力増強シューズ持ってこいって話か?ケリをつけようじゃねぇか」
「いきり立たないでください。単なる事実です」
オモロい高校生探偵が猛り狂って暴れている。
あまりに面白いので、私はクスクスと笑って布団ガードを発動した。
冗談冗談、単にからかっただけだ。
コナン君が肩を落としてため息をつく。
「お前冗談なんて言えるようになったんだな」
「成長期ですので。あなた方が平和に暮らしているから、僕もそれを見習ったまでです」
「………そっか、なら良かったよ」
コナン君は柔らかく笑って、私をぐしゃぐしゃと荒っぽく撫でたのだった。
・その頃の阿笠博士
心配で夜も眠れない。
あの子の体は分からないことが多すぎるし、風邪になったら病院にもかかれない。
大丈夫じゃろうか…(めそぉ)
・コナン君
おこ。
でも生まれたてのクローンが日常に慣れて来たようでホッとしている。
組織幹部バーボンは年上趣味という要らない知識を得た。
次は外交官殺人事件。服部回。