その日の夜のことである。
私は夜中起きて、台所で水分補給をしていた、
室内はクーラーが効いていて涼しい…というか降谷さんに合わせているため寒いくらいだ。
冷蔵庫から買っておいた麦茶を取り出して、コップに注ぐ。
降谷さんは相変わらず睡眠不足を取り戻すように爆睡中だ。
昼の分では全然足りなかったらしく、私が物音を立てたのに起きる様子すらない。
肉体君が何やら考え込むように口を開いた。
『しかし、どうしたんですか?急に人の心を出してきて。どこで拾い食いしたんですか?』
「言い方酷いですよ。何を拾い食いすれば人の心が生えるっていうんですか」
『絵師の腕を食べると絵が上手くなると聞きます。手足のように人を丸齧りすれば人の心が得られるかと』
「怪物の理論やめてください」
ひっでぇ人外ヤケクソ理論に私は憤慨した。
私だってなぁ、本気出せばこれくらいなぁ!
肉体君が凄く疑わしげな雰囲気でいっぱいになっていく。
しおっとして私は白状した。
「別に。……彼らと離れたら急に、寂しくなって。次の旅に出るだけだと思っていたのに。予想外にふと、寒さが身に沁みて」
『ふぅん?』
「見放されたくないなぁと、思ったんです」
単なる環境の変化だ。
研究所に突然連れて行かれて、そこで味気ない日々を送るうち、少し人寂しくなっただけ。
離れて初めてわかる大切さもあるだろう。
そんな珍しくもない心境変化のつもり。
そのつもりだけれど、肉体君は鼻で笑って私へとぴしゃりと言葉を落とした。
『ルパンがあれだけ丁寧に3日に一回カウンセリングしてたんです。そりゃ鬼の目にも涙ぐらいにはなるでしょうね』
「あれ本当に借りがデカすぎるんですけど、あれほどの大泥棒を2ヶ月拘束?生きた宇宙人でも献上しないと返せませんよ!?」
うん、そうだね。
三日に一回、ルパンが精神の成長を確かめに来たカウンセラーに扮して仕事してたもんな。
情報共有だけのはずだったんだが、向こうもプロとして手は抜けないとのことで。
しっかりカウンセリングもあったのだ。
肉体君は悪質な笑みで私を揶揄った。
『返礼なんてアレしかありませんよ。ほら、貴方の秘密を打ち明けるとか』
「!」
私は思わず息を呑んだ。
肉体君が静かに言葉を続ける。
『具体的に何がどうなってるか知らないですけど、何か精神生命体みたいなやつでしょう、貴方』
「はい。いつから気づいてました?」
『最近です。いくらなんでもスワンプマンの問題に無関心すぎますから。何か自分が自分である根拠でもあるのかなと』
転生者とはすなわち、精神生命体に程近いあり方を持つ。
確かに、死後の神秘の世界、広く深いその広がりを垣間見せることができたとしたら、ルパンへの返礼にはぴったりだ。
体を同じくする同士に初めて打ち明けることに、私は少しだけ緊張した。
肉体君は名探偵のごとくぴしりと私を指差す気配を纏った。
『それに、貴方は人の心がなさすぎる。怪しげな人外と考えた方が自然です!』
「それは名誉毀損すぎますけど!?大区分では僕も人間です!!」
『……?………妙だな……』
コナン君さながらの妙だな…で訝しがられてしまった。
そろそろ泣くぞオラ。
「ともかく。死んでこの世に再誕するのが僕らの在り方です。永劫の輪廻を歩むもの。転生。生まれ変わり。そういうものです」
『………スピリチュアルな話には深入りしないようにしましょう。ともかく、これからもよろしくお願いしますね』
「んん?体を返せとかそう言う話ではなく?」
改めて話があったからそういう話題も当然出るかと思ったのだが。
肉体君は確かめるだけ確かめて話を終わらせようとしていた。
驚いて問いかけるも、肉体君はふんと鼻を鳴らして心外そうにした。
『今更返されても困ります。僕は貴方の暗黒面担当なんですよ。僕だけになったらダークサイドまっしぐらじゃないですか』
「そこはこう、真っ当に生きるとか」
『いやですけど?表出たら絶対人類なんて滅ぼしてやりますけど???』
そこは初志貫徹らしい。
しゅっしゅっと拳を突き出す心意気で肉体君がいきりたっている。
『でも、貴方のことは血を分けた双子の兄弟だと思ってます。人の心のないダメな兄には僕がついてないと』
「ダメなんですか僕…?」
『心外そうな顔しないでください。今まで流れでダメじゃないとこありました?』
事実陳列罪に私は素早く憤って立ち上がった。
なんやワレ!表出ろオラ!!
『今後は僕はこの体の初期人格兼暗黒面で行かせてもらいます。そうすれば好き放題恨みつらみを叫べますから』
「なるほど…え…僕がライトサイド……?」
『……なんか盛大な構造上の欠陥が発掘されましたね。ともかくライトサイドということで押し切りましょう。あと、チップを挿入されたことで生まれた後付け人格ということでひとつ』
「了解です。それなら嘘は最小限で済みますね」
そんな話をした後。
そのままずっと、たわいもない話をしながら布団に戻った。
といっても布団は一つしかないので、戻るのは降谷さんのいる布団になるが。
子供なので場所を分けて貰えばすっぽり……おお、大の字に広がった降谷さんで場所がない。
しかも1分の1ぬいぐるみも占拠している。
腕をどかして無理やり入り込むが、完全にぎゅうぎゅうだった。
とっぷりと夜は更けていく。
今後、私たちは数々の選択に迫られるだろう。
「オリジナルのところに潜伏して、灰原さんと協力しながら薬効を抽出。今後はこの流れでいいですよね?」
『ええ。目標は明確、僕らの体質から人類種を救う薬を得る。シンプルながら難しいのがちょうどいい塩梅かと』
「よし」
壮大でいいじゃないか。
ふわふわしていた私が、新たな目標を得られるのだ。
皆の愛に相応しい存在になれるように、ようやっとこの世界の一部として定着できるように。
私は全力を尽くしましょう。
ルパンが繰り返し言っていた言葉を思い出す。
「お前は愛されている、大切にされている」と。
所詮外から来た余計な付属品だと思っていたけれど、そうではないのだとしたら。
もはやなくてはならないものなのだとしたら。
そんなにも思われているのなら、その愛を返しましょう。
そのように、思う次第である。
肉体君がポツリと今思い出したように口を開いた。
『全然関係ないんですけど、ベルモット生きてますかね』
「………頭を食い破って化け物が出てきた話が話題になってないってことは無事なのかと」
『よし。いやよしじゃないですね。忘れてましたよ完全に』
ガバ兄弟だったらしい。
なにをするにしても組織が鬱陶しいもので、行動が制限されて仕方がない。
「あーーなんかいい感じに組織が突然爆発しないかな」などと雑談しつつ。
その夜は眠りについたのだった。
翌朝早く。
寝ぼけ眼でポヤポヤしていると、降谷さんが飛び起きていた。
「っなんて失態だ!わかった!すぐ向かう!」
何やらスマホで通話しながら、バタバタと着替えに走っている。
私も眠いひとみを擦って己の布団を引き剥がした。
うむぅ、布団から出られぬぅ…!
「緊急招集ですか、オリジナル」
「そうだ、君も準備してくれ!公安が保持するNOCリストが組織の人間に奪われたらしい!」
「!!!」
つまりは純黒の悪夢ということか。
だが降谷さんがいなかったということは、どう原作が変遷したかまるで分からないということだ。
というか仕事外されたんか降谷さん。
ここんところ顔色やばかったし仕方ないか。
「僕も備えがいるし、君も急ぎここから撤収する必要がある。君は今からいう住所に向かってくれ。いいか、江古田市江古田町の7-43-X。電車ですぐのはずだ」
「承知しました。オリジナルはどうされるんですか」
「僕はここを含めた拠点を『掃除』する。呼び出しもあるかもしれないから、その時の対処もだ」
最悪一撃アウトの可能性もあるからな。
呼び出されてそのままバン!
本当に私が免疫型を注入するギリギリのタイミングだったらしい。
あのデロデロ状態の降谷さんでは、この局面を凌ぐ事は難しかったろう。
今の降谷さんは睡眠と食事が足りて、ひとまずの生気が戻ってきている。
これならば多少のピンチは自力で乗り越えられるはずだ。
私は部屋を見渡してポツリと感想を漏らした。
「……組織が幹部の自宅を調べると、そこには命令した覚えのない大量の爆薬があり…」
「やめてくれ。掃除するに決まってるだろ」
「逆にNOC疑惑は晴れそうですね」
「爆弾テロ犯に公安がNOC疑惑なすりつけただけじゃないか!しかも多分どちらにしろジンは殺しにかかる!」
などと即興コントをすると、降谷さんも肩の力が抜けたようだ。
私は軽く笑ってまっすぐに降谷さんを見上げた。
「ご武運を。捨てるくらいならそのぬいぐるみ、僕が持っていきましょうか?」
「冗談。これは新しいヤサに大切に飾るんだ。これの快眠効果は凄くてな、時間効率を考えたらこれなしの生活は考えられない」
「あはは、なら頼みました。一緒に無事に帰ってきてください」
約束です、と拳をあげる。
降谷さんは柔らかく笑って、コツンと拳をぶつけ合ったのだった。
・怪盗キッド
最近事件現場で会った名探偵に「弟子のマジック上手くなった?」って聞いたら激鬱の顔されて焦ってた。
・コナン君
「コナンと平次の鵺伝説」で静岡に旅行中。
ちょうど本日帰宅する予定。
つまり東都水族館にいない。