変装したまま、電車でコトコト移動中なり。
鮨詰め時刻とかぶってしまったのでぎゅうぎゅうになりつつ高速で思考を回している。
ゴトンゴトンと電車が揺れる。
一応、別れ際に口頭で一通りの事情は把握している。
まず原作との相違点について。
降谷さんがいないが、おそらく赤井秀一は動いている。
ネットニュースで、首都高で派手な炎上事故が出ていたのは確認済み。
被害者の話が出てないというか、全体的に伏せられていて何も情報がないから、これがキュラソーの件なのは間違いないだろう。
記憶喪失になっているかは賭けになるか。
基本的に、降谷さんがNOCを続けられるのは原作ルートしかない。
大きく原作を逸れた時、残された道は赤井秀一と同じく逃亡しかない。
『オリジナルなんてどうでもいいですよ。僕の父君はコナン君だけでいいし、あんな脆い男など父には不適格だ』
ぶつぶつ捻くれた肉体君が何か言っている。
脆いって言うか、壊した本人の私は何も言えないアレである。
本当にすまんかった。
まあそれはいいとして。
先ほど降谷さんに渡された連絡用のスマホがあるから連絡は可能。
電話番号は覚えているので、まずは灰原さんに確認することにする。
使い慣れない電話に少し手間取りながら、電話をかける。
無機質なコール音が耳に響く。
『………はい』
「すみません、阿笠空です。電話を新調したので電話させていただきました」
『あら、空君だったの。あの男に買ってもらったの?』
「はい。ところで、そちらで銀髪オッドアイの女性を見かけたりしませんでしたか?」
『……奇遇ね。ちょうど該当の人間が目の前にいるわ。江戸川君に相談しようと思ってたところよ』
なるほど、これは大勝利確定演出ということらしい。
実際、降谷さんのかつての記憶にもキュラソーの容姿は残っているから発言に不審な点はない。
バーボンとしての活動の最中、会ったこともあるようだ。
「その人物は組織幹部のキュラソーです」
『!!』
「昨晩警察庁に侵入し、NOCリストを奪い逃走しました。無理はせず、できる限りその場にとどめてください。僕が公安に連絡します」
『…この人、どうも記憶がないみたいだけど。手元に彼女の壊れたスマホもあるわ』
「公安に頼むより、速度としては阿笠博士の方が早そうですね。そちらでスマホの解析処理お願いします。キュラソーも、疑念を抱かれぬよう丁寧に対応してください」
『分かったわ』
「あと、コナン君にも連絡を。急場の判断なら彼の方が早くて正確だ」
それだけ言って、私は完全勝利を確信した。
これだけ状態が違っても原作通りというのは非常に奇妙なことだ。
なにか細部が違っても大筋が変わらないよう誘因力でもあるのだろうか。
ともかく、公安と連絡を取らねば。
降谷さんは今一分一秒を争うので頼れない。
とすると、私の避難先に待つであろう公安の人に頼るのが一番か。
とことこ電車を降りて、指定された江古田町のアパートの前にやってくる。
駐車場の白い車から降りてきたのは、燻んだグリーンのスーツを着こなしたメガネの男、すなわち風見さんだった。
あちこち包帯でぐるぐる巻きだ。
もしかして昨晩カーチェイスしたのは風見さんだったのかもしれない。
ともかく急ぎなので、初手一番で伝えさせてもらおう。
近寄ってきた風見さんに、私は先手必勝で話しかけた。
「阿笠空君、今から」
「その前に急ぎ動いてもらいたいことがあります。昨晩警察庁に侵入した組織の人間を発見しました」
「行く…………な、何っ!?!?」
風見さんは硬質な表情を取り落として、あわあわと慌てふためきだした。
この人もキャラの落差が激しいんだよな。
性根が大きいワンコというか。
「東都水族館です。おそらく事故後にたどり着いたのでしょう。彼女の特異な記憶能力の影響で記憶を失っています」
「え、な、記憶能力?」
「ともかく今すぐにキュラソーの身柄を保護してください。今なら組織幹部の身柄を労せず確保できます」
「わ、分かった!」
風見さんはワタワタと東都水族館の場所を調べながら肩を落とした。
「君は、……なるほど、降谷さんのクローンというのは、まさにその通りなんだな」
「それは恐らくオリジナルの悪口なのでは」
「いや違っ、恐ろしい男だと言うだけだ!」
ミニ上司を見る瞳で風見さんが慄いている。
私は東都水族館に行く事はできない。
行く意味がないし、なにより万が一にも組織の人間に見られたら取り返しがつかない。
あせあせと場所を理解してから、風見さんは私に鍵を手渡してきた。
たぶん部屋の鍵だ。
「ひ、ひとまず鍵を渡すから301号室で待っていてくれ。中のものには触らないように」
「はい。お疲れ様です風見さん」
公安を顎で使う幼児の図である。
コナン君も稀によくやる。
色々説明もあっただろうに中断させて別タスクを割り込ませてしまったからな。
中はこじんまりとした整った部屋だった。
家具だけが置いてあって生活感はない。恐らくセーフティハウスとして用意された部屋の一つだろう。
やや埃っぽかったので、窓を開けて換気する。
ごろごろソファに寝転がっていると、ひょい、と私を覗く影が一つ。
これは見事な怪盗キッドの鳩ですね。
トコトコトコ、と足に機材をつけた鳩が私の服の上を歩き回る。
そしてちょっと突っついて訝しげに首を傾げた。
何を考えているかはわからないが、珍しいもの扱いはされている気がする。
足につけた機材から声が聞こえてきた。
『よ、久しぶりだな我が弟子よ!』
「怪盗キッドじゃないですか。どうしたんですか?」
『いやぁ、ふと歩いてるとこ見かけたから元気かなと。つかここ弟子君の家じゃなくね?』
「今裏がバタついてて身を隠してるんです。僕も攫われたり色々あって」
『ふぅん?』
私がそう答えると、キッドはやや考えたように唸った。
そして次の瞬間ぽん、と。
部屋に突如鳩の群れとともにキッドの姿が現れた。
舞い散る羽根の中優雅に一礼して、パチンと指を鳴らす。
すると私の手の中にボフンとカラフルなプレゼントボックスが現れた。
凄い、まるでトリックがわからない。
にっこりと微笑んだキッドが、「ステップアップ手品セット。詳しい練習方法付き」と言ってくれた。
中を開けると、いくつかの手品道具の他にUSBメモリが入っていた。
動画データでも入っているのかもしれない。
凄く手厚い。嬉しい。
私はそれをいそいそと元の箱に戻して。手の中に大事に抱えた。
さすがキッド。推します。
「ありがとうございます!大切にします!上手くできるようになったら見てもらってもいいですか?」
「勿論。楽しみにしてるぜ弟子君」
キッドはニッと笑ってから、そのまま眉をハの字に下げた。
「でさ、名探偵がすごく元気がねーんだけど。弟子君何か知らね?」
「あー、それはですね」
隠すのも義理に反するし、そろそろ説明するべきだろう。
私は軽く決意して腹に力を込めた。
「まず前提として、僕って悪の組織に生み出された危険な生物兵器なんですけど」
「そういうお年頃?」
「僕はまだ4歳です。そのお年頃には早いです」
「4歳!?ちっちゃ…!ちっちゃ…!!」と謎にキッドが慄いている。
ピシャリと私はキッドを一喝した。
「冷静になってください。こんなこまっしゃくれた4歳いませんよ」
「でも名探偵の4歳ってこんな感じな気がして」
「それはそう、ではなく。いえ、いくらコナン君でももうちょっと子供っぽかったですよ」
新一BOY参照。意外とコナン君は可愛らしい子供だったのだ。
コナン君の姿見てるとうっかり勘違いしそうになるけど。
あれはもう小学一年生の姿をした怪異なんよ。特に犯人目線だと。
あり得るギリギリの水準が光彦君だろうか。
……よく考えると光彦君やべーな。コナン君と会話が成立する6歳児は割とガチのギフテッドでは。
「ともかく、僕が伸び縮みしたのはコナン君のように怪しい薬のせいではありません」
「じゃあなんなんだ?そういう生態?」
「いえ。普通に別個体だからです」
え、と怪盗キッドが瞬いた。
「短命なんです、いまのところ。最初は頭蓋が割れて死にました。次は全身の免疫機能が破壊されて高熱と多臓器不全で」
「…………」
「大きくなったのは通常の成長ですが、小さくなったのは死んで新しい個体が生まれたがゆえです。成体が子供に戻ったりしませんよ」
「…………っ」
息飲むキッドを、私はまっすぐに見上げて笑顔を作った。
「ですがご心配なさらず。繰り返す生も痛みも、全てまとめて生きるということ。あなたが苦痛を覚えることではありません」
「……本当なのか」
「コナン君に確認すれば早いでしょう。彼の元気がなかったのは、うっかり僕が捕殺されてしまったためです」
神妙な様子のキッドがぽつりと「犬歯、長ぇな」と瞳を伏せたまま呟いた。
私の言ったことの真偽を考えているのだろうか。
私はできるだけ彼の心が軽くなるように、冗談混じりに肩をすくめた。
「人間ではありませんから。吸血鬼でもないですけど」
「夜を渡るイケメン吸血鬼。似合うのに残念だな」
「思えば吸血鬼の方がカッコ良かったですね…生物兵器ってなんかグロいイメージが拭いきれない」
「ならワン・ツー・スリー!」
ぽふんと私の姿が煙に包まれ、あっという間に吸血鬼っぽい黒いマントへと変わってしまった。
「自分の在り方を定義するのは早いんじゃねーか、未就学児君。なりたきゃ吸血鬼でも狼男でもなれるのが人間ってもんだ」
「はは、そうですね。すみません、気遣ってもらってしまって」
キッドは私の頭をわしゃわしゃと撫でまくった。
あっこら、髪ボサボサになる!
「名探偵にも訳ありかなと思ってたから、こっちこそ重たいこと話させて悪かったな。我が弟子が強いやつで良かったよ」
「ふふふ、僕の強度は折り紙つきです。百万回生きられます」
「それ、大切な人が死んだらそれっきりって意味になるぞ」
「それもまた乙なものでしょう。あなただって、終わりは愛する人と共に迎えたいでしょう?」
「………なるほど、その通りだ。置いていかれるなんて考えたくない」
キッドは納得したらしい。
私は適当にソファでふかふかと体を揺らした。
しかし暇だ。
たぶん風見さんは当分帰ってこれないだろうし。
私は持ってきたトランプを取り出して、キッドに声をかけた。
「ポーカーやりません?イカサマありで」
「ほー、俺にトランプで挑もうってか。よろしい。受けて立とう」
「胸を借りるつもりでいかせてもらいます」
なおトランプは好き放題されたため、片付けに少々苦労したことは追記しておく。
これ5枚目のハートのエースじゃんね。
・キッド
捕殺ってことは危険な組織に捕まって殺されたのか。
そりゃ名探偵も激鬱になるわけだよ。
自分の父を思い出して、父もこんなふうに生き返ってくれたらなと無理なことを願った。
・キッドの父(怪盗コルボー)
実はクローンの行方の捜索を工藤優作氏にお願いされてる。
米軍基地(最初の実験とは別の拠点)で謎の羽虫の発生が確認され、頭を手足に割り開かれて死ぬ野生動物が出現。
念入りな焼却で一旦鎮静化したが、未だ該当地域は封鎖されているとのこと。
・工藤優作氏
「あんなに止めたのに、別の拠点で実験を続けていたんだ。まだ人に被害が広がっていないうちに彼に抑え込みに協力してもらわないと、最悪の事態になる」