「ああ、エリックさん。どうも、いえいえ。一時ヤバかったのですが、なんとか切り抜けましてね。今は日本でのんびり暮らしています」
赤井秀一は、昔からの知り合いで恩人に連絡をとっていた。
彼、エリック・アンダーソンは元米軍将校だ。
彼の助けで赤井はアメリカに定着して、軍での訓練に参加させて狙撃の腕を磨かせてもらった。
長い付き合いの人間だ。
その見返りにちょいとばかり後ろ暗いことに手を貸したが。
まあ、得るところも大きかったからwin-winというものだろう。
「君が無事で嬉しいよ!」とカラカラ笑う声は赤井のことなど大して気にかけてもいなさそうだ。
人格的なところはともかく、その権力は確かな人物である。
「ところで、そっちはどうです?どうもきな臭いようですが」
『これはもうダメだ。私は国外の別荘に物資を運び込んでるよ。偉大なる合衆国がこんなことで大ポカなど、嘆かわしいことこの上ない』
この自分の損得に聡い男が見切りをつけているということは、恐らくは相当に深刻なのだろう。
日本で見えている情報は非常に断片的だ。
現地は不安が蔓延し、被害は刻一刻と拡大していることだろう。
昴として阿笠邸の音声を聞く限り、あの手足と呼ばれる怪物は凄まじく凶暴だ。
見た目を遥かに超えて頭が回り、狡猾に人を喰らおうと動き回る。
執念深く、敵の威嚇に対して諦めるということを知らない。
あそこまで民家の近くに出現して、まだ人的被害が出ていない訳がない。
赤井はゆったりと微笑んで机に寄りかかった。
「私からひとつ、昔からの恩義からご提案がありましてね」
『なんだね。もう沈む泥舟に集っても意味はないぞ?私も次の寝床を探さねばならん。そも、これが全世界に広がれば藁を毛布に夜を過ごすやもしれんぞ?』
暗に世界的大混乱にて国家が没落することを示唆しているのだろう。
そこに冗談めいた様子は微塵もない。
まさに、彼からすればそれほどの危機なのだろう。
訝しげなエリックの様子に、赤井は少しだけ目を伏せた。
すでに先ほど江戸川コナンには確認を取ってある。
コナンが父親の伝手を頼らなかったのは反骨心か、それとも彼の権力事情から頼るのが適当でないと判断したか。
どちらにせよ赤井が力になれるのは嬉しい限りだ。
彼には少々どころではない恩義があるからだ。
「今私が滞在しているのは、かの生物兵器が滞在していたという日本の発明家の家の隣家でしてね」
『ほう?』
「今米国を混乱に陥れている事態への光明をご提供できるかもしれません」
そのように赤井が言い切ると、品定めするようなねっとりとした沈黙が赤井を包んだ。
『ふうむ、その手の詐欺は今横行しているが。まあ、嘘でも本当でも米国は手当たり次第集めている。どちらにせよある程度の収益は見込めるか』
「特に私の今いるのは震源地の程近く。他とは一線を画す信憑性で売り込めます」
『今は移住準備で入り用だし、一枚噛むのは悪くない』
ひとまず引としては十分だろう。
赤井はリップサービスとして情報を一つ付け加えた。
「これはこれまでの友好からの言葉ですが、本件に関しては本当に特効薬になり得そうです。時間との勝負にはなりそうですが」
『ははは、詐欺師は皆そう言うものだ。だが君はその手の冗談は好まないか……本当か?』
「詳細は向こうの窓口と詰めてからまたお電話します。向こうの窓口は以前に生物兵器の保護者をしていた男です。この目で該当生物兵器との友好関係を確認済み」
エリックは息を呑んでしばし沈黙した。
それから、恐る恐ると言った様子で声を潜めた。
『その生物はどんな姿だったんだ?人型と聞くが、あの化け物の大元なんだ。さぞ恐ろしい姿だったろう』
どうやら手足の方は見たことがあるらしい。
ネットの写真か、それとも軍の関係か。
赤井は思わずゆるゆると首を横に振っていた。
「小さな子供でしたよ、整った見目の、6歳ほどの少年でした」
『擬態のためか。恐ろしいことだ。兵士も子供に銃口を向けるのは躊躇うものだからな』
わずかな反感を覚えたが、これが一般的なものの見方だろう。
言い返すこともなく、赤井は連絡を済ませることにした。
「では、今日中に連絡します。ああもちろん、米国の今日と換算して。まさに時は金なりですからね」
『助かるよ。君は本当に優秀で話がわかる。ではまた』
電話を切って、赤井はほうと息をついた。
そのまま、別室で待機している江戸川コナンの元へと向かう。
彼は印刷した資料を山ほど広げて、何かひたすらに計画を練っているようだった。
集中しているらしく、赤井の入室にも気づいていない。
赤井は柔らかく声をかけた。
「ボウヤ、色良い返事が貰えたぞ。あとは君次第だ」
「ありがとう昴さん」
「彼は利益に関して頭が回り、名誉欲と野心が強い。だがその分権力は絶大だ。味方につければ話はこれ以上なくスムーズだろう」
「………うん。持てる手は全て尽くす」
その声の覇気に、赤井はくつくつと喉を鳴らした。
自分も老いたな、と勝手なことをほんのり思う。
この真っ直ぐな力強さは、やはり若くないとできない直進性だ。
世界を救うのは少年少女。
まるで日本のコミックのような世界観だが、すなわち、それこそが万人の胸を熱くする光となる。
赤井はその日、面白そうに小さな名探偵の助手に終始したのであった。
こちらクローン。
阿笠博士の新型命令拡散機への命令吹き込みも動作確認完了。
全て憂いなし。
向こうに渡すのはこの現物一個と、設計図、そして命令データひとつだ。
本当はこちらで全て貸与したいのだが、とてもネバダ州全域を覆うような数を増産することは阿笠邸では不可能だからな。
町工場にお願いしていたら交渉が終わる前に米国が滅びるし。
ならば、あとは設計図を渡して向こうに死に物狂いで作ってもらうしかない。
もちろん、事態が収束した後の懸念はある。
命令拡散機から研究を進めて手足を軍事利用するんじゃないかとか、再びの手足脱走とか。
今出ているかもしれない被害者への対応とか。
まあなにはともあれ今は速度を優先すべきだろう。
優作さん曰く、もう手足に襲われて人的被害も出ているらしいからな。
街に熊のように現れた大型の手足が窓ガラスを割ったり歩行者に襲いかかったり。
歩行者は病院に運ばれたとの報告もあるそうだ。
間違いなくこれまでに人の感染者も出ているはずなのに、それに関しては徹底的に伏せられている。
パニックを防ぐ目的だろう。
これを受けて人の避難のための大移動が始まれば、それこそ全米に被害が拡散するから。
と、そんなわけで本日私は杯戸中央病院にいる。
変装した怪盗キッドも一緒だ。
「あー、あーーー、あー。違うな……」
「歌の練習か?」
「まあ、似たようなものですね」
病院の外のベンチに座って、私はひたすら謎の母音発生練習をしていた。
怪盗キッドは風見さんのところを出てくる時に偶然会って、ついて来てくれた形だ。
偶然というか待ち伏せされていたような気がするが、子供一人だと職員に捕まる恐れもある。
ありがたく一緒に来てもらうことにした。
私はぼんやり昼の空を眺めながら白状した。
「僕、生物兵器って言ったじゃないですか。その関係です」
「なるほど?」
「実は僕、体の中に寄生虫がいて」
「!?」
「人間が感染すると3時間でお陀仏の超危険寄生虫が、生の鹿肉ばりに沢山ひしめいてるんです」
「!?!?!?」
キッドは素早く距離を取って壁に張り付いた。
カタカタ震えている。
私は傷ついて泣きべそをかくふりをして被害者ぶった。
「差別ですか!?酷いです!コナン君はこんな僕を抱きしめてくれました!」
「いやいやいやいやいや名探偵すげーな俺ガチで尊敬したわ!?え!?話盛ってる?」
「過小報告してます。実は感染すると3時間後に頭を割り開いて化け物が飛び出して来ます」
「オイオイオイオイオイオイ」
キッドはそのまま全身滝汗状態になって凍りついてしまった。
私はクスクス笑って、ダメ押しに付け加えた。
「僕が噛み付くと感染します。この犬歯はそのためのものです。どうです、ひと噛みいきます?」
「命だけはお助けを!!!」
「冗談ですよ。驚かせてすみません」
「どこからが!?どこからが冗談だった!?」
キッドはまだ振動している。
私は歌の練習に戻り、あーあーと声を出した。
「あー、あああ。これ、寄生虫と交信する信号パターンの変更練習をしてるんです」
「な、なるほど…成功するとどうなるんだ?」
「望まぬ感染者から寄生虫を排除、治療できます。勝手に僕の幼生を人に投与した馬鹿がいたので、その治療方法を模索してたんです」
「!」
キッドはしばし瞠目してから「生物兵器ってことは、そっか、作られたってことか」とつぶやいた。
少しだけ暗い顔をして黙り込む。
そう、私はどこまで行っても生物兵器だ。
たとえこの身から万能の特効薬が生み出されたとして、私自身の危険性は微塵も揺らがない。
この多量の負債を返済してやっと、私は始まりの一歩を踏むことができるのだ。
遠巻きに震えていたはずのキッドが、そろ……と小さな足取りで近寄ってくる。
そして恐る恐る、私の頭をわしゃわしゃ撫でた。
怖いだろうに、「そっか」と言って優しい手つきで髪をすく。
「そんなの、考えてみればお前の意思じゃないもんな」
「………優しいんですね」
あーーー、あ。
ぴこん、と不意に回線が繋がった感覚が帰ってくる。
どうも入り口のパターンが変更されていただけのようだ。
これなら私も簡単に実装が可能だろう。
「あっいけた!いけました!交信確認!」
「やったじゃねーか!」
「十三人全員に幼生の免疫型転換、ついで自死命令を入力します!これでなんとかなりますよ!あの外道研究者に幼生を投与された患者も助かります!」
「いぇーい!」とキッドとハイタッチを交わす。
肉体君が「ふぅん?度胸ありますねこの男。捻り潰すのは後回しにしてあげましょう」といつもの肉体君節を効かせてていた。
なるほど。
面白いやつだな、気に入った。殺すのは最後にしてやる構文だな?
私は深く納得を得てしたり顔をした。
『ぶっ飛ばされたいんですか?誇り高き暗黒面の僕を面白ネタキャラにするのはやめてください』
もうその発言自体がネタの塊では。
私はボブのように訝しみつつ、キッドとまったり帰路に着いたのであった。
・元将校エリック氏
損得に聡く賢い悪党。
小悪党ではないので長期視野もあり、故にこそ巨大な権力を得た。
例の生物兵器に関しては「リスクが高すぎるくだらんオモチャだ。手を出すなら私の死後にしろ」というスタンス。
・ネバダ州
そろそろバイオハザードの世界観になる。
まだ住人が逃げ出す段階には至ってないが、隣人の頭から化け物が這い出る噂が聞こえてきた。
交通規制され、現在他州との行き来は規制されている。
ショッピングモールを襲撃した戦争型によって多数の被害が出て、もうすぐ死骸から変な形の虫が湧く。