ポーカーをしてしばらくすると、風見さんが帰ってきたようだ。
ガチャガチャと鍵を開ける音がする。
すぐさまキッドは身を翻した。
「じゃあな弟子君!次会う時には見れる程度には腕磨いとけよ!」と言ってきた時と同じようにぽふんと煙が満ちる。
煙が晴れた頃には、部屋にあれだけ舞い散っていた鳩の羽も含めて、姿一つ残っていなかった。
演出家だなぁ、怪盗キッド。
私もマジシャンとして見習わねばなるまい。
風見さんとコトコト入ってくると、私の横に置いてあったプレゼントのマジックセットに目を留めた。
首を傾げて口を開く。
「ん?君の私物か?」
「はい。趣味のマジック用品です。それより、オリジナルはどうでしたか?」
「降谷さんは危機を脱したようだ。捕まる前に阿笠氏がスマホを解析してくれて、江戸川君の指示でメールを送っていたようだ」
「それは良かった」
「ただ、しばらくは疑念を晴らすため奔走することになる。君もここにいてもらうぞ」
風見さんは硬い口調で言い切った。
まるで「君が嫌でもここにいてもらう!監禁だ!」とでも言いたいかのような気合いの入れようだ。
そんな凄まなくても逃げたりしないのに。
しかし、メールで上手く組織の認識を訂正できたのは上出来だ。
とすると、あとはキュラソーの身柄をどうするかのみになる。
私は「キュラソーはどうしました?」と問いかけた。
風見さんはいかにも公安らしい硬質で威圧的な空気を纏った。
「あの組織幹部の女はこちらで預からせてもらった。今は病院に預けている」
「……そうですか。気をつけてください、組織が奪還に向けて大きく動けば、病院自体が危険にさらされます」
「分かっているさ。FBIのような失態は犯さない」
どうやらキール奪還の件を言っているらしい。
表向き、せっかく捕らえたキールが組織に奪還された挙句赤井秀一が死んだことになっているからな。
FBIの違法捜査も含めてかなりの失点になっただろう。
もしかしたらジェイムズ氏を通して理事官にはことの真相が伝わっているやもしれないが……。
真相は当人の認識の中にのみ存在しているというわけだ。
私はクスクス笑って「意外と喋ってくれるんですね」と風見さんを揶揄った。
雰囲気は公安なのだが、公安は一般人にこんなことを喋ってくれたりはしない。
はっと風見さんは己の失態に気づき、慌てて己の口を押さえた。
どうやら上司と喋るつもりで話をしてしまったらしい。
顔を青くして「あ、その」とワタワタしている。
私は口に人差し指をかざして内緒話のポーズをとった。
「今の会話、オリジナルには内緒にします。あなたの口が堅いのは僕も理解していますから、これは例外でしょう」
「すまない……君は本当に降谷さんそっくりだな」
「そのように作られましたから。僕の誇りです」
私は力強く言い切った。
そうか、と風見さんの表情にほんのりと笑みが浮かぶ。
「まあ、オリジナルはそういうの読み取ってしまうのですぐにバレて説教ですね」
「やめてくれ…勘弁してくれ……」
「僕の中のオリジナル認識だと『死んでも漏らしてはいけない情報もあるんだが、風見は大丈夫だよな?』って圧かけて来てますね」
「!?!?!?いっ、今降谷さんの声!!」
「変声術です」
嘘。私の生態的特徴だ。
ともかくガチ降谷さん声でズモモモモと怒りのオーラを受けて、風見さんは素早くちいかわと化した。
わぁ…あ……と小さくなって怯えて震えている。
病院に来た大型犬みたいだ。かわいそう。
よしよし、降谷さんが怒ったら私が庇ってやるからな。
「ところで、今日は缶詰ですか?よければ弁当でも作ってお渡ししますよ」
「君にそんなことはさせられない。それより、こんな場所じゃ暇じゃないか?碌な家具も用意できず本当にすまない」
「十分すぎるほどです。風見さんも、昨晩からお疲れ様です」
いたわりを込めて見上げると、なぜか風見さんはうるっと目を潤ませて天を仰いだ。
「な、何故!?」
「長く一人暮らしで彼女もおらず仕事に打ち込んでると、不意に涙もろくなる時があるんだ……」
「ああ、『咳をしても一人』的なあれですか。やっぱ軽く作って届けます。これは僕の趣味なので取り上げないように」
風見さんは「おあ、ああ」と謎の返事でワタワタ落ち着きがなくなってしまった。
降谷さんの弁当も時々食べてるだろうに、何を慌てているんだか。
そして風見さんは小さく丸まって居心地悪そうにぐぬぬとしょっぱい顔をする。
「これからミニ降谷さんと同居するのか…」
「え、風見さんもここで暮らすんですか?てっきり一人暮らしかと思いました」
「流石に子供一人でおいておけないだろう。君に適切な配慮ができるのは私ぐらいのものだし、少なくとも定期的に見に来る必要がある」
非常に律儀だ。
私はぺこりと頭を下げた。
「これからよろしくお願いいたします、風見さん」
「ああ。私もなるべく1日1度は帰って来れるよう努める。君も外出は控えるように」
「変装での外出は可ですか?」
「変装?」
私はバッグから繰り返し使えるラバーマスクを引っ張り出すと、それをぐにりと装着。
もっさい男の子の姿に早変わりする。
「そ、それは千の顔を持つ魔女の!」と風見さんが驚愕をあらわにした。
「いえ、こっちはルパン直伝です。ベルモットは怪盗キッド系列の技術ですから流派が違います」
「流派……いや、まあ、それなら外出も問題ないだろう。だがあまり出入りが激しいと近隣住民に怪しまれるし、なにより学校時間帯は避けてくれ」
「わかりました」
風見さんは片膝をついて、改めて私と目線を合わせた。
そして深々と頭を下げる。
「君のおかげで降谷さんが助かった。ありがとう、礼を言う」
「僕だけではありません。あの時僕の話をあなたが聞いてくれたからの成果です。二人で共に分かち合いましょう」
「………そうだな」
そう言って、私たちはしばし笑い合ったのだった。
というわけで、弁当を届けてから時刻は変わりまして夕方。
変装したまま、学校から帰宅する子供達に紛れて阿笠邸へと向かう。
チャイムを押すと、だいぶ顔色の良くなった阿笠博士が出て来た。
前はなんかこう、プラス20歳みたいな様相を呈していたからな。
それだけの心労をかけてしまったことを悔やみつつ、でも体重は落ちてないことを不安視しつつ。
ポヨンとした阿笠博士は、私を見てパァッと顔を輝かせた。
前と同じ変装なのですぐに私だとわかったらしい。
「おお!空君!」と私を諸手を上げて迎え入れてくれた。
「哀君はまだ東都水族館から帰ってきとらんよ。蘭君に見てもらっておる。どうしたんじゃ?」
「少々確認に。例の外道研究者から回収した回線割り込みのビデオデッキ型装置、あれはありますか?」
「いや……君が攫われた時に一緒に持って行かれてしまったよ。この家にあった目ぼしいものは手当たり次第に持っていったからの」
「そう、ですか……」
私は少々がっかりした。
あれさえあれば事態は大きく改善したかもしれないのに。
今のところ、一番の懸念は外道研究者が杯戸中央病院に残してきた感染者である。
これは今なら治療が可能だ。
命令によって幼生を支配型から免疫型に転換する方法を発見したからだ。
そうして脳を離れたところで自死命令を出せば、あとは簡単。
免疫型の死骸は老廃物として処理され、自然と排出、濾過されていく。
幼生感染症の完治だ。
外道感染者がやっていた命令のチューニングはまだやったことがないが、課題はそれだけ。
取り組む意味のある課題と言えよう。
だがこれは私がいないとできない治療方法でもある。
そこを打破するのがあのビデオデッキだ。
あれがあれば、一度命令を吹き込んでしまえばどこでも治療が可能になる。
幼生という不治の病は、不治ではなくなるのだ。
そこでふと、私は首を傾げた。
「というか、米軍が押収したのにあの研究所で使われた形跡がなかった。使い方がわからなかった…?」
「かもしれんの。あれは見ただけでは何をどう使うかも定かではないし。惜しいことをしたわい」
惜しいなんてもんじゃない。
万能治療薬をドブの側溝に捨てたに等しい。
困ったことになり、私はむむむと唸って腕を組んだ。
いくら阿笠博士といえ、残った資料からあの機械を再現するのは雲を掴むような話だろうし……。
阿笠博士がババン!とVサインを作った。
「そこでじゃ!ワシが実験データから類推して同型の改良型を作成済みじゃわい!」
「!!!」
「どうじゃ、ワシすごいじゃろ???」
ドォン!と巨大コンポみたいなものをカートでガラガラと押してくる姿は激しく得意そうだ。
私は感動に打ち震えた。
「惚れました。サインください」
「じゃろー?そうじゃろー?むふふ。飛ばせる命令の拡散範囲は五十倍!」
「大ファンです。天才発明家すぎて名前を教科書で見たことある気がしてきました」
「ほひょー!!!」
有頂天で阿笠博士は高笑いし始めた。
いやこれはマジで教科書レベルの発明ですわよ。
これで、米国でもしパンデミックが起こっても治療が可能だ。
まあ米軍も幼生の危険性は理解しているだろうし、よほどのことがない限りそんなことはさせないとは思うが。
あとは杯戸中央病院の人たちの治療だけだ。
未来は明るいな!
いやフラグとかでなく。
私の無害性はこれで担保された。
ようやく私は、その存在意義のスタートラインに立ったのだ。
私はひとまず得意げに胸を張る阿笠博士に拍手喝采を送ったのだった。
・米国
実験施設のあったネバダ州にて、頭を割り開かれた野生動物の死骸について噂が飛び交っている。
まだ人への被害は確認されていない。
政府は「見つけても絶対に触れずに当局に通報するように」と通達を出している。
・工藤親子
優作氏、息子に鬼電。
息子、純黒の悪夢中にて電話に出られず。
優作氏:((;´Д`;)):ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙