珍客が来たのは、本日3時ごろのことだ。
そろそろコナン君が帰ってくる頃合いだろう。
「工藤を出さんかい!」と告げる見知らぬ男の姿に、帰宅したコナン君が困惑した様子を見せた。
「っくしゅん。おい空、コイツなんだ?」
「西の高校生探偵である服部平次という方だそうです。それより、風邪ですか?」
「ああ、子供の体だと風邪をひきやすくて困るぜ」
もう私も小さい頃のことなど覚えていないが、子供は免疫機能がまだ未成熟でよく熱を出すと言うからな。
伝手がなくて調べられていないが、私の免疫系には謎も多い。
人に感染する病ならおそらく感染するが……別に今生に執着は無いとはいえ、日本脳炎で苦しみながら死亡とかになったら悲しい。
なんとか検査の伝手を手に入れたい気持ちである。
くしゃみを繰り返すコナン君に、服部君が爽やかに微笑みかけた。
「おう坊主、風邪ならこれが効くで。ちょい待っとれよ」とゴソゴソと袋から瓶を取り出し、紙コップに注ぐ。
「ほら、そっちの坊主もきぃや」
「ありがとうございます……、っ!」
中に入っている液体からは、明らかにアルコール臭がしていた。
そういえば、この酒が原因でコナン君が元の姿に戻るんだったか。
白乾児という中国の酒だが、うむ、臭いからして度数もかなり高そうだ。
コナン君は隣で遠慮なくグビグビ飲んでいる。
警戒心をどこに取り落として来たんだ君、一口目で度数わかるだろうに。
私は丁重にお断りして、頭を下げた。
「すみません。僕はアルコールは強く無いので、ご遠慮しておきます」
「ん、ほならええけどそんなん何処で調べたんや?」
「今より小さい時に誤飲しまして。体調不良となったので、あまり飲まないように言われて居ます」
本当は酒が飲めないか私が自分で調べただけだがな。
飲みたい私の自主調査。少なくともパッチテストは下戸超えて肌が真っ赤を示していたなり。
犬猫にはアルコールの分解ができないことを思えば、もっと危険かもしれない。
だからコナン君に命令して娯楽提供してもらう必要があったんですね。構文である。
などと考えながら会釈すると、服部君がパチクリと瞬いた。
「なんや、こまっしゃくれた坊主やな。まあ俺も小さい時は人のこと言えへんガキやったけど」
「空君もコナン君もすごく良い子よ。お皿運ぶの手伝ってくれるし」
蘭ちゃんが味方してくれた。
高校生で家事を一手に率いているから、私としては少々彼女の生活が不安でもある。
掃除ぐらい手伝いたいのだが、一週間しか居ない身で口を出すのも迷惑だし。
これ以上踏み込んでも仕方ないことか。
蘭ちゃんにもぺこりと頭を下げ、「僕は上にいますので」と言って上の階へと引っ込むこととする。
大変申し訳ないが、コナン君とは距離を取る必要がありそうだからな。
どうせ夜には一緒に寝るが、少しでも接触を少なくしたほうがいいだろう。
本当は無人の阿笠邸の方がいいのだろうが……私から言い出すのは難しいし。
外へ出ると、下で待つ女性が目に入った。
どうやら探偵事務所にお客さんらしい。
チャイムは聞こえなかったから、もしかしたら壊れているのかもしれない。
「お客さんがお見えになっています」と毛利探偵に声をかけてから、上へと引っ込む。
というか、服部君も良くやるものである。
高校生で金なんてあんまり無いだろうに、新幹線で面識もない男の元に駆けつけるとは。
これから頻繁に東京に出没することを思うに、もはや工藤新一の追っかけであると言っても過言ではない。
私に不足しているのはこういう熱量だな。
しばらくすると、蘭ちゃんが3階の居間にひょいと顔を出した。
「これから依頼人さんの家に行くって!空君も一緒に行こう」
「……僕は留守番させてください。あまり調子がすぐれないので」
「え、大変!なら私も」
「僕は大丈夫です。既に体調の悪そうなコナン君について居てあげてください」
「そう?無理をしないで、もし遅くなったらご飯の場所はわかる?」
「はい。お気をつけて、蘭さん」
これでOKだ。
きっとコナン君は服部君と絆を結んで、帰ってくることだろう。
上でゴロンと横になって、私は思考を整理した。
私の今後の目標でも決めておこうか。
小目標としては、降谷零にクローンの危険と詳細を報告すること。
あとコナン君が元の姿に戻れるようサポートすることが挙げられるだろう。
あとは大目標を決める必要がある。
つまり人生プランだ。
クローンの寿命がいかほどかは分からないが、ある程度は考えておかないと張りも出ないというものだ。
悩ましい限りだ。
適当に公安の犬をしたいところだが、私は組織の実験体なのであらゆる事物においてそう上手くはいかないだろうし。
コナン君に事務員として雇ってもらおうかな、という案は寄生虫みたいでなんとも気が乗らないし。
「うさぎ おい し かの やま」
考え事をしていると、口が勝手に童謡を紡ぎ出す。
ノスタルジックな曲調が、完璧な音程と共に美しい音色を奏でている。
たまには歌もいいな、心が晴れる。
ちなみに、私の喉も人間とは構造が全く異なっている。
オウムに似て、特殊な器官があるらしいことがわかっているのだ。
だからあらゆる声帯模写が可能で、研究所脱出のとき研究員を釣り出すのに活躍した。
というか、人間なのに素で声帯模写してるKIDこそおかしいんだがな。
歌いながらまた、何巡目かになる闇の男爵の一巻を捲り始める。
穏やかな時間だ。
時計がやや古い品らしく、チクタクと特徴的な音を響かせている。
コナン君向けに新しい暗号も考えておこうか。
安価な暗記カードでも買って、数日楽しんでもらえるようにたくさん暗号を書き込んでおくのだ。
裏には回答付き。
色ペンを使えばもっと色んなバリエーションが作れそうだ。
私はうむうむと頷いた。
これはこれで、新しい趣味としてちょうどいいかもしれない。
そのように頷きながら思案するのであった。
そうして、帰って来たのは随分と後のことになった。
出先で殺人事件があり、加えてコナンくんが倒れたため病院にも寄ったから帰ってくるのが遅くなったらしい。
コナン君が目が覚めたのは翌朝のことだった。
すっかり良くなったコナン君は、むすっとしたまま布団の中で頬杖をついている。
なんとも子供の回復は早いものだ。
コナン君は上機嫌そうに笑顔満面になった。
「絶対あの酒だ。白乾児。あれで俺は元の姿に戻れたんだよ!」
「どんな成分が影響しているかは定かではありませんが、あまり摂取しない方がいいでしょう」
「っ、どうしてだよ!元に戻れるかもしれないのに!」
「風邪とどういう相互作用があったかは分かりませんが、体に負担がかからないはずもありません。事例を安心できる研究機関に提出して、解毒薬の研究をした方が良いかと」
「………そんな伝手ねぇっつの」
まあ、それに尽きるわな。
灰原さんがいない現状、私も同じく頼れる医学者がいないのが一番の難問である。
とはいえ、私に関しては優作氏からその手の医療機関の紹介が近々ある予定ではあるが。
今のところ、本当に口が硬く安心できるところの剪定に苦労している様子。
それさえ終えれば色々体についてもわかることが多くなるだろう。
私は真摯に語りかけた。
「焦らないでください。あなたの身が危険が晒されるのは、僕とて心が痛みます」
「…わぁったよ。あーあ、小学生はまだ継続かぁ」
「それは、ご愁傷様です。苦悩は僕には察してあまりあります。あいうえおの音読からは脱しましたか?」
「昨日は石ひっくり返して虫見た」
「ご愁傷様です」
私は戦慄した。あまりにも虚無すぎる。
多分トイレの使い方とかもあったし、春を探してみようと落ち葉を拾ったりもしただろう。
可哀想に、男子高校生には苦行でしかないはずだ。
どれもこれもジンが全て悪い!
おお、滅びよ黒の組織!
ふと思い立ったように、コナン君が私に問いかけて来た。
「そう言えば、探偵団の奴らとその手の遊びにお前も付き合ってやってるけど、お前の価値観的にはどう言う位置付けなんだ?」
「僕には成人男性相当の認識が備わっているようです。どちらかと言えば、小さな子供の面倒を見ているような気分になります」
「……お前、面倒見いいんだな」
凄くしみじみと頷いた。
降谷零という存在は、日本の未来を担うだろう子供の面倒を見るのは嫌いじゃない。
私も同じく、子供はヤンチャであれと思っている。
とは言え、問題がないわけではない。
「ただ、どうもデザインコンセプトとは相反しているのが困りものです」
「というと?」
「柔らかな肉を引き裂けなくてフラストレーションが溜まります。料理で発散して居ますが」
「料理でどうやって!?」
「大きな胸肉をスライスしたり、魚を3枚に下ろしたりします」
コナン君が「それで良いんだ……」という顔をした。
実際まるで良くはない。
自分に暗示をかけてなんとかそれで良いと思い込むようにしているだけだ。
やはりコナン君に命令してもらわねば話が始まらないのである。
こうして話は最初に戻る。
酒が飲みたい。アルコールだめなこの身が憎らしい。
私がじっと「命令……」と言いながらコナン君の顔を覗き込めば、コナンくんがシワシワの表情になっていく。
どうしてオーダー嫌がるのか、私は未だ理解できないのである。
下のポストから郵送物持って来いって命じていいのよ。
そのように思っていると。
不意に、くらりと視界が歪んだ。
「あ、れ………」
「っ空!?」
まずい、これ気付かなかったけど熱か?
風邪がうつって、ちょっと危険では。
それきり、意識が途絶えた。
・風邪
一般的なもの。
人間にとってよほど免疫が弱ってない限り致死的ではない。
・クローンのデザインコンセプト
単体で敵に突貫、拠点を制圧させる兵器。
命令で運用して敵拠点を間接的に掌握するため、ある程度維持期間を取ることが想定されている。
つまり短命ではない。
残忍で、命令をよく聞き、高い知能を持つ。