虫ギプスで正気に戻った降谷さんとは、その後落ち着いて情報交換することができた。
つまり私がアメリカの研究所から大脱走してきた話だが。
当然行き着く疑問に、降谷さんが眉間に皺を寄せた。
「君がいくら研究所を自力で脱出できたと言え、あの場所はアメリカの僻地にある米軍基地内部だ。足が無ければ物理的に移動は不可能。まさか見境なく幼生を注入して足になってもらったんじゃないだろうな?」
「まさか。近場の街まで行くのに手足を乗り回しましたが、そこからは飛行機です」
「待て、何を乗り回したって?」
降谷さんはにわかに頭痛がしたのか頭を押さえて俯いてしまった。
「その、だな。その素敵な馬は乗り捨ててきたのか?」
「きちんと始末しましたよ。今頃死骸を米軍が見つけていることでしょう。見つからないと不安だと思ったので、路端に見えるように置いておきましたから」
「…………なるほど、僕が爆破するまでもなく既に爆発してるじゃないか」
降谷さんはモゴモゴ言ってうずくまってしまった。
周囲30km封鎖、SNS等情報規制、検疫。などとなにやらすごく唸っている。
こまけぇこたぁいいんだよ!
実際はあの死骸から感染なんてしないんだしな!がはは!
………いやまぁ、恨み辛みの意趣返しもあったから多少投げやりでここまできたが、ちょっとやりすぎたかもしれん。
私は咳払い
「ええと、その後はルパンと合流して、違法な経路で入国しています。もしかしたら彼のことなので『合法』だったかもしれませんが」
「ルパン!?」
流石にその名前が出てくるとは思わなかったのか、降谷さんが目を白黒させた。
「はい。彼が日本まで送ってくれたんです」
「本当なのか?思いもよらない人脈があるな君は…」
「元々、僕に使われたクローン人間制作技術はルパン絡みの事件で流出したものだったので。組織が入手する以前の研究者と因縁があったルパンが、僕のことを気にして顔を出したのがきっかけです」
降谷さんはため息をついた。
そしてヤケクソっぽく鼻で笑う。
「米国は致死的な寄生虫の宿主を自国内に持ち込んだ挙句、誤って取り逃したのか。いったい幾つの首が飛んだのやら。良い気味だ」
「まだ僕の足取りは掴めてないみたいです。国内を血眼で探してますね」
「はっ、米国なんぞそのまま無意味に国内を虱潰しに探していればいい」
「あの……赤井さんの誤解が解けてもまだ米国嫌いは直りませんか?」
「君が攫われて殺されてより悪化した。あと、あのFBIは理由はともあれ気に食わないのだと改めて認識した」
嫌いに理由はないらしい。哀れ赤井さん。
たぶんまだ赤はNGなのだろう。星条旗柄もダメかもしれない。
降谷さんは胡座をかいて座り込み、頭をかいた。
「聞きたいんだが、僕に注入された幼生はどの程度のものなんだ?出血に気をつけたほうがいいのか、何かメンテナンスは必要かとか」
「感染性はありませんが、いくらか血液中に滞在するので血液検査だけは気をつけてください。また、様々な毒物、感染性疾患に効果が期待できます」
その言葉にきょとんと降谷さんは目を見開いた。
流し込んだのは免疫型と呼んでいるものだ。
それは免疫系統に紛れ込み、その機能を強化するほか毒物にもある程度対応する。
一部に命令型(仮名)もいて、内部で反響するように作動する。
こちらは免疫型から生まれたプレーンな幼生を、新しく免疫型に切り替えさせるようにずっと命令を続けさせるためだ。
これで休眠させずともずっと体内で免疫型が作動し続ける。
擬似的に私と同じようなシステムになったわけだ。
まあ、自前の免疫がある分私より融通が利くか。
私と違い、既存の免疫系等の一部であると免疫型自身が肉体に誤認させることで、うまく連携をとる形になる。
ラットでの実験では、マイコプラズマなどの呼吸器系疾患からアレルギー疾患、血液中に取り込まれたヒ素の排出まで対応ができていた。
そのあまりにも万能な仕組みは、マルクという名前の偉い研究員さんも仰天していたほどだ。
降谷さんが私の説明に少しの間放心した後、私をもみくちゃに撫でまくった。
やめてよしてそんなに犬みたいにくしゃくしゃにしないで!
「あはははは!疎まれ殺されようとしていたものが、実のところはあらゆる人を救う可能性を秘めていた!そんなおとぎ話みたいなことがあるのか!」
「お、オリジナル、毛むくじゃらの犬を撫でる手つきはやめてください…」
「ああ、ごめんごめん」
ようやく離してくれた降谷さんの顔が、完全に吹っ切れたように明るい。
嬉しい限りだ。
私は改めて髪をいい具合に直した後、部屋の中を見渡した。
「ところでこの爆弾の群れ、どうしましょうか」
「どうしようね…………」
一瞬にして覇気を失ってしまった降谷さんが、しおしおのしおで両手を揃えて前に出した。
手錠をかけられるポーズだ。
私はべしっと降谷さんの背をはたいた。
「しっかりしてください!た、たとえば組織の爆弾を押収したとかでお茶を濁すのはどうでしょう!?」
「そうだね……その線で行こう。半分間違ってないし」
それバーボンが入手した爆弾だから間違ってないって意味じゃないよね?
というかこの量ひでーな。
大規模爆弾農家さんが収穫期を迎えたみたいな量があるぞ。
ホワイトハウスでも爆破する気だったのだろうか。
「いっそ野生の爆弾犯の仕業に見せかけてきな臭い箇所を吹っ飛ばしてしまうとかで消費します?」
「いくらなんでも違法捜査すぎるだろう!?たまに驚くこと言うな君は!」
「アメリカにガチテロ仕掛けようとしてた人に言われたくないです」
「いやそれは…あれだよ…若気の至りみたいな…」
ついさっきのことを若気の至りで通そうとしている。
あむぴやるじゃん、その意気だよ。
ふと私はルパンの「テロ等準備罪」という例えを思い出した。
成立要件2、犯罪の実行を二人以上で「計画」すること。
「念のためお聞きしますけど、共犯者はいませんよね?」
「………君の保護者の灰原哀って子に、殺傷力の高い爆薬の調合をお願いしたかな」
「灰原さん!!!!!」
私は苦悶の顔で叫んだ。
この爆薬どんなことになってるの!?ねえ!!!
「ともかく僕は急ぎ灰原さんの元へ向かいます!オリジナルはあったかくして寝ててください!」
「この部屋でか!?」
「自分の制作物には責任を持って、爆弾に添い寝してもらってください。できないなら命令で寝かせますよ」
「わかった昏倒はさせないでくれ、寝る、寝るから」
と、そこで彼の目元が黒々とした隈で覆われていることに気がついた。
今私が消えると少し不安かもしれない。
私は自惚れ100%の気持ちで入り口に置いていった大きな荷物をごそごそした。
「これ、フライト中に作った1分の1僕ぬいぐるみです。自惚れていいとルパンが言っていたので作りました。抱きしめててください」
「凄いな、愛されていると言う絶対の自信を感じる……」
「そのぐらいの心意気でちょうどいいらしいです。でもなんか恥ずかしくなってきたので返してください」
「断る。ちょうど眠かったところなんだ。仮眠させてもらうよ」
降谷さんは後ろ手にぬいぐるみを隠した。
降谷さんの人形のように見えて、細部が少しずつ違っている。
牙がチャームポイントだろう。
大事に何日も使っていないらしき布団に入れ込んで、降谷さんは満足そうに頷いた。
本当にええんか、それで……?
私はルパン名物早着替えで、ヨイショと変装を行った。
どこにでもいるもっさい男の子に大変身。
降谷さんを無理やり布団の中に詰め込んで、部屋を後にしたのだった。
阿笠邸に到着したが、そこに外見的な変化はなかった。
あたりまえだ。十年以上この形なのだから。
2ヶ月ぶりに帰ってきたという感じに、郷愁の念がぶわりと込み上げる。
チャイムを押すと、一段老け込んだような阿笠博士が出てきた。
疲れ切っているというか、纏う空気もどこか陰鬱だ。
「おや、どこの子かね。ボールが敷地に入ってしまったかな?」
「博士、僕です。ようやく帰還しました」
阿笠空の声でにっこりと笑いながら宣言する。
固まった阿笠博士は、慌ててバタバタと私を玄関の中へと招き入れた。
「新一か!?」
「コナンくんはこんな悪質な悪戯をする人ではないでしょう。変装を脱ぎたいので扉を閉めてくれると嬉しいのですが」
「空……くん……」
あまりにも恐ろしげに、幽霊でも出たような顔で阿笠博士は慄いて、まるで信じていないようだ。
中に入ってすぐに私はラバーマスクを外した。
ルパンによると既に米軍によるマークは外れているから、万が一誰かに見られても知らない男の子にしか見えないはずだ。
私も何日か観察したし、誰も見張っている様子はなかったからな。
「ぷはぁ、やはりマスクは蒸れますね。ところで灰原さんはどちらに?」
「い、今は地下の研究室じゃ。だが呼んでも出てくるかどうか…」
「ならこちらから迎えに行きましょう。幻覚扱いされても困るので、博士も一緒に来てください」
博士は私の顔を見て挙動不審になった。
まだ信じられていない「ほ、本当に空君なのか?」とオドオドしている。
ふふふ、やはり全米も驚く復活劇だろう。
いや復活できてなくて死んでるから三代目なわけだが、それは置いておいて。
地下室に向かうと、相変わらず陰鬱なそこには大型のPCに3枚のモニターが鎮座していた。
何か研究の最中だろうか。
その後ろ姿は随分とくたびれていて、小さく弱々しく見えた。
「博士、集中してるからコーヒーは後にして…」
「灰原さん、ただいま戻りました」
椅子を蹴飛ばして勢いよく立ち上がった灰原さんが、鬼の形相で振り返る。
そして私の姿を見て。
肩を大きく震わせて、驚愕に凍りつく。
沈黙。
そして、不意に飛びつくように私の頬と髪を引っ張った。
「あいたたた、コナン君の変装じゃないです!僕です!」
「あの米軍の男、嘘を───」
「それも嘘ではないです」
灰原さんの両手を柔らかく掴んで、私は困ったように微笑んだ。
灰原さんの土気色の顔が歪められる。
「三代目です。僕の死骸の中から、彼らは三代目を取り上げて育て上げた」
「………」
「また性懲りも無く、生き残ってしまいました。今は研究所を脱走してここに来ています」
「…………」
灰原さんは恐ろしいほどに長い沈黙を挟んだ。
それから、あまりにか細い声で話し出す。
「本当に?」
「はい」
「本当の、本当に?」
「ええ」
「嘘だったら許さない」
「もちろん嘘ではありません。ほら、ようやく帰ってこられて、喜びで少し手が震えそうです」
本当は灰原さんの手の震えが移って、掴む私の手も震えているだけだ。
でもそういうことにしておけば、灰原さんと同じと言うことにできる。
灰原さんが俯いたまま恐怖と期待に瞳を揺らした。
「ただいま戻りました。長く待たせてすみません」
「──────っ、」
灰原さんは堪えきれないように私を抱きしめた
力一杯、全身を震わせて、魂からの叫びのように声を荒らげる。
「最期まで一緒にいてって言ったのに!!!どうしてあなたは、連れて行ってくれなかったの!!!」
「すみません。許してください」
「許さない!絶対に許さない!!!」
わあわあと泣き叫んで、泣き叫んで、ただひたすらに涙を流して。
彼女はずっとずっと泣いていたのだった。
・あむぴ
満足すやすや。
というか長いこと睡眠不足だったためうっかり爆睡。
肉体コンディション激悪で免疫型もげっそり。
・米国
マジの大騒動で軍を上げて大捜索してる。見つからない。
一般人が戦争型の死骸見つけてSNSに上げちゃってバズりまくって都市伝説になってる。
政府は情報を伏せてる。