風見さんの家で晩御飯である。
いつも風見さんの分含めて二人分作るのだが。
今日は珍しく降谷さんが入るので三人分を作っている。
降谷さんが眉を下げて机につき、ぺこりと頭を下げた。
「すまないな、ご相伴に預からせてもらって」
「いえ、我々が安心して情報交換できる場所は少ないですから」
風見さんはややギクシャクしながら返事をする。
上司と食事なんてそりゃ緊張の一つもするか。
それとも、以前降谷さんとの食事で酒で失敗でもしてるからか。
どうやらこのアパートの名義は飛田で取っているらしく、足はつきにくいようだ。
降谷さんがため息をつきながら、一口食事を口に運んでパッと顔を明るくした。
「お、この鳥の照り焼き美味いな!僕の知らない味付けだ」
「オリジナル、このレシピです。送りましょうか」
「頼む!」
降谷さんは実に満足そうにもぐついている。
私は誇らしさを全身に纏いながら鼻を高くした。
「ようやくマークが外れたよ。ジンもジンで延々とネチネチネチネチ…鬱陶しいことこの上ない!」
「お疲れ様です、あの男は難癖つけるのが趣味ですからね」
「ああーもう、何度奴の眉間に弾丸ぶち込んでやろうと思ったことか!」
はぁぁ、と降谷さんは早くも管を巻き始めた。
珍しい上司の姿に風見さんが目をまん丸にしている。
私は降谷さんを労ってその頭をわしゃわしゃした。
灰原さんもよくやってくれるんだが、これ結構満足感があるんだよな。
「お疲れ様ですオリジナル。添え物のほうれん草増量しますか?僕の肉一枚いります?」
「ほうれん草は欲しい。肉は君が食べるんだ。はぁ、あの銀髪知らないところで爆発すればいいのに…テキーラみたいに誰かうっかり仕留めてくれないかな」
「幼生盛ります?」
「盛る隙が無い。あいつの飲食シーン見たことない。ウォッカ経由でいけるかな…」
暗黒の幼生ジョークに真っ青になった風見さんが「ふふふふふ降谷さん!!!」と振動し出した。
降谷さんは真顔で肩をすくめる。
「冗談に決まってるだろ。米国の二の舞は御免だ」
「あのニュース見て怖くないんですか!?」
「もう僕の体内にはいるぞ。というか、僕が急に復調しておかしいとは思わなかったのか」
「!?!?!?」
「え、え!?」と風見さんが目を白黒させている。
どうやらあのドロンドロンの状態の降谷さんを少しでも知っていて、「まあ少し体調不良なだけだろう」とでも思っていたらしい。
おそらく降谷さんの側が意図的に致命的な精神的不調を隠し切っていたのだと思われる。
テロリストやるほどやばい状態だったのに隠し切るとは。
流石降谷さん。凄まじい精神力であることよ。
「さ、最近疲れてらっしゃるとは思っていましたが…」
「疲れてるなんてもんじゃない。頭がおかしくなってたんだが、風見には隠し通せていたみたいだな」
「そんな、大袈裟では」
未だ信じられないと言った様子の風見さんに、私は沈鬱に口を開いた。
「最近押収した爆弾、あれの出所ご存知ですか?」
「組織の人間が隠し持っていた爆発物を押収したんだろう?」
「そうですね。オリジナルが米国に爆破テロ仕掛けようとして準備してたやつです」
組織の人間すなわちバーボンが隠し持ってた爆発物だ。
間違ってはいないが詐欺感が強い。
「……?……………??????」
風見さんは素早く宇宙風見さんに進化した。
そのまま戻ってくる様子がない。
降谷さんが恥ずかしそうに唇を尖らせた。
「だからおかしくなってたと言っただろう。色々重なって精神的に吹っ飛んでたんだ。隠してはいたが幻聴もあったし」
「は…あ、……ほ、本当に?」
「ああ」
風見さんが現実を理解したのか、ざっと青ざめる。
米国にテロと聞いて、その動機も理解したんだろう。
わなわなと震えている。
「で、では今は……」
「そこで僕の幼生の出番です!」
ババン!と私は立ち上がった。
誇らしさ全開である。
「僕の幼生は米国の事例を見れば分かる通り感染力に優れ、感染後3時間で宿主は死亡、頭部を割り開いて手足が出現します!」
「オオ……お…おお」
「ですがこれをチョチョイとすれば、あっという間に免疫型の完成です。これは安心安全、肉体の免疫系統と協調して体の調子を整え、脳に定着してその機能を回復させます!」
「つまりは文字通りの万能薬だな。完璧な狂人が一瞬で正気に戻るほどの凄まじい性能だ」
降谷さん補足する。
風見さんはまだカタカタしている。
「僕がその証人だ。ほぼ閉鎖病棟に突っ込まれる寸前の人間が、まともに仕事ができるようになったわけだ」
「………ふ、降谷さん……」
「阿笠邸の彼女に聞いた話だが、あくまで理論上での話であるが、脳機能の回復に関して意外と広範な効能を持つらしい。たとえば外傷や脳腫瘍、脳卒中等によるものも対象になるとか」
幼生が一時的に脳機能を代替し、自己修復を促すのだ。
風見さんが眉間に皺を寄せて慄いた。
「それは……本当に本人なのですか……?」
「風見はどう思う、今の僕は僕だと思うか?」
その言葉に、風見さんは口籠った。
高度な科学は哲学の領域に近くなるというが、なるほどその通りというわけだ。
「少なくとも、免疫機能に関して大幅な増強が見込めるのは間違いない。元々はそれに目が眩んで、米国も研究を始めたのだろう」
「………それで、あの結果を招いたと」
「悍ましいほどのリスクと、手を伸ばさずにはいられないほどのリターン。まさに禁断の果実というに相応しいだろうな」
私はぷくっと膨れて頬杖をついた。
「僕は迷惑極まりないんですけどね。ああーオリジナルぅー助けてくださいぃー。あの研究所に閉じ込められている間本当につまらなくて、聖書と積み木しか与えられなかったんですよ!」
「よしよし。なら米国なんか出し抜いて日本で万能薬を作り世界を席巻しような」
「だから迷惑って言ってるのに!オリジナルの裏切り者!」
「ははは。君はこういう僕が好きなんだろう?」
「そうですけどぉ、そうですけどぉ!!!」
私はごろごろ転がってから、ポコポコ降谷さんの肩を叩いた。
降谷さんが「あーそこ、そこ効く」と肩叩きされた人の反応をみせた。
ブラックジョークの応酬に、風見さんが未だ硬直している。
しかしその困った様子の中に、少しだけホッとしたような空気があって。
風見さんの憂いを晴らす効果はあったのかな、と思った次第である。
降谷さんが私を膝上に抱き込みながら疑問符を見せた。
「ところで、米国は今どうなっている?僕は組織で手一杯であまり情報が集められていないんだ」
「江戸川少年に聞くところ、そちらは順調に抑え込みに成功しているようです。ただ、完全に沈静化するには半年はかかるのではないかとのこと」
主要都市の奪還には成功したし、感染が広がる西側もなんとか持ち直してきているらしい。
今は海沿いに命令拡散機を設置して、海への進出を防ごうとしているとのこと。
各国の突き上げも大きかったからな。
水生生物への感染は確認されているし、全世界に広まることへの危機感は高かった。
既に陸伝いにカナダに進出していて大惨事。
今はアメリカと協調して防疫に取り組んでいるとのこと。
メキシコは国境を閉鎖して完全防備体制に入ったようだ。
元々フェンスや壁があったのも大きかったから、今のところ被害は報告されていない。
だが、本当に感染していないかは疑問が残るところである。
降谷さんが大きなため息をついた。
「まだ収束は先だな。生態系も激変しそうだが…何より経済がひどい」
「ですね。日本も支援金を送ったり他人事ではありませんから」
「組織のアメリカ拠点もいくつか使い物にならなくなったと聞いている。まあ、元はと言えば組織の研究だ。同情に値しないがな」
今のところ、米国は全力で「研究所からの流出ではない。地域の野生動物によるものだ」と主張している。
あんな野生動物いるわけあるかいな、とメキシコにすごい非難されているとのこと。
「本当にどうしようもなくなったら降谷さんと同じように日本国民に免疫型を打ち込めば、ひとまず命は助かりますが」
「……ああ、感染者は手足には襲われないからな。ベルモットも実験したと聞いたが、足蹴にされたと聞いたぞ」
「はい。部下だと思うらしいです。無駄に偉そうにします」
命令型を挟めば飢餓型も防げるし、最終手段としては上出来の部類だろう。
まあ手足は偉そうにしてくるんだが。
世界中の注目が今、アメリカには集まっている。
照り焼きをもぐっと食べ終わったあたりで、私は食器を運ぼうと立ち上がった。
そして。
不意にふらっと眩暈を覚える。
タタラを踏んでぐっと踏ん張るが、ぐらぐらと視界が揺れて慌てて皿を机に置き直す。
風見さんが私を見て困惑した声を出した。
「どうした、空君」
「いや、何か眩暈が……急に、あ。これまずいかも」
ぐるんと一際大きく視界が回転する。
そのまま、バタンキューと私は倒れ伏した。
「発熱。それとこの値。蛹になるタイミングが近づいているんだわ」
ゆらゆるした頭に、ぼんやりと灰原さんの声が響く。
どうやらまた第三段階、すなわち蛹に移行するらしい。
目を開けると、灰原さんがそれに気づいて私に声をかけてきた。
隣には風見さんとコナン君もいる。
珍しい組み合わせだ。
「目が覚めた?」
「ここは…阿笠邸ですか。オリジナルが運んできてくれたんですね」
「あの男の焦り具合は凄かったわよ。顔面蒼白で。なのに電話でジンに呼び出されて、全力で悪態をついていたわ」
「おお、目に浮かぶようです」
あの銀髪野郎ふざけんなとかめちゃめちゃ騒いでいたんだろう。
申し訳ないことをしてしまった。
私がしょんぼりしていると、灰原さんが憂いを含んだ瞳で私を見た。
「早いわね。前回は四年近く培養したあとでの第三段階だったはずだわ。兵器としてもこんなに速いサイクルを想定していたとは考えづらい」
「どう見ても想定外の挙動をしてますよね」
しかも回を重ねるごとに最適化が進んでいる。
そろそろなんか化け物になりそうで怖いところだ。
なんとか気合を入れて、今回の蛹も乗り越えねばなるまいよ。
コナン君が私の額に手を当てて、「熱いな、辛いか?」と心配そうに眉を下げた。
目がまわるほど忙しいだろうに、私のために来てくれたのだ。
こんなに嬉しいことはあるまい。
「大丈夫です。これは成長のための熱、進歩のための熱です。また男前になれると思えば手放しで喜べます」
「俺はまだ小さいままだってのに、一人大きくなりやがって」
「ふふふ、コナン君とは一緒に修学旅行に行きたいので。頑張っているんです」
コナン君がきょとんと「修学旅行?」と首を傾げた。
「公式HPによると、1ヶ月とちょっとで修学旅行ですよ。蘭さんと京都旅行。思い出のひととき」
「!!!!!!」
「ちょっと。ダメな理由しかないわよ。組織に見られたら死ぬわよ」
「でも行きたいですよね?」
コナン君は激しく首を縦に振った。
ブンブン音がなるほど頷いている。激しく行きたそうだ。欲望が渦巻いている。
「というわけで、僕はそれに間に合うよう全力を出します。倍速パワーアップです」
「貴方ねぇ!それで未成熟で寿命が縮まったりしたら!」
「大丈夫です!そんな気がします!」
と、強弁したら灰原さんにめっちゃ叱られてしまった。
コナン君は隣でどうやって修学旅行の許可をもらおうか考えている顔をしている。
風見さんが「小学一年生で修学旅行……?」と疑問符を浮かべている。
「でも、蛹化のタイミングが悪いのはその通りですね。米国も落ち着いてないのに動けないのは」
「いや。ある意味助かったな。完全に向こうが落ち着いていたら、それを狙って米国が動きかねなかった。逆恨みってやつだ」
灰原さんが私の髪を優しく撫でて、穏やかな笑みを浮かべた。
「あなたの成長後の姿は、きっと米軍の目を欺くわ。待ってるわよ、空君」
「なるほど。なら僕はゆっくりと体を作るとします」
死と生を繰り返す中で、ようやく私も彼らの心配を理解するに至った。
肉体君が「母君。父君。僕の家族。どうか心配しないで」と優しい声を出す。
私は灰原さんの手を取った。
「灰原さん、必ず立派な男前になって帰ってきますので、心配しないでください」
「………ええ。貴方も、どうか無事でいて」
変な機能が生えないといいなぁ、と思いながら目を閉じる。
直感だが、まだ手足が全種類アンロックされてない気がするんだよな。
隠し要素が山ほどあるというか。
このクソゲー!!!いらん機能ばっかアンロックすんなや!
ともかく、今はスヤァとおやすみなさい。
繭の中に篭り、えんやこらと成長に注力するのであった。
・手足
感染者は部下だと思っている。
おいお前、美味げな肉持ってこいよ。
部下だから危険から守ってくれることもある。
・米国
感染者が襲われないことは米国でも知られていて、余計にそれが魔女狩りを産んでる。
怪しいやつは手足の群れの中に放り出して、襲われなければ有罪。食い殺されれば無罪。